第20話「鏡に捕らわれた栗田くん」(前編)

  [chapter:プロローグ]

  ここはケモノ界。数多くのケモノが平和に暮らす世界だ。

  夏休みも終わりに近づいた8月24日の昼下がりに、この話は始まる。

  さいたま市大上区の住宅街。ある家で喜びの声がした。

  「よーし、宿題全部終わったぞ!」

  声の主は栗田 永雄くん。ケモノ小学校埼玉校に通う丸々と太った4年生のシマリスだ。

  手足や顔はふっくらとしており、大きなお腹はシャツの下から覗き、ズボンのボタンも外れている。

  彼は夏休みの宿題をすべて終わらせた所だった。

  「永雄、よく頑張ったわね!」

  「うん!これであと1週間は心置きなく遊べるぞ!」

  母親にも褒められて嬉しそうだ。

  「よし、友達と遊ぼう!」

  栗田くんは電話をかけた。

  20分後、インターフォンが鳴った。

  「栗田くん、こんにちは!」

  「楽しく遊ぼうね!」

  遊びに来た子は、太ったキタキツネの稲荷山 紺助くん。栗田くんのクラスメイトで、一番の親友だ。

  妹の稲荷山 万梨阿ちゃん(3年生)も同行している。

  「ぼくたちは昨日宿題を終わらせたんだ。」

  「栗田くん、一緒に遊ぼうね!」

  「うん、楽しもう!」

  栗田くんと稲荷山兄妹は遊び始めた。

  ゲームで対戦したり、母親が用意したおやつを食べたり、楽しい時を過ごした。

  この後に恐ろしい事が起こるなど、栗田くんは少しも思わなかった。

  [newpage]

  [chapter:かくれんぼ…のはずだった]

  稲荷山くんが提案した。

  「次はかくれんぼをしない?」

  残り2匹が賛成する。

  「いいね、それ!」

  「やろうやろう!」

  「最初はグー!じゃんけんぽん!」

  鬼は稲荷山くん。目をつぶって30秒数え始めた。

  栗田くんと万梨阿ちゃんは、隠れ場所を探しに行った。

  (ここにしよう。)

  栗田くんは1階の隅にある物置に入った。周囲には様々な物が積まれている。

  数多くの段ボール箱、アルバム、非常食、スーツケース、ハンマーや巻尺などが入った工具箱…奥には大きな鏡が置かれている。

  (あっ、これはぼくのパスポートだ!懐かしいな。)

  栗田一家は去年の8月1日~5日まで、グアム旅行に行っていた。

  (このパスポート、後で稲荷山くんと万梨阿ちゃんに見せてあげよう。)

  栗田くんはパスポートをズボンのポケットにしまった。

  恐ろしい出来事の始まりは、その時だった。

  [newpage]

  [chapter:鏡の中へ]

  (ん?この光は…えっ!?)

  栗田くんは驚いた。大きな鏡から光が出ている。

  近づいて見ると、鏡に自分の姿が写らない。

  (ど、どうして…こんなありえない事が…)

  恐る恐る手を伸ばすと、なんと鏡の中に手が入っていく。

  (どこにつながっているんだろう?)

  目を閉じて、鏡の中に頭を入れる。目を開けようとした途端、何者かに頭をつかまれた。

  「あっ!た、助けて…」

  叫んだ所で、全身が鏡の中に転がり落ちてしまった。

  その直後、稲荷山くんが物置のドアを開けた。

  「ここだな!…あれ、いない。」

  彼はドアを閉め、他の場所を探しに行った。

  [newpage]

  [chapter:もう1匹のシマリス]

  (ここはどこだろう…)

  栗田くんが目を開けると、そこは同じような物置の中だった。しかし異臭が漂っている。

  目の前には、シマリスがもう1匹いた。

  年齢は彼とそれほど変わらないが、見た目は正反対でガリガリに痩せ細っている。

  (まるで不眠症になった時のぼくみたい…)

  着ている服はボロボロで、かなり汚れている。異臭の正体はこれだった。

  栗田くんは恐る恐る質問した。

  「ね、ねえ…君は誰なの?」

  相手は弱々しく答えた。

  「ぼくは…[[rb:血出暗 哀悲地獄変 > ちでくら あいひへるへん]]…」

  「ぼくは栗田 永雄。ずいぶん変わった名前だね。それにどうしてそんな姿なの?」

  「お母さんが食事をほとんどくれないんだ…服だって替えてもらった事はないし…それに、いつもここに閉じ込められているんだ…

  突然鏡から君が出てきて…不思議に思って連れ込んだのさ…」

  「それ、本当なの!?」

  「そうだよ…それにお母さんは…いつもぼくを怒鳴りつける…」

  「ずっとここにいるだけなのに?」

  「気に入らない事があると…理由もなしにぼくを怒って…ストレスを発散させるんだ…時には叩いたり、殴ったり…」

  「それはひどい!お父さんは?」

  「いるけど、やっぱりぼくを叩くんだ…ぼくは毎日そうなんだ…

  早く大きくなりたいけど、ぼくはずっと子供のままで…強くなれそうにないよ…」

  話を聞いているうちに、栗田くんは血出暗くんを哀れに思った。

  「なんてかわいそうなシマリスなんだ!ぼくには優しい家族がいて、毎日おいしい物をたっぷり食べて、元気に遊んでいるというのに…」

  「君はそんな暮らしをしているんだ…うらやましいよ…」

  「ああ、同じシマリスとして君を助けたいよ。鏡を通ってぼくの世界に来ない?

  まあぼくの世界でも誰も歳を取らないけど、ずっと幸せに暮らせるはずだよ。」

  血出暗くんの表情が明るくなった。

  「ほんとに…いいの?」

  「うん。同じシマリスが困っているんだから見過ごせないよ。こうして出会ったのも何かの縁だね。」

  「じゃあ…ぼくから向こうに…行っていい?君は後から来て…」

  「わかった。」

  栗田くんは気がつかなかった。血出暗くんが工具箱を見ていた事に。

  血出暗くんが鏡を通ったため、栗田くんも通ろうとした。

  鏡に顔を突っ込んでみると、血出暗くんがかがんで何かをしている。後ろ姿しか見えないが、工具箱を開けているようだ。

  (え?いったい何を…)

  血出暗くんが振り返った。その手にはハンマーが握られている。

  「な、なんだ、そのハンマーは!」

  「これでやっと救われる…ぼくは助けられたんだ…」

  血出暗くんは弱々しいながらもハンマーを全力で振り上げ、鏡に向かって振り下ろした。

  栗田くんは反射的に身をかわした。

  ガッシャーン!

  [newpage]

  [chapter:すり替わった栗田くん]

  一方、栗田家では…

  「栗田く~ん!」

  「どこにいるの~!」

  「永雄~!」

  稲荷山くん、万梨阿ちゃん、母親の3匹が栗田くんを探し回っていた。

  「家のどこを探してもいないわ!」

  「靴は玄関にあるから、家の中にいるのは間違いないけど…」

  「まさか、神隠し!?」

  不安げに話し合っていると、突然物置から鏡の割れる音が聞こえた。

  「何かしら。」

  「行ってみよう!」

  物置のドアを開けると、そこには衝撃的な光景が広がっていた。

  奥の鏡が割れているが、なぜか破片はあまり散らばっていない。床には痩せ細ったシマリスの男の子が倒れていた。

  「栗田くん!?」

  「永雄、どうしてこんなにガリガリなの!?」

  「うわっ、服も汚くなってる!」

  栗田くんとすり替わった血出暗くんは、弱々しく答えた。

  「やっと…出してくれたね…ずっとここにいたから、お腹が空いて、服もこんなに…

  ドアを開けようとしてハンマーで叩いたら…鏡だった…」

  「かわいそうに…永雄、極限状態だったのね…鏡を割った事は怒らないから安心して。

  でも、20分も経っていないのにどうして?そんな短時間でこんなになるなんて絶対おかしいわ!」

  「ぼくが…嘘をつくような…子だと思う?」

  「そうね、永雄は正直者だし…」

  「一応、信じておこうか?」

  「そうだね。でもやっぱり何かおかしいよ。」

  [newpage]

  [chapter:恐怖の始まり]

  一方、本物の栗田くんは泣き叫んでいた。

  「なんて事をしてくれたんだ!これじゃ帰れないよ!」

  血出暗くんが鏡を叩き割ったため、元の世界に帰る道がなくなってしまった。

  「ぼくはもうずっと血出暗くんとして暮らす運命なんだ!食事はもらえないし、この服もいつかはボロボロになってしまうし、それに毎日いじめられるんだ!

  ああ、絶望だ!何もかもおしまいだ!」

  叫んでいると、強い足音が聞こえてきた。彼は恐怖で静まり返る。

  すぐに物置のドアが強く開かれ、怒鳴り声が響いた。

  「哀悲地獄変!うるさいわね!」

  それは血出暗くんの母親だった。怒りに満ちた表情を浮かべている。

  「まあ、哀悲地獄変!何よ、そのだらしなく太った体は!それに鏡を割るなんて!

  ここに閉じ込めていたのに、盗み食いしたのね!こっちへ来なさい!」

  「違う、違うんだ!ぼくは栗田 永雄!勘違いだよ!」

  栗田くんは説明したが、相手は聞く耳を持たない。

  「この嘘つき!あんたにはきついお仕置きが必要ね!あんたのお尻を500回叩くわよ!」

  「嫌だ!嫌だ!そんなの嫌だー!」

  「黙って!動かないで!行くわよ。」

  母親は全力を込めて、栗田くんのお尻を叩いた。そこには愛情など感じられなかった。

  「痛い!痛い!やめてーっ!」

  悲痛な声が響き渡った。

  [newpage]

  [chapter:何かがおかしい…]

  その頃、栗田家では…

  稲荷山くんと万梨阿ちゃんは帰ったが、母親は急激に痩せ細ってしまった栗田くんが不思議で仕方がない。

  「永雄、この服の汚れはどうしたの?」

  栗田くんになりすました血出暗くんは、怪しまれないように答えた。

  「ずっとあの中にいたら、汚れちゃったんだ…」

  「…そうなのね。ひどいにおいだから着替えた方がいいわ。」

  母親は着替えを用意しながらも、違和感を覚え続けていた。

  しかし万が一本物の栗田くんだった場合を考え、優しく振る舞った。

  「永雄、体を洗ってね。」

  「それ、どうやるの?」

  「まあ、体の洗い方も忘れちゃったの!?」

  (しまった!なんとかごまかそう…)

  「うん。長い事あそこに入っていたから…」

  「たった20分弱なのに?仕方ないわね…今回だけはお母さんが教えてあげるわ。」

  体を念入りに洗ってもらい、血出暗くんは数年ぶりにきれいな毛皮になった。

  しかしその体は病的なまでに痩せ細っている。手足は骨ばっており、胸は肋骨が浮き出るほどだった。

  それから、母親はおやつのケーキを出した。

  「こ、これを…食べて…いいの?」

  「もちろんいいけど、どうしてそんな事…」

  「ありがとう…嬉しいよ…」

  血出暗くんは嬉し涙を流し、ケーキをガツガツと頬張った。フォークは左手に持っている。

  「ああ、おいしい、おいしい!こんなの生まれて初めてだよ!」

  母親はその姿に引き始めた。

  「永雄、そのケーキはこれまで何度も食べてるでしょ!もっと普通に食べてちょうだい!それに永雄は右利きよね?」

  そう言うと、血出暗くんは怯えながら謝罪を始めた。

  「ごめんなさい!申し訳ございません!叩かれる覚悟はできています!」

  母親に何度も叩かれた経験のある彼は、どの母親も子供を叩く事が当たり前と思っている。

  (私は永雄を叩いた事なんてないわ。やっぱり、永雄じゃないのかしら?するとこの子は誰なの?

  でも、突き放すなんてできないわ。だって同じシマリスなんだから。)

  [newpage]

  [chapter:監禁]

  一方、本物の栗田くんは…

  「やっと…終わった…」

  ようやく罰が終わり、腫れ上がったお尻の痛みにうめいていた。

  「もうこんなの…やめて…ください…お願いです…」

  苦しそうに頼んだが、母親は聞く耳を持たない。

  「ああ、もう手が疲れちゃったわ…あんたのせいだからね!」

  「そ、そんなのないよ!自分から叩いたくせに…」

  「まあ、口答えするなんて!罰として夏休みが終わるまでずっとこの物置に入ってなさい!」

  栗田くんは物置に閉じ込められ、ドアの前にタンスを置かれてしまった。これで中からドアを開ける事はできない。

  「物置から出ていいのは、私が許可を与えた時だけよ!」

  母親は怒りながら立ち去った。

  栗田くんは物置の中で泣いていた。

  (ぼくはただかくれんぼをしていただけだった。それなのにどうしてこんな事に…)

  幸いここには窓があるため、外からの光は入った。

  しかしその窓は開けられない構造な上にすりガラスのため、外は見えない。

  小さな窓のため、開けられたとしても通れないだろう。

  (もうずっとみんなに会えないんだ…さようなら、みんな…)

  泣きながらポケットに手を入れると、先程入れたパスポートがあった。

  (こんな物があっても、何の役にも立たないよね…

  いや、これのおかげでぼくは「栗田 永雄」だと自分で証明できる。それを心の支えとして生きて行こう…)

  栗田くんはそう決めた。

  [newpage]

  [chapter:フード・キャッスルにて]

  数時間後、ケモノ界では…

  「永雄、病的なまでに細くなって…どうしたんだ?」

  帰宅した父親が、血出暗くんを不思議そうに眺めていた。

  「お願い、何か食べさせて…」

  「それじゃ、フード・キャッスルにでも行くかい?」

  「わかった、行こう…」

  血出暗くんは「フード・キャッスル」が城を模した食べ放題レストランである事は知らないが、正体がばれないようにそれ以上質問はしなかった。

  両親と共に町を歩いたが、血出暗くんはふらつきながら歩いているため両親の手助けを何度も受けた。

  店内では客たちの行動を見ながら料理を盛り付け、またしても嬉し涙を流しながら料理を頬張った。相変わらず左利きだ。

  「なんておいしいんだ…こんな気分は初めてだ!」

  両親は血出暗くんを不安そうに見ていた。

  「さっき聞いたけど、やっぱり様子が変だな…急に利き手が変わるなんて、本当にどうしたんだ?」

  「永雄、お願いだからいつものように戻って!」

  血出暗くんの耳には、両親の声など入らない。

  彼は生まれてからこれまで、大量の食事にありつけた事はなかった。

  1週間が経ち、夏休み最終日が来た。

  栗田くんの両親は毎日多くの食べ物を与えたため、血出暗くんはぽっちゃり体型になっていた。

  右手で食器や鉛筆を持ったり、字を書いたりする練習もひそかにしたため、次第に右利きへと変化した。「永雄」と呼ばれる事にも慣れてきた。

  (こっちの世界に来られて良かった!あの栗田とかいう子はもうガリガリになってるだろうな…でもぼくにはもう関係ない事さ。)

  [newpage]

  [chapter:変わり果てた栗田くん]

  その予想通り、栗田くんは変わり果てていた。

  体は痩せ細り、毛皮は乱れ、表情はうつろになっている。

  食事は1日に3回、水を与えられるだけ。よく冷えた氷入りの水な事がせめてもの救いだった。

  水を与える時と栗田くんを叩く時は両親が入ってくるが、それ以外はたった1匹で過ごさなければならない。

  トイレにも行かせてもらえないため、段ボールをトイレ代わりに使った。血出暗くんもそうしていたようだ。

  また、入浴や着替えもできない。そのため物置は非常に不衛生な空間で、常に悪臭が漂いハエが飛んでいる。服も次第に汚れてきた。

  (こんな生活はもう嫌だ…元の世界に帰りたいよ…)

  そう思っても、鏡が割れてしまった以上どうする事もできない。

  栗田くんはパスポートを見ながら、元の世界を想像して泣く事が日課になっていた。

  その夜、水を持ってきた母親が言った。

  「哀悲地獄変、あんたは明日から学校だからね!」

  「学校に…行けるの?」

  「そうよ!当たり前の事なのに忘れたの?なんて貧弱な記憶力かしら。」

  母親はドアを乱暴に閉め、物置を出た。

  (血出暗くんもちゃんと学校があるんだ。ぼくの通っていた学校とは違うけど、この物置から出られるんだ!)

  栗田くんは口にこそ出さなかったが、内心では喜んでいた。

  翌朝。栗田くんは物置から出してもらい、玄関に置かれていたボロボロのランドセルを背負って家を出た。

  「行ってきます!」

  「まっすぐ帰るのよ!帰るのが1秒でも遅れたらお仕置きだからね!」

  母親は相変わらず怒っているが、栗田くんのやつれた顔は喜びに満ちていた。数時間だがこの家から離れ、学校に行ける。

  左右が反対の世界なため道に迷うかもしれないが、きっと誰かが案内してくれるだろう。

  栗田くんは玄関のドアを開けて、家の外に出た。

  その瞬間、彼は目を疑った。

  「ええっ!? 何これ!」

  [newpage]

  [chapter:悪夢のような世界]

  家の外は住宅街。景色が左右反対になっている事を除けば、栗田くんの近所と同じだ。

  しかしそこで起こっている事は、彼の知る物とはかけ離れていた。

  道にはケモノの死体がいくつも転がり、遠くでは爆発音や悲鳴が響いている。

  (どうなってるんだ…気をつけないと…)

  栗田くんは恐怖に怯えながら、学校へ向かった。

  道中でも恐ろしい光景が次々と現れた。

  ゴミ捨て場には「燃えるゴミの日」と看板が出ていたが、その中には死体も大量に捨てられている。

  おまけに、子供たちが生ゴミや死体をあさって食べている。栗田くんは目を覆いたくなった。

  また別の所では、1軒の家が火に包まれて燃えている。

  横に消防車が止まっているため安心したが、よく見ると消防士たちはホースではなく火炎放射器を持ち、不気味に笑いながら激しく炎上させている。

  「ヒャッヒャッヒャッ!燃えろ燃えろ!灰も残らないほど焼き尽くせ!」

  向かい側の家では、狐の女性が花壇に水やりをしている…と思ったら、水をかけられた花が黒く変色し、しおれていく。

  「フフフ、これでもっと素敵になったわ。やっぱり硫酸はいいわね!」

  通りには自動販売機もあったが、中に並んでいる商品はガラスの瓶ばかり。文字も左右反転しているが、ラベルには「水銀」「硫酸」「塩酸」などと書かれている。

  (ああ…この世界はみんなどうかしてるんだ!)

  栗田くんは恐ろしくなったが、下手に叫ぶと狙われるかもしれない。そのため平静を装い、学校まで歩いた。

  [newpage]

  [chapter:恐怖の小学校]

  学校に入り、4年1組へ。

  クラスメイトが揃っていたが、こちらも様子がおかしい。

  ガリガリに痩せた子や標準体型ばかりで、太った子は1頭もいない。飢えるあまり他の子を食べようとする子や、全身が傷だらけの子までいる。

  なぜそうなったか気になって仕方なかったが、あまり質問すると怪しまれる可能性が高いため質問はしなかった。

  やがて担任(ハツカネズミの女性)も入ってきたが、言動が非常に荒々しく、手には光線銃を持っている。

  改めて見てみると、教室には各所にレーザーで撃たれた跡が確認できた。

  (ここもただの学校じゃないんだ…)

  学校生活も恐ろしい事ばかりだった。

  出席から始まったが、教師は児童を名前で呼ばない。

  「薄汚い猫!」

  「はい。」

  「ゴミ同然のアライグマ!」

  「はい。」

  暴言と変わらないような呼び方をするが、児童たちはそれでも返事をする。

  「血出暗 哀悲地獄変!」

  「え…はい!」

  栗田くんが呼ばれた後、後ろの児童たちが声をひそめて話した。

  「あの子は名前があっていいよね…ぼくたちなんか、そもそも名前を与えられていないから…」

  授業も非常に恐ろしい物だった。

  「ゴミ同然のアライグマ、1に5を足すと何になるか答えろ!」

  「ろ、6です!」

  「違う!正解は7362だ!私がそう決めたからな!さあ、間違えた奴には…」

  教師はアライグマの女の子に光線銃を向けた。女の子は悲鳴混じりで叫ぶ。

  「ああ、偉大なるハツカネズミ様、世界一美しいハツカネズミ様!どうか私をお許しください!」

  すると、光線銃が下ろされた。

  「よし、許してあげよう。だが次はないと思え!」

  栗田くんには何が起きているか理解できなかったが、しばらくそのやり取りが繰り返されるうちに、この学校における授業がどのような物か理解してきた。

  まず、教科書やノートは使用せず、教師が出した問題を口頭で答える。

  それだけならまだいいが、問題の解答は教師が決めた物に変更されるため、正答はほぼ不可能だ。

  答えを間違えたり、私語をすると光線銃を向けられる。その時に教師を讃える言葉を言えば助かるが、うまく言えなければ問答無用で撃たれる。

  幸い栗田くんが指名された時にはこのルールが理解できていたため、教師を讃える言葉はしっかり言う事ができた。

  しかしルールが理解できていても言えなかった児童もおり、1日で児童が2匹犠牲になった。光線銃で撃たれると、一瞬で灰に変わってしまう。

  給食も水とご飯、スープのみ。どれも量が極端に少なく、スープも非常に味気なかった。

  休み時間には校内各所で暴動が発生する。彼はそれから逃げてやり過ごした。

  彼は恐怖に怯えながら1日を過ごした。2学期初日から授業や給食がある事に疑問を持つ事も忘れてしまうほど。

  下校時に気がついたが、校庭には遊具ではなく処刑台が並んでいた。そのいくつかは使用中になっていた。

  恐ろしい帰り道を抜けて家に帰れば、母親に突然怒られた。

  「哀悲地獄変!あんた20分も遅く帰ったわね!」

  「…はい、ごめんなさい。」

  (何時に帰ってこいなんて言わなかったじゃないか!)

  そう思ったが、反論してもお仕置きされる事は理解している。栗田くんはあまり母親の機嫌を損ねないように返事をした。

  それから母親の気が済むまでお尻を叩かれ、終われば物置に入れられた。

  そのような日々が何日も続いた。

  [newpage]

  [chapter:栗田くんの祈り]

  痩せ細った栗田くんは、毎日物置の中でパスポートを握り、泣きながら祈っている。

  (どうか、どうか、元の世界に帰れますように…

  本当の家族や友達と再会して、平和に楽しく暮らせる日々が戻りますように…)

  しかしあの鏡が割られてしまった以上、もう元の世界には帰れない。

  それでも希望を捨てず、日々を耐え忍んでいた。

  [chapter:後編に続く]