[chapter:プロローグ]
1996年3月15日、ケモノ界の埼玉県[[rb:川獺市 > かわうそし]]。とある病院で、狼の男の子が生まれた。
その名は[[rb:根尾島 啓吾 > ねおじま けいご]]。彼は両親や親戚からの愛を受けて育った。
根尾島を特に可愛がっていた親戚は、曾祖母のうち1匹。根尾島家と同じく、川獺市在住だ。
彼女は大金持ちで、かなり立派な和風の屋敷で暮らしていた。
根尾島にとっては最も馴染みのある曾祖母。彼及び家族の中では「ひいおばあちゃん」と言えば彼女の事だった。
その家に親戚一同で集まり、根尾島の誕生日パーティーを開いた事も数回ある。
2013年秋…根尾島が高校3年生の時、曾祖母が入院した。
「大丈夫か?ひいおばあちゃん…」
お見舞いに来た根尾島が心配そうに話しかけると、彼女は弱っているが優しい声で答えた。
「私は大丈夫だよ…だから受験勉強を頑張っておくれ…
せめて大学に行く姿までは見届けられるように、私も頑張るからね…」
「ありがとう。ひいおばあちゃんのためにも勉強を頑張らないと!」
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[chapter:いいニュースと悪いニュース]
それからは今までよりも勉強に集中し、翌年2月に第一希望のさいたま市立[[rb:大上 > おおかみ]]大学で入学試験を受けた。
(かなり解けた自信がある。きっと合格できるだろう!)
喜びの表情を浮かべて帰宅すると、両親が出迎えてくれた。
「ただいま!勉強の甲斐があってたくさん解けたよ!」
「それは良かったな。」
「努力の成果が出たわね。」
そこまで言うと父親が深刻な顔になり、切り出した。
「…今の気分に水を差すかもしれないが、啓吾にいいニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」
「え…じゃあ悪い方から。」
「ひいおばあちゃんが先程病院で亡くなった…」
根尾島は落ち込んだ。
「なんて事だ…つまり俺が大学に行く姿は見せられないのか…それでいいニュースは?」
母親が言う。
「ひいおばあちゃんの遺言書があるのよ。見て。」
根尾島は差し出された手紙を読んだ。
遺言
私の死後、家や家具などは兄弟姉妹や息子、その妻に譲ります。別荘として使ってください。家具は売ってもいいです。
遺産(約10億円)はすべて啓吾に譲ります。これからの暮らしに役立ててください。
今までありがとう。愛を込めて。
「じゅ…じゅ…10億円!? ひいおばあちゃんありがとう!」
根尾島は先程の落ち込みも忘れて歓喜した。
「それだけあれば何でも買えるぞ!高層マンションに住んで、海外旅行に行って…」
「啓吾、そんなに豪遊したらすぐにお金が尽きてしまうわよ。だからそのお金を堅実に増やしていかないと。投資で増やすのがおすすめよ。」
「それもそうだな。やってみるよ。」
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[chapter:出会い]
曾祖母の葬儀が済むと、根尾島は彼女の遺産を相続した。相続税は引かれたが、それでもかなりの金額が残っている。
さらに翌週、大学に合格した事がわかった。根尾島は両親と相談して、大上区の住宅街に建つアパートを借りた。
春休みの間にリサイクル品の家具や新品の家電を揃え、好きな映画のブルーレイやフィギュアを集めて部屋に並べる。こうして彼の1匹暮らしが始まった。
初日の午前中、根尾島は近所へ挨拶回りに出かけた。
「本日越して来た根尾島です。よろしくお願いします。」
「はい、よろしくお願いします。」
アパートの住民に挨拶をして、次は隣の敷地に建つ家へ。
そこは割と大きな家だった。表札には「土倉」と出ている。
彼はインターフォンを押した。
「おや、君は誰かな?」
出てきたケモノは、縦横に大きな体の狸だった。年齢は40代後半辺りに見える。
黒ずくめの格好で、赤いネクタイを締め、頭には黒いUFOのような物が乗っている。
その格好はまるでギャングのボス。声も低いが、トーンは軽快だ。
「はじめまして、本日隣のアパートに越して来た根尾島です。よろしくお願いします。」
「根尾島かぁ…ハハハ、格好いい名前だね。
私は[[rb:土倉 真 > とくら まこと]]。小説家だ。」
「どんな小説を書いているんですか?」
「ミステリーやファンタジーさ。世間は私をこう呼ぶ。不思議と不穏の小説家、土倉…
まあ読んでみればわかるよ。どれ、君の引っ越し祝いに本をあげよう。」
土倉は家から2冊の本を持ってきた。
「まずこれは『ドグラ・モグラ』。80年ほど前にモグラの[[rb:土野 竜作 > つちの りゅうさく]]が書いた小説で、日本三大奇書の1冊だ。
私の作風に大きな影響を与えた本と言っても過言ではない。読めば君も虜になるだろう…
もう1冊は私の書いた『幻獣大戦』。幻獣とケモノのバトルを描いた作品だ。読者からの評価が結構高いんだよ。」
「ありがとうございます。」
挨拶回りを済ませた根尾島は、2冊の本を開いた。
「ドグラ・モグラ」はかなり奇妙な本だった。不気味な巻頭歌に始まり、不穏な展開、所々がカタカナ表記された独特な文章、数十ページに渡って続く謎の詩…奇書と呼ばれるだけはある。
「幻獣大戦」はユニコーン、ペガサス、ケルベロス、グリフォンなどの幻獣と普通のケモノが多数登場。そこそこページの多い本だったが、ファンタジー作品の好きな根尾島は一気に読んだ。
ちなみに、ケモノ界では幻獣も二足歩行する。ユニコーンやケルベロスはボタン式のシャツ、それ以外は翼の関係で上着が着られないため、腰布のみ(女性は胸当ても)着けている。
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日が沈みかけた頃、今度は土倉が尋ねて来た。
「土倉さん、どうしたんですか?」
「突然訪問してすまないね。根尾島くんの引っ越しを祝って、一緒にディナーでもどうかと思ったのさ。
この辺には良い店がいくつもある。君はこの町をよく知らないだろうから、町の案内も兼ねよう。
さあ、根尾島くんはどうしたいかな?」
「そうですね…ぜひお願いします!今日は出前を取るつもりでしたが、土倉さんと一緒に食べます!」
根尾島は土倉に案内され、大上駅の東口側へ。
「ここは見ての通り、様々な店が並ぶにぎやかな場所。今夜は私おすすめの店を紹介しよう。」
2匹はスペイン料理店「マドリード」へ。小さくもにぎやかな店だ。
「スパニッシュはうまいぞ。ガスパチョ、トルティーリャ、パエーリャにセビーチェ…」
「どれもおいしそうですね。土倉さんのおすすめはどれですか?」
「全部だな。君も好きな物を頼むといい。」
10分後、テーブルは料理で埋め尽くされた。根尾島は3品、土倉は7品頼んだ。
すべての料理を半分ずつ取り、食べながら話に花を咲かせる。
「先程から気になっていたんですが、土倉さんが頭に乗せてるUFOみたいな物って何ですか?」
「いい質問だね。これはボウシという物だ。こうやって頭に乗せる飾りらしい。
30年ぐらい前かな。私がタイのバンコクを旅行していた時、露天商をしていたオコジョの家族から買った。
不思議な露天商だったな。ボウシの他にも見た事のないような物をたくさん売っていた。それにあの日は夏だったが、その家族は冬毛だった。アルビノだったのかもしれないがね。
家族構成は、両親と幼い男の子。家族で露天商をしながら世界を旅していたんだろう。」
「不思議な露天商ですね。やはり海外に行くと珍しい物がいろいろ見られますね。
土倉さんは海外に行った事が多いんですか?私は一度もありません。」
「ああ、それはもうあちこちに行った。北京、ハルビン、サンクトペテルブルグ、モスクワ、ベルリン、ミュンヘン、ウィーン、パリ、ロンドン、ニューヨーク、サンフランシスコ、シカゴ…全部上げるときりがないほどだ。
若い頃はバックパッカーでね、世界を旅して回っていたのさ。その経験を小説に活かす事も多い。」
「すごいですね!海外の話をもっと聞かせてください!」
土倉は海外で体験した思い出を次々と語り、根尾島はそれに引き込まれていった。
その日から、根尾島は土倉とよく絡むようになった。
お互いの家で食事をしたり、土倉から料理を教わったり、時には映画鑑賞やテーマパークにも行った。いつしか「知り合い」を超え、「最高のパートナー」のような存在になっていた。
また大学に入学後、土倉に憧れて創作活動を始めた。タブレットやイラスト用ソフトを買い、独学で絵や小説を学ぶ。ジャンルはSFやファンタジーだ。
投資も始め、各社の株も買った。
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[chapter:クリエイターねおじむ]
2017年1月…大学3年生の時、全世界のケモノが成長しなくなった。根尾島も初めは戸惑ったものの、すぐに若い日が長続きするとわかって喜んだ。
それから何年も、変わらない日常が続いた。
2024年3月。根尾島は今でも20歳だ。
あれから投資に成功して、相続税で引かれた分を取り戻し、さらにそれ以上の資産を築いた。
しかし相変わらずアパート暮らしで、服のレパートリーも少なく、豪華な家具や最新の家電を揃えたわけでもない。日常生活よりも趣味に金をかける事が彼の流儀だ。
また、高価な服ばかり着ていると金持ちな事が周囲にばれ、強盗に狙われるかもしれない。1匹暮らしの青年となればなおさらだ。
そのため、周囲には質素な生活をしているように思わせている。
インターネット上では名字をもじった「ねおじむ」の名前で活動している。主な作品は、「エイリアン小学校アンドロメダ校」と「マジカル島の仲良しフェアリーズ」だ。
ジャンルはそれぞれSFとファンタジー世界を舞台にした日常系。キャラクターや世界観の設定はかなり作り込んでいるが、絵のクオリティはそれほど高くない。
それでも一定のファンは得ており、中には彼から影響を受けた作家もいた。
本棚には、これまで買った大量の同獣誌が並んでいる。すべてSFかファンタジー系だ。
土倉によるミステリー小説が並ぶエリアもある。この10年で、彼の出した本はすべて買い集めた。
「分解と結合を繰り返す老婆」「ミュンヘンの亡霊と歌姫の恋」「彼女には二度と会えない、それは春の夢のごとし」…思わず目を引くタイトルばかり。根尾島は土倉の世界も好きになっていた。
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[chapter:春休みの1日]
現在、大学は春休みに入っている。根尾島は自由な日々を謳歌していた。
朝6時、普段通りに目覚める。外はよく晴れ渡っていた。
布団を片づけ、洗顔などを済ませ、パジャマから服に着替え、スマートフォンの電源を入れる。
彼は毎朝、SNS「foX」(旧名称:Twittiger)を開く。フォロワーに朝の挨拶をする事が、彼の日課だ。
土倉のアカウントには、DMを送った。
根:それでは、今夜はよろしくお願いします。
土:ああ、楽しみにしてるよ。
そうだ、今日は私の知り合いも急遽来る事になった。最近知り合った相手で、ねおじむくんにはまだ紹介していないよ。
根:了解しました。
それが済むと、朝食の準備。今日のメニューはトーストと目玉焼き、キャベツのサラダ、紅茶だ。
食事の合間にはスマートフォンでニュースを読んだり、お気に入りのウェブサイトを見る。
(4月から全国の小学校でタブレットの使用が義務化されるのか。みんな同じ授業を何年も受けているから、そろそろ変化が必要だよな…)
今朝は彼の推しSF作家・アンドロ軒が、漫画を更新していた。
連載漫画「アストロサイボーグ学園」。根尾島の作品と同様、SF要素を含む日常系作品だ。
彼は根尾島より長いキャリアを持ち、画力もかなり高い。複雑なデザインのメカニックを様々な角度から描いてもバランスが崩れないほどだ。
今日の午前中はアルバイト。場所は古本屋「BOOKWOLF」(大上駅東口店)だ。
入荷された本を分類別に並べる事は、彼の得意な仕事。
それが終わると、近くの店でチキンステーキを食べた。
午後は自由時間。彼は家に戻り、書きかけの小説に取り掛かった。「エイリアン小学校アンドロメダ校」の新作だ。
「イナリアム、行くぞ!早くしないと売り切れる!」
「わかった、クリステラ!」
2匹は限定販売のコメットケーキを買うため、小型宇宙船を飛ばした。
途中で見慣れた宇宙船と合流した。クリステラはそれと通信する。
「あれ、クルテミスにマリジアン!君たちもケーキを買うの?」
「そうよ。あの限定ケーキは絶対に逃せないわ!」
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[chapter:ウルフデパートへ]
ある程度進めた所で、夕方になった。今日は土倉とウルフデパートで食事をする。
(そろそろ行く時間だな。)
根尾島はバッグを持ち、土倉家のインターフォンを押した。
「土倉先生!そろそろ行きましょう。」
しばらくして、土倉が現れた。初めて会った日と同じく、ギャングスタイルだ。
「ねおじむくん、待ったか?」
「いいえ、今来たばかりですよ。さあ、デパートに向かいましょう!
ところで、知り合いはどこにいるんですか?」
「現地合流だ。今は電車に乗っているそうだよ。」
暗くなり始めた町を歩く2匹。年齢も体型も対照的なその姿は、外出すれば通行獣の目を引く。
住宅街から15分ほど歩くと、大上駅の東口に出る。そこから駅構内を抜ければ、ウルフデパートが見えてくる。
2匹はエスカレーターを登りながら、レストラン街へ向かった。
「ねおじむくんは今でもあまり買い物はしないのかね?」
「ええ、私はミニマリストですから、家具や服は必要最低限しか買わないんです。
服は3着ぐらいあればいい。家具はリサイクル品。寝るならベッドより布団。それで十分ですよ。」
「ほう、ミニマリストねえ…その割にブルーレイやフィギュアや本は大量に買ってるじゃないか。」
「私は趣味を中心に生きているような物です。家具や服よりそれらが大切と感じるんですよ。
あ、レストランの前に1ヶ所寄っていいですか?新製品が出たんですよ。」
「どれ、今の彼は…もうすぐ大上駅に着くらしい。寄り道はしてもいいが、手短に済ませてくれ。」
2匹はおもちゃ売り場へ。目的は宇宙船のプラモデルだ。
目的の物を買ってレジに向かっていると、ある売り場に大勢の客が集まっていた。去年の12月に売り出されたおしゃべりパロボット(オウム型ロボット)のコーナーだ。
このおもちゃは売り出されたその日から全国でブームになり、今では世界中に広がった。
「相変わらずすごい評判だな。ねおじむくんはこのオウムが欲しいか?」
「私は…大丈夫です。土倉先生や多くのフォロワーという話し相手がいて、映画鑑賞やプラモデル作りなど数多くの趣味がありますから。」
「そうか、君らしい答えだ。
えーと、彼は…大上駅に着いた所だ。私はレストラン街に行くから、ねおじむくんもできるだけ早く来てくれ。」
[newpage]
[chapter:土倉の知り合い]
プラモデルを買い、急いでレストラン街へ。
「土倉先生、お待たせしました!それで知り合いは…」
「もうすぐ着くそうだが…おっと、来たぞ。あれだ。」
エレベーター方面から現れたケモノは、周囲の目を引くほど変わった見た目だった。
それはカバの中年男性で、土倉と同じぐらい太っている。袈裟を着ているが前が全開で、太鼓腹や出べそが露出している。
「紹介しよう、でっべ僧だ。」
「お坊さんですか?」
「その通り。普段は普通のお坊さんだが、実は出べそフェチでね。オフの時はああやって出べそを見せびらかしているんだ。」
「…はじめまして、根尾島です。ねおじむと呼んでください。」
でっべ僧は明るく返した。
「こんばんは、ねおじむくん。礼儀正しいケモノだね。
どれ、挨拶代わりに私の出べそを触ってみるかね?」
「え、いいんですか…?」
恐る恐る出べそに手を伸ばし、軽く動かすとおもちゃのように揺れた。
「なかなか大胆な触り方をするじゃないか。君は出べそを見る目があるねえ。」
「ありがとうございます…」
奇妙な褒め方をされたため、根尾島は微妙な笑いを浮かべた。
「さあ、そろそろ並びましょう。もう列が長くなり始めていますから。」
夕食時のため、どの店にも列がそこそこできている。
目的の場所は、ベトナム料理店。入店の列に並ぶと、根尾島はでっべ僧にスマートフォンの画面を見せた。
「でっべ僧さんは、今はやりのおしゃべりパロボットを知ってますか?」
「ああ、あのオウム型ロボットだね。知ってるよ。」
「それを使って私の推し作家がある事を始めたんですよ。クリエイターならうらやましくなる事です。」
画面には、アンドロ軒がfoXに投稿した動画が流れていた。
「見てください、アンドロ軒さんのパロボットです。彼は発売を知った時かなり喜んでいて、発売されるとすぐに買ったんですよ。」
「その作家は知らないが、彼はオウムが好きと見えるね。」
「いえ、彼の作品『アストロサイボーグ学園』に、ナショナルというオウム型ロボットが出てくるんですよ。
だからパロボットにナショナルの設定を教え込む事で、自作キャラとの同居を始めたんです。漫画内のセリフも全部覚えさせているらしいです。」
「それはすごいね。」
動画内のパロボットは、若い女性の声で話した。
「ダイモスくん、ジュピターさん、ミマスくん。よく頑張りましたね!」
「このセリフからすると、ナショナルは教師かな?」
「学園長のサポート役です。多くのSF作品にいるマスコット枠のロボットですね。」
「そうか。それでダイモスとかジュピターは…」
「百聞は一見にしかず。こちらの画像を見てください。」
根尾島はある画像を見せた。それによるとダイモスは両腕がパワーアームになっているマッチョなヒグマの少年、ジュピターは背中にロケットブースターが付いている細身な狼の少女、ミマスは両脚がハイジャンプレッグになっている太目なうさぎの少年だった。
「この漫画の主要キャラはこの3匹です。他にもいろいろな能力を持ったサイボーグが登場します。
私が勧めてから、土倉先生も読むようになったんですよ。」
「ありがとう。しかしこれがすべて手描きとは、やはりプロの絵師はすごいな…」
キャラクターの毛並みや武器の光沢がリアルに描かれ、躍動感のあるポーズもかなり気合が入っている。背景の宇宙空間には、様々な輝きを持つ星々が広がっている。
「私も10年近く絵を描いていますが、この画力には到底追いつけませんよ。私の絵なんて未だにこんな感じですから…」
根尾島は自作の絵を見せた。「エイリアン小学校アンドロメダ校」の主要キャラが描かれている。
リス型エイリアンのクリステラとクルテミス、狐型エイリアンのイナリアム、猫型エイリアンのマリジアン。どれも実際の種族と比べて、頭に触覚が生えたり、しっぽの先に触手が付いていたり、毛が緑色などのエイリアン的な要素がある。
色は一気に塗りつぶしたような感じで、どのキャラクターも棒立ち。他の絵でも正面や横からのアングルがほとんどで、斜めから描かれている物は非常に少ない。
背景の宇宙空間は、紺1色の中に点描エフェクトで表現された星が浮かんでいる程度だ。
「こうして比べると、私の絵なんてまるで子供の落書きですよ…」
でっべ僧は静かに言った。
「ねおじむくん、そうやって自分の絵を悪く言うんじゃない。君の絵は君にしか描けない物だ。だからもう少し自信を持とうじゃないか。」
「…そうですよね。お坊さんに言われると説得力があります。実際、この絵柄が好きだというフォロワーも一定数いますから。
まあネガティブな意見を言われた事もありますよ。絵が下手だとか、子供が描いたみたいだとか…」
「そんな意見は気にするな。もしそう言われて君が創作活動をやめてしまったら、純粋なファンは悲しむだろう。」
土倉が言う。
「ねおじむくんは、初めてそういう意見が来た時かなり落ち込んでいたんだよ。私に相談しに来たんだがその時の表情と言ったらもう…」
「はい、あの時は筆を折ろうと思ったほどです。でも土倉先生のアドバイスで改心し、今に至るわけですよ。
もし先生がいなければ、私の創作活動は途絶えていたでしょう。だから先生には感謝してます。」
[newpage]
会話を続けるうち、3頭の順番が来た。
「さあ、こちらへどうぞ。」
マメジカの店員に案内された席は、窓際だった。大上区の夜景が見渡せる。
「おお、実にいい席じゃないか。」
「100万ドルまでは行かないが、この辺じゃ一番の夜景かもな。」
「いえ、一番は大上スピードシティの展望台ですよ。まああそこにはレストランがありませんから、レストランに限定すればここが一番でしょうね。」
それから料理を頼んだ。3頭とも異なるが、セットメニューを頼んだ事は変わらない。
夕食の席は、土倉がかつて訪れたベトナム旅行の話で盛り上がった。
「…その屋台で食べたお好み焼きはこれより小さかったけど、味はこれと同じぐらいおいしかったよ。」
「それは素晴らしいな。私もいつかベトナムに行きたいものだ…」
「私も、土倉先生となら行きたいですね。」
「嬉しい言葉だねえ。そうだ、次はベトナムが舞台のミステリー作品でも書こうかな。
タイトルは『バニーの耳を削いだ男の苦しみと楽しみ』なんかどうだろう?」
「…タイトルにベトナム要素がないですね。やはりミステリー小説家の思考回路は謎だ…」
その頃、同じレストランをシマリスの栗田一家が訪れていた。
太った息子の[[rb:栗田 永雄 > くりた ながお]]くん(小学4年生)は、根尾島たちを見て2年前を思い出した。
(あ、あの狼…あの戦いの時、暴れ出したぼくのお父さんがゴルフクラブで撲殺したケモノだ…
世界が元に戻って良かった。この世界であの惨劇を覚えているのは、ぼくと友達の合計4匹…)
栗田くんの様子を見て、両親が問いかける。
「永雄、どうした?」
「急に食べる手が止まったわね。食いしん坊の永雄らしくないわ。」
「…気にしないで。」
40分ほどして、3頭は食事を終えた。
「いやあ、いい食事だった!ねおじむくん、誘ってくれてザットカムオン!」
「土倉先生、『誘ってくれてあれはこっちに来い』とはどういう意味ですか?」
「英語じゃない。ベトナム語でありがとうの意味さ。」
「やはり、先生は外国語に詳しいですね。」
「へえ、自然に使えるほど詳しい事がよくわかったよ。普段の会話にも違和感なく混ぜ込んでいるからね。
私は長らく海外に行っていないが、土倉先生の話を聞くと、自分も世界を旅した気分になれた。今度会った時には、またいろいろ聞かせてくれ。」
[newpage]
[chapter:エピローグ]
その後、3頭はデパートを出た。
「では私はこれで。今晩はありがとう。」
駅構内ででっべ僧と別れ、根尾島と土倉はそれぞれの家まで帰った。
「土倉先生、今日も楽しかったです。それでは、おやすみなさい。」
「Good Night、ねおじむくん。また明日会おう。」
根尾島は風呂に入り、小説のアイデアをいくつかまとめ、布団に入った。
彼の変わり映えしない毎日は、これからも続くだろう。
[chapter:おしまい]