[chapter:プロローグ]
「なんという事だ…」
「これは防ぎようがありませんな…」
この言葉から、すべてが始まった。
[newpage]
[chapter:いつものような朝…?]
ケモノ界のさいたま市[[rb:大上区 > おおかみく]]。時は10月のある土曜日、朝7時。
太ったシマリスの[[rb:栗田 永雄 > くりた ながお]]くん(小学4年生)は、カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました。
(ああ、よく寝た…)
カーテンを開けると、抜けるような青空が広がっていた。
(今日は土曜日。いっぱい遊ぶぞ!)
洗顔や着替えなどを済ませ、1階へ。
「おはよう…あれ、どうしたの?」
父の[[rb:純一 > じゅんいち]]と母の[[rb:幸江 > ゆきえ]]は新聞を覗き込み、不安げな表情を浮かべていた。
「永雄、おはよう。これを見てくれ。」
紙面を見た栗田くんは、驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
「ええっ、何だって!?」
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[chapter:絶望する栗田くん]
該当記事の文面を要約すると、次のようになる。
「前代未聞の巨大隕石発見
日本時間で本日21時頃、地球に衝突予想
地球滅亡の確率は99.9%」
「昨日の夜発見されたから、まだ対策もできていないのよ。しかも、この近所に落下するみたいなの。」
「これは夢だ!夢に違いない!ぼくはまだ夢の中にいるんだ!」
腕をつねったが、目は覚めない。
「いてっ!…いや、痛みを感じる夢かも…」
「夢じゃないわ。悲しいけどこれは現実なのよ。」
栗田くんは絶望して泣き出した。
「そんな…ぼくはまだまだやりたい事があったのに…」
父親が語りかける。
「永雄、世の中には終わりのない物などないんだ。
大昔に地球上で繁栄した恐竜たちだって、隕石の衝突で滅亡した。ケモノの時代にも終わりが来たんだよ。」
しかし彼は泣き止まない。
「この家も、学校も、あれもこれも今日の夜にはなくなっちゃうんだ!そんなの絶対に嫌だー!」
両親がなだめても無駄だった。朝食の味もほとんどわからないまま飲み込み、自分の部屋に閉じこもってしまった。
栗田くんはベッドを涙で濡らしていた。
(ううっ…相撲の道を極めたかったし…海外旅行もしたかった…でもそれもできないなんて…)
その時、インターフォンが鳴った。1階から母親が呼ぶ。
「永雄、稲荷山くんが来たわよ!」
(稲荷山くんか…どうせ今日が最後なんだし、会っておくか…)
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[chapter:大上区最後の日]
涙をこぼしながら玄関へ。太ったキタキツネの[[rb:稲荷山 紺助 > いなりやま こんすけ]]くん(栗田くんとは親友同士のクラスメイト)が立っていた。
「稲荷山くん、もう二度と会えなくなるなんて寂しいよ…」
「栗田くん、泣かないで。最後の日も笑って過ごそうよ。」
「こんな状況で…笑えるわけないよ…」
「世界が終わるからと言って泣いていると、最後の日を悲しく過ごすことになるよ。
この町も今日で見納めだから、最後に見ておこうね。」
「そうだね…」
栗田くんは靴を履き、稲荷山くんと共に玄関を出た。
2匹は住宅街を歩き、ケモノ小学校埼玉校の前へ。土曜日のため校門は閉まっている。
「栗田くん、毎日給食が楽しみだったよね。」
「でも給食はもう食べられない!」
「…勉強はちょっと難しかったけど、楽しかったよね。」
「でも勉強ももうできない!」
「…相撲部は何よりも楽しかった。一番の思い出じゃないかな。」
「でも相撲ももうとれない!うわーん!」
稲荷山くんは思い出を語り合おうとしたが、栗田くんは一向に泣き止まない。
15分ほど歩き、大上駅の近所へ。この辺りには高層ビルや商業施設が並んでいる。
道路では渋滞が発生し、駅構内も大混雑。各所でケモノたちが騒いでいる。
実家に帰るため急いでいるヒグマの男性。泣く娘をなだめるカワウソの母親。
栗田くんはそれらを見てますます恐ろしくなり、一層激しく泣き出した。
「ああ、今日で本当に何もかも終わりなんだ!信じられないけどこれが現実なんだ!」
「落ち着いて、栗田くん。他の場所も見ておこうよ。」
次に向かった場所はキャッスル・オブ・フード。世界各地の料理が揃う食べ放題レストランで、建物は城を模している。
5月の開店以来、栗田くんは月に2回のペースで訪れている。稲荷山くんも数回訪れた。夏休みには両家合同で訪れた事もある。
今日は入り口に長蛇の列ができている。
「これは入るの無理だね…」
「最後に行きたかったな…」
「まあ、建物だけでも目に焼きつけておこう。」
その時、列の中から声をかけられた。
「おっ、栗田と稲荷山じゃないか!」
そこには狼の[[rb:大木 上 > おおき かみ]]くん、キタキツネの[[rb:近藤 四楠 > こんどう ふぉくす]]くん、ハイエナの[[rb:左 八一 > ひだり やいち]]くんが並んでいた。
全員が6年生で、かなり太っている。特に近藤くんは相当な肥満体で、ケモノ小学校埼玉校の児童では最重量だ。
「君たちも食べにきたのか?」
「いや、ぼくたちはただ散歩をしてるだけだよ。何時間ぐらい並んでる?」
「もう2時間半は並んだよ。この分では入店は午後かな。」
「それじゃあ、かなり時間を無駄にするんじゃない?」
「まあ、そうなるだろうね。でもこれでいいんだ。」
「最後に3匹で思いっきり食べるんだぜ!」
「この腹がいっぱいになってもまだ食べ続けるつもりだ!」
「そうか…君たちは世界の終わりが怖くないの?」
「そりゃ怖いけど、最後の日を楽しみたいんだ。」
「1日を恐怖に震えていちゃもったいないよ。」
「ああ。今日はがっつり食うつもりだぜ!」
それを聞いた稲荷山くんは言った。
「ほら、栗田くんも泣き止みな。」
「わかった…」
2匹はその後も各所を訪れ、同級生たちと出会った。
大上スピードシティ近くのビルには、図書館が入っている。そこでは白うさぎの[[rb:場丹井 姫子 > ばにい ひめこ]]ちゃんが小説を読んでいた。
「この本、すごく読みたかったの。だから今日読んでおこうと思ってね。」
近くの公園では、白猫の[[rb:金子 真里 > かねこ まり]]ちゃんと太った黒猫の[[rb:猫山 苗太 > ねこやま びょうた]]くんが日なたぼっこをしていた。
「最後の日だから、太陽の光を浴びておこうと思ったの。気持ちいいわ…」
「ぼくも真里ちゃんと一緒に過ごせて幸せだよ。最後の思い出にぴったりだ!」
ウルフデパートのおもちゃ売り場では、ぽっちゃりしたアライグマの[[rb:新井 楽 > あらい らく]]くんが大量のおもちゃを買っていた。
「最後の日だから、お金をみんな使うんだ!お小遣いも貯金もありったけ使ったよ!今日の午後はこれで遊びまくるんだ!」
それらを見るうち、栗田くんの心境が変わってきた。
「なんだ、みんな怖がっていないじゃん!ならぼくも楽しまなきゃ!」
「そう、それでこそいつもの栗田くんだよ。」
彼からは次第に恐怖が消え、帰宅時には既に泣き止んでいた。
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[chapter:笑顔の戻った栗田くん]
「ただいま!」
笑顔で帰宅した栗田くんを見て、両親は安堵した。
「永雄、やっと落ち着いたようだな。」
「うん。最後の日も楽しく過ごすぞ!」
「良かったわ。昼食ができたわよ。」
「今日はオムライスだぞ!」
「オムライス?やったー!」
栗田くんは隕石のニュースを知ってから、初めて素直に喜んだ。
「いただきまーす!」
一家は食事の間に、様々な事を語り合った。
「ねえ、ぼくが生まれたときってどんな気分だった?」
「ああ、初めての子供だったから親戚一同で喜んだよ。
そして『長く生きるように』という思いを込めて『永雄』と名付けた。お父さんが命名したんだぞ。
10年しか生きられないなんて、その時は思いもしなかったよ…」
「いいんだ。短い一生かもしれないけど、ぼくにとっては長く感じられたよ。
この世に生まれ、いろんなケモノと出会い、いっぱい遊んで食べて勉強した。満ち足りた一生だったよ。」
「そんな風に考えられるなら幸せだな。」
昼食が済んでしばらくすると、電話がかかってきた。栗田くんが受話器を取る。
「はい、栗田です。」
「こんにちは。[[rb:雪見 > ゆきみ]]カトリーヌ[[rb:理沙 > りさ]]ですわ。」
相手はホッキョクギツネの理沙ちゃんだった。
「理沙ちゃん、どうしたの?」
「世界が終わるから、今日の夜に晩餐会を開こうと思いますの。良かったら6時半ぐらいに来てくださらない?」
「いいね!家族で行くよ!」
通話を終えた彼は、早速両親に伝えた。
「いいじゃないか!」
「最後の思い出ができるわね!」
「ぼくも嬉しいよ!最後においしい物が食べられるからね。」
[newpage]
[chapter:最後の晩餐]
18時15分。栗田一家は自宅の部屋をすべて周り、玄関へ向かった。
「もう、この家に足を踏み入れることはないんだね…」
「そうだな。ここで暮らした日々は長いようで短かった…」
外に出ると、空には星が輝き始めていた。
「あの星のどれかが、もう地球に迫ってるんだね。」
「そうだな。あと3時間もしないうちにケモノの歴史は終わる。」
「数千年の歴史の終わりがすぐそばで見られるなんて、最後の思い出にぴったりね!」
18時半ちょうど、雪見家に着いた。
「栗田家の皆さん、ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ。」
執事のグリムズ・スカンダー(イギリス出身のスカンク)に案内された大広間では、理沙ちゃんとその両親(父のフィリップ・ルナールと母の雪見 すみれ)、真里ちゃん、猫山くん、稲荷山くんと妹の[[rb:万梨阿 > まりあ]]ちゃん(3年生)が待っていた。
3匹のホッキョクギツネは換毛が進んでおり、白黒のまだら模様になっている。
「栗田くん、最後の思い出を作ろうね!」
「うん!ところでみんなは子供だけで来てるの?」
真里ちゃん、猫山くん、稲荷山くんが順に答えた。
「私のお父さんとお母さんは、弟と一緒におばあちゃんの家に行ってるのよ。」
「ぼくのお父さんとお母さんと弟は、最後は家で過ごすって。」
「ぼくのお母さんは、単身赴任中のお父さんと電話するんだ。」
雪見家を初めて訪れた純一と幸江は、室内を見回している。
「すごい豪邸だな…」
「最後の思い出作りにぴったりね!」
しばらくすると、シェフのラトン・ラブーシュ(フランス出身のアライグマ)と6匹のメイド(白猫、白うさぎ、アライグマ、レッサーパンダ、キタキツネ、カワウソ)がワゴンを押しながら入ってきた。
「さあ皆さん、ごちそうをどうぞ!」
ワニ肉ステーキ、七面鳥の丸焼き、カレーライス、ブイヤベース、刺身、稲荷寿司、餃子…何種類ものごちそうが、次々と料理用テーブルに並べられた。
「ありったけの食材を使って、今朝から作ったんですわよ。」
「皆さん、最後の晩餐のためにありがとうございます。」
「ぼくたちはこの料理をおいしくいただきます。」
栗田くんと稲荷山くんは理沙ちゃんにお礼を言ったため、成獣たちは感激した。
「なんと感心な子供たちだ…」
「やはり、食への意識が強いようだ。」
「いただきまーす!」
最後の晩餐が始まった。今日はスカンダーやラブーシュ、メイドたちも一緒に食べている。
「スカンダーさんは執事になって楽しかったですか?」
「もちろんです、栗田様。私は雪見家のためによく働きましたが、もうそれもできませんね。
今日はロンドンの家族とリモート通話をしましたが、やはり生で会いたかったですね…」
時刻は19時。隕石衝突まであと2時間だ。
もう誰も怖がらず、様々な思い出を語り合った。
19時半には、すべての皿が空になった。
「さあ、お次はデザートです。」
10分ほどして、デザートが運ばれてきた。ケーキ、ビスケット、ドーナツ、シュークリーム、クレープ、紅茶、ジュース…またしてもかなりの量だ。
「さあ、最後だからたくさん食べるぞ!」
「私も思いっきり食べるわ!もう体重なんか気にしなくていいわね!」
普段は小食の真里ちゃんも、デザートを頬張った。
20時45分には、デザートの皿もすべて空になった。
「ああ、お腹いっぱいだ。これで思い残す事はもうないよ…」
栗田くんは大きく膨らんだお腹をなでた。
「ぼくももう食べられないけど、もうお腹に入れる事もないから安心だ!」
稲荷山くんがお腹を叩くと、特大のげっぷが出た。
「ちょっと、お行儀悪いわよ!」
「真里ちゃん、最後の日ですから少しは寛容になりましょうよ。」
真里ちゃんと理沙ちゃんも、服がきつそうだ。
猫山くんや万梨阿ちゃんも、パンくず1つ入らないほどお腹に詰め込んだ。
もちろん成獣たちも例外ではなく、スカンダーは服のボタンが弾け飛んでしまった。
[newpage]
[chapter:ついに時が来た]
「あと10分ですわよ。」
一同は理沙ちゃんの案内で、3階の部屋に向かった。大型の望遠鏡が用意されている。
初めに理沙ちゃんが覗いた。
「もう近くまで迫っていますわよ。皆さん、交代で覗きましょう。」
「すごい…」
栗田くんは息を呑んだ。巨大隕石が迫ってくる。
「みんなも見てよ。こんなの1回しか見られないよ。」
全員が次々と覗いた。
「これは美しいわ…」
「なんて綺麗なんだろう…」
「最高の眺めですわ…」
「ああ、ロンドンの家族にも生で見せたかった…」
20時55分、隕石は肉眼で見える大きさになった。
「みんな、最後は手をつなごうね。」
栗田くんの提案に、全員が賛成した。
隕石衝突まで残り3分。全員が同じ事を考えていた。
(この地球に生まれて、幸せでした…)
しかし、衝突の瞬間は恐ろしい。栗田くんは恐怖で目をつぶった。
しばらくして、轟音が響いた。
何もかもが一瞬のうちに砕け散り、すべての大陸が破壊された。
地球は粉々に破壊され、ケモノの歴史は終わりを告げた。
[chapter:ケモノ小学校埼玉校 完]
…となるはずだった。
[newpage]
[chapter:奇跡]
しかし、衝突音が聞こえない。
栗田くんが恐る恐る目を開けると、隕石は軌道を変え、地球を逸れていった。
「どうしたんだろう?」
「でも待って。考えてみてよ。軌道が変わったという事は…」
「そうか、地球は救われたんだ!」
これには全員歓喜した。
「稲荷山くん、明日からも遊べるね!」
「また学校にも行けるし、友達にも会えるよ!」
「相撲もまたできるね!」
「私もロンドンの家族に会える!」
「でもどうしてああなったのかしら?」
「まあいいじゃないの。救われたのよ!」
その瞬間は、世界中が喜びに包まれた。
しかし、真里ちゃんと理沙ちゃんが表情を変えた。
「待って、こうなるならあんなに食べるんじゃなかったわ…」
「私もですわ。たくさん運動して、カロリーを消費しないと…」
栗田くんがフォローする。
「いっそのことぼくたちみたいな体型になったら?そしたら女子相撲部を作ってもらうように頼んでみるよ。」
「私は太りたくないのよ!もう、栗田くんったら!」
「いや、冗談だよ…」
これには全員が笑い、つられて栗田くんと真里ちゃんも笑った。
後で判明したが、かなり小さな隕石も少し遅れて地球に向かっていた。それが大きな隕石に衝突し、軌道修正を起こした。
小さな隕石は跳ね返って地球に落下したが、海の中心に落ちたため大きな被害は出なかった。
[newpage]
[chapter:エピローグ]
それからしばらく、ケモノ界は隕石の話で盛り上がっていた。
栗田くんや稲荷山くんなどは、休み時間の度に隕石の事を周囲に話す羽目になった。
「もう何回話しただろうね?」
「ぼくもだよ…でも良かったね!」
「うん。奇跡って本当にあるんだね!」
「これからも相撲ができるし、食事もできる。そして何より親友の栗田くんと一緒にいられる!」
「ぼくも同じ気持ちだよ。」
栗田くんと稲荷山くんは、お互いに友情を確かめ合った。
[newpage]
一方、新井くんは号泣していた。
「ああ、ぼくはなんて事をしてしまったんだ!おもちゃはたくさん買えたけど当分は金欠だよー!」
[chapter:おしまい]