「ねぇー、そーお兄ちゃんてばー。」
「え、あ、なに?」
「もー、ぼーっとしすぎ!」
「ごめんごめん。」
爽は慌てて謝りながら、街を歩いているレオと知らない女性の猫の獣人を見ていた。
相手の獣人は楽しそうにレオを見上げている。
(うそ…やっぱり獣人は獣人じゃないとダメ?!)
ショックが大きすぎて、心が重たい。
爽はどうしても、身分も何もかもがレオと程遠いことに気づいてしまう。
唇を噛んで、恋心を抱え続けるしかなかった。
「そー兄ちゃん、顔色悪いよ?」
そばにいた子供の一人に、心配そうに見上げられて苦笑いを浮かべる。
βの少女には、爽の思いは察することができない。
「大丈夫だよ。」
「そう?あ、そういえばそー兄ちゃん。」
「ん?」
「そー兄ちゃんのこと、好きって人が最近来たよ。」
「へ?どこに?」
爽が首を傾げると、少女は当たり前のような顔で答えた。
「孤児院に来た!」
「へ?ほ、本当の話?」
「嘘じゃないよ〜!」
少女は不満げに答えた。
それに対して、疑ったことを申し訳ないと感じながらも、まだ信じられなかった。
自分に会いにくる人なんて、今までいなかったからだ。
「誰…だろうってか…どんな…人?」
爽は首を傾げながら歩いた。
そんな時、フワリと香る爽の香りに様々なαたちが振り向いていた。
思春期の少年少女の香りは独特で、さらにΩだと余計に甘くいい香りだった。
孤児院に帰って、爽は入口に立つ男性を見つける。
「あれ…?誰だろう…?」
「あっ!そー兄ちゃん!あの人ー!」
「えぇ?」
見ると男性は、高そうないいスーツを着ていた。
爽を見て、男性は頬を赤くする。
思わず爽も顔を赤くした。
しかしそれだけでない。
男性から漂ういい香りに反応して、体が熱を持った。
(え…?!)
困惑してしまう。
体に電気が走ったような感覚がしたのだ。
男性が近寄ってきて口を開く。
「き、君…!君のこと、図書館で見かけたんだ!孤児院の子だって聞いて…ここに…」
「え…?!」
「その…突然だけど…その…い、いい香りが…!」
必死に言葉を紡ぐその彼から、またフワリといい香りがした。
爽はレオを思い出して、つい口元を手で覆って後ろに一歩下がった。
「ち、近寄らないで!」
理性を失ってしまいそうな状況に、爽は怖くなった。
これが噂に聞く「運命の番」かと思った。
本能的にいい香りに酔ってしまう。
御伽話かと思っていた状況に、周りはウットリしているが、爽からしたら冗談ではなかった。
「ま、また…ヒートが来ちゃう!」
爽は怖くてたまらなくて、思わず荷物をその場に落として走り去った。
自分の部屋に逃げ帰って、布団をかぶって震える。
体が骨まで震えており、熱がジワジワと上がっていく。
心の奥底で、あの男性に全てを受け入れてもらいたいような感情が溢れる。
本能でそうなっていると実感してしまうので、頭とは違うことを望んでしまうチグハグな自分に恐怖を感じる。
(レオさんが好きなのに…。)
自然と涙が溢れた。
本能と頭の思いがぶつかり合っている。
部屋の外では孤児院の子供達と大人たちが語り合っていた。
「銀行の経営者の息子さんだって。」
「まぁ!そんな方と運命的な出会いを果たしたのね!」
「いい人が見つかったのねぇ〜!」
孤児院の院長とパートナーは弾んだ声で話していた。
しかしその言葉の内容に、爽は「冗談じゃない」と心の中で叫ぶ。
運命の人ならば、初恋相手のレオが良かった。
「名前は佐島啓之助さんだって!」
「啓之助さん!まぁまぁ!」
爽の恋心も知らず、部屋の外でみんながはしゃいでいる。
頭では嫌だと思っていながらも、名前を聞いていてしっかりと心に刻み込んでいる自分がいた。
そんな爽は、啓之助から感じた香りを忘れられないまま眠りについた。
レオはお見合い相手と食事をしながら、なんとか断るタイミングを探していた。
笑顔で喋りかける猫の獣人の女性を相手に、苦笑いをすることしかできない。
しかし、頭の中には笑顔で話しかけてくる爽の姿があった。
今頃何をしているだろうかと考えてしまう。
素直に健気な恋心を向けてくる爽のことが、いつのまにか頭から離れなくなっていた。