第10話 「貴様は正銘のバカか?」 女囚イチ救出作戦10
「発射用意!!」
イチを助ける為に集まった救助隊が陣を構える見張り塔の更に西側。丘を下った平地にて、ハーフコボルトのヘルヒャンの指揮により仲間たちは慣れないながらも真剣な表情で砲撃の段取りを行っている。
烏賊キャノン2号と呼ばれる、砲身に便所のスッポンをくっつけたような不格好な砲はこの時代の他の砲に比べて明らかに小さい。人の手で持ち運べるので遙かに隠匿性に優れる。(この時代砲と言えば軍馬で牽くものだった)
これが本来展開できないはずの砲列を展開できたカラクリである。
「発射!!」
ヘルヒャンの掛け声でハーフミノタウロスのミュルガルデ、羊人族のメェメ、猫人族のミュウは烏賊キャノン2号の砲口から砲弾を滑り込ませた。
すると「ポウ!」という甲高い破裂音と共に酒瓶に羽根のついたような破壊の質量が空に翔んだ。
砲弾は見張り台に制圧射を仕掛けていた国防軍の兵たちの目鼻の先で炸裂し行動を麻痺させた。
その閃光と音の衝撃は物凄く、兵たちは誰もが砲列による効力射を浴びているものと思った。
しかし、冷静に観察すればその見かけの衝撃よりも遥かに破壊力が薄い事に気がつくだろう。
「次弾用意! 立てた杭を基準にすれば良い!」
そう叫ぶヘルヒャンも指揮を執る事などに慣れていない。
キャンキャンと吠えるような声に威厳はなかった。
ヘルヒャンが発明した烏賊キャノン2号は現代の迫撃砲の祖先となる発明である。
個人で携行できるサイズでありながら山なりを描く弾道によって1000mより先の目標に砲弾を飛ばす事を可能としている。
しかし現代の迫撃砲にあるような精密な照準器や3脚はなく、仰角も手で砲身自身を支え傾けて調整するような代物だ。
砲手のミュルガルデ、メェメ、ミュウ、3人ともこのような火器に通じているはずもなく、そもそも実戦向けの性格でない。
ヘルヒャンも人に指示を下す立場に普段ない。
そこでヘルヒャンは実に場当たり的なやりかたで解決を図った。
地面に杭を刺し、その杭を基準にすればある程度仰角を定められるので着弾地点は大きく外れないだろうという成り行き任せの照準をつけさせた。
なんとも成り行き任せの戦い方であるが、これが上手く行った。
ヘルヒャンらの目的は敵の足止めであって損害を与えることではない。
そのため、見張り塔に着弾さえしなければ適当に丘の斜面に砲弾を降らせればよかったのである。
それに、烏賊キャノン2号の砲弾に殺傷能力はあまりない。
これはそうしようと思ったわけではなく、烏賊キャノン2号そのものが試作兵器だったためであるが、それを補う策もあった。
魔法使いのシーナ・アハトゼヘルである。
「シーナ! いけるか!?」
「話しかけないで! 集中が乱れますから!」
ヘルヒャンらの即席砲陣地ではシーナが目を瞑り呪文を詠唱していた。
「お爺様の記憶.........。落書きの壁.........。雷のような声.........。お爺様、私に力を…………!」
ヘルヒャンはシーナの魔法が完成しつつあるのを見て再び手を振るった。
「発射用意!! …………発射!!」
3門の烏賊キャノン2号が砲口から砲弾を吐き出しそれは空に吸い込まれていった。少しの間を置いて着弾の爆発音。
それと同時にシーナが完成させた魔法を発動させる。
すると凄まじい閃光と轟音が丘の向こうで走り、それは稜線のこちら側にいるヘルヒャンたちにとっても凄まじいものであった。
シーナが得意とする『爆裂閃光の魔法』である。
これは見た目の派手さとは裏腹に殺傷能力はまったくない。
喋り出したらまさに雷雨のように喋り出すシーナの性質に裏付けされたような魔法だが、これはヘルヒャンの烏賊キャノンの砲撃と合わせる事で期待以上の効果を発揮した。
が、しかしそれもただのこけおどしである。
国防軍とて愚かではない。
見かけの派手さの割に負傷者が一切出ていない事に気が付きつつあった。
見張り塔で狙撃をしているはずのリャンもその銃撃に勢いを失っている。
そもそも狙撃手が一か所に留まって射撃を続けると言うのは定石に、ない。
◆
視点は変わり、戦闘中のクロヌマーブ駐屯地。
相変わらずガトリングの火力はエルビアニカ、パルテルラットらを釘付けにしているが西側の丘では攻撃部隊が砲撃の為麻痺している。ケパックは丘の向こうに並んだ砲門を想像して顔を青くした。兵たちの損害を考えたのだろう。
「一度兵を退げるべきでは?」
ジハックに同意を求めたがジハックはケパックの遠眼鏡を奪い取るように手にすると戦況を確認して咥えていた葉巻を地面に吹いて飛ばした。
「貴様は正銘のバカか? 火力で物を言わせるつもりなら最初からそうしている。そうでないならあれは単なる番犬のひと吠えにすぎん。現に死傷者も殆ど出とらん。弾も火力も不足しとるのよ。ギヌレヌなど既に良く兵を取りまとめておる。それより砲撃の準備は? 本物の砲火というものを見せてやれ」
ケパックはジハックの戦況分析に言葉を呑んだ。前線を退いていたとしても魔王大戦を生き延びた士官の堂々たる指揮に感銘を受けたのだ。
「は! ただちに!」
ケパックが敬礼しその右指先を右こめかみにビシリと着けたその瞬間、その右手の指が弾け飛んだ。
「なにぃッ!?」
ケパックは絶叫しその場に伏せた。状況を呑み込めていない。地面では右指が人差し指から薬指まで千切れてなくなったケパックが呻いている。
そして次の瞬間には南側で奇襲に備えていた数人の兵が脚を撃ち抜かれて地面に転がり、更に北側に向けガトリングの弾丸をばら撒いていた2機のガトリングを操作している兵たちが次々と倒れてゆく。
弾丸はどう考えても南側から来ていた。
「まさか!? リャンか!?」
ジハックは電流を通された回路のように全ての事象からひとつの結論を得た。
どう考えても無謀な襲撃、殆ど効力のない砲撃、狙撃手の定石を外れて見張り塔から動かぬリャンの不自然。
「では、あそこにいるのは!?」
ジハックは西の見張り塔を振り返った。
そこでは間違いなく国防軍の攻撃隊が砲撃に行動を阻止されながら見張り塔の狙撃手らしき何者かの銃撃を受けている。
◆
____流石に、いい加減気付かれましたか。
西の見張り塔ではリャンではなく、モーリン・アッテナがカーペイト3式を構えて国防軍を狙い撃っていた。
____最初に悪魔的な狙撃を見せて印象付け、射手を代えて自らが奇襲をしかける。リャンらしい人でなしの作戦です。
モーリンは駐屯地のガトリング部隊が沈黙したのを確認し僅かに唇を持ち上げた。
____もっとも、ヘルヒャンの烏賊キャノンとやらがなければまた戦況は変わっていたでしょうが。
それに、リャン・ハックマンという女の人智を超越した身体能力があってはじめて可能性の生まれる作戦であった。
あの狂った女は文字通り馬よりも早く駆ける。
つまり、こういうことである。
リャンはまず見張り塔からその神業たる狙撃術で国防軍にその脅威を見せつけた。
そして第一の矢としてパルテルラット率いる騎兵隊が攻撃を仕掛ける。もしこの攻撃でイチの奪還ができればそれで良し。しかしリャンはその攻撃が挫かれる事を当然想定していた。
リャンは国防軍が数に物を言わせて丘の見張り塔に制圧を仕掛けると読んでいた。事前にクロヌマーブ駐屯地の戦力と将兵の性情は手に入れてある。リャンはギリギリで人格を破綻させた異常者ではあるが、戦場においては相手が何を思いどう考えるかがまるで相手に寄り添うようにわかったと言われている。
事実、その通りになり西の見張り塔は敵の猛攻に晒される。
そこでヘルヒャンの烏賊キャノン2号が威力を発揮した。
リャンはギルド支部長代理の業務などまるで手を付けていなかったが、それでも某支部に登録されている冒険者の素性や能力はあらかた記憶していた。
ヘルヒャンというハーフコボルトがなにやら自作の兵器を開発し、それが画期的な物であるという事も知っていた。
リャンは国防軍が丘に取りついたタイミングでモーリンと狙撃を交代。国防軍に悟られぬよう猛然と駆け出し、逆側から基地の南側に回り込んだのである。
____長居は無用。あとはリャンが上手くやるでしょう。
モーリンは射撃を中止し、塔の更に西側の砲陣地にいるヘルヒャンに見えるよう信号弾を撃つ。花火のような光が明滅すると、ヘルヒャンはモーリンの意図を受け取る撤退の準備を始める。
モーリンは見張り塔の窓から地面へと伸びている導火線にマッチで火を点け自分も脱出の準備を図った。
国防軍の攻撃隊が砲撃の麻痺から立ち直り、塔へ突撃を仕掛け押し寄せた瞬間、ヘルヒャンが仕掛けていたダイナマイトが爆発してわっと土煙が立ち昇り、一瞬国防軍の視界を遮った。
流石に猛者揃いの国防軍も一瞬突撃を中断せざるを得ない。
その隙にモーリンは全力で脱出し、後にはもぬけの殻になった見張り塔が残されたのである。