第3話「ぴょん太の1日入学」

  [chapter:プロローグ]

  ここはケモノ界、富山県の[[rb:土井中村 > どいなかむら]]。自然に囲まれたのどかな場所だ。

  2024年5月6日…ゴールデンウィークの最終日。夕暮れの森を、4匹の男の子が歩いていた。

  太ったニホンアナグマ、[[rb:穴戸 風太 > あなど ふうた]]。小学4年生。

  ぽっちゃりしたカワウソ、[[rb:太田 川之助 > おおた かわのすけ]]。小学4年生。

  肥満体の豚、[[rb:豚田 充 > とんだ みつる]]。小学2年生。

  丸々とした野うさぎ、[[rb:能崎 跳 > のうざき はねる]]。5歳。

  この4匹は同じ集落に住んでいる仲良しグループで、よく一緒に遊んでいる。

  それぞれ[[rb:穴太郎 > あなたろう]]、[[rb:川助 > かわすけ]]、トントン、ぴょん[[rb:太 > た]]のあだ名で呼び合っているため、ここからはそう表記する。

  4匹は昼過ぎから今まで、遊び続けていた。

  川遊びに木登り、かくれんぼ、虫探し…森は遊びの宝庫だ。

  何年もこの遊びを続けているが、彼らは飽きる事がなかった。一緒にいるだけで楽しいからだ。

  現在は夕暮れが迫っているため、帰路についていた。

  穴太郎と川助は服を着ているが、トントンはふんどし、ぴょん太は腹掛けのみ着けている。暑い時期には下着1枚で過ごすのが彼らの流儀だ。

  尻は丸出しだが、彼らは気にしない。住民たちもその格好を受け入れていた。

  「今日も楽しかったな!それじゃみんな、またな!」

  集落に着いた4匹は、穴太郎の合図で別れた。

  「なあ川助、明日は学校で何する?」

  「みんなで大縄跳びがしたいな。」

  穴太郎と川助は家が近いため、一緒に帰っている。それを見たぴょん太は、少し寂しげな表情になった。

  ぴょん太は5歳のため、小学生ではない。

  またこの近所には幼稚園もなく、両親は共働き。そのため平日は、山を1つ越えた場所に住む父方の祖母に預けられる事が多い。

  彼は早く小学校に通いたいと思っているが、ケモノ界では2017年から誰も成長しなくなった。そのため、彼は何年も5歳のままだ。

  (ぼくはいつ学校に行けるのかな…)

  考えながら、離れた場所に建つ小さな家に帰った。

  [newpage]

  [chapter:ぴょん太の考え]

  「ただいま。」

  「お帰り。もうちょっとで今日の分が終わるから、それから夕食を作るわね。」

  息子に比べると細身の母親は、造花作りの内職をしている。父親は畑に出ていた。

  1時間ほどして、夕食が始まった。メニューはご飯と味噌汁、野菜炒め。

  能崎家はあまり裕福でないため、食事は質素な物が多い。ぴょん太だけが太っている理由は、祖母に大量の食べ物を与えられたためだ。

  なお、週に2~3回は祖母の家に両親も同行して一緒に夕食を摂る。

  ぴょん太はご飯を頬張りながら、両親に尋ねた。

  「ねえ、ぼくはいつになったら小学校に通えるの?」

  「その質問、久々ね。ケモノたちがまた成長するようになったらよ。」

  「いつになるんだろうな。5年後か、50年後か、1万年後か…」

  なぜ成長が止まったかは、誰にもわからない。そのため、誰も正確な答えは出せなかった。

  夜。布団に入ったぴょん太は考えた。

  (小学校の話は穴太郎たちから何度も聞いてるけど、この目で見た事は一度もない。ぼくだって早く見たいよ…

  そうだ、いい事思いついた!)

  [newpage]

  [chapter:いざ、学校へ!]

  翌朝6時、ぴょん太は目覚めた。普段より2時間ほど早い。

  (よし、この時間なら十分間に合うぞ。まずは紙と鉛筆…いや、その前に布団を干さなきゃ。)

  彼にはおねしょ癖があり、毎日のように布団を濡らしてしまう。今日も布団に大きな水溜まりが広がっていた。

  まだ幼いためか、彼自身は気にしていない。むしろ大きな水溜まりが作れる事を誇っている。

  自分の体よりも大きな布団をかついで庭に出ると、物干し竿にかけた。これが毎朝の日課だ。

  ちなみに穴太郎、川助、トントンもおねしょが治っていない。仲間内でいる場合はそれをネタにして笑う事も多いが、クラスメイトには隠している。

  (さて、お父さんとお母さんが目覚めないうちに…)

  濡れた腹掛けと下半身を風呂の残り湯で洗い、新しい腹掛けを着ける。できるだけ音を立てないように洗顔と歯磨きを済ませると、紙と鉛筆を用意して何かを書き始めた。

  それから庭を抜け出し、穴戸家へ。ここは能崎家と対照的に、集落で一番大きな家だ。

  平屋建てだが小さめの旅館並みに広く、車は普通自動車と軽トラックの2台持ち。ぴょん太は軽トラックの荷台に置かれた段ボール箱に隠れた。

  約30分後、穴太郎と父親の[[rb:慎一郎 > しんいちろう]]が家から登場。彼は毎朝息子を学校まで送り、それから隣の集落にある役場で働く。

  ぴょん太はそれを知っているため、そこに隠れた。

  予想通りトラックが動き出し、10分ほど走って土井中小学校に到着。

  平屋建ての木造建築で、全校児童は50頭。しかし教育は最新の物で、4月から全国の小中学校で使用が義務付けられたタブレットも導入している。

  「父ちゃん、行ってきます!」

  「おう!今日も楽しめよ!」

  慎一郎が穴太郎を見送っている間に、ぴょん太は箱から出て、校門に向かって歩いた。

  その頃、能崎家では…

  「跳、おはよう…あら、どこへ行ったのかしら。」

  母親がぴょん太の部屋に入ったが、彼の姿が見えない。庭に布団と腹掛けは干されているため、起床済みな事は間違いない。

  その時、床に置手紙を発見した。拙い字でこう書かれている。

  きょうは1日がっこうにいきます。

  ゆうがたにはもどるからあんしんしてね。

  のうざき はねる

  「あなた、これ見て!」

  「なんと…跳、よほど学校に行きたかったようだな…」

  [newpage]

  [chapter:1日入学の始まり]

  「川助、おはよう!」

  「おはよう、穴太郎。」

  穴太郎とほぼ同時刻に、川助も来ていた。この2匹は幼少期から親友同士だ。

  「今日の昼休みは何する?」

  「そうだな、大縄跳びかな?」

  話していると、後ろから声をかけられた。

  「おはよう!」

  「ああ、おはよう…えっ!?」

  「なんでぴょん太がここにいるの!?」

  そこには、腹掛け1枚のぴょん太が立っていた。

  「ぼく、早く学校に行きたくてたまらないんだよね。だから穴太郎のトラックに隠れて来ちゃった!」

  「ええ…気持ちはわかるけど、尻丸出しで来たのか!?」

  「この学校には女の子もいるから、見られちゃうよ!」

  「ぼくは見られても平気だよ。」

  「ああ、全く…憎めない奴だな。

  それじゃ、俺が先生やトントンに話をつけておくから、ぴょん太は低学年の教室に行って、トントンと一緒に…」

  「ぼくは穴太郎と一緒がいい!」

  「小学校中学年の勉強はまだ早い。低学年の方が…」

  「そんなの、川助が学校ごっこで全部教えてくれたよ!」

  「あ、そうだったな…」

  ぴょん太が穴太郎たちと知り合ったのは、2016年の夏。ケモノ界の住民が成長していた最後の年だ。

  来年の春から小学校に行けると知った彼は、その日を楽しみにしていた。

  しかし2017年の幕開けと同時に、全世界でケモノの成長が止まった。つまり、ぴょん太は小学校に通えない。

  それを知った彼は、一晩中号泣した。

  その話を彼の母親から聞いた穴太郎や川助はそれを憐れみ、学校ごっこを始めた。

  その中でぴょん太はひらがなやカタカナ、一部の漢字が書けるようになり、足し算と引き算も2桁同士までならできるようになった。

  「ぼくは新しい事を知りたいからここに来たんだ。」

  「わかった。それじゃ、今日は俺たちと一緒だ!でもこれは守ってくれよ。

  周りの指示に従う。授業中は騒がない。腹掛けを脱いだりまくったりしない。以上だ。」

  「はーい、わかりました!」

  穴太郎と川助は職員室へ行き、担任の[[rb:牧島 駿 > まきしま しゅん]]先生(細身の白馬で、眼鏡をかけている。35歳)を呼んだ。

  「先生、おはようございます!早速ですが話があります。

  俺たちと同じ集落に住んでいる5歳の男の子が、うちのトラックに乗ってここに来てしまったんです。」

  「5歳から成長しなくなった彼は、ずっと小学校に憧れていました。だからお願いがあります。

  彼の事を怒らず、今日1日ぼくたちと同じ4年生の教室に入れてもらえないでしょうか?」

  「そういう事態はこれまで一度もなかったな…それで、その子はどんな子だ?」

  「こちらです。ぴょん太、入っていいよ!」

  「先生こんにちは!能崎 跳です!ぴょん太って呼んでください!」

  「驚いたな。今どきそんな格好の幼児がいるとは…

  こんにちは、ぴょん太くん。私は牧島先生だよ。初対面の私にもしっかり挨拶ができるなんて偉いね。」

  「はい、よろしくお願いします!」

  「それじゃ、ぴょん太くんは私が連れて行くから、君たちは先に教室へ行ってくれ。」

  [newpage]

  8時から朝の会が始まった。牧島先生が合計15頭の4年生に挨拶をする。

  「みんな、おはよう!」

  「おはようございます!」

  「まずはみんなに話がある。今日はこの教室に、小さなお客さんが1日だけ来るんだ。

  穴戸くんや太田くんと同じ集落に住んでいる、5歳の男の子。野うさぎの能崎 跳くんだ!

  さあ、入っていいよ!」

  ぴょん太はドアを開け、教室に入った。

  「みんなはじめまして!ぼくの事はぴょん太って呼んでね!」

  児童たちがざわめく。

  「わあ、可愛い!」

  「あいつって尻丸出しか!?」

  「あの子、裸エプロンよ!すごい格好で来たのね。」

  「あの格好で恥ずかしくないんだね。」

  皆、彼の格好が気になったようだ。

  その後、彼の来た経緯が語られた。

  ぴょん太の机と椅子は、空き教室に置かれた物が用意された。場所は穴太郎の隣だ。

  1時間目は算数。児童たちはタブレットを取り出した。

  「へえ、みんなすごいの持ってるね!」

  「ああ、今の時代はペーパーレスさ。でももしデータが消えた時の事も考えて、ちゃんと紙のノートも使うんだ。

  ぴょん太の分はないけど、我慢してくれよな。」

  ぴょん太は授業の内容が半分も理解できなかったが、それなりに楽しんだ。穴太郎が横で見ているため、言われた事もしっかり守った。

  休み時間が始まると、ぴょん太は穴太郎に尋ねた。

  「おしっこしたくなってきた。トイレがどこにあるか教えてくれない?」

  「いいとも。あっちだぞ。」

  到着すると、ぴょん太は個室に入った。

  「こっちの方が使い慣れてるからね。」

  「俺もそうさ。うちにあるのと同じだからな。」

  穴太郎とぴょん太の家は築年数が長いため、トイレは汲み取り式の和式便器。また2匹ともお腹が突き出ているため、立小便は難しい。

  ケモノ界では肥満率が高いため、男子トイレには小便器よりも個室が多い。

  「あー、すっきり!」

  「良かったな、ぴょん太。その気分で次の授業も頑張ろう!」

  [newpage]

  [chapter:厄介な宇津木くん]

  2時間目の国語も同じように過ぎた。

  20分休みには校庭に出た。もちろん穴太郎と川助も付き添いだ。

  「あっ、ぴょん太がいるぞ!なんでだ?」

  トントンも驚きと喜びが混ざった声で駆け寄ってきた。彼はぴょん太と異なり、服を着ている。

  「実はな…」

  穴太郎が説明する間、ぴょん太はブランコを楽しんでいた。川助が押している。

  「そーれ!」

  「イヤッホー!」

  「次はもっと高く!そーれ!」

  「気分最高!」

  そこへ白うさぎの男の子が現れた。固太りで生意気そうな表情だ。

  彼は5年生の[[rb:宇津木 太助 > うつぎ たすけ]]くん。力は強いが口が悪く、児童たちからはあまり好かれていない。

  「おい穴太郎、あのチビうさぎはなんだ?」

  「俺の仲間だ。ここまでついて来たんだよ。」

  「ハッ、全くどうかしてるぜ。あんな格好でブランコに乗るなんてな。

  おい、チビうさぎ!あそこが丸見えだけどいいのか?」

  「別に見えたって気にしないもん!」

  「気にしないのか?お前、本当にお子ちゃまだな!

  おーい見ろ!下半身丸出しでブランコに乗ってる奴がいるぞー!」

  宇津木くんが大声で言ったため、ぴょん太の事を知らない児童が集まってきた。

  低学年の男子は騒ぎながら彼を見つめ、高学年の男子は顔を見合わせ、女子は目を隠しつつも指の間から見ている。

  「まずい事になった!早く教室に戻ろう!」

  川助はブランコを止め、ぴょん太の手を引いて校舎に戻った。彼は靴を履いていないため、校舎へ入る前には足を拭かせた。

  「えー、まだ遊びたかったのに…」

  「ああなっちゃ仕方ないよ。ここは集落の外だから、その格好は変な目で見られるんだよ…」

  [newpage]

  3時間目は社会で、テーマは地図の読み方。タブレット学習に向いている題材だ。

  4時間目は体育。今日はランニングで、校庭を5周してタイムを競う。

  「さあ、ぴょん太くんも一緒に走ってみな。」

  牧島先生がぴょん太を仲間に入れてくれたため、合計16頭が走った。

  彼は太っている割に足が速く、太った子では一番早く走り終わった。

  「ハアハア…お前本当に強いな…」

  最後から2番目に走り終えた穴太郎が、ぴょん太を褒める。

  「ぴょん太、よく頑張ったよ!」

  既に走り終えて疲れの取れた川助には、頭をなでられた。他の児童もぴょん太に注目していたため、次々と彼に声をかける。

  「ぴょん太くんは疲れ知らずね!」

  「5周を楽々と走るなんて、お前すごいな!」

  「すごいぞ、ぴょん太!小さな弾丸だ!」

  「エヘッ、みんなありがとう。」

  次は給食の時間。ぴょん太の分はないため、牧島先生や穴太郎と川助をはじめとする児童数名が少しずつ分けてくれた。

  「これが給食なんだ!おいしいね!」

  「俺は毎日この時間が楽しみだ。ぴょん太も食べるのが好きだから、きっと気に入ると思ってたんだ!」

  「こんなおいしい物が毎日食べられるなんて、学校は本当に素敵な場所だね!」

  何でも楽しみを感じるぴょん太の純粋さに、児童たちは癒されていた。

  [newpage]

  [chapter:昼下がりの出来事]

  次は掃除。ぴょん太はほうきを持ち、教室掃除を手伝った。

  穴太郎は廊下掃除を担当するため、川助が彼の指導をする。

  「ほうきはしっかりと両手で持つんだ。それから…」

  「こうやって掃くんだね!」

  「ああ、それはやり過ぎ!そんなに振ったらほこりが飛び散っちゃうよ!

  いい?もっと優しく掃くんだ。ぼくがお手本を見せよう。

  ほら、こんな感じでするんだ。やってみて。」

  「わかった、こうだね!」

  「そう、その調子!」

  次の昼休みには、4年生全員で大縄跳びをする事になった。

  2頭が縄を回し、残り13頭の児童とぴょん太が縄を飛び越える。一度でも引っかかった場合、縄役が交代する。

  「よーし、次々飛び越えてみせるぞ!」

  大縄跳びを初体験するぴょん太は意気込んでいた。端に立つ彼は、1、2回目を華麗にジャンプする。

  ところが3回目のジャンプでタイミングを誤り、回ってきた縄が脚の横を強打した。

  「うぐっ!い…痛いっ!」

  回し役が気づき、すぐに大縄跳びを中断させた。

  「ぴょん太、大丈夫か!?」

  「なんとかね…でも脚が痛い…」

  「ケガしてないといいけどな…」

  穴太郎と川助はぴょん太の両手を握り、保健室に連れて行った。その他の児童も不安げに見つめる。

  4年生の全員が、ぴょん太を好きになり始めていた。

  その様子を、校庭の隅から不満げに見ている子がいた。宇津木くんだ。

  (大縄跳びを中断させても怒られないなんて、いい身分してやがる!俺が失敗したら、みんな俺を責めるのに…

  あんなにちやほやされたなら、あいつはまたこの学校に来るかもしれない。なんとかして手を打たないと…)

  幸い、ぴょん太は脚を少しぶつけただけでケガをしていなかった。5時間目の理科が始まる頃には、もう痛みが治まっていた。

  [newpage]

  [chapter:相撲部]

  今日の授業は5時間で終わる。その後は部活動の時間だ。

  「ほら、ぴょん太もおいで!こっちだぞ!」

  穴太郎はぴょん太を連れ、校舎の離れに建つ相撲道場に行った。彼は相撲部所属だ。

  しばらくして、相撲部の活動が始まった。

  土俵の横には、太った猪が立っている。顧問の[[rb:井上 楽助 > いのうえ らくすけ]]先生(40歳。6年生の担任)だ。

  その前には、5頭の子供が並んでいる。カモシカの[[rb:鴨田 一郎 > かもだ いちろう]]くん(6年生の部長。筋肉と脂肪をバランスよく付けており、この中では一番細い)、カワウソの[[rb:水野 恵介 > みずの けいすけ]]くん(5年生。川助に比べるとかなりの肥満体)、宇津木くん、穴太郎、ぴょん太だ。

  「これより相撲部の活動を始める。

  本日はこの相撲部に、小さなお客さんが足を運んでくれた。能崎 跳くんだ。彼はぴょん太と呼ばれたいらしいから、そう呼んでくれ。

  さあ、ぴょん太くん。前に出て挨拶を。」

  「みんなこんにちは!ぴょん太だよ!よろしくね!」

  穴太郎は部活が始まる前、井上先生に連絡した。「今日だけぴょん太も仲間に入れていいか」と。

  牧島先生から既にぴょん太の事を聞いていた井上先生は、快諾してくれた。

  「まずは準備運動だ。ぴょん太もできる範囲でやってみな。」

  部員たちは筋肉ほぐし、四股、鉄砲を順番にした。ぴょん太も小さい体ながら頑張っている。

  四股を踏めば足を上げすぎてバランスを崩し、鉄砲も力がこもっていない。

  それでも周囲は何も言わなかった。幼い子のため、あまり強い事は言えない。

  「ぴょん太、初めてにしてはうまかったぞ!」

  「えへへ、ありがとう。」

  穴太郎に褒められ、嬉しそうなぴょん太。離れた場所に立つ宇津木くんは、彼を憎々しげに見ていた。

  (あいつめ、四股踏みの最中に何度も転んだり、あそこを何度も丸出しにしたのに怒られないなんて…

  決めた。相撲部が終わったら、あいつをひどい目に遭わせてやろう。そうすればあいつはもうここに来たいとは思わなくなるだろう!そして俺が嫌な気分になる事はない!)

  「では、取り組みを始める。まずは鴨田と水野だ。」

  井上先生が行司になり、2匹による取り組みが始まった。

  やはり部長の鴨田くんが強い。相手の水野くんは彼と対照的に脂肪が多いため、あまり俊敏に動けない。

  「あーあ、また負けちゃったよ…」

  「もうちょっと体の肉を落とせば、強くなれるかもしれないぞ。俺みたいにな。

  もちろん相撲には体重も有利だけど、俊敏さも大切だ。」

  「そうしたいけど、ぼくって食べるのが大好きだから、体重減らせないかも…」

  「できないと決めつけてはだめだ。何事も着実に手を着けなければ。」

  鴨田くんの言葉には深みがある。ぴょん太はそれに感じ入った。

  「お願いします。ぼくも一緒に相撲が取りたいです!」

  「わかった、相手になろう。ぴょん太くんに合わせて手加減するから安心しろよ。」

  今度は鴨田くんとぴょん太の取り組み。結果はぴょん太の勝ちだった。

  「ぴょん太くんの強みは、その意外な素早さだな。そこを生かせば、確実に強くなれるぞ!」

  「はい、ありがとうございます!将来ぼくがここに入学したら、ぜひ相撲を教えてください!」

  「悪いけどそれは無理な話だな。部活動ができるのは4年生以上。君が4年生になる頃には、今の部員は全員ここにいない。

  まあ井上先生はその時でもいると思うから、先生に教わるのが一番だ。」

  その後も取り組みが続く。ぴょん太は穴太郎や水野くんにも勝った。

  「さあ、次は宇津木だ。同じ種族だから仲良くしろよな。」

  宇津木くんはニヤリと笑い、取り組みを始めるとぴょん太の胸に全力で張り手を喰らわせた。

  「うぐっ!!」

  かなりの衝撃が胸を襲い、ぴょん太は倒れ込んで気絶した。

  「まだその程度か。使えないな。」

  井上先生と部員たちが、慌ててぴょん太に駆け寄る。

  「おい、大丈夫か!」

  「しっかりしろ!」

  部員たちが介抱している間、井上先生は宇津木くんを叱った。

  「何をやっている!相手は5歳児だぞ!」

  「俺は何も…ただあいつが弱すぎるだけで…」

  「ぴょん太はまだ幼いんだ。他の皆は手加減していたのを、お前は見ていただろう!」

  「俺は…俺はあいつに強さを見せつけてやっただけだぞ!相撲部員だからな!」

  「強さよりも大切な事がある。それは相手を思いやる優しさだ!

  しかしお前はいつも、相撲に負けると相手を責める。それでは真の相撲部員とは呼べん!」

  「大丈夫か!目を開けてくれ!」

  気絶していたぴょん太は、穴太郎の声で目覚めた。

  「良かった、ぴょん太、目覚めたか!」

  「うん…ぼくは…どうなってたの?

  土俵に立って、そしたら胸を強く打たれて…ああ、痛い!」

  「ぴょん太は宇津木に張り手をされて、気絶してたんだ。本当にあいつは困った奴だ!

  先生が宇津木を叱ってたから、もう大丈夫だと思うよ。」

  「ああ、良かった…」

  [newpage]

  [chapter:いじめられるぴょん太]

  しばらくして、今日の部活動が終わった。

  「この後はシャワーを浴びて汚れを落とすんだ。シャワールームはこっちだぞ。」

  穴太郎が案内しようとすると、宇津木くんが前に出た。

  「俺が案内する。チビうさぎ、来い。」

  「ぴょん太って呼んで欲しいんだけどな…」

  そう言いながらも、ぴょん太は宇津木くんに続いた。

  しかし、案内された場所は道場の裏だった。

  「ねえ、どこにシャワーがあるの?」

  「そんな物は後だ。俺はお前をもっと鍛えてやる。もし逃げたり叫んだら恐ろしい目に遭わせるからな。

  さあ、そこに座れ!」

  「ぼくが…ぼくが何かしたの?」

  「黙れチビうさぎ!行くぞ!」

  ぴょん太は両胸に張り手を喰らわされた。

  「うっ!ぐえっ!でも…ぼくは負けないぞ…」

  「へえ、お前は自分が強くなったと思ってるようだな。でもそれは大間違い。俺がちょっとばかり手加減してやっただけなのさ。

  さあ、まだまだ行くぜ!」

  それから10分ほど、ぴょん太は宇津木くんにいたぶられた。

  頭やお腹を殴られ、耳を引っ張られ、腕をつねられ…

  「もう…やめて…お願い…」

  涙を浮かべながら懇願するぴょん太。その姿はかえって、彼の加虐欲を刺激した。

  「やめねえよ。」

  宇津木くんはぴょん太の腹掛けをまくり上げ、あらわになった股間に蹴りを入れた。

  「うぐっ!」

  大事な部分は肉に埋もれかけているため、幸いにも大きなダメージはなかったものの、衝撃はしっかりと感じた。

  ぴょん太は痛みにうめき、おしっこを漏らした。宇津木くんは笑い声を上げる。

  「ハッハッハ!まるで壊れた水道だな!

  おい、チビうさぎ。お前今でもおねしょしてるんじゃないのか?」

  「してるけど…それが何か…」

  「まさか自分からばらすとは思わなかった!こいつは傑作だ!」

  [newpage]

  そこへ井上先生と穴太郎が現れた。

  「おい宇津木!そこで何をしている!なかなかシャワールームに来ないから何をしているかと思えば、弱い者いじめか!」

  「ぴょん太に何をするんだ!すぐやめろ!」

  鴨田くんと水野くんも駆けつける。

  「何というひどい事を…それでも相撲部員か!」

  「こんなの許せない!ぴょん太くんがかわいそうだと思わないの?」

  「俺は…俺はただ…こいつが憎いから…」

  「話は私が聞こう。鴨田と穴田と水野は、ぴょん太くんをシャワールームへ頼む。」

  「わかりました、先生。」

  井上先生はまた、宇津木くんを叱り始めた。穴太郎たちはぴょん太を囲み、シャワールームへ案内する。

  鴨田くんは彼を落ち着かせ、事情を聞いた。

  「一体、あいつにどんな事をされたんだ?」

  「殴られて、つねられて、蹴られたんだ!それはもうあちこちさ!

  本当に痛くて、怖かった…もうここには絶対来ない…」

  「ああ、それはさぞ辛かっただろう…あいつは生意気な奴だと思っていたが、それほどひどい事をするとは思わなかった。

  俺たちはそんな事を絶対にしないから、安心していいぞ。」

  「さあぴょん太、汚れもおしっこも嫌な気持ちも、シャワーで洗い流そうぜ!」

  「もう怖くないからね。さっぱりして気持ちよくなろう!」

  大好きな穴太郎や、自分を心配してくれる2頭と過ごすうち、ぴょん太の心は落ち着いた。

  全身ドライヤーで毛皮を乾かす頃には、すっかり元気になっていた。

  [newpage]

  [chapter:別れの時]

  それから約10分後、車で通学する児童たちの親が迎えに来た。

  それ自体は普段通りの光景だが、今日は能崎家の車も来ている。ぴょん太の両親は日中、川助の母親に終業時刻を聞いていた。

  「あ、お父さんにお母さん!」

  「ぴょん太、学校は楽しかったか?」

  「うん、とっても!」

  「みんなに迷惑かけなかった?」

  「穴太郎や川助が一緒だったから大丈夫だよ。」

  両親は、井上先生や牧島先生にもお礼を言った。

  「突然お邪魔したうちの子を暖かく受け入れてくださって、本当にありがとうございます。」

  「こんな格好でお邪魔するとは予想もしていませんでした。何とお礼を言えばいいのやら…」

  「いいんですよ。子供たちが誰も成長しなくなり、同じ日常が何年も続いていましたから、変化が欲しいと思っていたんです。」

  「ぴょん太くんはずっとここに憧れていたのでしょう。いい刺激になって良かったのではないかと思います。」

  「先生、さようなら!」

  「さようなら、ぴょん太くん。君が入学する日を何年でも待ってるよ。」

  ぴょん太は車の窓から、遠ざかる学校と教師たちに手を振った。

  「今日はどんな事があったんだ?家に帰ったら聞かせてくれ。」

  「そうだ、今日はおばあちゃんの家で夕食にする日よ。おばあちゃんがいる時に話しましょう。」

  [newpage]

  夜。ぴょん太は両親や父方の祖母と夕食を摂りつつ、今日の出来事を夢中で話していた。

  「それから相撲部に行った。みんな優しかったけど、ぼくはひどい目に遭ったんだ。

  意地悪な子がいて、ぼくの事が気に入らないみたいで、ぼくはいじめられた。」

  祖母が問いかける。

  「おや、どんな事をされたのかい?」

  ぴょん太はすべてを話した。

  「何という恐ろしい子だろう。その宇津木という奴はどこに住んでるんだい?」

  「知らないよ。もうあんな子には会いたくない。」

  「しかし、私たちの土井中村は平和な場所。害をなす者は直ちに立ち去るべきだ。

  跳、安心しておくれ。奴らの家族はもうすぐこの村からいなくなるからね。」

  「そうだ。村の平和を取り戻さなければな。」

  「ええ、私も跳もこの村が大好きだから。」

  ぴょん太は気づかなかったが、両親と祖母の表情が険しくなっていた。

  [newpage]

  [chapter:さようなら宇津木くん]

  それから1週間後、土井中小学校の朝礼で宇津木くんの転校が発表された。

  教師や児童たちは別れの挨拶をしたが、それは儀礼的な物ばかり。皆、内心では「やっと意地悪な奴がいなくなる!」と喜んでいた。

  (これで相撲部も平和になるな!)

  穴太郎も内心で喜んでいた。

  翌朝、宇津木くんと両親は車で村を出た。車内には怒鳴り声が響いている。

  「本当にもう、全部あんたのせいだからね!この村で誰かをわざと傷つけたらどうなるか、何度も言ってあったでしょ!」

  「もしそうなれば、村八分にされるんだぞ!まさか俺たちがあの狼と同じ目に遭うとはな…」

  「話しかけても無視される。そうかと思えば向こうから暴言を吐かれる。あんたのせいで無関係な私たちの居場所がなくなったのよ!」

  「とりあえず俺の実家に避難するが、俺の就職先はまだ決めていない。早く決めなければ…」

  宇津木くんは口を挟んだ。

  「俺は悪くない。あいつばかりちやほやされるから腹が立っただけだ!」

  「黙れ!手を出すお前の方が悪いんだぞ!」

  「本当に呆れたわ。あんたは末代までの恥よ!」

  [newpage]

  [chapter:エピローグ]

  父親の実家は隣の県にあるため、そこへ行くまでに高速道路を使う。車はサービスエリアで休憩した。

  宇津木くんはトイレの個室に入り、文句を言っている。

  「全く、俺は悪くないってのに!勝手に来たガキはあんなに褒められてばかりで、部員の俺がなんで怒られるんだ!

  誰か、俺を認めてくれ…俺のした事が正しいと誰か言ってくれ…」

  すると、目の前で闇が渦巻き始めた。その中から声がする。

  「お前は皆に嫌われた。誰にも愛されない。誰にも認められない。そうだろ?」

  「な、何だお前!?」

  「お前の味方だ。この先に進めば、誰もがお前を愛してくれる。お前にとって居心地のいい世界が広がっている。

  素晴らしい生活が送れるぞ。保証しよう。」

  「気に入った。すぐ行こう!」

  すると闇がさらに大きくなり、宇津木くんが入れるサイズになった。

  彼はその闇をくぐり、そのままサービスエリアには戻らなかった。

  その後、宇津木くんはどうなったか?

  その話は、別の機会に。

  [chapter:おしまい]

  執筆期間:2024/4/18~5/4