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「待って! こんな[[rb:棘 > もの]]大した事ありません...」
ウマラの、悲鳴にも似た甲高い声が室に響く。
「大した事ねぇなら、見せてみろっちゅうとろうが!!」
怒声に近い咆哮を上げながら、アザミは手を振りかぶる。しかし振り下ろした手は、虚しく空振った。脇をすり抜けたウマラが手を抑えながらじりじり後ずさる。
「若さま、そんな怖がらんでも。ウチこういうの得意やさかい…安心してぇな」
小さな[[rb:刀子 > とうす]]をチラつかせながら、侍女のナズナがのんびりした声をあげた。ウマラは珍しくキッと睨みつける。
「別に怖がってる訳では無い。大仰だと言ってるだけだ。そもそもお前のような魯鈍な者の腕など信用できるか!!」
「ろどん…てなんやの?」
とろんとした声でナズナは首を傾げる。
「〜っ!!」
「こんなもんっちゅうて馬鹿にしとると、手ぇ腐るぞボケ」
後ろから難なくウマラを羽交い締めにしたアザミは、そのまま前に抱えて腰を下ろした。
「離してください!! 必要ない!!」
抗議の声を上げるも、アザミは構わずその手を握った。
「痛っ...」
「膿んできとるじゃろうが」
「ほらぁ」
ナズナが手を覗き込む。
手の甲に小さなに棘が入り込み、その周りが白く腫れていた。
二日前の事である。急に筍を取りに行くと言い出したアザミ(と、主に[[rb:斐磨 > ヒマ]]族の侍女たち)に同道して、ウマラは慣れぬ笹竹の藪へ入った。密集した薮を掻き分けているうちに刺さったのだろう。
ウマラが人知れず弄った棘は深く入り込み、今はその端すら見えない。
「ちぃとばか切るだけやさかい、怖がらんでもえぇですよって...」
ナズナの呑気な声が、どことなくウマラをイラつかせる。
「だから...怖がってないと言っているだろう!!」
「男なら肚すえろ!! ほれ、ナズナ。とっととやれ」
ウマラの体と手をがっちり抑え込む。
手に汗が滲んでいる。それは今日が、初夏とは思えない陽気だからという訳では無いだろう。
「ほな、失礼しますぅ」
ナズナが気の抜けた声を上げ、必死に抵抗を試みているウマラの手に刀子の先を突き立てた。
「お前っ」
プッ...
薄皮が破れ、黄みがかった白い膿と、続けて少量の血が滲む。
「あ〜...見えひん」
刀子はさらに皮膚を裂く。
「お前得意だと...」
「せやって…見えひんさかいなぁ」
おっとりとした声を上げながら、しかし確実に皮膚を裂いている。
「っ...」
ウマラが頼りなく息を荒らげた。
「すぐ終わるけぇ、じっとしとれ。動くといらんところに刺さるぞ」
肩を抱いて囁くと、ウマラはジワジワと力を抜き、その身をアザミに委ねた。
刀子が動く度、ぴくりと[[rb:身動 > みじろ]]ぎする。アザミが髪を撫でると、ウマラは気恥ずかしそうに目を伏せた。
「取れたで」
ナズナが傷を拭うと、新たに血が滲む。
「血が...」
「ほんなもん、舐めときゃ止まる」
「何故...舐めるのです?」
不思議そうに見上げるウマラの目は、幼子のようにあどけない。
「ヌシぁそんな事も知らんのか。そういうもんじゃ」
乱暴に手を取ると、傷跡をちろりと舐めた。
「っ...ん...なに?」
「止まっとるじゃろ」
唾液によって止血が促されている。ウマラはまだ不思議そうに手を眺めながら、少し身を縮こめる。
「ん...まぁ、そのようですね……」
「どうした?」
「いえ...」
ウマラが上目遣いで何かを訴えながら、もじもじと屈みこんだ。
「いややわぁ、若さま。おしっこやったら、[[rb:最初 > ハナ]]から言うてくれたらええんのに」
刀子を拭きながらナズナが笑い声をたてた。
「おしっ...っ違っ!! お前は余計な事など言わず、とっとと下がれ!!」
顔を真っ赤に染め、声を上げる。
「世話になったと礼を言え、アホたれが」
ペシと頭を叩いた。
「私が頼んだ訳では無いでしょう」
眉頭を寄せ、不満そうな目を向ける。己に対しては日常的に慇懃な夫だが、下の者には少し居丈高でもある。
「礼っちゅうもんがあるじゃろよ」
「上の者と下の者の礼を同列にしないで頂きたいな」
冷めた視線を投げる。
身分の差か...
アザミはふんと鼻で嗤った。
「人を想うに上も下もあるかよ。相手によって変えるんは、おかしかろうよ?」
「それは...」
まだ不服な夫にアザミはのしかかる。大きな乳房が、ウマラの頭をぎゅうぎゅうと押した。
「ほら、言え。ありがとう。簡単じゃろ」
「やめっ...重い...し......む.ね..が」
「アザミ、やめときや。その子[[rb:あちこち > ・・・・]]参ってまうで?」
外の回廊から、ツリフネのしっとりと艶めかしい声が笑った。
「ほれ、コレ塗ったり。ナズナはこっち来ぃや」
ツリフネはアザミに何かを投げて寄越すと、ナズナを呼んだ。
「アンタ気ぃの利かん子ぉやね」
「なんでやん。むっちゃ気ぃ利かせとるで」
口を尖らせながら、[[rb:義理姉 > あね]]と外へ引っ込む。
「ツリフネ[[rb:姉 > ねえ]]、ナズナはこどもやさかい、わからへんで。そんな、いじめんときや」
「うち...そんなこどもやないで...? 若さまやって変わらへんやろ」
わいわいと雑談が聞こえ、ウマラは[[rb:慍然 > うんぜん]]とした目を外へ向ける。
「[[rb:斐磨者 > ひまもん]]は皆喋りじゃけぇ、気にするな。楽しかろ?」
「どこが...?」
アザミが侍女として連れてきた斐磨族は、身分の差がない小さな部族だ。慣習も、文化も違う彼女らが、夫にとってはたまに腹立たしいようであった。
それより...。
「さっきから妙に屈んどるが、腹でも痛ぇか?」
「違っ...」
肩を引き、夫を無理やり起こす。夫の股間がこんもりと起きていた。
「お...」
「あんな見た目しとっても、若は男やさかいなぁ!!」
遠くから女達の笑い声が聞こえる。
「まったく...誰も彼も勝手な事を...」
あまりに調子よく入った声に、[[rb:慍 > むっ]]とした顔をしながら、その目をアザミに向けた。
「貴女も貴女です。人目を憚らず......触れてくるものだから」
「はぁ? その[[rb:男 > ・]]はワシのせいかよ」
股間を見下ろして、アザミは笑う。
「ま、ええよ。とりあえず傷の方じゃの」
ツリフネの寄越した胡桃の殻には、軟膏らしき物が詰まっている。すうっとした匂いが鼻を抜けた。
「薬など必要ですか?」
「小さな傷でも腐る[[rb:者 > もん]]や、死ぬ者も居る。長生きしたきゃ、用心するに越したことねぇの」
乙女の如き柔肌の手を取り、アザミは薬を塗り込んだ。
「さて...そっちの薬はいるか?」
衣の裾をめくりあげ、アザミがニタリと笑みを零した。
「そ......ん...」
ウマラはふくれっ面を背け、目だけこちらに向ける。
「わ、私が早死しても良いなら......何も必要ないのではありませんか?」
回りくどい言い方に、アザミは眉をしかめる。
屁理屈言いよるの...。
ぷくりと膨らんだ頬に手を伸ばした。
「痛っ...ちょっ」
両手でむぎむぎと頬を引っ張る。
「ワシぁ要るか要らんか聞いとんのじゃボケ」
「痛っ、...ぃ.......い...」
「あ?」
顔を寄せる。
もぅ。
ウマラは小さく嘆息した。
「......欲しいよ」
「ははっ。ほうじゃろ。素直のがええぞ?」
「それ、貴女が言うかな……」
アザミが機嫌良さげに脇へ落ち着いた。身を寄せたアザミの胸元に一筋の汗が垂れる。
「今日はあっちぃの...」
熱風が室に吹き込んだ。照りつける日差しが山を抜ける風を温めている。
「そうですね...」
指先で胸元の汗を拭う。ぴくりと動いた妻の身体に、ウマラは己の熱がこもるのを感じた。
熱は日差しのせいだけでは無いだろう。
おまけで、少しだけ続きありー
投稿までしばしお待ちください(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
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