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「夫婦神(めおとがみ)」ー創世暦 298年 冬 柔国 斐磨郷ー

  青空に鳶が鳴く。冬の澄んだ空気にその声がよく響いた。

  郷の広場に数人の男達が集まっている。銘々に狩りへ赴く出で立ちだ。しかし違和感がある。[[rb:磨斐 > ヒマ]]の者達は夫婦、親子など少数で狩りに臨むのが普通だ。

  今日はと言えば、男だけが集まっていた。男達の中央には一際目立つ上背の男がおり、あれやこれやと指図している。その男達を囲むようにできた野次馬の中からひょいと赤髪の子供が飛び出し、輪の中へ駆けいる。族長の息子、ハリであった。

  ハリはいつもと様相の違う男達を怪訝に思い、いてもたってもいられくなって父の袂をひいたのである。

  「おとん、どないしたん。今日は狩りやないん?」

  「む…。あぁ、北の森に狼が出よった。郷に近づかんよう見廻りや」

  族長ヤマタヅは、歳は三十半ばとまだ若いが、族長の座を引き継いで久しく、皆の信頼も厚い。ハリの自慢の父であった。

  さて、ハリはといえば…。年相応の子供であった。

  今もまだ一度も見たことのない”狼”という獣に、好奇心がふくらみ落ち着きなく体を揺らしていた。

  「ワシも行く!!」

  「あかん」

  遊びに出かけるかのような口ぶりのハリを、父は即座に遮った。

  「ワレは力不足や」

  頑とした口調にハリは一瞬押し黙る。が、すぐに二の句を継いだ。

  「…ワシの弓は郷一番や」

  「一矢、当てるだけならな」

  七つのハリが引く弓は年相応に弱いものだ。大した威力はない。ハリはそれをわかってて、必ず獲物の目や耳を狙った。眼窩は広く、鏃が脳に達しやすい。一矢で深手を負わせることができた。ハリは大人が舌を巻くほどの正確さで獲物を射ぬく。

  それはヤマタヅも知っていた。だが…。

  「狼は恐ろしく速ぇ。しかも数で襲いよる。ワレが一矢目をはずした時、そん時がワレの死ぬ時や。ワレの二矢目は弱うて相手を防ぐことができん」

  「…せやけど。ワシはおとんの子やで。郷守っていかなあかんやろ。狼ゆうもん、知っておきてんや」

  もっともらしい事を言う。

  「せやから…」

  あかんねや。

  一見殊勝にもみえるが、そうでない事はよく知っていた。

  ヤマタヅは妻との間に何人もの子をもうけた。しかし体の弱いものが多く、無事育ったのはハリだけなのだ。大事な一人息子だった。

  それだけではない。今のハリには奢りがみえた。慢心し、力を見極められぬものは足元を掬われる。たった一人の慢心が、皆を死地に向かわせる。[[rb:頭 > かしら]]になるものがそうであってはならない。未熟な者を連れて行く気にはなれなかった。

  「あんま大事大事にしとっても男にならんで?ヤマタヅよぉ」

  「せやで。偉いもんやないか」

  幼い後継ぎの駄々をほほえましく思ったか、男達が口々に言う。しかしヤマタヅは大きく[[rb:頭 > かぶり]]を振った。

  「心配やったら、ワシが守りますで。任しといてください」

  年嵩の少年が胸を叩く。

  少年が下の者を面倒を見るにはいい機会か…。考えを改めたヤマタヅは、渋々ながらも首を縦に振った。

  「すぐ用意せぇ…」

  ヤマタヅに言われて、ハリはぱっと顔を輝かせた。跳ぶように人垣を抜けていく。

  時を置かず戻ってきたハリを後方に据え、男たちは郷を発った。

  「なぁ、[[rb:兄 > あに]]ぃは狼知っとるん?」

  前を行く少年にハリは声を掛けた。

  「いや、初めてや。牙すごいんやってぇ」

  「イノシシみたいな感じか?」

  土を掘り起こすためのイノシシの牙はたいへん鋭利で、突かれて死ぬものも少なくない。秋口、大きな裂傷を負った者を思い出し二人は身震いした。

  「せやけどイノシシは獣食ったりせんしの…?」

  「クマみたいな感じか?」

  「大きいキツネみたいな感じらしいで」

  「キツネやったら怖くねやん…」

  「たとえの話や」

  少年達の声は段々と大きくなり、森に響いた。

  「二人とも黙って歩け」

  後ろから怒られ、二人は黙りこむ。

  雪で濡れた草やぬかるみに足を取られ滑った。雪交じりの山地は歩きにくい。黙るとそれが一層感じられてハリは少し気が滅入った。

  「前の[[rb:者 > もん]]見ててみぃ」

  そんなハリの様子を見て、背後の年長者が前を差した。

  ヤマタヅは先頭へ探索に優れた者を配置している。後ろから注視すると、その者が何を見聞きして動いているか、ハリにも何となく見て取れる。いつもは父の後ろしか歩かないハリも、他の者を見て、日頃気付かないものにも気づくことが出来た。

  視線を移すと、父の視線が合う。ハリは黙って頷く。しばらく前の男を見ることに集中した。

  不意に前の者がかがんで手を上げる。後ろの者も身を低くして潜んだ。視線と手ぶりで先を差す。皆は一言も発せず、茂みをつたいながら横へ広がる。ハリも続いて、茂みが開けた雪原の方を覗いた。

  「あれが…狼」

  六頭の獣が雪原に伏した鹿を囲んでいた。

  「どこがキツネやねん…」

  白や赤茶や、鈍色、白が入り混じった獣はあまりにも大きかった。キツネに似通った姿勢はしているが、大きさも太さも比べ物にならない。群れの[[rb:頭 > かしら]]と思われるものは大人程の大きさがあり、人の頭など一噛みで砕けそうな顎をしていた。

  「おとんより大きそうやん…」

  急に心細くなって弓を握りしめた。

  頭の狼がシカの腹を食い破る。鈍色の毛が鮮血で赤く染まり、また、真白な雪を染めた。狼が皮を引く度、鹿の体がゆさりゆさりと揺れる。

  「どうだ、ハリ」

  「おとん…ワシ怖ぇわ…」

  横に来た父に告げた。

  「せやろ…それでええ。制せるなんて思わんことや」

  男達は狼が貪る姿を遠巻きに見ている。

  退治しに来たのではないのかと不思議に思いながら、ハリも同じように待った。

  相変わらずシカを[[rb:頭 > かしら]]の狼が貪っている。

  「あいつ、他のもんに分けてやらんなんてケチやな…」

  郷では大きな獲物が獲れれば、隔てなくそれぞれに分け与えるものだ。

  やっぱ獣やんな…。

  そう思っていると、頭が離れ、次に大きなものがシカに口を付けた。

  「あれが、おかんや」

  ヤマタヅが指をさす。

  「そうなん?」

  「行儀ええやろ、狼は。他の獣は一斉に食いよるが、狼は上のもんから順番に食いよる。熊みてぇに、獲物埋めて独り占めする事もねぇ。残りは他の獣のごちそうになんねや」

  父の言葉に耳を傾け、狼に目を向ける。母狼が離れると次のものが。父の言う通り、狼は順々に獲物に口を付けていく。その内カラスが舞い降りて脇から屍肉をついばんだ。

  おんなしや…。

  斐磨族は獲物が獲れると、その[[rb:腸 > はらわた]]を山神に捧げる。一族の者が死ねば、その遺体を山へ上げる。どちらもカラスがついばまみ、肉体と魂を天へ送る。それらは次の山神になるのだ。カラスの屍肉をついばむ姿が一族の葬送の姿と結びつき、ハリは食い入るように見つめた。

  食い終わった狼たちは互いを舐めあい、じゃれあったりしている。人とは変わらぬ情が、そこにあるように見える。

  いつの間にか恐怖は薄れ、狼はとても美しく目に映った。

  「おとん、狼どないすんの?」

  あの家族に矢を射かけるのか…。絶やしてしまうのか…。

  郷を出てくるときの好奇心も今は薄れてしまっていた。

  「射かけて追い払う。狼の肉は旨ない。食いもしないもんをただ殺すんは、山神さんの怒りに触れよる。幸い、あいつらは賢しいさかい。危ないトコわかれば近寄ってきぃへん。腹いっぱいになったら、始めるで」

  ヤマタヅは皆を見回し、男たちは頷いた。

  「当てんでええからの。手前に落とせ。一人になるな。[[rb:一塊 > ひとかたまり]]や」

  ヤマタヅは言い含めるように重ねて言った。

  最後の一頭が食べ終えるのを見計らって、皆は大音声と共に矢を射かけた。

  カラスが一斉に飛び上がる。無数の矢が雪原に降りいだ。

  「声張れ、ハリ!!弱い思わせたらあかんで!!」

  誰かが怒鳴る声に、ハリは振り絞った声で応える。

  狼は屍肉の横で小さく周り、森の方へ駆けだした。

  「よし、続けぇ!!」

  応と次々と矢を射込む。

  キュン…

  向こうの森へ駆けこむ寸前、一頭の子狼に矢が立った。仲間の狼が寄ってきてくるくると回っている。

  一瞬、矢の雨が途切れた。

  「木に登れっ!!」

  ヤマタヅが叫んだと同時に頭の狼が踵を返した。仲間が続く。

  男達は号令の受け、すぐ手身近な木に登り始めた。

  と、少年がよろける。

  「あかん…」

  逃げ遅れた少年を群れが捉える。狼の群れは本能的に、弱者に目を付けたのだ。

  木の袂で少年が倒れる。

  風切り羽が空を切る。悲鳴が上がった。

  頭の狼がよろめき、どさりと倒れた。

  「兄ぃ、はよ上がれ!!」

  二矢目をつがえたハリが木の上から呼んだ。

  少年はよろよろと木の後ろに隠れる。

  「足、くじいてもうた…」

  ヤマタヅがそばへ駆け寄り抱えた。

  狼の群れはもうこちらを向いていなかった。頭の周りを所在なさげに回り、あるいはその体をさするかのように舐めている。

  「降りてええ、帰るぞ」

  男たちはゆるゆると木から降り、狼を見据えたままゆっくりあとじさった。

  「おとん…アレ、死んでもうたやろか…」

  小さく尋ねる。ヤマタヅは答えなかった。

  「山神さん…祟るやろか……」

  ハリは小さく呟いた。

  狼の群れは一つではなかったようで、それからしばらく男達はあちらこちらへ出かけて行った。ハリはあれから一度もついて行ってない。

  行ってないと言えば、あの時足をくじいた少年も姿を見かけない。ハリは狩りへ行く代わりに少年の元を訪ねた。

  少年はハリの前で足首をくいくいと動かして見せる。

  「も、ええで。心配しとってくれたんやな」

  「うん…」

  「ははっ、何かあったら守るゆうとって情けない事やんなぁ、ワシ」

  「…」

  少年がカラカラと笑い声を立てるのに対して、ハリは沈んだようにうつむくだけだ。

  「どないしたん?」

  「あれから獲物かからんくなった。ワシが討ってしもたから…山神さん怒っとるんやなかろか?」

  「たまたまやろ。それにワシ助けるためやったんや。山神さんやって許してくれるやろ」

  「…どうやろ」

  少年は甕の中で戻していた干し肉をハリに差し出す。ハリは首を振って断った。

  「すまんの。ワレに嫌な思いさせてしまったの」

  気落ちするハリを前に少年は、申し訳なさそうに頭を下げる。

  「ワシのヘマや。兄のせいやあらへん。ワシ、脇が甘いてよう言われるで…」

  手を振って少年の元を後にした。見舞いに行っておいて、気を遣わせてしまったことに嫌悪した。

  日が中天に差し掛かった頃、男たちが帰ってきた。ついでに何か獲れればと言っていたが、男達は空手であった。

  「おとん…ワシ…」

  「気がかりか」

  あの時の事を、父は褒めも責めもしなかった。自分でも何が良かったのかわからない。考える手立てが欲しかった。

  「たまたまや。狼がうろうろするから、他の獣も潜んでんねやろ」

  「せやけど…」

  ハリがうつむくと、ヤマタヅは頭を撫でた。

  「ついてこい」

  父が山へ行くと言うので、ハリは気が乗らなかったが支度をしてついていった。

  行ったこともない谷間を下る。見慣れぬ道を行くと突然小さな穴屋が現れた。崖沿いに隠れるように作られていて、上からは全く見えないようになっている。

  「おーい、まじないさん。おるか?」

  立て掛けられた板を叩く。

  「おるで~」

  間の抜けたような少女の声が聞こえた。

  「ツリフネか。おかんは?」

  「おるよ」

  ハリと同じくらいの少女がひょこりと顔を出し手招きする。二人は誘われるまま中へ入った。

  明かり取りもない家の中は薄暗く、中で焚いた火が周りを赤く染めている。

  「まじないさん…」

  郷から離れたところに先を占う不思議な女がいるという話は知っていたが、実際に見るのは初めてである。子供の行くところではないと言われていたからだ。

  「アンタ、ヤマタヅの子?」

  「うん…」

  「今日はアンタの用やね」

  奥にいる女が尋ねた。暗くて姿もろくに見えないのに、真っ赤な口が動くのだけはハッキリ見える。不気味だった。

  「なぁ、おかん。この子抜けた顔しとるで」

  先程のツリフネと呼ばれた少女が、急にハリを指さし言った。

  「な…なんやワレ!!」

  ヘマをしたのは間違いないが、いきなりそのように言われるのは腹が立つ。ハリは思わずツリフネを睨みつけた。ツリフネは意にも返さず、薄ら笑いを浮かべてハリを見ている。

  「ここ。半分、抜けとるで」

  胸のあたりを差した。

  「半分…?」

  「ツリフネ、余計な事言わんでええんや。アンタあっち行き」

  まじないさんに叱られたツリフネは頬をぷくりと膨らませて出て行った。

  「さて…」

  女はハリを呼び、目の前に座らせた。

  間近にくると、今度はハッキリと姿がみえる。

  真っ白な肌に赤い唇。豊かな黒髪。そして川淵のような深い緑色の瞳。子供心にもドキリとする美しい女だった。

  「気がかりがあんのやね」

  パチリと枝が爆ぜた。

  「話してみたり…」

  [[rb:誘 > いざな]]うような女の声に、ハリはこの前の狩りの話を始めた。

  「ワシが山神さん怒らしてしもて、郷に贈りもんなくなってしまったんやないかって…」

  斐磨族にとって、山で獲れる獣も、果実もすべて神からの贈り物であった。山神の加護が無ければ飢えてしまう。ハリはそれが一番の気がかりだった。

  「顔、上げえや。見えへん」

  うつむくハリの顔を女が包み、そっと上げる。

  深淵がこちらを覗いている。空恐ろしさを感じた。

  「…山神さんは怒ってへん。けど、アンタの心、落ちてきてしもたんやね。狼んとこまで行って、拾ってきたり」

  女の手が離れると、どっと解き放たれたように身が軽くなった。

  「心を拾う?」

  「行ったら分かるで。アンタもついて行ったり、ヤマタヅ。ただし、ついて行くだけや。アンタから何も言うたらあかんよ」

  「わかった」

  ヤマタヅは頷くと、春に干しておいた少しばかりのぜんまいを女に差し出す。

  「あら、ごちそうさんね。おおきに」

  女は大事そうに受け取った。

  「心を拾うってなんやろ?」

  森を抜けながらハリは首をかしげる。

  まじないさんの言う事、なんかわからへんなぁ…。

  子供が行くなと言うのは意味が解らないからだろうか。大人になったらわかるのだろうか。いつから大人になるのだろう…。

  わからないことだらけだったが、口止めされていた父に聞くのは辞めた。どうせ答えないだろう。

  サクリサクリと雪を踏む。

  雪原へ近づくにつれ、何か分からない動機に襲われた。

  遠吠えが聞こえた。長く、長く響いた。しかし応えるものはいなかった。一頭の声だけが寂し気にこだましている。

  前と同じように茂みから雪原を覗いた。

  頭の狼は斃れたままになっていた。傍らに一頭の雌狼が連れ添っている。ヤマタヅが“おかん”と呼んだ狼だった。数日経った狼の屍がきれいなまま残っているのは、連れ合いが守っていたからだろうか。[uploadedimage:13842220]

  「あいつ、なんで一頭で残っとんねやろ…」

  ハリは呟く。

  「連れ合いの死が受け入れられんのや。狼は情け深い獣やさかいな…」

  ヤマタヅもまた呟くように言った。

  ハリの目の裏に狼達の戯れる姿が浮かぶ。

  「そうか。あいつがやない。ワシが、あいつをここへ縛ってしもたんや…」

  ハリは雪原へ跳びだした。

  狼がハリを見る。ハリも狼を見た。

  矢をつがえ、弓を引き絞る。

  「すまんかった」

  放たれた矢が狼に吸い込まれていった。

  ハリは二頭の狼の前に立った。雌の狼はまだ大きく息をし、静かな目でハリを見ていた。まだ温かい喉元に短刀を立て、切り開く。鮮血は手持ちの盃に満たした。すでに硬くなった雄の狼も切り分け、雌の狼と共に[[rb:腸 > はらわた]]を綺麗に並べる。そして腰を落ち着け、山へ向かい、雪の上に深々と[[rb:首 > こうべ]]を垂れた。

  「斐磨の山神さん。ワシらに贈り物をありがとう。神さんからの贈り物、血肉、骨に至るまで無駄にはせえへん。誓いに肝を捧げます。今頂いた獣が迷わず天に昇り、新しい山神さんになるまで導いたってください」

  一息で祝詞を上げると、杯に満たした血を飲み干した。

  「ワシにもくれ」

  後ろにいたヤマタヅが言うと、ハリは再び盃を血で満たした。ヤマタヅも血を飲み干す。

  「おとん、ワシ、こいつら食うわ。皮も骨も使う」

  「そうか…。それがええかもしれんわ」

  ハリは郷へ狼を持ち帰ると、一人で丁寧に切り分け、皮をなめしていった。皮を板に張った頃、母が見に来た。

  「そろそろ出来た頃じゃと思っての?」

  そう言うと、狼の毛皮をやさしくなでた。

  「綺麗なもんじゃの、ハリ。これ母さにくれるか?」

  母は[[rb:柔族 > ニコシゾク]]から[[rb:嫁 > か]]してきた女で、狩りをすることは無い。斐磨族たらんとするハリにとって、このおっとりした“毛色の違う”母が少し疎ましく思う事もある。

  今も「欲しかったら自分でやったらええ」という思いが首をもたげていた。

  しかしそんなことを言えば父に叱られる。「母は二つの氏族の為に斐磨へ嫁した大事な女や」と。

  ハリは咳払いをして母を見る。

  「ダメや。これはの、いつかワシが連れ添う女にやんのや。ほしたら、こいつらずっと一緒におられるやん。ワシの弔いや。せやからおかんにはやられへんのや」

  えへんと胸を張る。

  母は笑った。それも可笑し気に声を上げながら。

  「そら、立派じゃのー。もうそんなこと考えよんのか。どんな女かの、ヌシの連れは」

  「そ、そんな笑わんでもええやん」

  自分なりに考えた最良の方法だと思っていた。馬鹿にされたようで悲しくなる。

  「楽しそやな」

  ヤマタヅが外から帰ってきた。

  事の経緯を話すと、父は大きく頷いた。

  「そらええわ。きっとええ、守り神になってくれるで。一対の夫婦神やな」

  「せ、せやろ!!」

  やっぱりおとんや。斐磨の男や…。ようわかってくれるで…。

  ふっとうれしくなったハリの目にヤマタヅの手元が映った。

  「それ…」

  「あぁ、今日罠に掛かっとった」

  真白なウサギを高々とぶら下げる。

  ハリは狼を振り返った。

  「山神さん、成れたろか?」

  父は穏やかに笑みを浮かべて頷いた。

  「あぁ、きっとな…」

  ハリの心の気掛かりが、ようやくすべて解き放たれた瞬間だった。

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