第32話「謎だらけの転校生」

  [chapter:プロローグ]

  時は2022年7月2日土曜日、場所はケモノ界のさいたま市大上区。それは午前中に始まった。

  住宅街に建つ大豪邸。ホッキョクギツネの雪見一家と使用獣たちが暮らしている。

  娘の雪見カトリーヌ理沙ちゃん(小学4年生。日本とフランスのハーフ)は、クラシック音楽のレコードを聴いていた。換毛が終わり、灰色の夏毛となっている。

  執事のグリムズ・スカンダー(イギリス出身の若いスカンク)と6匹のメイド(白猫、うさぎ、レッサーパンダ、アライグマ、カワウソ、キタキツネ)は掃除や洗濯の最中。シェフのラトン・ラブーシュ(フランス出身の太ったアライグマ)はキッチンで料理本を読んでいる。

  両親(父親はフランス出身)は花を楽しむため、広い庭に出た。

  「今年も百合が咲いたわよ。」

  「おお、きれいだ!去年よりも上かもな。」

  ここまでは普段通りの日常。しかしその日は変わった事が起きた。

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  [chapter:知らない子がやってきた]

  「ねえあなた、あれ見て!」

  「どうしたんだ…ありゃ誰だ!?」

  庭の片隅に、誰かが倒れている。

  「おい!君、大丈夫か?」

  慌てて駆け寄る父親。それは黒い牛の少年だった。筋肉質で、理沙ちゃんと同年代だ。

  その声で気がついたらしく、少年は体を起こした。

  「あ…あなたは誰ですか?」

  「この家の主さ。君は?」

  「ぼくは…誰だろう?名前もわからないし、どこから来たかも思い出せないんです…」

  「迷子かもしれないな…かわいそうだからうちで休みなさい。私は君の家族を探してあげるから。」

  牛の少年はリビングへ。父親は家のケモノを全員集めた。

  「庭に迷子が倒れていた。家族が見つかるまで、ここで預かる。

  私はこの子の情報を探すから、その間みんなは自己紹介をしてくれ。」

  父親はスマートフォンの操作を始め、全員の自己紹介が終わった時点で一同に伝えた。

  「インターネットで調べたが、『牛の子供が行方不明になっている』という情報は見つからなかった。ではいったいどこから…

  そうだ、防犯カメラも調べよう。どうやってここに来たかわかるはずだ。」

  雪見家の庭には、防犯カメラが4台設置されている。

  理沙ちゃんと両親、スカンダー、少年はモニター室へ行き、カメラに記録された映像を確認した。現在は10時半。

  7時、8時、9時、10時…少年の姿は見えない。

  10時から早送りで見ていると、10時10分の時点で少年が現れた。

  「こ、こんな事が起きるとは…」

  誰かに連れ込まれたわけでも、自分で入り込んだわけでもない。突然倒れた少年が現れた。

  「いったいどこから…」

  「まさか、ワープ!?」

  「こんな事、信じられませんわ…でも記録されている以上、信じるしかないですわね。」

  「この子をどうしましょう?」

  父親が答える。

  「我が雪見家の養子にします。名前もこちらで付けましょう。

  どこから来たかもわからないなら、返す方法もわからない。ここに来たのも何かの縁でしょう。

  さあ、今日から君はうちの家族だ。どんな名前が欲しい?」

  「そうだな…かっこいい名前がいいな。」

  「それでは、私とお母さん、理沙で考えておく。君はしばらくリビングで待っていてくれ。」

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  [chapter:家族が増えた日]

  20分後、リビングでくつろぐ少年の元に雪見一家が来た。

  「名前を考えた。今日から君は『雪見 健吾』だ。」

  「けんご…うん、いい名前だね!ありがとう!」

  「さあ、養子縁組の手続きをしないとな。区役所に行こう。

  健吾は私の靴を使いなさい。ちょっと大きいかもしれないが、今は我慢してくれ。」

  一同はスカンダーが運転する車に乗り、大上区役所へ。健吾くんは町の風景に興奮を覚えている。

  「この辺りはずいぶん大きな建物が並んでるんだね!」

  「ええ、ここ大上区はさいたま市の中心ですのよ。この辺りには高層ビルがいくつも並び、いろいろな店が揃っていますの。」

  理沙ちゃんは解説の合間に考えた。

  (あの言葉からすると、ここに来る前は田舎暮らしだったのかしら?それとも前も都会に住んでたけど、記憶が消えてるだけ?)

  手続きを終えて帰宅後、昼食が始まった。

  「今日のメニューは、グルヌイユのポワレとエスカルゴですよ。」

  「グルヌイユにエスカルゴ?ラブーシュ、それって何?」

  「蛙とカタツムリだよ。フランスではそう呼ぶのさ。」

  途端に健吾くんはハッとした表情を浮かべた。それに気づいた理沙ちゃんが尋ねる。

  「あら、どうしましたの?蛙やカタツムリを食べる事に驚きました?」

  「いや、そうじゃない。初めて食べるはずなのに、昔食べたような気がするんだ。

  過去の事は全く覚えていないはずだけど、なんだか懐かしいような…不思議な気分さ。」

  「まあ、そうなの。思い出せるといいですわね。

  そうなると、健吾くんはフランスから来たのかもしれませんね。食べれば味で思い出すかもしれませんよ。」

  「いただきます!」

  健吾くんはポワレを口に運んだ。

  「んー、カリっとしてておいしい!」

  「それがポワレのいい所ですよ。」

  続いてエスカルゴを食べる。

  「こんなおいしいの初めてだ!」

  「エスカルゴはガーリックバターとパセリで食べるのが一番です。

  私も子供の頃からよく食べていましたよ。このおいしさを知った健吾様も、きっと好きになるでしょうね。」

  「健吾くん、何か思い出しましたか?」

  「うーん…昔食べた気がするとは言ったけど、やっぱり勘違いだったみたいだ。この味は全く記憶にないからね。

  でもおいしいよ。気に入った!」

  (フランスから来たわけではなさそうですわね。考えてみれば、健吾くんはずっと日本語で話してますわ。)

  食後、健吾くんは3階に案内された。

  「さあ、今日からここが君の部屋だ。好きなだけゆっくりしてくれ。」

  「わあ、広い!」

  この家には数多くの客室が存在する。その1つが、そのまま彼の部屋となった。

  「すごい!こんな柔らかいベッドは初めてだよ!」

  「そうか、良かったな。これからは寝る時、毎日その感覚が味わえるぞ。」

  「こんな立派な部屋、用意してくれてありがとう!」

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  それから、健吾くんは雪見家で楽しく暮らした。

  豪華な食事、広い庭や風呂、優雅なティータイム、リムジンを使ったドライブ、映画のソフトが並ぶ部屋…セレブ生活を満喫したが、映画にはそれほど興味を示さなかった。

  新しい服や靴、勉強机やランドセルなども購入し、ケモノ小学校埼玉校への入学手続きも済ませた。

  その合間には、メイドたちと共に家事を行う。健吾くんはよく働いた。

  「嫌がらずにしっかり働くなんて、健吾様は偉いですね。」

  「ここでは働かなければならない。そんな気がするんだ。」

  「良い心掛けですね。健吾様も一緒に働いてくれると、いつもより短時間で家事が終わります。」

  理沙ちゃんも健吾くんを手伝ったり、一緒に遊んだ。彼女にとっては弟ができた気分だ。

  「種族が違っても、健吾くんは大切な家族の一員ですわよ。」

  「ありがとう、理沙ちゃん。ぼくだって安住の地を見つけた気分さ。

  前までどこに住んでたかわからないけど、きっとそのうちわかる日が来る。ぼくはそう信じてるよ。」

  10日(日曜日)の夕食時。

  「ぼくは明日から小学校に通うんだよね!楽しみでたまらないよ…」

  まるで入学式を前日に控えた1年生のような発言だが、彼にとってはこれが初の小学校となるため不自然ではない。

  「小学校でも素敵なお友達がたくさんできるはずですわ。楽しい日々になる事を祈っていますの。」

  「ありがとう、理沙ちゃん!」

  健吾くんは期待に目を輝かせた。

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  [chapter:久々の転校生]

  翌朝、朝食を済ませた健吾くんはランドセルを背負って玄関へ。

  「私も付き添いますわよ。学校まで案内しますわ。」

  理沙ちゃんの案内で、ケモノ小学校埼玉校へ。

  こちらは4年1組の教室。

  シマリスの栗田 永雄くんとキタキツネの稲荷山 紺助くん(共に太っており、親友同士)は教室に入った直後、ある事に気がついた。

  「あれ、机が増えてる!」

  「今までここにはなかったよね?」

  2匹の席は隣同士だが、その1列後(最後列)に机が1つ増えている。既に来ていた児童の一部も気づいていた。

  やがて25頭の児童と担任の森口 美樹先生(ハツカネズミ)が来て、朝の会が始まった。

  「皆さん、おはようございます。」

  「おはようございます。」

  「今日は大きなニュースがあります。なんとこの学校に数年ぶりの転校生が来ました。彼は今日から皆さんのクラスメイトになります。」

  児童たちから驚きや喜びの声が上がる。

  「さあ、転校生の入場です。どうぞ!」

  森口先生がドアを開けると、健吾くんが入ってきた。

  「強そうな子だね!」

  「かっこいいわ!」

  「鍛えてるみたいだね!」

  思い思いの感想を述べる児童たち。その間に先生は黒板に名前を書いた。

  「彼の名前は『雪見 健吾』くんです。一言どうぞ。」

  「雪見 健吾です。皆さん、今日からよろしくお願いします!」

  室内は拍手に包まれた。それが収まりかけた所で、先生はまた話を始めた。

  「彼について説明します。大事ですからしっかり聞いてください。

  雪見くんには家族がいません。4年2組の雪見カトリーヌ理沙ちゃんのお父さんが、倒れていた彼を見つけ、雪見家の養子として引き取りました。名前もその時に付けたそうです。

  また、彼は過去の記憶も失っています。わからない事も多いらしいので、皆さんはいろいろと教えてあげてください。」

  様々な声が上がった。

  「かわいそうね。家族も記憶もないなんて…」

  「でも理沙ちゃんの所で育てられるなんてラッキーだね。うらやましいよ…」

  「いったいどこから来たんだろうね?」

  自己紹介が終わったため、彼は自分の席へ。

  「ぼくたちと同じ班だね!」

  「今日からよろしく!」

  栗田くんと稲荷山くんは、振り返って早速声をかけた。

  「うん、よろしく。それにしてもこの町は太ったケモノが多いんだね。」

  「世界中がそうなんだよ。この世界はとても豊かなんだ。」

  「そう、太っているのは豊かな証拠さ!」

  「いや、そうとも限らないよ。理沙ちゃんは大金持ちだけどスマートだし、稲荷山くんは太ってるけどそこまで裕福じゃない。」

  「ずいぶんストレートに言うんだね…まあ確かにそうだけど。」

  「すべてに当てはまるわけじゃないんだね。」

  健吾くんは真面目そのものだった。初めて受ける授業もしっかりと聞き、わからない部分があれば質問をする。

  森口先生も張り切って授業を行った。同じ児童による4年生の授業が7周目に入ったため、ほとんどの児童は授業の内容を記憶している。そのため質問をする児童などここ数年は出ていなかった。

  なお、教科書は学校側から支給された。

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  4時間目まで終わり、給食の時間が来た。

  「雪見くん、給食はすっごくおいしいんだよ!」

  「毎日違ういろんな物が食べられるんだ。みんな楽しみにしてる時間だよ。」

  「うん、ぼくも楽しみだよ。」

  期待に胸を膨らませる健吾くん。スピーカーから放送係の声が流れた。

  「本日のメニューは豆乳、ご飯、ほうれん草のお浸し、おでん、キムチスープです。」

  その瞬間、健吾くんはハッとした表情を浮かべた。

  「健吾くん?」

  「ねえ、どうしたの?」

  「え…何だろう。何か過去を思い出したような、違うような…」

  「記憶が戻ったの?どんな感じ?」

  「いや、完全に思い出したわけじゃない。でも聞いた事があるかもしれない…

  そうだ、ものすごい叫び声を聞いたような気がする。でもなぜだろう?」

  栗田くんと稲荷山くんは考えた。

  「『キムチスープ』と聞いた辺りで過去を思い出したんだよね。すると雪見くんは韓国から来たのかも!

  『ものすごい叫び声』は、きっとキムチが辛すぎて悲鳴を上げたんだよ!」

  「でも日本語しゃべってるから違うんじゃない?」

  「え、韓国って日本の隣だよね?だから日本語もわかるんじゃ…」

  「じゃあ栗田くんは韓国語がわかるの?」

  「…わからない。ぼくの考えは間違っていたね。

  雪見くんがどこから来たか、そのうちわかるといいけど…」

  3匹は考え続けていたが、食事が始まると笑顔を取り戻した。

  午後の休み時間にも、健吾くんと栗田くんは会話を楽しんだ。

  「ねえ、雪見くんはどの部活に入るの?」

  「うーん…部活の事は理沙ちゃんから聞いたけど、ぼくは入らなくていいかな。

  ぼくは家に帰って、お手伝いがしたい。その方がみんなのためになると思うんだ。」

  「でも理沙ちゃんの家ならメイドさんがいるよね?」

  「そうだけど、ぼくが手伝うとメイドさんたちも助かるし、自由な時間が増えるんだって。

  あの家で暮らす以上、ぼくは働かなければならない。そんな気がするんだ。」

  「わかった。あんまり無理はしないでね。」

  健吾くんが来て数日。彼は学校生活に慣れてきた。

  授業を真面目に受け、休み時間にはクラスメイトと話し、掃除もしっかりと行う。彼の評価は高まった。

  また、放課後に教師の手伝いをする事もあった。ある日は花壇に苗を植えようとしていた森口先生の前に現れ、植えるための穴をすべて自分で掘った。

  「まあ、穴掘りも上手ね!」

  「ありがとう。スコップを持つと、自然と体が動くんだ。」

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  [chapter:夏休みはすぐそこ]

  転校から8日後の休み時間、栗田くんが健吾くんに話しかけた。彼は早くもクラスになじんでいた。

  「もうすぐ夏休みが始まるよ。」

  「夏休みって、どんな感じ?」

  「小学生にとってのお楽しみさ。40日ぐらい学校が休みになるんだ。」

  「えー、そんなにお休みなの?みんなと会えないのはつまらないけど、お手伝いがいっぱいできるね!」

  「お手伝いもいいけど、もっと楽しい事があるよ!旅行とかプールとかお祭りとか!

  まあ、ずっと遊んでるわけにも行かないけどね。宿題がどっさり出るから、それらも片づけないといけない。

  ぼくや稲荷山くんは夏休みの終了1週間前に終わらせるけど、最終日の夜にやっと終わらせる子もいるんだって。」

  「そんなに難しいの?ぼくにできるかな…」

  「漢字や計算ドリルは簡単さ。ぼくたちは歳を取らなくなったから、もう4年生の夏休みを6回も経験している。ドリルは毎年同じ問題だから、去年使った物の答えを書き写せばあっという間に終わるんだ。

  でも、読書感想文や自由研究は毎年新しい物を出さなければならない。ここ数年はそっちに時間をかけているよ。」

  「ぼくの夏休みはこれが初だから、その手は使えないね。それに授業もそんなに受けてないから、わからない部分も多い。

  理沙ちゃん、去年のドリルは持ってるのかな…」

  「理沙ちゃんならこう言うだろうね。『宿題は自分の頭で考える物ですのよ。』って。

  でも優しく教えてくれると思うよ。彼女はそういう性格だからね。」

  「ありがとう。理沙ちゃんと頑張ってみるよ。」

  [newpage]

  休み時間が終わり、森口先生が来た。

  「皆さん、授業を始める前に連絡があります。夏休みに関する話題です。

  皆さんは毎年同じ宿題が続いて、飽きてきましたよね?そこで職員会議が開かれ、今年の宿題が決定しました。

  今年の夏休みは…宿題を出しません!だから思いっきり遊びましょう!」

  教室は拍手と歓声に包まれた。

  「やったー!わーい!」

  「こんな日が来るなんて!」

  「信じられないけど、夢じゃなくて現実だ!」

  「今年は心置きなく遊べるわね!」

  健吾くんもガッツポーズを決めた。

  「よーし、これでお手伝いがやり放題だ!」

  新たな児童が加わり、ますますにぎやかになった4年1組。今年の夏は一段と楽しくなりそうだ。

  健吾くんも夏休みの間、理沙ちゃんと共に様々な経験をするだろう。

  また、栗田くんもある事を楽しみにしていた。その日は8月初頭に来る。

  [chapter:おしまい]