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勇者のくせにマンティコアだ

  コウモリが飛び交う洞窟を恐る恐る進んでいく。ここでくじけてはならない。彼はこの先にいるのだから。

  

  「ハウエル。今すぐ助けてやるぞ」

  彼のバンダナを握りしめて、強く言い聞かせる。この青のバンダナは洞窟の前に落ちていた。罠かもしれないが、彼を探すカギになると思い、ここに入った。

  さぁ、ドラゴンでも、オークでも、何でもこい!

  

  グルルルルル

  

  奥から野獣の声が響く。俺は剣を前に構えて、歯を食いしばる。青色の光が2つ。襲いかかってきた。

  

  ランプ灯から離れて戦う。相手の声を頼りに右へ左へ剣をふるう。暗闇での戦いには慣れている。盗賊の夜襲や真夜中の彼とのケンカが、ここで役に立つのだ。

  うっ。腹をかまれた。目の前の敵はここにいるから、もう一匹近くにいるのか? 傷跡を触れば、野獣の牙に似つかわしくない[[rb:斑点 > 血]]がつく。この大きさは蛇のかみ跡だ。動きは明らかに犬のなのに、蛇に噛まれた。ということは――。

  

  いや、答えは出さなくていいや。目の前の敵を倒していこう。俺は相手の目に向かって剣をふるう。鮮血が飛び散って、相手はクウンと鳴く。

  

  「次はお前の目をえぐり出してやろうか?」

  「イヤ!」

  人語を発しただと?

  

  俺がランプを相手に向けると、そこには魔獣マルコシアスがいた。狼の体に蛇の尻尾、グリフォンの羽を持つ[[rb:合成獣 > キメラ]]だ。

  両目をパチクリさせて、俺を見上げている。

  

  「これあげるから許して」

  マルコシアスは、前足に巻いている金の腕輪をかみちぎって俺に渡してくる。金の腕輪には、古文書でよく見かける文字が所狭しに並べられている。

  

  俺はその腕輪を指で回しながら、妖しくないかどうか調べてみた。光の度合いが奇妙だったり、煙が出てきたりはしないようだ。

  「マルコシアスよ。ハウエルの居場所を知っているかい?」

  「ううん。僕は魔王様に言われてここにいるだけ。勇者を見つけたらかみつけって」

  

  やはり、罠をかけられていたか。相手がザコで良かった。しかも素晴らしい効果が得られそうな装備品をくれたし。

  「ここは外れか。また出口に戻らないと」

  俺はマルコシアスに背を向けて、出口を目指す。すると、魔獣が俺のマントの裾をかんできた。

  

  「待ってよ。ハウエルってどんな奴なの? 気になる!」

  好奇心たっぷりのガキか、お前は? ちっとも魔獣らしからぬ相手に彼のことを語ってあげる。

  「ハウエルか…、あいつは虫一匹も殺せないほど心の優しい奴だったな」

  

  ここで、昔のことが頭に浮かぶ。

  村の乙女達が闇人(やみびと)に連れ去られて怒りに震えるハウエル。

  ハウエルと一緒に闇人の本拠地へ行くことを誓う俺。

  俺とハウエルを引き裂いたマドラの橋。

  あの川の水は俺の体を芯から冷やして、あと一歩で死ぬところだったな。

  

  俺より先に行ったと思い、走りつつ進んだが、彼の姿は一向に見つからなかった。彼のバンダナが落ちていたこの洞窟に入ってみたものの、見当違いだった。

  

  「あいつ1人じゃ、彼女達を取り戻すことは不可能だ。俺と協力してやっと一人前なんだからな」

  「ハウエルは弱いの?」

  「敵に情けをかけちゃう奴だぜ。俺がそばにいねぇと」

  

  じっと腕輪の文字を見つめる。昔、母から習った古代ラトーン語だから、文字は断片的にわかる。

  「人」、「強力な力」、「魔獣に」、「倒す」だろう。

  つまり、これをつければ、魔獣を倒す力が得られるという意味だろうか。

  

  「それつけないの? もったいないよ」

  魔獣倒しのアイテムを魔獣をつけていたから、かなり弱かったのだ。このマルコシアスがお馬鹿なのは幸運だった。

  

  [newpage]

  

  俺は金の腕輪を右手首にはめてみた。

  金属と肌が合わないかと思ったが、意外にしっくりきている。体中に強い力が送り込まれているような気がする。筋肉が波打って、素手で魔獣を倒せそうだ。筋肉で鎧がきつくなってきたな。そろそろ脱ごうか。

  すると、金の腕輪の文字が躍り出した。

  

  これは何の[[rb:悪戯 > いたずら]]だろうか。

  ふと手を見れば、何とけむくじゃらになっていたのだ。

  

  「どうなってるんだ?」

  黒ならまだしも、金色の毛だ。そんなものが生えてくるはずがない。見る見るうちに爪が伸び、相手を傷つけられる鋭い爪に変わる。人間離れした手の平には、黒ずんだコブが出ていた。

  俺はそのコブの臭いを嗅いでみた。く、臭い…、生肉を食い散らかした動物の悪臭だ。

  

  右腕はパンパンにふくらみ、鎧の裂け目から金色の毛がはみ出ている。これらの変化は、この腕輪をつけた時から始まっている。

  ということは、この腕輪を外せば、変化を止められるはずだ。

  俺は人の左手で腕輪を取ろうとした。つなぎ目がぴたりと重なって、開く気配すら見せない。そればかりでなく、左手にも金色の獣毛が生えだしてきた。

  

  「ああ…、あああ……」

  体中の肉は熟したお鍋上のように、コブがあちこちに出てきた。そのコブは他のコブとくっついて大きくなり、俺の鎧の締めつけ感を増していく。

  鎧を脱ぎたい、早く!

  が、この手では上手く脱げられそうもない。

  

  ポコッ

  筋肉のふくらみに耐えられなくて、鎧が外れた。中の服も破れて飛び散っていく。あらわになった体にも金毛が…もうごめんだ!

  

  「足も取ってあげるよ」

  マルコシアスが足の鎧を口で引っぺがす。俺の足はまだ人肌だけど、木の幹の太さと化している。その内に獣毛が生えてくるんだろな。

  

  上半身に肉がつき過ぎたせいか、体が重たくてフラフラする。四つ足になれば楽だと悪魔がささやくが、勇者が四つんばいになってたまるものか。うっ、背中が裂けそうだ。

  背中に香辛料を傷口に塗り付けられたぐらい、裂けそうな痛みが走る。肉球付きの手で背中をまさぐってみれば、マントの下に柔らかいヒレがあることに気づく。背びれが生えているのか?

  

  急にマントが持ち上げられた。

  背中の痛がゆさは、宙に浮く快感へ変わる。後ろを向けば、薄い皮のコウモリの翼が生えていた。

  コウモリの翼を持つ金色の獣になるというのか。俺の頭はクラクラしてきた。

  

  

  足が上半身を直立で支えられなくなったので、前のめりに倒れた。両手が地面について、前足になった。

  「俺は獣じゃないぞ。クソー」

  「もう獣だよ」

  

  マルコシアスの顔が俺の右横に。視点の高さが同じになってしまったのか。髪の毛が伸び出してくる。短く刈り上げていたのに、だらしなく首周りや背中を覆っていく。

  

  「ぐ、ぐががが……」

  今度は口と鼻が前に引っ張られる。顔全体がチクチクしているということは、顔もケダモノじみているのだろう。洞窟の中もくっきり見えてきた。暗闇に慣れたんじゃなくて、闇に強い魔獣の目になったせいだろう。

  

  顔の変化が済むと、下半身に奇妙な感覚が移った。肉づきのいい腰から足にかけて毛が覆っていく。人の肌が消えていく…、金の獣毛が全体に…、俺はもう人間じゃない。

  

  四つんばいの魔獣にされた屈辱。

  

  これで変化が終わってくれたら、まだ自分を保つことができただろう。

  しかし、尻のつけ根に再び香辛料のかゆみを感じた途端に、気が萎えた。

  

  何かが尻から出ている。狼のふわふわ尻尾か、それともドラゴンの硬い尻尾か。頭をグッと下げてのぞきこんだら、その両方でもないものが生えていた。

  

  赤くてごつごつした尻尾の先に毒針がついている。サソリの尻尾だ。

  

  「オーリー、カッコいい-!」

  マルコシアスが俺の胸毛に顔をうずめてきた。

  ん? 何で、魔王の手下が俺の名をしっているのだ。

  「お前は誰だ?」

  「やだなぁ。まだわからないの?」

  奴は俺が落としたバンダナを拾い、自らの頭に巻く。青いバンダナに優しい青い瞳。これはまさか奴が……。

  

  「そうだよ。ハウエルが僕だよ、オーリー」

  探していた友が目の前にいる、異形の姿で。

  「そんな…、お前まで…、なんで?」

  「初めは僕も嫌だったけど、この姿はいいよ。鼻が利くし、空も飛べるし、そして何よりもいいのが――」

  

  ハウエルが俺のほおをなめてきた。そして俺の鼻と自らの鼻をくっつける。人間の時ならとてもいやらしい行為だが、今ならとても落ち着ける。

  「暗闇で友人の雄姿が見られるってこと」

  彼は魔獣になっても、赤子を気づかう聖母像の瞳で俺をじっと見ている。その瞳の中に荒々しい獅子の面に、船の帆のコウモリの翼、光沢のあるサソリの尾を持つマンティコアがいた。

  

  俺はこんな変てこな魔獣になってしまったのか……。人間の面影は、このたてがみと化した黒髪だけ。この姿だと、村に帰って皆と再び会うことは叶わない。

  母さん、父さん、村長、レッジのおじさん、この姿になったことをお許し下さい!

  

  涙が急にこぼれてくる。今まで人前で泣かなかったが、もう我慢できない。元は物をつかむ両手で、今や大地をつかむことしか出来ない前足に、涙の雨が降り注ぐ。

  

  「大丈夫。僕がいるよ、オーリー」

  ハウエルが首筋を甘噛みする。

  いや、こんなの間違っている!

  「違う! お前はハウエルじゃない、魔獣だ! ぶっ殺してやるぞ!」

  牙をむきだしてうなり始める。剣を使って戦いたいが、この足では使うことが出来ない。だから、マルコシアスをボコボコにして、目覚めさせてやるのだ。

  

  勇者の冒険はこんなところで終わることは許されないんだ。ミレスとジーニー、レンティら三人の姫を魔王から救い出すのが、正しい物語だ。

  「君と戦いたくなかったけど、しかたないね。じゃ、こっちも本気でやらせてもらうよ」

  マルコシアスは高々と飛び立った。上から攻撃するつもりか。俺は身を低くして、サソリの尾を立てる。この尾を立てれば、うかつに攻撃できないだろう。

  

  「さぁ噛みついてこいよ。噛みつけるものならな!」

  前はライオン、後ろはサソリ。この鉄壁の防御で、弱い腹部を守る。ついでにコウモリの翼で風を起こして、横からの攻撃を仕掛けにくくした。

  

  マルコシアスは口をうっすら開けて、困り顔になる。いつまでも飛んでいいられない。下りたところをガブリだ!

  「うーん。どう攻めようか?」

  俺の勝ちだ。心の優しいお前が、百戦錬磨の俺に勝てる訳がない。

  

  マルコシアスの目が猫のように細くなる。すると、蛇の鎌首が俺の顔めがけてやって来たでないか。俺は口を大きく開けて威かくしたが、全くひるまない。俺の額に噛みついた。

  「蛇がいたか…、だが、この程度じゃ…、俺をたお……」

  

  急に視界がぼやけ始める。蛇の毒にやられたのか?

  最初に噛まれた時は痛みだけだったのに、何で……?

  「マルコシアスの蛇に二回噛まれると、眠気に襲われるんだよ」

  腕輪といい、ヘビの毒といい、ハウエルが一枚上手だったか。

  俺は負けたのだ。

  人でなくなっていき……。

  

  [newpage]

  

  

  目覚めた場所は、カビがあちこちに生えた汚らしい部屋だ。俺は黄ばんだベッドの上で寝かされた板。あちこちにワインボトルや肉の破片が散乱している。

  奥のがい骨印がついた扉が開いて、マルコシアスが顔を出す。俺を見るやいなや、おなかに飛びついてきた。

  

  「オーリー! 目覚めたんだね」

  「ちょ、あんまペロペロすんなよ。ところで、その三人は誰だ?」

  ハウエルの後ろに、花や草があちこちに生えた女、髪の毛が蛇のメデューサ、リボンと紫のスカートをはく鳥人間がいた。

  

  「ミレスよ。久しぶりね」

  植物オバケが自らの花をちぎって、俺の頭の上にのせる。

  「オーリーはやっぱ勇壮な獣で、あたしとっても嬉しいわ。あっ、あたしはジーニーだから」

  メデューサは二本の舌を出して、笑みを浮かべる。

  植物お化けがミレス、メデューサがジーニーなら、この烏人間はレンティなのか? 美しい乙女がこんなに醜くなるなんて、これが夢なら早く覚めてほしい。

  

  「ほらレンティ。さっさと自己紹介しなさいよ」

  [[rb:メデューサ > ジーニー]]に小突かれても、烏は両羽をすりあわせてもじもじしている。レンティと俺はよく一緒に遊ぶ仲だから、よく周りから結婚しろと茶化されていたな。

  

  「あの…、ハウエル?」

  消え入りそうな小声だ。俺は体を起こして、彼女を見入る。

  「私…、こんな姿で…、嫌いになった?」

  強そうな見た目に反して、恥ずかしがりな所は変わらない。

  

  みんな見た目は変わっても、中身は同じだ。

  ハウエルは甘えん坊で、ミレスはおしとやかで、ジーニーはおしゃべりで、レンティは内気で、そして俺は強引だ。

  「何で嫌いになるんだよ? 艶のある羽が綺麗じゃねぇか。もっと自信持てよな。いつもそうやってお前は――」

  周りが笑みを浮かべている。その視線が気になって口をつぐんだ。

  

  「オーリー、ありがとう」

  [[rb:烏人 > レンティ]]が頭を下げてきた。

  「あ、あのなぁ」

  俺はどう返していいかわからず、壁に向かって爪を研ぎ始める。これから、ハウエル達に[[rb:揶揄 > やゆ]]されると思うと、物凄くやりづらい。

  会話にゆきづまっていると、外から大砲の音が鳴り響いた。

  

  「お祭りが始まるよ! みんな行ってみよー」

  ハウエルが窓から飛び降りると、ジーニーとミレスも後に続く。彼らは怪物や魔獣がうじゃうじゃいる広場の中へ溶け込んで見えなくなった。

  レンティが俺のサソリを握ってこう言う。

  「私達も…、いこ」

  俺は黙ってうなずき、窓から飛び降りた。

  

  [newpage]

  

  

  広場では軽快な音楽が鳴り響き、魔物たちが酒を飲んだり、肉を食い散らかしたり、踊ったりしていた。

  「どう? この雰囲気に慣れてきた?」

  七面鳥の丸焼きを食べていた俺にハウエルが声をかけてくる。

  ハウエルの口周りは赤い血がべったりついている。

  

  「ひぃ!? ひっ、人殺し」

  「やだなぁ。これはワインだよ。オーリーも飲んでごらん」

  彼があごで差した先に、ワインボトルがたくさん並べられた棚がある。まだ成人に達していないが、まあいいだろ。

  「だが、この手じゃつかめないぞ」

  「ワインおじさんが飲ませてくれるよ。さぁ飲ものも」

  

  彼に連れられて、ワイン棚の前に立つ。石トロールが俺達をいぶかしげに見つめてきた。

  「おや? ハウエル、そのマンティコアは誰だ?」

  「僕の友人のオーリーだよ。飛びっきり美味しいアレを飲ませてやってよ!」

  「よし、任せとけ」

  トロールは力こぶを作って、棚から赤紫色の気味悪いワインを取り出してきた。そのワインの口を持って、トロールが俺の口にドボドボと流しこんできた。

  

  「ちょっ、あっ」

  最初はのどに痛みを覚えるほどの不快感だったが、次第に口の中でまろやかさが広がっていく。こんなワイン、いや美味しい飲み物は生まれて初めてだ。

  体がとても軽くなっている。天に昇っていきそう。

  

  「オーリー! 高く上がり過ぎたよー!」

  「ハッ! あれ、えっ?」

  酔った勢いで天高く上がっていた。会場のハウエルがブドウ粒に見える。上がったのはいいものの、どうやって下りたらいいんだろう。ここから転落したら自他ともに危ないので、羽ばたきを続けたまま、同じ所をグルグル回っている。

  

  「うう、寒いなぁ」

  体力が無くなれば、真っ逆さまだ。何とかして地上へ戻らないと。だが、鳥のように頭や体の向きをななめ下に変えられない。

  力が急に入らなくなった。翼を動かさないと、落ちていく、どんどん下へ。皆の頭が大きくなっていく。ぶつかる!

  

  「えいっ!」

  掛け声とともに、俺の体が再び浮く。

  振り向けば、俺の右の翼をレンティが口ばしで、左の翼をハウエルが蛇でくわえていた。

  「レンティ! ハウエル!」

  「これから飛び方を練習していこうね」

  今までハウエルに剣の使い方を教えてきたのに、立場が逆転して悔しい。レンティの方を向けば、俺と視線が合うと目をつぶった。

  

  俺達はゆっくりと地上へ下りていく。魔物たちは[[rb:恍惚 > こうこつ]]の表情で祭りを楽しんでいる。

  「この祭りは今日だけか?」

  「ううん。毎日お祭りするよ。たまに大魔王様が現れて、大乱闘大会が開かれるらしいけどね」

  

  魔獣になりたくなかったが、そういう暮らしができるなら、このままでいいかもな。

  好きな時に寝て食べて、食べ物が不足したら人間から食べ物を奪い、また仲間とどんちゃん騒ぎを繰り返す魔界生活。レンティ達やハウエルも楽しそうだし、良しとするか。

  

  すると、金の腕輪の文字が飛び出てきて、次の文を作った。

  「マンティコアは最高の魔獣」

  何が最高かわからないが、悪くないな。

  魔獣を倒して終わりじゃなくて、魔物になって仲良くする終わり方でもいいだろう。

  

  

  勇者はマンティコアに変身し、元人間のマルコシアスやメデューサなどの友達と末永く暮らしました。

  

  めでたしめでたし。

  

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