――本当に「これから」だった。
――未来は希望に満ちていた。
その日、何かが変わるはずだった。
――されど、現実は残酷なもの。
BEE BEE BEE……
鳴り響くPDAに応え、バーナビーと虎徹は休みを返上して、急ぎトランスポーターに乗り込んだ。
今日は二人揃ってオフだった。二部ヒーローで互いに特にやることがなく暇を持て余していた頃からの習慣で、今日もバーナビーの家で過ごしていた。互いに一部に上がったせいで二部の時のように時間は取れないと思っていたが、そうでもなかった。
以前一部のヒーローとして活躍していた頃はバーナビーの方が人気が高く、ワイルドタイガーはあくまでおまけ的な扱いであったため別行動が多く、すれ違いが多かったが、今回ワイルドタイガーが一部に復帰したのは市民の反響が大きかったからである。当然メディアが放っておくはずがなく、ワイルドタイガーは引っ張りだこ、当然の如くメディア受けするバーナビーとコンビで、という依頼が殺到し、結果として別行動が減り、共に過ごす時間が多くなった。
前日もスイートルームを使ったスチール撮影が長引き、翌日がオフということもあり、そのままバーナビーの家で一夜を過ごした。いつものようにバーナビーの家に常備されている極上のワインを呑み、いつものように寝落ちして朝を迎え……バディとして過ごす極々普通の日常。本来なら男同士で、それ以上のことがあるはずがない。
本来なら相棒は相棒以上に成りえない。
本来なら――転機はジャスティスディの女神事件の前。
相棒は色々なものを受け入れすぎた。
どんな過酷は現実も受け入れ、そして……だから、ふとバーナビーは思ってしまった。
――どんな要求をしても虎徹さんは受け入れてくれる……?
始めは些細な提案だった。
二人とも用事がない日は絶対にどちらかの家で呑む。
その要求があっさり受け入れられてしまったのが始まりだった。
徐々にエスカレートする要求。だが、どんな要求でも虎徹はあっさりと受け入れてしまった。
エスカレートしてはいったが、バーナビーが虎徹の許容範囲内で要求していたせいもあったが、それでもある未来をバーナビーが夢見てしまうには十分な反応だった。
「虎徹さん」
バーナビーが着替えをしている虎徹に呼びかける。
「ん? なに、バニーちゃん?」
座って着替えていた虎徹がバーナビーを仰ぎ見た。
「今日……事件が終わったらうちに来てくれませんか? 聞いてほしいことがあるんです」
「いいぜ」
バーナビーのお願いに、虎徹は即答で返事をした。
「聞いてほしいこと」がなんであるか、どういうことであるか問うこともせず、あっさりと受け入れてしまった。
「虎徹さんっ! あ、あの……僕……」
「バニー、まずは事件を片付けちまおうぜ。話はそれからだ」
着替え終わった虎徹が立ち上がり、バーナビーの肩を叩く。
「約束ですよ。終わったら、僕の話を聞いてくれるって」
「わかったわかった、約束するって指切りな」
軽く小指と小指を絡めた後、二人はフェイスマスクを下ろして走り出した。
そこにはオフでだらけきっていた二日酔いの男たちはいない。
助けを求める声に応えるヒーローがいた。
[newpage]
バーナビーは長い廊下を歩きながら窓の外を何気なく見た。
都内の決して広くはない校庭では生徒たちが所狭しと走り回り部活動に勤しんでいる。
成績優秀、スポーツ万能のバーナビーも本来なら部活に勤しむ生徒の一人となっていたはずだった。事実、高校三年になり、三年生が引退するまで半年を切った今ですら部活動の勧誘は後を絶たない。
だが、バーナビーには部活よりも大切なことがあった。学校生活は仕方がない。学歴はいざというとき物を言う。もしもあの人が手の届かない殿上人だったとしても、学歴を下地にすればバーナビーの優秀さなら手が届かないはずがない。だが、もしも学歴がなければ……万が一の可能性を想像してしまい、バーナビーの背筋に冷や汗が流れる。
バーナビーは不安を振り払うかのように頭を一振りすると、職員室に向かうべく視線を進行方向に向けた。
噂好きの女子高生たちの横を通る際小さな悲鳴が上がったが、いつものことなので特に気に留めることなく足を進める。
バーナビーにとって、同じ年の女子など恋愛の対象には成りえない。否、老若男女問わず、どんなに可愛い子でも、どんなに美形でも、どんなに名声を得ている人物でも、恋愛の対象に成りえない。
バーナビーには、ずっと昔から唯一無二の存在がいた。
遠い過去、この世界では吸血鬼や魔女と等しく幻の存在としてしか語られないN.E.X.T.という超能力者たちが当たり前のように居た時代、バーナビーはそんな時代に生まれ育った。勿論、現世の話ではない。前世の話だ。
バーナビーはその時代で、親をウロボロス――親に親友であり、育ての親であるマーベリックに殺され、ヒーローという職業についていた。
ヒーロー……エンターテイメント化されたドキュメンタリ番組――HeroTVで活躍する司法局に認可された超能力者たち。
親の仇を知らなかったバーナビーはヒーローとやりながら、犯人の手掛かりをずっと探し続けていた。真犯人が直ぐ傍にいるとも知らずに……。
そんなバーナビーとバディヒーローとして活躍したのがワイルドタイガーこと鏑木・T・虎徹……バーナビーがずっと片想いしている相手だった。
コンビを組んだ当初はそんな気は更々なく、むしろ邪魔なおじさんとしか思っていなかったが、親の仇だと思い込まされたジェイクを倒した頃から気になり始めた。
しかし、真犯人であるマーベリックの罠にはまり、殺人犯扱いし、危うく殺してしまうところだった。最悪の事態は避けられたが、全てに決着がついた頃には、バーナビーは自身の心に自信が持てなくなっていた。
――もしかしたら、この恋心は偽りかもしれない。作られたものかもしれない。
マーベリックへの複雑な心境も、相棒への想いも、全てに踏ん切りを付けるべく、バーナビーはヒーローを辞め一年世界中を放浪し、一つの結論に辿り着いた。
――親も仇だが、マーベリックへの思慕は本物だった。
結論が出てしまえば簡単なことだ。
バーナビーが虎徹を特別に思う気持ちは本物だ。だが、相手はバツイチ子持ちの年上の同性。共に駆け回ったシュテルンビルトを離れ、今は実家のあるオリエンタルタウンで娘と一緒に住んでいる。バーナビーには手の届かない存在だった。
だからこそ、せめて己の活躍を見てシュテルンビルトに戻りヒーローに復帰する決意をしたのだが、相棒は一足早くヒーローに復帰していた。
そして……
バーナビーは左手の小指をそっと撫でた。
最後に虎徹と触れ合った指。
あの時の約束は果たすことは出来なかった。
もしも、今世、バーナビーが生まれ変わった理由があるとしたら……もしも、前世の記憶があることに意味があるとしたら……あの約束を果たすことだと思いたい。
バーナビーは晴天の空を見上げ、呟いた。
「僕は、今もあなたに恋しています」
終わってイイデスヨネ?