どこにも行く当てなどない。それでも人目を避けるように移動した。
完全に避けきれてるとは言い難い現状だったが、未だ虎徹を迎えに来る者はいない。まだ海を探している可能性が高く、目を向けられるとしたら市内だけだろう。市外、それもシュテルンビルトから離れた場所にいる可能性を想定しても、行方不明者が自らの意志で身を隠しているとは誰も思わないだろう。普段の虎徹なら、陸に上がった時点で何が何でも連絡を入れようとする。当然、他の仲間たちも同じように思っているだろう。陸にいるにもかかわらず、連絡を取らない理由など数えるほどしかない。
大怪我、意識不明、記憶喪失……その行きつく先は病院か警察。そのあたりを避ければ、まだ市外にまで捜索の手は伸びない。HeroTVでは放送しているかもしれないが、シュテルンビルト市民以外の一般市民がわざわざシュテルンビルトまで連絡するとは思わないので、やはり一番気を付けなければならないのは警察だろう。
「なんで……」
虎徹は己の行動を顧みて臍を噛む。
問題を先延ばしにしたところで、マーベリック事件の時のように都合がいい――あまり都合は良くなかったが、自分から行動を起こさなくても済んでいた。ジャスティスデー事件の前に首になった時だって、結局自分から言ったわけではない。
‐‐ヒーローを辞める。
この一言はマーベリック事件の時よりも重く虎徹に伸し掛かってくる。
辞めざるを得ないことはわかっているが、自分から言い出す勇気が今の虎徹にはなかった。生涯現役でいようと誓ってから、兆候らしいものが全くなかったせいで自分自身が納得できていなかった。
虎徹は空を見上げた。
ビルの隙間から見える青い空を分断するように飛行機が一基横切った。
一度乗ってしまえば、はるか遠くへと行くことが出来る文明の利器。
虎徹はふらりと立ち上がると飛行機が消えて言った方向に歩き出した。
乗ってどこかに行きたいという願望もあっただろうが、今はただ、見える場所に行きたかった。それだけが虎徹を動かしていた。
[newpage]
[chapter:シリアス飽きたので、能天気プラスしていきたいと思います(決意)]
『不審人物がいるから確認してくれ』
パイロットに意見を求められ、モニタを確認したライアンは目を見張った。
数十倍に拡大された人物は、緑色のパンツに、上半身裸で白のジャケット――恐らくウォータージャケット――を羽織っただけ。そんな人物が、空港のフェンスを掴んで飛行機を見つめていた。
最近熱帯夜じゃないかと思うほどに暑い日が続くが、まだ六月に入ったばかりだ。如何にも「海水浴に来ました」という格好で飛行機を眺めるものではない。時期的に早すぎるし、海開きはまだ先だ。
しかも、その不審すぎる人物に見覚えがあり、ライアンは頭を抱え込んだ。
間違ってもこんな場所であんな格好でいる人物ではない。
「どうしますか?」
ライアンの様子に不安を覚えたパイロットが質問してくる。
それは管制に報告して排除してもらうかどうかの問いだった。
現在、この機体に乗っているのは世界屈指の大富豪というやつだ。一歩歩けば話題になり、二歩歩けば報道陣に囲まれる。だからこそ、目立ちたがり屋のライアンにはぴったりの職場と言えた。
「あ~……たぶん、大丈夫だろ。とりあえず降りたら、俺が対応するから心配しなくていいぜ」
ニカリと不敵な笑みを浮かべてパイロットにこの後の対応を告げれば、途端にほんわかとした雰囲気がコックピットを支配する。
だが、実のところライアンの内心は穏やかとは程遠かった。
シュテルンビルトから程近いと知っていたから、後日冷やかしに行ってやろう、くらいには思っていたが、思わぬ場所での再会である。
「さてと……ジュニア君には……」
携帯電話を取り出し、バーナビーの電話番号を呼び出す。
名前と共に表示された画像は、ライアンとではないツーショット写真。呆れたふりをしているが、まんざらでもなかったことをライアンは知っている。
「……あ~……めんどー。後でアライグマのおっさんから連絡してもらうか」
着陸態勢に入ったことをスチュワードに告げられ、ライアンは座席についてシートベルトをした。頭の中ではアライグマ君にどう声をかけるかシミュレーションをしているのだった。
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[chapter:とりあえず絡みました]
滑走路の見える場所で、フェンスをがしっと掴みながら、虎徹はじっと飛行機を見つめ、そして、突如頭をガシガシと書き始めた。
今の状態でフェンスを越えることはできない。
というより、水着にウインドパーカー羽織っているだけという姿では……
「明らかに不審者じゃん、俺」
今更だが、今だからこそ気付けた事実に虎徹は思いっきり沈没した。
一人反省会をしたところで何かが変わるわけではなく、思いっきり罪悪感だけが飛来してくる。
すべてを払拭するにはシュテルンビルトに帰ればいいだけの話だ。だが……
「バニーちゃんに言えねぇよ……」
昨日までは「まだ」だったが、いつの間にか「まだ」はどこかに捨てられていた。
言わなければならないという思いと、このまま言わずにいればいいんじゃないかという投げ槍な考えが交互に主張しあっている。
「言えねェよ……やっぱ」
「何が言えないって?」
「能力が完全になくなったなんて言えねぇだろ?」
気持ちを切り替え、虎徹は立ち上がる。
「アライグマ君、能力なくなっちゃのかよ?」
幻だと思っていた声が思わぬ反応を返してくる。
「お前な。俺はアライグマじゃねぇ、ぞ……」
虎徹は何とも言えない表情で前に立つライアンを見て、絶句した。
「とりあえず今からそっち行くから逃げんなよ、おっさん」
フェンス越しの再会に、虎徹の脳みそは停止した。
己の言動を振り返り、我に返ってエスケープしようとしたところをライアンに捕獲された。
「だから、待てって言ってんだろっ」