第21話「4年1組のシンデレラット」

  [chapter:学芸会のテーマは?]

  2020年10月13日、火曜日の午後。

  ケモノ界のさいたま市大上区、ケモノ小学校埼玉校にて。

  4年1組の教室で、ハツカネズミの森口 美樹先生が話している。

  「さて皆さん、クラス会議を始めます。

  10日に開かれた運動会も無事に終わりました。皆さんが努力したおかげで赤組が勝ちましたね。

  次は11月初めの学芸会の準備です。劇のテーマを何にするか決めましょう。」

  「はい!」

  25頭の児童が、元気よく返事をした。

  「皆さんはどんな劇がいいですか?」

  森口先生の問いかけに、太ったキタキツネの稲荷山 紺助くんが答えた。

  「ぼくは、今流行りの『狐の刃』がいいです!好きな作品ですし、ぼくが主役になれますから!」

  「んー、他のクラスと被りそうね…でもまあいいわ。」

  次に答えた子は、イタチの鼬川 卯井是瑠ちゃん。彼女は4年生で一番の肥満体だ。

  「あたいはおとぎ話がいいわ!お菓子の家に住む魔女の役がいい!そしてお菓子の家を全部食べるの!」

  「それは無理です。そんな大きなお菓子の家は用意できません。」

  あっさり却下されたため、わがままな卯井是瑠ちゃんは怒った。

  「何よ!みんなで頑張ればあたいのためのお菓子の家ぐらい作れるでしょ?作らないとイタチの最後っ屁をかますわよ!」

  「この劇は鼬川さんのためではありません。学校のみんなのためです。」

  「はいはい、わかったわよ!」

  次は白猫の金子 真里ちゃん。

  「相変わらず卯井是瑠ちゃんはわがままだと思いますが、おとぎ話を題材にする点には私も賛成します。

  流行り物ではなく、誰でも知っているような有名な話なら、どの世代でも楽しめると思います。

  それにそちらの方が台本を書きやすいですし、もしかしたら過去に使った台本が残っているかもしれません。」

  その意見にクラス一同が賛成した。

  「いいね!」

  「さすが真里ちゃん。意見がしっかりしてるよ!」

  「先生もそれがいいわ。今年の劇はおとぎ話にしましょう!」

  次はどのおとぎ話を題材にするかを決める。

  初めに答えた子は、太ったシマリスの栗田 永雄くん。

  「ぼくは『ピーター・パンダ』を希望します。ファンタジーとアクション要素があって、みんな楽しめると思います。」

  「いいわね!先生も好きな作品なのよ。でもこのクラスにパンダはいないわね…」

  次は卯井是瑠ちゃん。

  「あたいは『世界一の美少女・卯井是瑠』がいいわ!あたいが主役で…」

  「はい、却下!そんな話はありません。」

  また却下されたため、彼女は不機嫌になった。

  「もう!どうしてあたいの意見はみんな却下されるのよ!あたいだってたまには主役になりたいのに!」

  次は太ったカワウソの河合 旺太くん。

  「ぼくは『トラジン』がいいな。ロマンチックなストーリーで、胸がときめくんだ。

  去年は実写版が公開されたから、みんなの記憶にも新しいだろうし!」

  「先生も実写版を見に行ったわよ。素敵だったわね。でもこのクラスには虎もいないわ…」

  栗田くんが反論した。

  「他の種族が演じればいいと思います!」

  「脇役ならそれでいいけど、主役は元のお話と同じ種族がやらないと格好がつかないわよ。これまでの学芸会もそうだったでしょ?」

  その時、また手が上がった。うさぎの場丹井 姫子ちゃんだ。

  「それなら『シンデレラット』がいいと思います。このクラスには、ドブネズミの女の子と男の子がいるからです。

  それに、私たちのクラスでは1回もやった事がありません。学芸会では定番らしいので、やってみたいんです。」

  「確かにそうね。では皆さん、場丹井さんに賛成なら手を上げてください。」

  クラスの大部分が手を上げたため、今年の劇は「シンデレラット」に決まった。

  [newpage]

  [chapter:シンデレラットの物語]

  翌日のクラス会議は、内容の説明と配役の決定。森口先生が倉庫から過去の台本を持ってきた。

  「では、皆さんも知っているとは思いますが、改めて『シンデレラット』がどんな話か説明しましょう。

  昔々、ある所にネズミたちの暮らす王国がありました。そこのある家に…」

  そこまで話した時、卯井是瑠ちゃんが不満げに口を挟んだ。

  「なんでネズミしかいないのよ!そんな国があるわけないじゃない!」

  隣の席に座る太った狸、田吹 優子ちゃんが小声で言う。

  「おとぎ話なんだから別にいいじゃない。それに結婚は同じ種族としかできないんだから、そういう設定になってもしょうがないでしょ?」

  「ある家には、シンデレラットというドブネズミの少女が父親と住んでいました。母親はすでに亡くなっていましたが、彼女は幸せでした。

  ある日、父親は再婚します。相手はレディ・メレイトンという女性で、ドリゼルダとアンブロシアというかなり太った2匹の娘がいました。

  しかし、しばらくすると父親が亡くなってしまいました。その途端にレディ・メレイトンたちは本性を現し、シンデレラットをいじめ始めたのです。

  シンデレラットは家事をすべて言いつけられ、毎日朝から晩まで働かされました。友達といえばトカゲのリーサとザード、そして小鳥だけです。」

  「体が動かせるだけでもいいよね。物置や箱に閉じ込められたり、肉体的ないじめをされるよりはよっぽどましだよ。」

  栗田くんはつぶやいた。

  「その頃、王様は王子様が結婚したがらない事に悩んでいました。

  そこで国中の娘に舞踏会の招待状を送り、シンデレラットの元にも届きました。

  しかし、シンデレラットには仕事がたくさんあり、ドレスもないので行く事ができません。

  小鳥やトカゲたちがドレスを作ってくれましたが、それはレディ・メレイトンたちに破かれてしまいます。

  シンデレラットが悲しみのあまり泣いていると、うさぎの妖精が現れました。

  事情を聞いた妖精は、カボチャやトカゲたちを集めて魔法をかけました。

  『ラビティ・バニティ・ホップ!』

  するとカボチャは立派な蒸気自動車、リーサは従者、そしてザードは運転手に変わったのです。」

  「あたいならパンプキンパイやトカゲ型のキャンディーにするけどね!」

  「夢のない事言わないで!」

  卯井是瑠ちゃんは自分の提案が却下された事を根に持っているようだ。

  「シンデレラットの破れたドレスも立派なドレスになり、足にはガラスの靴が現れました。

  12時になると魔法が解けるので、それまでには帰らないといけません。シンデレラットは蒸気自動車でお城の舞踏会に向かいます。

  舞踏会には大勢の娘たちが来ていましたが、王子様は興味を示しません。しかしシンデレラットに一目惚れして、2匹で一緒に踊ります。

  レディ・メレイトンたちも見ていましたが、シンデレラットだとは気がつきません。

  ところが、踊っているうちに12時が近づいてしまい、シンデレラットは慌てて帰っていきました。ガラスの靴を片方落としたまま。

  王子様はその靴を拾い、これを履いていた娘と結婚する事を決めました。」

  「ちょっと!何時間も一緒にいたのになんで王子様は名前を聞かないのよ!」

  「…それは私もそう思う。」

  「次の日、王子様の命令でガラスの靴を持った大公が家々を周る事になりました。靴に足が合う娘を見つけるためです。

  それを聞いたドリゼルダとアンブロシアは喜びましたが、足が大きすぎて靴が履けません。

  シンデレラットが履くと、ぴったりです。彼女は王子様と結婚して、幸せに暮らしました。

  おしまい。」

  4年1組の一同は拍手をした。

  「ありがとう!内容がよくわかったよ。」

  「タイトルは知ってたけど、細かい内容は意外と知らなかったね。」

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  [chapter:誰が何を演じるか]

  次は配役の決定。シンデレラットはドブネズミの川村 絢子ちゃん、王子は同じくドブネズミの遠藤 隆志くんに決定した。

  この2匹はスマートなため、キャラクターのイメージに近い。そのためすぐに決まった。

  また、うさぎの妖精は姫子ちゃんに決定した。

  残りの役も次々に決まっていく。

  話し合いや指名で決まったり、演じたい役がかぶった際はじゃんけんで勝負したり…様々な事が起こったが、最終的に次の配役に決定した。

  レディ・メレイトン:真里ちゃん

  ドリゼルダ:卯井是瑠ちゃん

  アンブロシア:新井 美井子ちゃん(太ったアライグマ)

  国王:栗田くん

  大公:北海 楽虎助くん(ラッコ)

  小鳥:安藤 列太くん(太ったレッサーパンダ)

  リーサ:優子ちゃん

  ザード/大臣:河合くん

  カボチャ:稲荷山くん

  ナレーター:亀有 春子ちゃん(モモンガ)

  その他の12頭:脇役or裏方

  全員の配役が決まったため、今日の会議は終わった。

  「あたい、本当はシンデレラットがやりたかったのに…」

  卯井是瑠ちゃんは給食を食べながらぼやいていた。

  「あんたはイタチだから、主役にはなれないわよ。今の役で我慢しなさい。」

  優子ちゃんが言うが、卯井是瑠ちゃんは譲らない。

  「何としてでもあたいが主役になってやるわ!」

  「本当にわがままね…ドリゼルダの役に選ばれたのも当然ね。」

  呆れる優子ちゃんだった。

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  [chapter:台本と小道具]

  翌日の朝、森口先生は全員分の台本をコピーして持ってきた。

  「台本を用意したわ。みんな、自分のセリフには赤線を引いておくのよ。」

  朝の会が終わってから1時間目が始まるまで、クラス一同は黙々と自分が担当するセリフに線を引いた。

  1ページ目には配役が表記されているため、それを参考にしている。

  学芸会の前日まで、毎日1時間は劇の準備をする。

  その時間には、全員で体育館裏の倉庫に行った。ここには今まで使用された劇のセットや衣装が保管されている。

  似たようなテーマの劇では衣装やセットを使い回す事も多いため、何年も使用されている物もある。

  「はい皆さん、これがシンデレラットで使われたセットです。」

  シンデレラットの家や城の背景、様々な家具、プラスチックの容器で作ったガラスの靴、妖精の杖、小鳥のパペット…

  衣装も様々。端麗な王子の服、ローブのような妖精の服、トカゲの着ぐるみ…

  耳が尖っていたり、頭部に耳のない種族が使う付け耳も、かなりの数が用意されている。

  ドリゼルダとアンブロシアのドレスや国王の服は、太った子でも着られるようにゆったりとした作りになっている。

  シンデレラットの衣装は私服、3重構造のドレス(トカゲたちに作ってもらったドレス→破かれたドレス→立派なドレスと変化する)、ラストのウエディングドレスと3種類もあった。

  「わあ、素敵!着るのが楽しみだわ!」

  喜ぶ絢子ちゃん。

  「良かった。あたいのも立派な服ね。」

  卯井是瑠ちゃんも安心したようだ。

  それからセットや小道具を体育館のステージ裏まで運び、木曜日の準備は終わった。

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  [chapter:小さな役者たち]

  金曜日から、劇の練習が始まる。まずは感情を込めてセリフを読む練習だ。

  シンデレラット役の絢子ちゃん。

  「毎日働かされて、いつもつらい思いばっかり…

  でも大丈夫。私は信じているわ。いつかきっと幸せになれるって。」

  「上手ですね。感情がこもっています。」

  国王役の栗田くん。

  「ええい、王子はいったいいつになったら結婚するんじゃ!」

  「なかなか良いけど、もうちょっと感情を込めましょうね。」

  妖精役の姫子ちゃん。

  「さて、魔法の言葉は…そう。ラビティ・バニティ・ホップ!」

  「とっても上手ですね、場丹井さん。」

  「ありがとうございます。先生。役が決まってから、家で練習したんです。」

  レディ・メレイトン、ドリゼルダ、アンブロシア役の真里ちゃん、卯井是瑠ちゃん、美井子ちゃん。

  「シンデレラット、掃除をお願いできるかしら?」

  「それが終わったらアイロンもお願いね!」

  「せ、洗濯もしっかりするのよ…」

  「金子さんと鼬川さんは完璧ですが、新井さんはもう少し頑張りましょうね。」

  「はい。ちょっと恥ずかしいけど頑張ります…」

  「学芸会まではまだ日があるから、しっかり練習するのよ。」

  次は衣装の試着。体格に合わせて作られているため、ぴったりフィットした。

  「わあ、本物のプリンセスみたい!3重構造なんてすごいわね!」

  「ぼくも本物の王子様みたいだ!」

  絢子ちゃんや遠藤くんは興奮している。

  「本物の大公みたい!…でも大公ってどんな仕事をするんだろう?」

  北海くんは少し不思議そうだ。

  「お腹が出ない服を着たの、すごく久々ね。」

  「物心ついてから初かも?」

  「まあこれでいいかもね。お腹出してる王様なんて変だから。」

  卯井是瑠ちゃんや美井子ちゃん、栗田くんは、久々にお腹の隠れる服を着た。

  普段着ているシャツはサイズが合わないため、常にお腹を出している。

  もっとも、太ったケモノにおいては当たり前の格好だ。

  「ケモノの役が良かったんだけどな…」

  トカゲの着ぐるみ(顔出し)を着た河合くんは、少し残念そうだった。

  「いいじゃない。トカゲだってシンデレラットを助ける重要な役よ。それに河合くんは大臣と兼役じゃない。」

  優子ちゃんに言われて、河合くんは元気を取り戻した。

  [newpage]

  [chapter:練習の日々]

  それから毎日、劇の練習が行われた。

  ピアノによるBGMは、真里ちゃんと姫子ちゃんの2匹が交代で担当。元からピアノが得意だが、それでも上手に弾けるよう頑張った。

  稲荷山くんは化けられる能力を持っているため、変身シーンを担当。

  舞台に登場した時点でカボチャに化けており、さらにそこから蒸気自動車になるため変身が2回必要だ。

  稲荷山くんは精神を集中させ、カボチャを思い浮かべる。それから化けてみたものの、カボチャからはしっぽが生えていた。

  「ぼく、何に化けてもしっぽだけ変わらないんだ…」

  「それは困ったわね…でもしっぽが見えないようにすれば大丈夫ね。」

  その次は、蒸気自動車に化けた。やはりしっぽが生えており、形状も事前に見せられた絵と比べて不格好だ。

  「蒸気自動車の絵をあげるから、本番までにしっかり覚えるのよ。」

  「はい、わかりました!」

  絢子ちゃんは衣装チェンジの練習をしている。

  トカゲたちの作ったドレスを見て喜んだら一旦ステージが暗転し、舞踏会に行く前のレディ・メレイトン、ドリゼルダ、アンブロシアが登場する。その間に私服からドレスに着替える。

  その次は嫉妬したレディ・メレイトンたちにドレスを破かれるシーン。ここは破く真似をするだけだ。

  破く真似をしながら、ステージが暗転。直後にドレスの層を外し、破れたドレスに変える。

  妖精の魔法の場面になったら、破れたドレスを一瞬で脱ぎ捨て、立派なドレスに変える。

  魔法が解ける場面では、暗転した10秒ほどの間に破れたドレスを着なければならない。

  これをスムーズにこなす事は非常に大変なため、絢子ちゃんは何度も失敗した。

  暗転している間に着替えが終わらなかったり、破れたドレスに変えるはずが立派なドレスになってしまったり…

  しかし決してくじけず、失敗を次の成功に生かした。

  クラスが一丸となって練習に取り組み、休日も家でセリフの練習を自主的にした。

  学芸会の3日前からは、リハーサルが始まる。

  最初はセリフの言い間違いなども所々発生したが、次第に上達していった。

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  [chapter:最後のリハーサル]

  11月6日金曜日…学芸会は明日に迫っている。これが最後のリハーサルだ。

  体育館のカーテンを閉め切って、本番同様の形で行われる。

  「さあみんな、頑張ってね。」

  森口先生はステージ裏で待機する児童たちに話しかけ、ステージ前の席に着いた。

  その横には、ビデオカメラがセットされた三脚も置かれている。彼女は毎年、このような形でリハーサルを記録している。

  幕が上がり、ステージ右に春子ちゃんがスポットライトで照らされながら登場。ナレーターのため、特別な格好をしているわけではない。

  ステージの端では、真里ちゃんがピアノを演奏する。

  「昔々、ある所にネズミたちの暮らす王国がありました…」

  一言一句間違えずにプロローグを語り終えると、ステージ全体がライトアップされた。

  小さな部屋の背景をバックに、シンデレラット(絢子ちゃん)が座っている。

  「毎日働かされて、いつもつらい思いばっかり…

  でも大丈夫。私は信じているわ。いつかきっと幸せになれるって。」

  すると両サイドからトカゲのリーサ(優子ちゃん)とザード(河合くん)、小鳥たち(のパペットを両手に持ち、黒い布をかぶった安藤くん)が登場した。

  「きっとその願いは叶うわよ、シンデレラット。」

  「そうだよ。みんなが応援しているよ!」

  「ぼくたちも応援してるからね。」

  「ありがとう。あなたたちのおかげで、私は楽しい時間を過ごせるの。」

  その時演奏が止まり、怒鳴り声がした。

  「シンデレラット!さっさと働きなさい!」

  「はい、わかりました。」

  シンデレラットが退場し、ステージが暗転。その間に背景やセットが変わり、ピアノの演奏者は姫子ちゃんに交代した。

  次の場面は廊下。レディ・メレイトン(真里ちゃん)、ドリゼルダ(卯井是瑠ちゃん)、アンブロシア(美井子ちゃん)がシンデレラットの前に立っている。

  真里ちゃんや美井子ちゃんのように耳の尖った種族は、丸いネズミの耳を付けている。

  「シンデレラット、掃除をお願いできるかしら?」

  「それが終わったらアイロンもお願いね!」

  「洗濯もしっかりするのよ!」

  初めは恥ずかしがっていた美井子ちゃんも、意地悪な演技ができるようになった。

  「はい、わかりました。」

  ステージの上で雑巾がけをするシンデレラット。それを見ながら、レディ・メレイトンたちは退場した。

  次の場面は城の中。ピアノは真里ちゃんに交代した。

  怒っている国王(栗田くん)を、大公(北海くん)がなだめている。

  「ええい、王子はいったいいつになったら結婚するんじゃ!」

  「焦ってはいけません、陛下。今は冷静に…」

  「わしは生きているうちに孫の顔が見たいのじゃ!なんとかしていい相手を見つけなければ!」

  会話が続き、花嫁探しを兼ねた舞踏会を明日開く事が決定した。ここには国中の娘たちを招待する。

  再び廊下。ピアノは姫子ちゃんに交代した。

  掃除をしていたシンデレラットは、家に来た大臣(河合くん。ザードと兼役)から手紙を受け取り、レディ・メレイトンたちに見せる。

  「まあ、舞踏会のお知らせよ!王子様の花嫁選びだって!」

  「そうなの?やったわ!」

  「あたいも王子様と結ばれるかもしれないのね!」

  「私は仕事が明日もたくさんあるだろうし、ドレスもないから行けないわ…」

  シンデレラットは悲しそうに退場した。

  シンデレラットの部屋では、リーサとザードや小鳥たちがドレス作りを提案した。

  ドレスのデザイン画を見ながら、布やリボンを用意する。

  それを持って話し合っている所で、ステージが暗くなった。

  ピアノが真里ちゃんに交代。右に春子ちゃんが登場し、語る。

  「次の日の夕方です。レディ・メレイトンたちはとびきりのドレスアップをして、舞踏会を楽しみに待っていました。

  一方、シンデレラットは仕事を終わらせ、疲れて部屋に戻ってきました。」

  ステージがライトアップされた。シンデレラットは台にかけられているドレスを見て驚き、喜びの声をあげた。

  「まあ、すごい!これは誰が…」

  リーサとザード、小鳥たちが現れて、次々に言った。

  「私たちが作ったの!」

  「みんなで力を合わせたんだ!」

  「これで舞踏会に行けるよ!」

  「ありがとう。みんな、本当にありがとう!」

  シンデレラットが感謝した所で、暗くなった。その間にシンデレラットは急いでドレスに着替え、ピアノは姫子ちゃんに交代した。

  廊下にて、ドレス姿のレディ・メレイトンたちが舞踏会に行く準備をしている。そこへシンデレラットが現れた。

  「ドレスができました。私も行っていいですよね?」

  レディ・メレイトンは驚き、ドリゼルダとアンブロシアは怒り始めた。

  「どういう事なのよ!あんたがこんな立派なドレスを持ってるなんて!」

  「こんな物、破いてやるわ!」

  ドレスの装飾品を外して放り投げ、ドレス本体も破き始めた(実際には破く真似)。

  シンデレラットは悲鳴を上げるが、レディ・メレイトンは止めもせずに眺めている。そのままステージが暗くなった。

  その間にセットが変わり、ステージ上の装飾品が回収され、ピアノは真里ちゃんに交代。シンデレラットもドレスを脱いで、破れたドレスに着替えた。

  次のセットは庭。ドレスを破かれたシンデレラットがうずくまって泣いている。

  「ああ、せっかくのドレスがこんな事に…私は舞踏会に行けないのね…」

  リーサとザードも寄り添い、シンデレラットを慰めている。夜のため、小鳥は登場しない。

  そこへうさぎの妖精(姫子ちゃん)が現れた。

  「あら、シンデレラット。どうしたの?」

  事情を話すと、妖精は言った。

  「私に任せて。魔法の杖で助けてあげるわ。

  そうね…まずはカボチャを持ってきてちょうだい。」

  その直前に、ステージ裏で稲荷山くんはカボチャに化けた。相変わらずしっぽが生えたままだ。

  シンデレラットはしっぽが見えないようにカボチャを運び、ステージに置いた。

  「これでみんな揃ったわ。さて、魔法の言葉は…

  そう。ラビティ・バニティ・ホップ!」

  その声と同時に、稲荷山くんはカボチャから蒸気自動車に化けた。しっぽが生えているが、それ以外は完璧だ。

  リーサ(優子ちゃん)とザード(河合くん)も、トカゲの着ぐるみを脱ぎ捨てて従者と運転手に変わった。

  「さあ、次はドレスよ!ラビティ・バニティ・ホップ!」

  シンデレラットは破れたドレスを一瞬で脱ぎ捨て、立派なドレスにチェンジした。初めは手間取った部分だが、今ではスムーズにこなせる。

  「まあ、なんて立派なドレスなの…」

  「はい、それからガラスの靴よ。」

  妖精はふところからガラスの靴(プラスチック製)を出し、シンデレラットに履かせた。とはいえプラスチックは壊れやすいため、実際には足の横にかぶせているだけ。

  「きれいだわ。本当にありがとう!」

  「どういたしまして。でも気をつけて。魔法は12時の鐘が鳴り終わった瞬間に解けてしまうからそれまでに帰るのよ。」

  「わかりました。忘れないようにします。」

  「それじゃ、舞踏会へ行ってらっしゃい!」

  妖精はステージの袖に引っ込み、シンデレラットは従者、運転手と共に蒸気自動車に乗りこんで舞踏会へ出発した。

  蒸気自動車は止まっているが、後ろでは裏方の児童たちが木や家の描かれたパネルを持って動いているため、走っているように見える。

  そのままステージが暗くなり、ピアノは姫子ちゃんに交代。セットも急いで交換され、蒸気自動車もステージの端に消えた。

  「ハア、ハア…やっぱり疲れるよ…」

  元の姿に戻った稲荷山くんは、ステージ裏で息を弾ませていた。

  (上に3匹も乗った状態で、蒸気自動車に化けたままでいないといけないなんて…絢子ちゃんが細身でまだ良かった…)

  ステージでは舞踏会が開かれていた。ドレスを着た娘たちが王子(遠藤くん)の前に並んでいる。

  なお女の子のみでは足りないため、男の子が演じている娘も多い。

  右には国王と大公が立ち、左では大臣が娘たちの名前を読み上げている。

  「フレデリカ・チェダー・デラ・フォンデュ姫!」

  「オーガスティナ・ゴルゴンゾーラ嬢!ジャック・ゴルゴンゾーラ将軍のご息女です!」

  「レアチーズ・メルセデス・グリエール嬢!グリエール大佐夫妻のご息女です!」

  「ドリゼルダ・メレイトン嬢とアンブロシア・メレイトン嬢!レディ・メレイトンのご息女方です!」

  呼ばれた娘たちは王子に挨拶をするが、王子は関心を示さない。

  「王子め、どういう事だ!1匹ぐらい気に入るのがいると思ったのに!」

  「陛下、まだ呼名は終わっていませんよ。そういう事は最後まで見てから言ってください。」

  大公は、いら立ち始めた国王をなだめている。

  そこへシンデレラットが入ってきた。一目見た王子は、彼女の方へ歩み寄っていく。

  「僕と一緒に踊りませんか?」

  「まあ、あなたと?では喜んで。」

  これを見て国王は喜んだ。

  「やったぞ!ついに王子の相手が見つかった!」

  「私の言った通りですね。最後まで見るべきだと。」

  「ここは2匹だけにしてあげよう。」

  そのセリフを最後に、シンデレラットと王子以外はステージから退場。奥側の幕が下り、ピアノは真里ちゃんに交代した。

  真里ちゃんが演奏するワルツをバックに、2匹のドブネズミが踊る。この劇の見せ場の1つだ。

  初めは2匹ともうまく踊れず、お互いに足を踏んでしまう事もあった。しかし、今では完璧に踊れている。

  ステージのライトも少し落とされ、裏方の児童たちがドライアイスを使ってスモークを演出している。非常にロマンチックな雰囲気だ。

  絢子ちゃんと遠藤くんは、シンデレラットと王子になりきっていた。

  奥の幕が上がると、庭の背景が用意されていた。時計は12時を指している。

  「大変!もう帰らないと!」

  「まだいいではありませんか。」

  「だめです!12時までに帰らないと…」

  その時、1回目の鐘が鳴った。鐘の音は裏方によるチューブラー・ベルだ。

  シンデレラットは急いで走り出し、その途中でガラスの靴を片方落とした。

  「あっ、靴が!でももう拾う時間なんてないわ!」

  そう言いながらステージの端に引っ込むと、蒸気自動車に乗って出てきた。この場面までに稲荷山くんはまた蒸気自動車に化けておく。

  走っている間にも鐘は鳴り続け、12回目の鐘と共にステージが暗くなった。

  この間に稲荷山くんはカボチャに化け、優子ちゃんと河合くんはトカゲの着ぐるみを着用。裏方によってシンデレラットの破れたドレスが用意される。

  明かりがつくと、背景は庭に。シンデレラットたちは元の姿に戻っていた。

  この早着替えはかなり苦労した部分だが、すっかり完璧にこなせるようになっている。

  シンデレラットは魔法が解けてもあまり気にせず、舞踏会の事を思い出して夢に浸っていた。

  足元にガラスの靴が片方残っているのに気がつくと、嬉しそうな表情を見せた。

  またステージが暗転し、ピアノは姫子ちゃんに交代。春子ちゃんが語る。

  「その後、王子様はガラスの靴を履いていた娘と結婚する事を決めました。

  翌日、王子様の命令で大公が国中の家々を周りました。ガラスの靴を持っていき、靴に足の合う娘を探すのです。

  数軒回りましたが、娘は見つかりません。そしてついにシンデレラットの家にやってきました。」

  廊下をバックに、シンデレラット、レディ・メレイトン、ドリゼルダ、アンブロシア、大公が立っている。

  「えー、それではこちらの娘さんたちに靴を試してもらいます。」

  「その靴は私のよ!」

  アンブロシアは得意げに笑い、大公に靴を履かせてもらおうとするが、足が大きすぎて履けない。(もちろん演技だが)

  「あら、おかしいわ。足が腫れてしまったようね。腫れが引くまで待ってくれません?」

  「そんなに気の長い事はできません。次の方どうぞ。」

  「これは間違いなくあたいの靴よ。」

  ドリゼルダも得意げに履かせてもらうが、やはり履けない。

  「どうして履けないのよ!昨日はちゃんと履けたのに!」

  無理に履こうとするため、大公は慌てて止めた。

  「ああ、やめてくれ!そんなにやったら割れてしまうぞ!」

  「何よ、面白くないわね!」

  「では次の方。」

  すると、レディ・メレイトンが止めた。

  「違います。この娘は舞踏会に出席していません。」

  「いいえ、マダム。すべての娘にという命令です。」

  シンデレラットが履かせてもらうと、ガラスの靴は足にフィットした。

  「おお、これは!王子と結婚できるのはあなたです!」

  「えっ、シンデレラットも舞踏会にいたの!?」

  「ああ、嬉しいわ…夢みたい!」

  レディ・メレイトンたちはショックを受け、大公とシンデレラットは喜んだ。

  ステージが暗転し、チューブラー・ベルが鳴り響く。ウエディングベルの音だ。

  照明が点灯すると、城の階段を背景に国王と大公、大臣が立っている。裏方の児童たちも兵士として並んでいる。

  シンデレラットと王子もウエディングスタイルで現れ、手を振っている。

  真里ちゃんがラストの壮大なBGMを演奏する中、春子ちゃんが言った。

  「こうして、2匹はいつまでも幸せに暮らしたのです。おしまい。」

  ピアノの演奏が終わり、25頭の児童全員がステージに揃った。主演の2匹が挨拶をする

  「これで、4年1組の劇『シンデレラット』を終わります。」

  「皆様、ご鑑賞ありがとうございました。」

  「ありがとうございました。」

  最後に全員で礼をすると、幕が下りた。

  「皆さん、本当に素晴らしかったですよ!」

  森口先生は、リハーサルを終えた児童を褒めたたえた。

  「はい。もうこれで完璧です!きっと本番は大成功ですね!」

  得意げに言う絢子ちゃん。

  「先生も見ていて楽しかったわ。本番はきっと最高のショーになるわよ。

  では皆さん。明日に向けて、気を抜かず頑張ってください!家でも最後の練習をするんですよ!」

  「はーい!」

  [newpage]

  [chapter:アクシデント]

  その日、一同は家に帰っても練習を続けた。

  劇を絶対に成功させるため、最後まで気を抜かずに全力を尽くす。

  特に、絢子ちゃんは熱心だった。

  (主役なんだから、失敗なんてできないわ!)

  2階の自室で感情を込めてセリフを読み上げたり、1匹でワルツの練習をしたり…

  目をつぶって想像力を働かせれば、そこは城の大広間。目の前には遠藤くんが演じる王子がいる。

  絢子ちゃんは脳内でワルツを流しながら、想像の中の遠藤くんと踊った。

  (さて、そろそろ次の場面でも…)

  目を開け、空想の世界から目覚めた絢子ちゃんは心臓が止まりそうになった。なんと自分の足が階段の上に出ている。

  踊っている間に部屋を出て、ここまで進んでいたらしい。

  足を戻す暇がなく、絢子ちゃんは階段から転がり落ちてしまった…

  [newpage]

  [chapter:主役の災難]

  翌朝の4年1組には、衝撃が走っていた。

  「絢子ちゃんが大けが!?」

  「階段から落ちたって!?」

  「じゃあ今日の劇はどうなるの?」

  絢子ちゃんは左の手足を骨折し、包帯姿で松葉杖を使用していた。

  「ごめんなさい、全部私のせいよ…私がもっと気をつけて練習していれば…」

  絢子ちゃんを心配する子も、責める子もいた。彼女自身も自分を責めた。

  クラス一同が困っていると、森口先生が提案した。

  「こうなったら、誰かと役を交換しましょう。誰かシンデレラットの役をやりたい子は…」

  すると、卯井是瑠ちゃんが真っ先に手を上げた。

  「はい!はい!あたいがやるわ!あたいがシンデレラットになるわ!」

  「卯井是瑠ちゃんは太り過ぎだから無理よ。私なら細身だから…」

  狼の山田 犬代ちゃんが言うと、卯井是瑠ちゃんはにらみつけた。

  「あたいが主役になれるチャンスを奪わないで!主役は絶対にこのあたいよ!もし反対する奴がいたら最後っ屁だからね!」

  彼女には誰も逆らえず、従わざるを得なかった。

  「ああ、今年の劇はめちゃくちゃになりそうね…」

  森口先生は不安そうだった。

  [newpage]

  [chapter:ついに本番!]

  会場の体育館はカーテンが閉まり、照明はステージのみ。保護者たちが大勢来ている。

  5年生と2年生の劇が終わり、ついに4年1組の番が来た。

  「永雄の活躍が楽しみね!」

  「そうだな。あんなに家でも練習していたからな。」

  期待している栗田くんの両親。

  「紺助はうまく化けられるのか?」

  「きっと大丈夫よ。『当日のお楽しみに』って、家では見せてくれなかったけどね。」

  稲荷山くんの父親は単身赴任中だが、劇のために帰省した。

  保護者たちが楽しみにしている中、絢子ちゃんの両親は不安そうだった。

  「絢子は大丈夫かしら…」

  「いったい劇はどうなるんだ…」

  ステージ裏には25頭の児童が待機している。

  シンデレラットとドリゼルダの役が交換されたが、けがをしている絢子ちゃんはドレスの着換えに手間取っている。

  なんとか着られたが、太った子のために作られた衣装のためぶかぶかだ。

  卯井是瑠ちゃんはシンデレラットの私服を無理に着たため、衣装は何ヶ所も破れてしまった。お腹周りは完全に破れてしまい、太鼓腹と大きな出べそが丸出しになっている。

  「やったわ!もうすぐあたいの晴れ舞台ね!」

  「ああ、シンデレラットの服が…この分だとあの立派なドレスも同じ運命ね…」

  卯井是瑠ちゃんは大喜びだったが、絢子ちゃんは慣れ親しんだ衣装が破れる様子を見て悲しんだ。

  森口先生がマイクを持ってステージに上がり、解説をする。

  「続いては4年1組。劇は有名なおとぎ話『シンデレラット』です。

  なお、出演者にトラブルが発生したため、内容を一部変更してお送りいたします。

  それではごゆっくりとお楽しみください。」

  しばらくして幕が開き、劇が始まった。

  [newpage]

  [chapter:めちゃくちゃな劇]

  「昔々、ある所にネズミたちの暮らす王国がありました…」

  ナレーションの間、ステージ裏では絢子ちゃんが慌てて台本に目を通している。何度も練習をしたとはいえ、ドリゼルダのセリフを正確に覚えなければならないからだ。

  一方、卯井是瑠ちゃんは台本を読まずに寝そべっている。

  「シンデレラットはセリフが多いのよ!ちゃんと覚えてよね!」

  「大丈夫よ。あたいはあたいの好きなようにやるから。」

  「ドリゼルダの役は真面目にやってたけど、大丈夫かしら…そろそろ出番なのに…」

  絢子ちゃんは不安でたまらなかった。

  ナレーションが終わると、シンデレラットが登場する。

  しかし、それを演じる卯井是瑠ちゃんは寝そべってお腹を掻きながら鼻をほじっている。服もあちこち破れているため、だらしない事この上ない。

  「あーあ、あたいもいつか幸せになりたいわ…」

  あまりに雰囲気が違うため、会場からは笑いや戸惑いの声がした。

  トカゲのリーサ(優子ちゃん)とザード(河合くん)、小鳥たち(安藤くん)が話しかける。

  「きっとその願いは叶うわよ、シンデレラット。」

  「そうだよ。みんなが応援しているよ!」

  「ぼくたちも応援してるからね。」

  「勝手に応援してて。あたいは今日も食っちゃ寝するからね~。」

  台本とはかけ離れた事を言って、寝そべる卯井是瑠ちゃん。

  (どうしてこんな事に…)

  (真面目にやってると思ったのに、主役の座についた途端これだよ…)

  (これは失敗だね…卯井是瑠ちゃんが骨折すれば良かったのに!)

  優子ちゃんたちは練習通りに演技をしたが、内心では呆れていた。

  続いて、レディ・メレイトン(真里ちゃん)、ドリゼルダ(絢子ちゃん)、アンブロシア(美井子ちゃん)に仕事を命令されるシーン。

  絢子ちゃんはそこそこうまく演技ができたが、卯井是瑠ちゃんは勝手だった。

  「あんたたちがやりなさいよ!あたいは食っちゃ寝するからね。ついでにあたいの出べそも掃除してちょうだい!」

  (ああ、これじゃシンデレラットのイメージが変わってしまうわ…)

  (ひどいわ、卯井是瑠ちゃん!主役だから何をやってもいいなんて勝手すぎるわよ!)

  (ドリゼルダよりも最低な役になってる…)

  真里ちゃんたちはそう思っていたが、劇の途中で言い返す事もできない。仕方なく美井子ちゃんが卯井是瑠ちゃんの出べそを掃除した。

  (うわっ、へそゴマが溜まってる…それにひどいにおい!)

  卯井是瑠ちゃんは風呂が嫌いで、週に1回入るかどうか。そのため非常に不潔だ。

  破れた服を着ている上に、アンブロシアに出べそを掃除させるシンデレラット。ぶかぶかのドレスに包帯姿のドリゼルダ。絶望的な表情のレディ・メレイトン。

  これではシンデレラットが威張っているようで、本来のストーリーとは逆だ。

  その異様な光景に児童たちは爆笑したが、森口先生は悲しそうだった。

  (素晴らしい劇になるはずだったのに…)

  国王(栗田くん)と大公(北海くん)の会話のシーンは、シンデレラットが登場しないため、問題なく進んだ。

  その次はシンデレラットが掃除をするシーンだが、卯井是瑠ちゃんは相変わらず寝そべりながら鼻をほじっている。

  大臣(河合くん。ザードと兼役)が舞踏会のお知らせを届けに来たが、卯井是瑠ちゃんはその手紙をぞんざいに受け取り、手紙の角を出べその割れ目に入れて掃除をした。

  おかげで、真里ちゃんはゴマが角に付着した手紙を受け取る羽目になった。

  リーサやザードがドレスを作るシーンの間、ステージ裏では卯井是瑠ちゃんが絢子ちゃんに叱られていた。

  「あんた、本当に勝手すぎるわ!これ以上劇を台無しにしないでちょうだい!

  そもそも化けられる種族でしょ?だったら細身に化けなさいよ!」

  「化けるのなんて面倒よ。それにあたいがあたいじゃなくなるから嫌ね。

  ああ、せっかく主役になれたのに面白くないわね!」

  不満を言っていると、出番が来た。トカゲたちの作ったドレスを見て喜ぶシーンだ。

  叱られたばかりのため、ここは真面目に演技をした。

  (良かった、真面目にやる気になったのね。衣装は仕方ないけど、ここからは普通になりそうね。)

  森口先生はそう感じた。

  レディ・メレイトンたちによる会話の間、シンデレラットはステージ裏でドレスに着替える。例によって卯井是瑠ちゃんは3層構造のドレスも破いてしまった。

  セリフは通常通りだったため、会場からは笑いが溢れた。どう見ても破れているドレスを立派と言っているからだ。

  場面転換の間に立派なドレスを脱ぎ、破れたドレスに変える際も時間がかかった。

  元から破れたドレスの衣装もさらに破れてしまい、ますます貧相な見た目になっていた。

  [newpage]

  [chapter:卯井是瑠ちゃんの暴走]

  続いて、妖精(姫子ちゃん)が登場。

  「私に任せて。魔法の杖で助けてあげるわ。そうね…まずはカボチャを持ってきてちょうだい。」

  卯井是瑠ちゃんは稲荷山くんの化けたカボチャをステージ裏から運び、乱暴に置いた。

  「うぐっ!」

  稲荷山くんは痛みのあまり、元の姿に戻ってしまった。会場からは笑いや戸惑いの声がする。

  微妙な空気になったため、姫子ちゃんはアドリブで言った。

  「…あら、魔法が早く効いちゃったわ。でもカボチャが狐になっちゃった。私はそそっかしくて…」

  すると、卯井是瑠ちゃんは魔法の杖を奪った。

  「ちょっと、何するの!」

  「面白い杖ね!あたいにも使わせてちょうだい!さあ狐よ、ロケットになれ!」

  (話が違うよ…)

  稲荷山くんが無視していると、卯井是瑠ちゃんは怒鳴り続ける。

  「なんでロケットにならないのよ!この杖インチキじゃない!ロケットにならないと最後っ屁だからね!」

  ここで最後っ屁を放たれたら地獄絵図になってしまうため、姫子ちゃんは言った。

  「ごめんなさい、この魔法の杖は私にしか…」

  しかし、卯井是瑠ちゃんに逆らえない稲荷山くんはロケットに化けた。姫子ちゃんの言葉が始まるタイミングと同時だった。

  「あら、ロケットになったわ。あたいにも使えるじゃない!」

  卯井是瑠ちゃんは調子に乗り、次々と命令する。

  「はい、次はタクシーになれ!」

  「パラソルになれ!」

  「ケーキになれ!」

  稲荷山くんは次々と化け続けるが、そのうち疲れてきた。それを察知した姫子ちゃんは杖を奪い返した。

  「いい加減にしなさい!私の魔法で誰かを困らせないで!

  はい、カボチャに戻って!」

  稲荷山くんは疲れていたが、なんとかカボチャに化けられた。

  「時間がないわ。ラビティ・バニティ・ホップ!」

  妖精の魔法でカボチャは蒸気自動車に、トカゲのリーサとザードは従者と運転手に。

  ここの変身シーンは完璧で、会場からは拍手や歓声が起こった。

  「紺助、ずいぶん上手に化けられたわね!」

  「ああ、見事なもんだ!」

  稲荷山くんの両親も感心した。

  その次はシンデレラットの破れたドレスが立派なドレスに変わるが、卯井是瑠ちゃんは脱ぎ方がわからないため、ドレスを破いて変身をした。

  もちろん、下から現れた立派なドレスも破れていた。お腹や出べそも丸出しになっているため、また会場から笑いが起こった。

  次は蒸気自動車で舞踏会に向かうシーン。卯井是瑠ちゃん、優子ちゃん、河合くんが乗りこんだ。

  ところが、卯井是瑠ちゃんの体重は130kgとかなり重いため、稲荷山くんは重くて仕方がない。自分の体の上に300kg近い重さがかかっているから当然だ。

  「うっ…ぐっ…お、重いっ…」

  乗ってからシーンの切り替わりまで40秒ほどあるため、しばらくは必死に耐えていた。

  しかし20秒ほどで耐えられなくなり、元の姿に戻ってしまった。

  「あーっ!」

  ステージに投げ出される卯井是瑠ちゃんたち3匹。

  「何よ!痛いじゃない!このあたいを落とすなんてひどい車ね!」

  「そ、そんな…卯井是瑠ちゃんのせいだからね!」

  卯井是瑠ちゃんと稲荷山くんが口論を始めたため、照明が落とされ予定よりも早く場面転換が始まった。

  次は舞踏会のシーン。ドリゼルダの演技はお辞儀のみのため、骨折していても問題はなかった。

  しかし、2匹はステージ裏に移動させられても口論を続けている。卯井是瑠ちゃんの怒鳴り声は客席にまで聞こえた。

  「あたいが悪いって言う気なの?魔法の杖で遊んだだけじゃない!」

  「そんな事台本に書いてないんだけど…」

  「あたいはドリゼルダのセリフしか覚えてないのよ。他は知らないんだから好きにやってもいいじゃないの!」

  「もう、静かにしてよ…それにそろそろ出番だよ…」

  卯井是瑠ちゃんが入場し、王子(遠藤くん)と出会う。

  それから2匹のワルツが始まるが、これもひどい物だった。

  卯井是瑠ちゃんはワルツを踊った事がなく、相手との体格差も大きい。そのため何度もお腹をぶつけたり、相手の足を踏んでしまい、到底まともには踊れなかった。

  そのうち、12時の鐘が鳴り始めた。

  「大変!あたいもう帰らないと!」

  「まだいいではありませんか。」

  走って逃げようとしたが、肥満体の卯井是瑠ちゃんは徒歩とほとんど変わらない。なんとかガラスの靴は脱げたが、遠藤くんが追いかけてくる。

  遠藤くんを追い払うため、卯井是瑠ちゃんは最後っ屁を放った。イタチの最後っ屁はスカンクより弱いが、それでもかなりの悪臭を持つ事で有名だ。

  「うっ、うぐっ!だ、誰か、消臭…スプレーを…」

  まともに喰らった遠藤くんは、苦しみながら気絶してしまった。

  最前列に席がある1年生の児童たちも、悪臭に苦しんだ。

  幸い、王子の出番はラストシーンまで来ない。そのためすぐにステージ裏へ運ばれていった。

  一方、稲荷山くんも困っていた。蒸気自動車に化けた時で体力を使い果たしてしまい、これ以上はとても化けられない。

  「どうしよう、どうしよう…」

  「そうだ、ぼくが蒸気自動車になるから、稲荷山くんは運転手になって!」

  悩んでいる暇などないため、河合くんの提案がすぐに実行された。

  やがてシンデレラットが蒸気自動車に乗って登場したが、先程と様子が明らかに異なる。

  蒸気自動車の形状はかなり不格好で、運転手も行きとは別獣だ。

  河合くんは蒸気自動車を正確に覚えていなかったため、うまく化けられなかった。

  続いては魔法が解けるシーン。

  裏方の児童たちは卯井是瑠ちゃんに破れたドレスを着せるはずだったが、先ほどの変身で完全に破れてしまった。そのため、ドレスの上からただの布切れをまとっている状態になってしまった。

  稲荷山くんもカボチャになれないため、体を丸めて乗り切った。

  ナレーションの間は、ステージに消臭スプレーが撒かれた。

  次はドリゼルダ、アンブロシア、シンデレラットがガラスの靴を試すシーン。ここは順調に進んだ。

  ラストには目覚めた遠藤くんも登場し、華やかなフィナーレを飾った。もっとも、シンデレラットのウエディングドレスは破れて無残な姿になっていたが…

  最後の挨拶で、卯井是瑠ちゃんは言った。

  「あたいの素晴らしい演技、楽しめたわよね?もし文句を言ったら最後っ屁だからね!」

  卯井是瑠ちゃんは最後の最後までわがままだった。

  「…これで、4年1組の劇『シンデレラット』を終わります。皆様、ご鑑賞ありがとうございました。」

  「ありがとうございました。」

  「一部お見苦しい点があった事をお詫び申し上げます。」

  「ちょっと、何が見苦しいのよ!」

  卯井是瑠ちゃんは絢子ちゃんの言葉に食って掛かった。

  劇はめちゃくちゃになってしまったが、会場からは拍手が上がった。

  [newpage]

  [chapter:森口先生の発案]

  (ああ、ひどい劇だったわ…完璧なのを見られたのは私だけね。)

  森口先生は残念そうにしていたが、突然思い出してステージへ走った。

  「『シンデレラット』のオリジナルバージョンを見たい方は、全クラスの劇が終了した15時にまたお越しください。

  私がリハーサルを撮影していたので、その映像を公開します。」

  また会場から拍手や歓声が上がった。

  15時、「シンデレラット」の通常版が特別上映された。

  「わあ、素敵!」

  「こっちの方を生で見たかったな…」

  「でも映像で見られただけでもいいじゃない。」

  児童や保護者たちは喜び、驚き、感動した。

  「絢子、本当に上手ね。役にはまっていて素敵だわ…」

  「見られて良かったよ。あんなにうまくなるまで練習していたんだな。」

  絢子ちゃんの両親は特に感動していた。

  「映像とはいえ、私の晴れ姿を見てもらえて良かった!」

  当の絢子ちゃんも喜んでいた。

  [newpage]

  [chapter:終わり良ければすべて良し]

  「稲荷山くん。今日の劇はいろいろめちゃくちゃになっちゃったけど、最後まで続けられただけ良かったね。」

  「そうだね、栗田くん。もう5年間も同じクラスだけど、また一段とクラスがまとまったね。」

  「でも真里ちゃんと姫子ちゃんのピアノはすごかったね。どんなアクシデントが起こっても1回も間違えなかったから。」

  「そうね。ピアノだけでも成功できて良かったわ。」

  夕暮れの下、4年1組の児童たちは下校した。

  「あー、腹減った…おやつは何かしら?」

  卯井是瑠ちゃんも太鼓腹を掻きながら帰宅した。

  後で両親に叱られ、おやつもお預けになり、破いた衣装の作り直しもさせられるとは少しも考えていなかった。

  [chapter:THE END]