クリスマスって言って世間は浮かれ騒いでいるが、家族もいないやつには独り身が辛いだけのイベントだ。
街中に溢れるイルミネーション、かじかんだ手を繋いで相手の顔よりも周りに見とれ、時折恋人の顔を伺い見れば、視線に気が付いた恋人は照れ臭そうに向けてくる笑顔は目が眩む。
どうしようかと焦って思わず、俺たちに気を使って少し離れた場所にいるアントニオに視線を向ければ、アントニオは「あほっ! そこはガーーーーーッと行けっ」と視線、身振り手振りで訴えてくる……んなことできるかっ!
そんないい思い出があるクリスマスはもう二度と訪れない。
それは十年以上前の話。
クリスマスという世間が浮かれ騒いでいる、今日この日、独身ビーフが何をしているかと言えば、俺の家でコーヒーメーカーを設置していた。
牛の会社で新しく参入しようとしている分野で、試してほしいと牛が言われたらしいが、何故か俺のクリスマスプレゼントになってしまった。
牛曰く「目覚めの一杯で遅刻しなくなる」だそうだ。起きれなきゃ珈琲なんて入れる暇ねぇだろ……。
「うっしっ。こんなもんだろ」
牛が俺に珈琲を差し出してくる。
「ほら、飲んでみろ。うまいぞ」
「お前なァ。珈琲なんて缶で充分……うまいな」
「だろ?」
認めるのは悔しいが、確かに牛の入れた珈琲は缶なんか比べもんにならないくらいうまい。下手をすれば珈琲専門のチェーン店のやつよりもうまいんじゃないかと思ってしまう。ま、んなもんは滅多に飲まねぇけどな。
牛が嬉しそうな顔をするんで、俺もつられて笑ってしまう。
「こいつをセットして、後ろに水入れて、このボタンを押すだけだ。な? 簡単だろ?」
牛が操作を教えてくれる。確かに簡単で、これなら俺でもできそうだ。見てた限り、牛がボタンを押して出来上がるまでそんなに時間が経っていない。本当に一瞬でできるんだから、文明の利器ってのはすげぇ。
「これでお前の生活の友は酒ってのも少しは改善されるぞ」
「うっせー。お前だって、ミス・ウィスキーが恋人じゃねェか。お蔭で俺は今年もお前と過ごす羽目になっちまった」
いつもの軽口のつもりだったが、牛の表情を見て、失敗したと思った。
いつもなら「お前だって、一人だろ」と突っ込まれるところだ。
だが、奴は真剣な表情で……心底心配だと視線で訴える。
「お前、バーナビーと過ごさなくてよかったのか? 一年ぶりなんだろ?」
こういう時、親友は損だ。
いや、アントニオの性分が損というか……気遣いも過ぎると怒るポイントだ。
「バニーちゃんなら早速スポンサー主催のクリスマスパーティに呼ばれてったぜ」
「スポンサー主催? お前は行かなくていいのか?」
「ばーか。誰が二部のロートルヒーローなんかに興味あるんだよ? 一部なら兎も角な。それに、どっかの独身ビーフが一人さびしく俺と過ごすクリスマスを心待ちにしてるって知ってたからな」
俺は毎年、クリスマスをアントニオと過ごす。
友恵が生きていたころは、友恵とアントニオと、他に誘える奴がいたらそいつも誘ってどっかに行く。
アントニオを一人にはしない。特にクリスマスやバレンタインなんかの恋人同士のイベントは……友恵と約束したから。俺と友恵の一番の友だちに寂しい思いはさせないって。それに……。
「ほらっ! 呑もうぜっ! 今日はクリスマスだからなっ!」
「ん? コーヒーをか?」
「あほっ! 酒に決まってんだろっ!」
「だろうな。だが、明日も仕事だ。ほどほどにしとけ」
「うるせーよ。お前は俺の母ちゃんかよ? 一緒に飲もうぜ」
何もかも忘れて……。
今日の為に買ってきたシャンパンを引っ張り出して、コップを手渡す。
「……親友だろ? 付き合えよ」
親友じゃなかったら、この関係は何と言えばいいんだろうか? 浮かんだ考えを一瞬で消し去り、牛の手にあるコップにシャンパンを注ぐ。勿論、シャンパングラスなんて気が利いたものはないから単なるグラスだ。
「ま、クリスマスの一杯目だからな」
「あぁ、そうだな」
バニーが知ったら目くじらを立てそうだが、アントニオと同時にグラスを傾けてカチンと鳴らす。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
チキンもケーキもない。あるのは、アントニオ用ミス・ウィスキーと俺用焼酎(だが、牛も飲む)。
酒のつまみは、昔話だろう。
The end.