[chapter:前回のあらすじ]
ケモノ界に暮らす、太ったシマリスの栗田 永雄くん(小学4年生)。
8月24日、友達とかくれんぼを楽しんでいた彼は自宅の物置に隠れた。
そこに置かれた鏡が突然光り出し、覗いてみると鏡の世界に入り込んでしまった。
そこには血出暗 哀悲地獄変というシマリスの少年がいた。彼は栗田くんと異なり、親から虐待を受け、痩せ細っていた。
栗田くんは彼を哀れみ、ケモノ界に案内しようとした。
しかし鏡を通った血出暗くんは、鏡を叩き割ってしまう。栗田くんは帰れなくなり、血出暗くんとして暮らす事になってしまった。
血出暗くんは栗田くんとすり替わり、ケモノ界での生活を始めた…
[newpage]
[chapter:様子がおかしい栗田くん]
ここはケモノ界のさいたま市大上区。
9月11日の昼、ケモノ小学校埼玉校の4年1組では児童たちが話していた。
「栗田くん、2学期になってからおかしいよね?」
太ったカワウソの河合 旺太くんが、不思議そうに言った。
「字が前とかなり違うし、昔の事も覚えていないし、歩くときはお腹が重そうだし…」
白猫の金子 真里ちゃんも違和感を覚えている。
「相撲部でもおかしいんだよ。まわしの締め方も忘れたみたいだし、相撲が急に弱くなったんだ。」
太ったキタキツネの稲荷山 紺助くんは、栗田くんの親友。突然変わってしまった彼をクラスで一番気にしている。
このように、ほとんどの児童が栗田くんの異常に気づいていた。
隣の4年2組でも、栗田くんの事がしばしば話題に上った。
「栗田くんが心配ですわ。あんなに突然変わるなんて…」
ホッキョクギツネの雪見カトリーヌ理沙ちゃん(日本とフランスのハーフ。大金持ち)も不安げだ。
「相撲が弱くなるなんて、本当にどうしたんだろう…」
相撲部仲間の太った黒猫、猫山 苗太くんも心配そうだ。
「きっと、何者かとすり替えられたんだよ…」
テンの柴田 貂助くんも、気になって仕方がない。
「信じがたい話だけど、そうとしか思えないわ…」
シマリスの縞野 くるみちゃんは、かなり心配している。彼女は栗田くんと恋愛関係にあるため、当然だ。
血出暗くんは、周囲からの視線や話し声に耐えられなかった。
あれから両親に多くの食べ物を与えられ、かつての栗田くんと同じぐらい太った体になったが、太る事には慣れていない。そのため、お腹の重さに苦労している。
字も右手で書けるようになったが、まだあまりきれいではない。相撲も経験がないため、一度も勝てていない。
周囲からの質問はなんとかごまかしているが、これも長くは続かないだろう。
(やっぱり、栗田くんとすり替わるのは間違っていたかもしれない。ボロが出まくってるみたいだ…
ああ、栗田くんは無事かな…)
彼は、どうなってもいいと考えていた栗田くんの身を案じるようになっていた。
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[chapter:栗田くんの苦しみ]
本物の栗田くんは、血出暗家の物置にいた。鏡の世界に来て3週間ほど経っている。
あれからさらに痩せ細り、服もかなり汚れていた。体も洗えないため、悪臭を放っている。
それだけではなく、こちらの両親に毎日理由もなく怒られ、叩かれ、時には蹴られる。
学校には行けるが、通学路では事件や事故の発生が日常茶飯事。
授業では教師が勝手に問題の答えを決めるため、正答できる確率は0%。答えを間違えると光線銃を向けられ、教師を讃える言葉が言えないと撃たれてしまう。
給食も水とご飯や、味気ないスープだけ。
時には肉も出るが、それは栗田くんの知らない味で何の肉かはわからなかった。路上で拾った死体が原料など、彼は知る由もない。
地獄のような世界で生かさず殺さずの扱いを受けながら、なんとか生き延びていた。
栗田くんは物置の中で自分のパスポートを見つめ、涙を流した。
鏡の世界に入り込む直前、1年前にグアムへ行った時のパスポートを見つけたためポケットに入れていた。かくれんぼが終わったら、一緒に遊んでいた稲荷山くんと妹の万梨阿ちゃんに見せるつもりだった。
ここに来て以来、彼はパスポートをお守り代わりにしている。誰にも見せはしなかった。
「ぼくは栗田 永雄…ぼくは栗田 永雄…」
こちらの母親に聞かれないよう、小声で唱える事が日課となっていた。
鏡が割れてしまった以上、ケモノ界に帰る方法はない。
最近はケモノ界の夢を見る事が当たり前になっていた。夢の中では家族や友達と再会できるが、目が覚めれば絶望する。
(ああ、夢と現実が反対になれば…)
そう思っても、そのような事が起こるわけがない。
そこへ怒った両親が近づいてきた。慌ててパスポートをしまう栗田くん。
「哀悲地獄変!あんたって子は!この野郎!」
今日はいつにも増して荒々しく怒鳴っている。かなり機嫌が悪いようだ。
母親がドアを乱暴に開け、彼を外に引きずり出した。
「もう好きなようにやってください…」
彼は何をされても抵抗しなくなっていた。ここでは抵抗しても無駄という事がよく理解できたからだ。
それから、両親に3時間も怒られ続けた。その合間に何度も叩かれ、蹴られ、殴られた。
栗田くんの精神と肉体は疲労困憊し、体のいたる所が痛んだ。
両親は彼を心配しようともしないで、話し合っている。
「ほんとにこのガキがいるとイライラしてたまらないわ!」
「ああ、そうだ。もうこんなガキはいらないな!いっそどこかに売ってしまおう!」
「それがいいわ。売ってお金に変えましょう!そうすれば私たちは大金持ちね!」
父親は栗田くんの写真を撮り、インターネットで売りに出した。
どうやら、鏡の世界では獣身売買が当たり前らしい。
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[chapter:苦しい旅]
翌朝、栗田くんは母親に叩き起こされた。
「あんたが高く売れたのよ。さっさと出てって!」
それから少しの水や携帯食料と共に、大きな木箱に入れられた。
木箱は家の外に来たトラックに積まれ、運ばれていった。
栗田くんを乗せたトラックは走り続ける。
密閉された箱のため自分の手も見えないほど暗く、食料や水も手探りで見つけるしかなかった。体がなんとか入るほど狭いため、自由に動く事もできない。
酸欠にならないよう穴は開けられていたが、指1本しか入らない大きさだ。
(いったいどこへ連れていかれるんだろう?
寂しいし苦しいよ。早く解放して…)
トラックは空港に到着。そこで木箱は降ろされた。
運転手のライオンにより食料と水が入れ替えられ、飛行機が出るまでは散歩をしていい事になった。ただし逃げ出さないよう監視付きだ。
ぶらぶら歩くだけでも気分転換になったが、飛行機が出る時間になるとまた箱に入れられた。
飛行機が離陸したが、そこからが地獄の始まり。栗田くんは何時間も狭い木箱の中で過ごす羽目になった。
携帯食料や水はトラックの時よりも多かったが、箱の中に長時間閉じ込められると疲れる。彼の頭はぼんやりとして、体の各所が痛かった。
トイレも用意されていないため、排泄も垂れ流しでするしかない。時間が経つにつれ、箱の中は悪臭が立ち込めてきた。
しかし、これから起きる事に比べればはるかにましだった。もっとも、彼はまだ知る由もないが。
約12時間後、飛行機は外国の空港に着陸した。
木箱はまた別のトラックに積み込まれ、どこかに配送されていった。
ある所でトラックが止まり、木箱は家の中へ運ばれた。
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[chapter:新しい住み家?]
木箱の蓋が開かれた。
「ああ、ああ…やっと…出られた…」
半日近く箱の中にいた栗田くんは、息も絶え絶えに箱から出た。
「やっと…空気が思いっきり…吸える…」
周囲を見ると、そこは豪華な家の中だった。立派な服を着た年寄りの狼(自称ナシーリェ・プリェスト。本名は不明)、灰色熊、カワウソ、イタチの男性、ジャコウネコの女性が並んでいる。
(あの狼がマスターかな?)
知らない言語で話しているが、彼を歓迎しているような雰囲気だ。
汚れた服を脱がされると風呂に案内され、召使いたちに体を洗ってもらった。
(ああ、良かった。ここのケモノは親切なんだ!)
彼のやつれた顔に、笑みが広がった。
3週間ぶりの風呂で、久々にきれいな体を取り戻した。大型の全身ドライヤーで体を乾かされ、毛並みも整った。
(元の世界に帰れなくても、この家にいれば幸せになれそうだ。今は言葉が通じないけど、そのうちわかるようになるだろう!)
脱衣所に用意された新しい服に着替え、入浴前に出したパスポートも改めてポケットに入れた。
(次はご飯でもくれるのかな?久々においしい物が食べたいな!)
輸送中は水と携帯食料しか食べられなかったため、栗田くんは期待に胸を膨らませていた。ここまで大きな家なら豪華な食事が出るだろう。
しかしバスルームを出た瞬間、その期待は一瞬で打ち砕かれた。
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[chapter:恐怖の家]
出た直後、栗田くんの四肢に手錠と足枷が取り付けられた。
「え、えっ?」
慌てていると、ナシーリェがハンマーを持って現れた。
(嫌な予感…)
予感は的中。ハンマーが振り上げられ、栗田くんは腕を全力で叩かれた。
「ああーっ!痛い!」
肉がほとんどない痩せ細った体のため、痛みがダイレクトに伝わる。
それでもお構いなしに何度も叩かれた。助けを求めるが、周囲のケモノは誰も助けようとしない。
(言葉が通じないのかな…いや、それでも痛がっている事はわかるはずだ!
つまり、この家でぼくを買い取った理由は、ぼくをいじめるためだ!)
よく見れば、壁には剥製にされたケモノの頭部が何十個も飾られている。そのすべてが子供の物だ。
(わかった。ここではこれまでに何十頭もの子供を買って、その子を徹底的にいじめて、最終的に飽きたら剥製にしているんだ!
だとすると首だけな理由は、首から下の毛皮や臓器を売って大儲けしているからだ!あの目玉だって義眼にされてるかもしれない!)
栗田くんは恐怖で全身の毛が逆立ち、同時に自分の死期が近い事を悟った。
(これなら、物置や木箱に閉じ込められている方が何倍もましだったよ…
ぼくはここで一生を終えるんだ…さよなら、みんな…)
屋敷の生活は、壮絶な物だった。
栗田くんは毎日理由もなく怒鳴られたり、ハンマーで叩かれたり、冷水を浴びせられたり、スタンガンを向けられたり、ガラスを引っ掻く音を大音量で聞かされたりした。ケモノたちは苦しむ様子を楽しんで見ており、誰1頭として助けようとしない。
食事の時間に与えられる物は、水1杯とパンくずのみ。
寝る時は逃げ出せないよう、檻の中に入れられた。入浴や着替えもあれ以来させてもらえない。
ここに来てから、楽しい思いは一時として感じなかった。
唯一の救いは、トイレに行かせてもらえる事だった。ここのケモノたちも床や服を汚される事は気に入らないらしい。
トイレではリラックスできるが、いつまでも入っているわけにもいかない。あまりにも長時間入っているとドアを合鍵で開けられて引きずり出され、激しく怒られてしまう。
もう栗田くんは元の世界に戻れない覚悟ができていたが、それでも希望は捨てていなかった。
「ぼくは栗田 永雄…」
毎日トイレでうつむきながらパスポートを握り、唱えていた。
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[chapter:苦しみからの脱出]
栗田くんが屋敷に来て、3日ほどが過ぎた。
9月15日の夜。トイレに入っていると、ハエが飛んできた。
(うるさいなあ…)
追い払おうとして手を動かすと、ハエは上に飛んでいった。
栗田くんも何気なく上を見ると、天井に換気口がある。今まではずっとうつむいていたため、気がつかなかった。
(そうだ!換気ダクトを通って脱出する場面を漫画で見た事があるぞ。これはいけるかもしれない!)
便器の上に立って背伸びをすると、なんとかプラスチック製の蓋に手が届いた。そのまま蓋を外して床に下ろし、また便器に登る。
(でも今のぼくは体が弱っている。あそこにジャンプできるかな?もし落ちたら、骨折してもっとひどい事になりそうだ…)
不安が頭をよぎったが、あまり長くは考えていられない。
栗田くんは覚悟を決め、便器の上から換気口に向かってジャンプした。
上半身が中に入るとすぐに両腕を広げ、落ちないように体を固定。そこから体を動かして、換気ダクトの中に入った。
(やった!一発で成功だ!)
それから、換気ダクトの中を這って進んだ。
トイレ上部はそこそこ広かったが、その先は非常に狭く、今の痩せ細った栗田くんがなんとか通れるほどのスペースしかない。
(痩せ細ってて良かった…ひとまず逃げられたぞ!
それにしても、この中って結構ほこりっぽいなあ…漫画ではきれいだったけど、あれは間違っていたんだな…)
栗田くんは呼吸を控えめにして進んだ。
かなり大変だったが、ひとまず逃げる事は成功だ。
進んで行くと、下に光が見えた。別室の換気口だ。
下を覗くと、屋敷のケモノたちが立っていた。
(まずい!蓋が開けっ放しだから、ダクトの中にいるのがばれたんだ!
ここから出るわけにはいかないな。誰もいない所があればいいけど…)
栗田くんは考え、また進み始めた。
しばらくすると、換気口の蓋が手に触れた。
その下に明かりはなく、ケモノがいる気配もない。
(脱出するならここだ!)
蓋の上はそこそこ広くなっているため、座り込んで蓋を外そうとした。しかし中からは外せないようだ。
(よし、こうなったら力ずくで…)
痩せ細った栗田くんは、全力で蓋を叩き、蹴った。
普段よりも力はなかったが、それでも頑張った。
何度も叩くうち、蓋が突然割れた。
「ああーっ!」
換気口から落下したが、幸いにも柔らかな場所に着地したためダメージは少なかった。
(ふう、助かった…ここはどこだろう…)
栗田くんは疲れていたため、そこに座りこんで周りを見た。
目が慣れてくると、次第に周りが見えてきた。どうやらここは物置らしい。
多くの家具や箱が並び、栗田くんが落ちた場所はソファーの上だった。
不安になってポケットに手を入れたが、パスポートは無事だった。
(ひとまず安心だ。ここに隠れていれば大丈夫だろう…)
その時、足音が近づいてきた。落下音を聞きつけたらしい。
(しまった!)
栗田くんが部屋の奥に進むと、謎の光が目についた。見ると、大きな鏡から光が出ている。
(あっ、この光は!)
手を伸ばしてみると、あの時と同じように鏡の中に手が入る。栗田くんは急いで鏡に入った。
出てきた場所は同じような物置。
栗田くんは鏡を床に伏せ、近くにある大きな箱を上に置いた。さすがに知らない鏡を叩き割る勇気はなかった。
(これでもう追いかけては来ないはず…)
自分がどこに逃げたかはわからないが、ひとまず安心した。
物置のドアを開けて外に出たが、時間帯と疲労が重なり、そこで眠りについた。
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[chapter:救われた栗田くん]
翌朝、栗田くんはケモノたちの声で目覚めた。
「うーん…あっ!」
年寄りの狼、灰色熊、カワウソ、イタチ、ジャコウネコ…あのケモノたちが彼を取り囲み、何か話している。
一瞬恐ろしくなったが、昨夜の事をすぐに思い出した。
(じゃあ、ここはたぶん元の世界だ。このケモノたちもぼくの事を心配しているみたいだし、ひとまず安心だ。
でもいったい何語を話してるんだ?ぼくにはさっぱりわからないよ…
あ、そうだ。英語なら通じるかもしれない!)
基礎的な英語を習った事があるため、栗田くんは言った。
"I'm from Japan. I'm Japanese."
すると、カワウソが口を開いた。
「君、日本から来たのか?」
「あ、日本語話せるんだ。良かった…」
言葉が通じるとわかったため、栗田くんはカワウソに質問した。
「ここはいったいどこですか?」
「ああ、グレゴワール・ルナール様の邸宅だ。そこのホッキョクギツネがそうだよ。」
「あ、狼じゃなかったんだ…すみません、もう狼と夏毛のホッキョクギツネの区別もつかないぐらい弱っていて…
とにかくありがとうございます。そのお名前からするとフランスの方ですか?」
「そう。ここはパリだよ。」
「ぼくはそんな遠くに来ていたのか…」
すると、グレゴワールが口を開いた。
「そう言う君はどこから来たんだ?」
「えっ、グレゴワールさんも日本語が話せるの?」
「ああ、そうだよ。過去に勉強したんだ。
それで、君はどこから来たんだ?ずいぶん服が汚れているし、体も痩せ細っているじゃないか。」
「では、何があったか説明しましょう。信じられないかもしれませんが、これは全部実話です。
ぼくの名前は栗田 永雄。始まりは8月24日。ぼくは自宅でかくれんぼをしていました…」
栗田くんはすべてを話した。カワウソはそれをフランス語に翻訳したため、そこにいた全員に内容が伝わった。
「…それで、ここに来ました。以上です。」
「ああ、それはさぞ辛かっただろう…ここならもう大丈夫だ。
体が汚れているようだから、風呂に入ってはどうだ?きれいな服も用意するぞ。」
「ありがとうございます…実はお腹も空いているんです…」
「それじゃ、君の朝食を用意させるよ。」
「はい、ありがとうございます!」
栗田くんは風呂に入り、灰色熊に体を洗ってもらった。
全身ドライヤーで毛皮を乾かし、毛並みも整った。グレゴワールの息子が過去に着ていた立派な服も用意された。
パスポートをポケットに入れ、バスルームを出る。
手錠などをかけられる事はなく、ジャコウネコの女性に案内されて食堂に入った。
大量の朝食が用意されている。紅茶、豆乳、ジュース、フルーツ、パン、スクランブルエッグ…
まともな食事にありつけたため、彼の心は喜びに満ちていた。
「ああ、なんておいしそうなんだ…いただきます!」
冷たい豆乳、暖かく柔らかなパン、口当たりの良いスクランブルエッグ…味の良い朝食が心とお腹を満たす。
「おいしい!おいしい!本当においしいよ、これ!」
無意識のうちに、嬉し涙も流していた。
「ごちそうさま!」
栗田くんは完食した。その顔には喜びが溢れている。
「ああ、こんなに食べたのは久しぶりだ…グレゴワールさん、本当にありがとうございます!」
「喜んでくれて嬉しいよ。そうだ、部屋に案内しよう。」
栗田くんは大きな部屋に案内された。
柔らかなベッドやソファーを始め、インテリアも高級品ばかり。壁には大きな絵画が飾られている。
大きな窓からは広い庭が見え、遠くにはエッフェル塔も見える。
「なんて素敵な部屋だ!昨日までが夢だったみたいだ!」
栗田くんは早速ソファーでくつろぎ、窓から景色を眺めた。
昼食の時間が来ると、グレゴワールが呼びに来た。
ブイヤベースにシチュー、ローストチキン…朝食よりも豪華な料理が並んでいる。栗田くんはまたしてもよく食べた。
「ずいぶんな食べっぷりだな。」
「はい、ぼくはとっても食いしん坊なんです!ああ、久しぶりのごちそうは嬉しいな!」
[newpage]
[chapter:屋敷の見物、それから…]
昼食後。
「グレゴワールさん、このお屋敷を案内してもらえませんか?他の部屋も見たいです。」
「いいとも、栗田くん。」
グレゴワールと召使いたちは、屋敷の各所を案内した。どこも立派な部屋ばかり。
途中の廊下には、ホッキョクギツネの頭部が剥製として飾られていた。栗田くんは怖くなったが、グレゴワールの父親と説明されたため安心した。
最後に案内された場所は、グレゴワールの部屋だった。
「さすがここのマスターだ!この部屋が一番広いんじゃないですか?」
「ハハ、そうかもしれないね。」
大きな机と椅子に本棚、ソファーにベッド、テレビにパソコン…たいていの家具が揃っている立派な部屋だ。
壁には額に入った写真が何枚も飾られている。その中にはホッキョクギツネの女の子が写っている物が多かった。
「この子は誰ですか?」
「ああ、私の孫だよ。私の息子は日本に引っ越して結婚し、やがて娘を授かった。それがこの子さ。
彼女は毎年夏になると、家族や召使いたちと共にここに遊びに来るんだ。」
それを聞いた栗田くんは、突然感づいた。
「…すみません、この子の名前は何ですか?」
グレゴワールは答えた。
「ああ、雪見カトリーヌ理沙だよ。」
[newpage]
[chapter:運が向いてきた栗田くん]
「雪見…カトリーヌ…理沙!?」
「どうしたんだね、栗田くん?」
彼は喜びと驚きが混ざった声で答えた。
「この子、ぼくと同じ学校の子です!クラスは隣ですけど、理沙ちゃんの事はよく知ってます!
ああ、つまりここは理沙ちゃんのおじいちゃんの家だったんだ!」
グレゴワールと召使いたちも、それを聞いて喜んだ。
「なんと、君は実に運のいい子だ!孫の知り合いなら、飛行機で日本に送り帰そう!
しかし、それにはまず君のパスポートを作らないとな。私のはあるが…」
「待ってください!ぼくのパスポートならここにあります!鏡の世界に入る前、たまたまポケットに入れていたんですよ!」
「ああ、そうだったな。君はますます運がいい!それならすぐにでも帰れるぞ!」
「いえ、ぼくはもう少し元気になってから帰りたいです。それにみんなにもぼくが見つかった事を知らせてから帰った方がいいと思います。
あの、あと何日かここに滞在させていただけませんか?」
「わかった。君の頼みなら何でも聞こう。」
栗田くんは喜びの声を上げて跳び上がった。
「やったー!ついに帰れるぞー!」
1時間後、グレゴワールはパソコンで飛行機の予約を取った。
「今日は9月16日、水曜日。そして君の希望した帰る日は9月19日、土曜日の夕方だね。」
「はい、そうです。」
「その時間に帰れる飛行機を予約したよ。私も付き添いとして行く。」
「ありがとうございます!」
「さあ、次は電話だ。」
時刻は14時だった。
[newpage]
[chapter:栗田くんが見つかった!]
こちらは雪見家。
21時、母親が勉強中の理沙ちゃんを呼びに来た。
「理沙!おじいさまから電話よ!」
「まあ、何の用かしら?」
「栗田くんがおじいさまの所にいるそうよ!理沙も出て!」
「栗田くんが?最近様子が変だと思っていましたけど、やっぱりあれは栗田くんではなかったのですね。でもどういう事?」
「まだわからないわ。とにかく出て!」
理沙ちゃんは受話器を握った。
「お電話替わりました。理沙です。」
「理沙ちゃん?ぼくだよぼく!栗田 永雄だよ!」
「栗田くん!その声は間違いないですわ!でもそうなると今学校にいるのは誰なんですの?」
「あれは血出暗 哀悲地獄変という偽者で、鏡の世界から来たんだ!まあ話すと長くなるから、帰ってきたら説明するよ。
それから、埼玉に帰るのは19日の夕方5時頃だよ!」
「そうなのですわね。待っていますわ!」
翌朝、理沙ちゃんは学校で4年生全体にこの事を伝えた。
その話は、4年生全員にすぐ伝わった。
「栗田くんがフランスに?」
「それに今いる栗田くんは偽者だって?」
「今まで何をしていたのかしら?気になるわ。」
休み時間には他学年の児童や教師に連絡した児童もいたため、放課後には全校に話が広がっていた。
「じゃあ、やっぱりあの時偽者とすり替わっていたのか!」
「絶対そうだよ!鏡が割れていたのは、きっと鏡の世界から出てきたからだよ!」
その現場に立ち会った稲荷山くんと万梨阿ちゃんは、帰宅してから熱心に話していた。
稲荷山くんは栗田くんの母親に連絡した。母親はすぐに父親へ連絡。
「あなた、今稲荷山くんから話があったんだけどね、永雄がパリにいるそうよ!」
「えっ、そうなのか!? じゃあこの子は誰なんだ?」
「鏡の世界から来た偽者らしいのよ!」
両親は血出暗くんを怒った。
「おい、うちの永雄をどうしたんだ!」
「私の可愛い永雄になんて事をするのよ!この悪ガキ!」
血出暗くんはショックを受け、泣きながら答えた。
「ああ、ついにばれてしまった!ごめんなさい!
鏡の世界に栗田くんが入ってきて、栗田くんの生活がうらやましく感じたから入れ替わって、鏡を割って出られないようにしたんだ!」
「まあ、ひどい!同じシマリスでも許せないわ!」
「ああ!永雄が帰るまでは仕方なくうちで預かるが、帰ったらまた鏡の中に戻すぞ!」
両親は久々に激怒した。栗田くんには愛情を注いで育てたため、叱る事など滅多になかったからだ。
血出暗くんは怯えながらも、栗田くんの無事が確認できたため、内心では安心していた。
[newpage]
[chapter:帰るまでの日々]
それからしばらく、栗田くんはグレゴワールの家で楽しく過ごした。
一同は栗田くんのリハビリとして、毎日様々な事を体験させた。
16日の夕方は庭の散歩をして、夜にはクッキーを作った。
17日はパリを観光し、エッフェル塔やシャンゼリゼ通り、ノートルダム大聖堂などを見物。マルシェで買い物も楽しんだ。
18日の昼は、昨日買った食材でバーベキューを楽しんだ。
これらの体験で栗田くんは元気を取り戻し、明るい表情を見せるようになった。体がなまらないよう、相撲の自主稽古もした。
食事も毎日大量に出たため、次第に体はしっかりしてきた。
ケモノ小学校埼玉校、特に4年生のクラスも栗田くんの話題で持ち切りとなった。クラスメイトに愛されていたため、児童たちは帰ってくる日が楽しみでたまらない。
17日の昼休み、理沙ちゃんが稲荷山くんに話しかけた。
「ねえ、考えましたの。栗田くんが帰る日に…」
続きを聞いた彼は、喜んで賛成した。
「それいいね!みんなを招待しよう!」
その話は次第に広がっていった。
その一方で、血出暗くんは学校で前とは違った居心地の悪さを感じていた。正体がばれてから嫌味を言われたり、あまり話しかけられなくなっていた。
彼はあまりの冷遇ぶりに悲しくなり、鏡の世界がどのような場所かについても言い出せなかった。
一方、栗田くんの両親は鏡の世界について質問してみた。
「まあ、なんて恐ろしい場所なのかしら!理由もよく聞かずに叱ってごめんなさい…」
「永雄になりすますのはひどいが、その気持ちもわかるよ…」
話を聞いた両親は血出暗くんに同情し、叱った事を謝罪した。
[newpage]
[chapter:埼玉へ帰る日]
9月18日。いよいよ栗田くんが日本に帰る日だ。
彼は標準的な体型になっていた。以前に比べるとかなり細いが、もう十分元気だ。
18時。早めの夕食を済ませると、召使いたちにお礼を言って別れを告げた。
灰色熊の運転する自動車に乗りこみ、パリ空港へ。もちろんグレゴワールも一緒だ。
到着後、羽田空港行きの飛行機に乗り込んだ。
「わあ、豪華だ!椅子はふかふかだし、ベッドにもなるよ!」
「これがファーストクラスさ。ゆっくり休んでくれ。」
去年のグアム旅行ではエコノミークラスだったため、ファーストクラス初体験の栗田くんは喜んだ。
20時、飛行機が動き始めた。いよいよ12時間に渡るフライトが始まる。
「きれいな景色だなあ…」
遠ざかるパリの夜景を眺めると、栗田くんは感動を覚えた。今までの苦労が報われた気分だ。
安心すると眠くなり、椅子を倒して眠りについた。
栗田くんが目覚めても、フライトは続いていた。
豪華な機内食を食べたり、窓から雲を眺めたり、映画やゲームを楽しんだり…
楽しい時を過ごすうち、羽田空港に着陸した。時刻は15時。
飛行機から降りると、グレゴワールは電話をかけた。
「ただいま栗田くんと羽田空港に到着しました。2時間ほどでそちらに向かいます。」
どうやら、行き先は雪見家らしい。
2匹は電車に乗り、東京からさいたま市へ。
あと少しで元の生活に戻れる。そう考えると、栗田くんの心は踊った。
(家に帰ったらまずは何をしよう?溜まってる録画を見ようかな…いや、お父さんとお母さんに抱きつく方が先だ!)
[newpage]
[chapter:帰還]
17時。電車は大上駅に着いた。
「やっと…やっと帰ってきたぞ!」
大上駅西口に出た栗田くんは、感動で目を潤ませた。
夕暮れが迫り、明かりが灯り始めたビル街。ウルフデパートや大上スピードシティも記憶のまま残っていた。
景色を楽しみながら歩いてペデストリアンデッキを降りると、1台の高級車が止まっていた。
「栗田 永雄様、グレゴワール・ルナール様。お待ちしていました。」
運転席にはスカンクが乗っている。彼は雪見家の執事、グリムズ・スカンダー(30歳、イギリス出身)だ。
(ああ、これで理沙ちゃんの家に行くのか。そこでグレゴワールさんを下ろしてからぼくの家に行くんだな。)
車は走り出し、駅から見て東側の住宅街へ。懐かしい家々に栗田くんは感動している。
到着した場所は、雪見家のガレージだった。
「さあ、こちらへ。栗田 永雄様もどうぞ。」
「え、ぼくも来ていいの?まあ理沙ちゃんと電話で話したから、顔合わせしとくか。」
栗田くんとグレゴワールはスカンダーに続いて、家に入った。グレゴワールの家よりは小さいが、それでも立派な豪邸だ。
廊下を通り、大広間の前へ。
「さあ、お入りください。」
スカンダーがドアを開けたが、中は真っ暗。
「え、何?」
栗田くんが思ったその時。
[newpage]
突然照明のスイッチが入り、クラッカーの音と大きな声が響いた。
「栗田くん、お帰りなさい!」
部屋の中には大勢のケモノたちが立っていた。
理沙ちゃんはもちろん、稲荷山くん、真里ちゃん、河合くん、くるみちゃん、猫山くんなど、全員ではないが4年生の児童たちがいる。相撲部の部員たちと顧問の保良 部亜先生(ホッキョクグマ)、その妻と息子(3年生)、4年1組担任の森口 美樹先生(ハツカネズミ)、栗田くんの両親と母方の祖父母。両親の後ろには血出暗くんが隠れるように立っている。
壁には栗田くんの似顔絵が何枚も飾られ、「お帰りなさい 栗田くん」と大きく書かれたボードまで用意されている。
片隅のテーブルには、豪華な料理が何十種類も並んでいる。
予想以上の歓迎に、栗田くんは感極まって大声を上げた。
「ああ、みんな…本当にありがとう!ぼく、無事に帰ってきたよ!」
両親と祖父母が前に出た。
「永雄…永雄!無事で良かったわ!」
「ああ、大事な永雄が帰ってきたぞ!」
「よく生きて帰った!さすがわしの孫じゃ!」
「また元気な姿が見られて、本当に嬉しいわ!」
「お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん!ああ、また会えて良かった…」
5匹は抱き締め合い、涙の再会をした。それは非常に暖かい光景だった。
参加者たちはもちろん、血出暗くんまでが涙ぐんでいた。
その後も栗田くんは皆と握手やハグをして、言葉を交わした。
「栗田くん、これからまたいっぱい遊べるね!」
「そうだね、稲荷山くん!ぼくも同じ気分だよ!」
「栗田、これからも相撲部で頑張ってくれよ。」
「はい、保良先生!ぼくはもっと力をつけて強くなります!」
「栗田くん、久しぶりね!ずいぶん細くなったけど元気そうで嬉しいわ!」
「くるみちゃん、ぼくもまた会えて嬉しいよ。すぐに太った体に戻ってみせるさ!」
理沙ちゃんには何度もお礼を言った。
「理沙ちゃん、君がいたからぼくは帰れたような物だ!ありがとう、理沙ちゃん!」
「どういたしまして、栗田くん。」
また、血出暗くんは謝罪をした。
「栗田くん、本当にごめんね。君をとてもひどい目に遭わせちゃって…」
「ああ、散々だったよ…でも無事に帰ってこられたから、もういいよ。」
「許してくれるの?ありがとう…」
「もう過ぎた事だからね。それに君がいなかったら、こんな感動は味わえなかったよ。」
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[chapter:楽しいパーティー]
「さあ、みんな揃ったからパーティーを始めましょう!」
理沙ちゃんの一声で、一同は席に着いた。血出暗くんの席も用意されている。
うさぎや猫などのメイドや、太ったアライグマのシェフ、ラトン・ラブーシュ(フランス出身)が料理を取り分ける。
ワニ肉のステーキにカレーライス、スパゲッティ、ピザ、サンドイッチ、ブイヤベース、エスカルゴ…栗田くんは特に多くの量を取り分けてもらった。
「さあ、栗田くんの帰還を祝って!」
「栗田くん、改めてお帰りなさい!それではいただきます!」
それから、料理を食べ始めた。
「ああ、おいしい!みんなで食べるとさらにおいしいね!」
栗田くんは嬉しそうに料理を頬張っている。
「栗田くんがいると、場が明るくなるね!」
「永雄の食べる姿を見ると、心が和むな。」
「栗田くん、たくさん食べれば元の体に戻れるよ!」
「丸々と太った永雄をまた見たいわ。」
友達や家族も、栗田くんと食事ができて嬉しいようだ。
約2時間後、料理はすべてなくなった。
「ああ、食べた食べた!」
栗田くんは風船のように丸くなったお腹をなでた。
標準体型にはなったが、胃は長年の大食いで拡張されたまま。そのため、大量に食べられた。
周りのケモノたちも、お腹を膨らませている。
「大きなお腹がたくさん…懐かしい光景だ…」
栗田くんは感傷に浸った。
メイドたちが来て、食器を片付け始めた。
「デザートの用意は1時間後でお願いします。」
理沙ちゃんが伝えた後で、稲荷山くんが言った。
「ねえ、デザートが来るまでの間、栗田くんがどんな目にあったか教えてよ!」
「ああ、そうだね。みんなこっちに集まって!」
一同は食べ過ぎで重くなった体を立ち上がらせ、部屋の端に座った。
栗田くんはその前に立ち、口を開いた。
「では、話を始めるよ。それは8月24日の午後…」
それから、今までの事をすべて話した。
一同は驚いたり、怯えたり、安心したりと様々な反応をした。それはまるで映画鑑賞のようだった。
「…というわけで、ぼくは無事大上区に帰れたんだ。」
1時間ほどして話が終わると、一同は拍手を送った。
「栗田くん、ありがとう。何が起きたかよくわかったよ。」
「本当に恐ろしい目に遭ったのね…」
「立派な服を着てると思ったけど、グレゴワールさんの所にあった服なんだね。」
「ぼくの身に起こったらどうしよう!」
「まあ、ぼくから言える事は1つ。鏡から光が出ていたら、中には絶対入らないでね!」
その時、メイドたちがワゴンを押しながら大広間に入って来た。
「皆さん、デザートの用意ができました。」
テーブルには何十種類ものデザートが並べられた。ケーキ、クッキー、ゼリー、プリン、フルーツの盛り合わせ、饅頭…
「よし、お腹が落ち着いてきたからまだまだ食べるぞ!」
栗田くんは意気込んだ。
一同はデザートを食べ始めた。食が進めば会話も弾む。
「栗田くん、そんなひどい扱いを受けたのに大きなけががなかったのは不幸中の幸いだったわね。」
「そうだね、くるみちゃん。考えてみると、毛皮や臓器が目的ならそれらを傷つけるような事はできないよね。
でもそうだとしても、もうあんな世界は嫌だよ。この平和なケモノ界が一番さ。」
栗田くんは自分の喜びを語った。
1時間ほどして、デザートも全部なくなった。
「ふう、ふう…もうお腹いっぱいだよ…でもこんなに食べたのは久々だ…」
栗田くんのお腹はパンク寸前に膨らんでいた。胃は完全に満たされ、食道の途中まで食べ物が詰まっているようにも感じられた。
かなり苦しかったが、それ以上に満足感が強かった。
もちろん、参加者は全員が同じ状態になっていた。
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[chapter:明るい道が開けた夜]
その後もしばらく語り合い、やがてパーティーは終わりを迎えた。
「皆さん、本当にありがとうございました!おかげでぼくは元の世界に帰る事ができて、楽しい時間が過ごせました!」
栗田くんはグレゴワールや理沙ちゃんに改めて感謝した。
「いえいえ、私は当然の事をしたまでです。」
「でもありがとうございます!もし他の家に売り飛ばされていたら、ぼくは帰れなかったかもしれませんから。」
その時、稲荷山くんが言った。
「ねえ、血出暗くんはどうするの?鏡の世界に戻す?」
「どうやったら鏡の世界とつながるかわからないし、血出暗くんの両親は息子…つまりぼくを売って儲けたのに、また帰ってこられたら困ると思うよ。
それにあんな恐ろしい世界に帰すのはかわいそうだよ。血出暗くんにはこっちの世界で生きて欲しいな。」
その言葉に、血出暗くんも賛成した。
「うん、ぼくもこっちの世界で暮らしたいな。ここなら幸せになれそうだ。
名前も『栗田 永雄』に変えようと思う。そっちの方が可愛いからね。」
「ありがとう、ぼくの名前が可愛いって。でも同じ学校に同じ名前・学年・種族の児童が2匹もいるのは困るな…」
「そうだよね。それにすべてがわかった以上、周りから変な目で見られそうだし…」
すると、理沙ちゃんの父親が言った。
「では、この子は私がしばらく預かります。それから引き取ってもらう里親を探しましょう。」
血出暗くん…改め、栗田くん(鏡)は喜んだ。
「やった!本格的にこっちの世界で暮らせるんだ!ありがとうございます!」
こうして、栗田くん(鏡)の未来が決まった。
夜空の下で、パーティーの参加者はそれぞれの家に帰った。栗田くんも両親、祖父母と共に自宅へ向かっていた。
「お父さん、お母さん、去年はグアム旅行に連れてってくれてありがとう!ぼくが帰ってこられたのはそのおかげでもあるからね。」
「永雄はあれが初の海外旅行だったから喜んでいたが、まさかその時のパスポートがこんな形で命を救うとは!」
「永雄は本当に幸運の持ち主ね!もしどれか1つでも要因が欠けていたらどうなっていたか…」
「一時はどうなるかと思ったよ。でももう安心だね!
それにしても、どうして鏡がああなっちゃったんだろう?」
「お母さんもわからないけど、きっとずっとしまっておいたから、変な物が取りついちゃったのかもね。
永雄のためにしばらく鏡は買わないけど、また買うとしたら今度は大切にするわね。」
「ありがとう、お母さん。そう言えばぼくの服はボロボロのままあっちの世界に残ったままだ…」
「別にいいじゃない。あの服はいくつか持ってるでしょ?」
「しかし、永雄にはすごい友達がいるんじゃなあ…話は何度か聞いていたが、あんなに大きな家に住んでいるとは!」
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[chapter:懐かしい我が家]
会話を楽しむうち、家に着いた。
「本当に、帰ってきたんだ…」
母親が鍵を開けると、栗田くんは真っ先に玄関へ入って電気のスイッチを入れた。
「ああ、ああ…懐かしい我が家だー!」
手洗いなどを済ませると、子供部屋へ走った。
「ぼくの部屋!机にベッド、漫画にゲームにおもちゃ…懐かしいなあ…」
栗田くんは部屋中を見渡し、目を潤ませた。両親もドアの陰から見ている。
「永雄、本当に嬉しそうね。」
「懐かしい家に帰れたんだから、当然だな。」
こうして、物置から始まった栗田くんの波乱万丈な旅は無事に終わった。
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帰還した土曜日から、9月22日の火曜日までは4連休。祖父母もこの期間は栗田家に滞在した。
4連休の残り3日間は、栗田くんがリクエストした様々な場所へ出かけた。
20日は大上駅東口の食べ放題レストラン「フード・キャッスル」で昼食を摂り、カラオケ、ボウリング、ゲームセンターを楽しみ、ウルフデパートで買い物をして帰った。
駅周辺で1日遊んだため、帰る頃には全員疲れていたが、満足感の方が強かった。
21日は電車で30分、バスで1時間ほどかかる遠くのショッピングモールへ。
栗田くんの目的は、そこにある食べ放題レストラン「ネオ」だった。ディスプレイ端末で注文した料理をロボットが運んでくれるハイテクな店だ。
栗田くんと両親は2回目だが、祖父母は初体験。
「おお、最近のレストランはすごいのう!」
「私たちが子供の頃はロボットなんて空想の物だったのに、技術はずいぶんと進歩したものね!」
祖父母は料理を頬張りながら感心している。栗田くんはディスプレイで料理を次々と頼んでいる。
(オムライスに焼き鳥、そしてチョコレートケーキ。その次は何を頼もうかな?)
22日は大上自然公園でピクニック。昼食は母親と祖母が作った大量の弁当だ。
自然の中で食事をすると、会話も弾んだ。
祖父母も帰った22日の夜、栗田くんはランドセルに教科書を詰め込んでいた。
(いよいよ明日は学校だ!久々の学校、楽しみだな。パーティーに来なかった子にも会えるぞ!)
嬉しそうな栗田くんの体は、土曜日と比べてぽっちゃりとしていた。この4連休で大量に食べたからだ。
あと2週間ほどすれば、元の太った体に戻るだろう。
「永雄、明日が楽しみね。きっとみんな喜ぶわよ。」
「永雄は友達が多いから、すごく歓迎されるだろうな。」
「ぼくもそうなると思うよ。おやすみなさい。」
「おやすみ、永雄。」
栗田くんはベッドに入り、幸せに包まれて眠った。
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[chapter:エピローグ]
翌朝。
「行ってきまーす!」
栗田くんはランドセルを背負い、元気に学校へ。最高にすがすがしい気分だ。
空はよく晴れ、小鳥のさえずりや生活音が聞こえる。悲鳴や爆発音など聞こえるはずがない。
(この通学路も、前と変わらないね。)
懐かしさに包まれながら、ケモノ小学校埼玉校へ向かった。
校門をくぐり、遊具の並ぶ校庭を見ながら校内へ。
4年1組に入ると、クラスメイトの半分ほどが来ていた。
「あ、栗田くんおはよう!」
稲荷山くんが声をかける。
「栗田くん、久々ね!」
パーティーに来なかったうさぎの場丹井 姫子ちゃんも、彼にハグをした。
「無事に帰れて良かったね。ほんとに安心したよ…」
「栗田、これでまた一緒だな!」
兵藤 礼央くんと春斗くん(双子のヒョウ)も、栗田くんとハグをした。
「あら栗田、帰ったのね。あたいもハグしていい?」
鼬川 卯井是瑠ちゃん(肥満体のイタチ)は、栗田くんに有無を言わせず抱きついた。
「ううっ、苦しい…それに卯井是瑠ちゃんの体、変なにおいがするよ…」
「あたいが変なにおい?うるさいわね!3日くらい風呂に入らなくてもいいじゃないの!」
「入った方がいいよ!ぼくなんて鏡の世界じゃ3週間も風呂に入れてもらえなかったんだよ!それがどんなに辛かったか…」
「あんたはあんた、あたいはあたいよ!あたいは気が向いたら風呂に入るわね。」
彼女は言い放ち、汚れた出べそをいじっている。
(相変わらず卯井是瑠ちゃんはわがままだね…でもこれもいつもの事か。)
朝の会が始まるまで時間があるため、隣の4年2組にも顔を出した。
「栗田くんだ!栗田くんが帰ってきたぞ!」
やはりこちらでも歓迎された。
「栗田くん、久々だね!」
最初に話しかけてきた子はテンの柴田 貂助くん。彼はかつて常軌を逸したいたずらっ子で、よく周囲を困らせていた。
しかし、今年の4月から心を入れ替えて優しい子になった。今では友達の1匹だ。
「やあ、柴田くん。これでまた一緒だね。」
「そうだね。栗田くんがすり替えられたと知った時はとても驚いたよ。君と友達になって半年も経たないのにそうなるなんて…」
「心配ありがとう、柴田くん。それじゃ、また後でね!」
次は理沙ちゃんに話しかけられた。
「栗田くん、久々の学校ですわね。
それからもう1匹の栗田くんですけど、この連休で愛知県にお住まいのシマリスの夫婦に引き取られましたわ。」
「そうなんだ。どんな感じだった?」
「ちょうどその夫婦も栗田という苗字でしたの。『子供が欲しかったけどできなかったので、自分たちで子供を育てる事ができて本当に嬉しい』とおっしゃっていましたわ。
もう1匹の栗田くんも優しいご両親に巡り会えて、本当に幸せそうでしたわよ。」
「ああ、良かった。安心したよ。」
(あの子も幸せになれて良かった。もう辛い思いは二度としないだろうな…)
そう考えながら、4年1組に戻った。
教室に戻ってしばらくすると、森口先生が入ってきた。
「皆さん、おはようございます。」
「おはようございます。」
こうして、普段通りの学校が始まった。
平和な日常に戻れて、栗田くんは心から幸せだった。
[chapter:おしまい]