異聞・善なる進化(前編)

  別荘から戻った気分の切り替えをする間もなく連休も終わり、楠葉は表向き何事もなく大学の門をくぐった。

  今までと変わりないようにキャンバスを歩み、何事もないかのように学友達と挨拶や世間話をしていると改めて今までの異様な体験は一睡の夢だったのかと思いもする。

  しかし、自分の体の中にある力の感触、そしてその源でもある宝玉の存在を否定する事は叶わずその作用としての全身に満ちる力や食欲もまた否定できない事実であった。

  そして表だってこそのニュースにこそなってはいないがふとした事で関心を持ち覗いてみたややアンダーグラウンド的な情報データベースによればあの怪人達とおぼしき存在の目撃情報が数多く流れ、同時に失踪者の情報も少なからず飛び交っている。

  その事実だけでも楠葉に不安を与えるには十分すぎた。

  あの怪人達がすでに自分達の近くまで来ているかも知れない。もしそうなった時自分だけで押さえきれるのだろうか、と。

  事実あの怪人の巣での戦いのあと楠葉は別荘での滞在時間をフルに使い捜索を続けていた。

  幸い怪人と遭遇・戦闘する事こそ無かったがその捜索行の中で別の怪人達の巣―だったと思われる場所を発見した事はかなり衝撃的な事実だった。

  だった、と言うのはその場所が少なからず破壊された状態で荒らされておりまぎれもなくあの時の戦いを連想させる光景を示していたからである。

  まさか自分のような存在が他にいるのか、ただ単に怪人同士で争いがあったのか。

  もしかすると巣を失った事で怪人達が逆に放たれてしまったのか―。

  考え出したら切りが無い。

  楠葉はその考えをなんとか振り払おうとして思わず思い切りかぶりを振りまくった。

  そこに……。

  「クスハ、何をいきなり歌舞伎の物真似をしているの?」

  と唐突な突っ込みが入る。

  その声に我に返った楠葉は自分が突っ込みの主のみならず教室にいた学生達に少なからず注目されていた事に気づき思わずふさぎ込んでしまう。

  「ラ、ラトゥーニ……だ、大丈夫、ただちょっと考え事して煮詰まっただけだから……」

  顔を赤くしてふさぎ込みながら楠葉はその人物―ラトゥーニ・スゥボータにそう答える。

  ラトゥーニは「そう……」と静かにつぶやいた。

  同期では最優秀の成績で入試をクリアし研究部門への選択も考えていると言われる程の才女であるゆえか少し鋭く形取られたショートカットに彩られた顔立ちは知的なクールさを感じさせる。

  あくまでも医大生としてはごくごく一般的な位置にある楠葉が彼女と友人関係を築いたのはあまりにも奇妙な合縁奇縁ではあった。

  母国を離れ一人暮らしをしているラトゥーニの部屋を訪れた楠葉が衣装部屋にずらりと並んだゴスロリ―とまでは行かないまでも派手で華やかな衣装の数々を見て苦笑したのも今はちょっとした思い出でもある。

  「ところでクスハ、連休はどうしていたの?家の電話には繋がらなかったし、他のみんなとは出かけなかったみたいだけど」

  楠葉がなんとか平静を取り戻そうとしているのを見計らってかラトゥーニは静かに訪ねる。

  それに対し楠葉はやや取り繕いながらも、

  「う、うん、ちょっと一人でゆっくりしたかったの……そう言うラトゥーニは?」

  となんとか切り返す。

  「私も似たような所。雑踏を離れて一人静かに過ごすのは心と頭の静養になるしそれにより多くのものを知り学ぶ為の力にも繋がるから」

  ラトゥーニはそう言ってかるくスカートの裾を直す。

  さすがに自室にあった様な派手なものでは無いが楠葉よりはスレンダーなスタイルと華やかな雰囲気の私服の組み合わせは彼女自身のキャラとも重なり不思議な雰囲気を感じさせる。

  その後、二人は講義が始まるまでたわいもない話を続けていた。

  その間だけでも楠葉は一連の問題を忘れる事ができたのは幸いと言えば幸いだろう。

  [newpage]

  一日の講義が終わったあと楠葉はごく当たり前のように他の友人達とのやりとりを楽しむ。

  あの時メールをくれた友人達とみやげをもらう以上に誰一人欠ける事無くこうやって語り合える、気にかけ合える事は本当に嬉しかった。

  そしていつもの様に足早に自宅に戻りいつもより多めの課題レポートに取り組む合間に夕食を済ませると倒れる様に居間のソファーに体を横たえる。

  「ふぅ……」

  しばしの間居間は静寂に包まれていた。

  いつもの様に過ぎる自分の日常。

  「あの時」から少しだけ変化が起きてはいるがそれでもこうして一時を過ごせる事は楠葉にとって本当に幸せを感じられる一時であった。

  あいにく生活費を補佐する為のアルバイトについてはまだまだ思案の段階であり今も大学内の掲示板とにらめっこしては考え込む事が多い。

  本来大学生活の華の一つとも言えるサークル活動についてもどこに入ろうかと考えていた頃に「あの体験」をしてしまったせいかなかなか入る事ができない状態にあった。

  少なくとも運動量に関しては下手な体育系サークルの運動量を遥かに超えるほどなのだがさすがにそれを表沙汰にはできない。

  文化系のサークルについてもまた色々と事情や思惑がある―と言う所だろうか。

  それでも楠葉としては十分穏やかに一時を過ごしていると感じている。

  しかし、この一時が少しずつ、確実に脅かされようとしている―としたら?

  自分にもたらされた力は決して万能ではない、だけど……。

  色々な思いを抱きながらも瞳を閉じたままふと大きく吐息を漏らす。

  とりあえず今夜はもう一息入れたら課題レポートの続きをこなそう。

  そう思った時楠葉は買い忘れた品物があった事を思い出してしまい急いで行きつけのコンビニエンスストアに駆け出した。

  一通りの買い物を終え帰路に着いていた楠葉だったが、その足がなぜか公園に向いていた事に気づく。

  「―そう言えばあの時もこんな風だったな……」

  買い忘れた品物を買う為コンビニエンスストアに駆け込み帰路を短縮する為に通った公園。

  そこで自分は―!

  一瞬体がゾクっと震え内側がキュンとなるのを感じてしまい複雑な思いを抱きながらも楠葉は家路を急ぐ。

  早く帰ってもう少しだけ時を過ごして―ゆっくり休もう。

  あと、「あれ」も作っておかないと……。

  別荘から帰って以降思案の末に作る様になった「あれ」への思いも抱きつつ楠葉は駆け出そうとした。

  しかし―!

  「え!?」

  その耳が、普段の人としての姿では多少鈍いとは言えその感覚が捉えてはいけない感覚、捉えたくなかった感覚を捉えてしまった。

  「まさか……でも、間違いない!」

  自然と瞳を閉じながら静かに拳を握りしめていた楠葉だったが、意を決した様に辺りを見回す。

  「まだこの辺にはいない……もちろん、他の人はいない……わね?」

  少し顔を赤くしながら辺りを見回すと楠葉は急いで物陰に飛び込む。

  買い物袋とバッグを置く間も惜しみつつ慌ただしく衣服に手をかけ脱ぎ捨てる。

  上着、靴、靴下、下着……。

  時間が無いのを理解するゆえに簡単に脱いだ服をまとめると楠葉は裸のまま木陰を縫う様に走り出す。

  その姿はあたかも夜行性の獣の様に躍動的で美しい。

  ヘソから宝玉が浮かび上がるのを感じると同時に楠葉は走りながらそこに手をかざす。

  多少走りにくいけど気にかけてはいられない。

  「変身!」

  それと同時に楠葉の躍動感溢れる動きの様に宝玉から力が走り楠葉の裸身を駆け巡る。

  「う……あん……」

  熱く駆け抜ける変化のエネルギー、そしてそれにともなう変化の苦痛、そして快感―普通なら走るどころではないのだが楠葉はそれでも走る。

  変身に体が慣れてきているのか、それとも一連の感覚を必死でこらえているのか。

  駆け抜けながらその姿は裸の楠葉から楠葉の皮を着たバッタ女、そこから緑色の外骨格をしたバッタ女、そして黒い外骨格のバッタ女へと変わっていく。

  実際の変化はそう長くは無かったが楠葉自身の中ではその変化は確実に心身に伝わる刺激となっていた。

  あいにくそれを確かめる余裕は今の彼女にはなかったのだが……。

  [newpage]

  木陰を抜けた時、楠葉の目に飛び込んだのは数体の異形の後ろ姿だった。

  以前山で戦った怪人と同じ様なものもあればまた新しい種類のものもいる。

  この群れがどうやって現れたかはさすがにわからない。

  地から湧いたか、空から降りたか、はたまた楠葉の様に木々を抜けてきたのか。

  まさか―瞬間移動でもしてきたか。

  幸い怪人達以外に人影はいない様だがそれは本当に幸いな事かもわからない。

  この時間のこの場所は元々人気の皆無な場所だが最悪不幸な犠牲者がすでに餌食となり霧散した可能性も否定できないのだ。

  そうでなくともここにこうして現れたと言う事はこれからそう言う事態が起きようとしているのはまぎれもない事実なのだが。

  “そんな事―あってほしくない!させない!”

  悪い予感を振り払う様に楠葉は怪人達に駆け出すとそのまま飛び込みパンチを放つ。

  運悪くそのパンチを食らい一体の怪人が燃え尽きるがその勢いで楠葉もまたおもむろに地面に体を滑り込ませてしまう。

  “いたた……”

  生体強化された外骨格越しとは言え必殺のパンチを繰り出した反動を受けたせいか楠葉は苦痛に身をよじらせる。

  突然乱入し仲間の一人を葬った謎の乱入者に一瞬おののいた怪人達だったがその乱入者が身動きを取れなくなっている事に気づくや即座に取り囲み足蹴や踏みつけを仕掛けようとする。

  うかつに食らったらそのダメージは先ほどの倍どころではない。まして食らい続けようものなら……。

  幸い間一髪で動かせる様になった体を転がし楠葉は踏みつけを駆けようとした怪人の足にしがみつく。

  “やぁぁぁっ!”

  足下をずらす様に、押し上げる様に、とにかく力を込めて楠葉はその怪人を思いきり前に倒す。

  不幸にも他の怪人達が取り囲む真ん中に倒れ込んだその怪人はしばしの間楠葉の代わりに足蹴や踏みつけを食らう羽目になる。

  あまりの展開に怒り心頭に達した怪人は半ば無理矢理起き上がると取り囲んでいた怪人達をはね飛ばす。

  そして怒りさめやらぬ様子で楠葉を指差しうなり声を上げる。

  この時点でより確実に楠葉は怪人達の敵と見なされた様だ。

  楠葉もバッタ女の顔、アゴの中で息をのむと改めて身構える。

  不意に横から別の怪人が飛びかかり楠葉をその腕で引き裂こうとする。

  “きゃっ!”

  切り裂かれこそしないものの爪が外骨格を切りつける衝撃が痛みとなって体を走る。

  そこを狙う様に別の怪人が背中から殴りかかる。

  一発、また一発怪人の拳がうなる。

  “うあっ!”

  生身で食らったら粉砕どころではないダメージが背中に走る。

  そこに先ほど楠葉を切り裂きかけた怪人が今度こそとばかりに爪を立てて襲い掛かる。

  “うっ、ううう……”

  苦痛をこらえながらも楠葉はその怪人の腕をつかみ取ると左腕で押さえ込んだまま背中から殴りつけた怪人に回り込む様に叩き付ける!

  爪の怪人はその豪腕をまともに受けて燃え尽きてしまう。

  拳の怪人はさらにそこから楠葉を殴り倒そうとするが今度はそれを巧みにかわし続ける。

  そして何発目かの豪腕を飛び上がって回避するとそのままその肩を蹴り別の怪人に飛びかかる。

  魚介系かは虫類系のタイプなのだろうか、その怪人も牙や刃の様に鋭くとがったヒレを駆使して楠葉を引き裂こうとする。

  それらをかわしパンチを打ち込む楠葉だがその鱗に止められさらに……。

  “うっ……!”

  やすりの様に鋭く生えそろった鱗に拳が軽く削られてしまう。

  その痛みに苦しむ隙を突かれ怪人の腕や足が容赦なく楠葉の体を削りにかかる。

  それをなんとかかわしながらも楠葉はその足に力を込め、足ヒレと鱗に覆われた足の刃をかわすとその牙ごと怪人の顔面にキックを叩き込む。

  鱗の怪人が燃え尽きるのを見とどける間もなく昆虫型の怪人が背後から襲い掛かるのを辛くもつかみ取り投げ飛ばす。

  しかし怪人は軽く受け身を取るとその勢いでその両腕を楠葉めがけて振り下ろす。

  “やぁぁーっ!”

  怪人の両腕が楠葉の両肩を貫くよりも先に渾身の拳が怪人の顔面を捕らえ燃え尽きさせる。

  “この怪人達……強い……でも……負けない!”

  今戦っている怪人達は確かに今まで戦ってきた怪人達に比べるとかなり手強いものを感じる。

  しかし、楠葉もまたがむしゃらな戦いを続ける中で確実に力を上げていたのだ。

  残る怪人は二体。さきほど楠葉が回避した拳の怪人と他の怪人達に足蹴にされた猛獣型の怪人。

  (大丈夫……よく見て戦えばきっと勝てる……)

  そうつぶやきながら構える楠葉。しかし……その瞬間、足場がもろく崩れた。

  “えっ?”

  足下をすくわれおもむろに倒れる楠葉。

  彼女は気づいていなかった。足下を狙っていた別の地中型怪人の存在に。

  足下を取られてしまい動きを取れなくなった楠葉に迫る怪人達。

  まぎれもない危機が迫っていた。

  そして―猛獣型の怪人が楠葉めがけて飛びかかる。

  今の楠葉にはただ身をかがめる事しかできなかった―!

  [newpage]

  その瞬間、猛獣型怪人の体が思い切りはねとばされ地面に転がる。

  “え?”

  突然の状況に思わず首をかしげる楠葉だったが次の瞬間その目に飛び込んだ存在に目を見開いてしまった。

  “え……まさか……!?”

  楠葉の目の前に現れた存在。それは楠葉と同じ女性型バッタ怪人―バッタ女だった。

  ただ楠葉と違うのはその体はグレーと言うか銀と言うかよくわからない色の外骨格を持ち、その瞳は緑の輝きをたたえていた。

  そしてさらに楠葉が目の前の存在をバッタ女と確信した最大の要因、それは……。

  “この人もわたしと同じ―!”

  楠葉の感覚が捕らえていた。目の前にいる銀色のバッタ女は自分と同じ様にその姿に変身する力を持たされた人間だと言う事を。

  そしてその証とも言うのだろうか。楠葉と同じ位置―ヘソの辺りに緑色の宝玉が輝いている。

  突如として現れたその存在……楠葉でさえ警戒をせずにはいられなかった。

  銀色のバッタ女は包囲と警戒を意に介しているのかいないのか、静かに佇む様に構えている。

  かなり強烈に決まっていた様だが急所には届いていなかったのか猛獣型怪人がうめきながらも起き上がるのを守る様に拳の怪人が銀色のバッタ女に襲い掛かる。

  しかし、その攻撃は銀色のバッタ女に軽々とかわされる。

  狙いを見切ったかの様に跳びはねる銀色のバッタ女に翻弄される拳の怪人。

  さらに銀色のバッタ女は飛び跳ねながらも拳の怪人を何度も踏みつけていく。

  そのダメージが怒りをさらに増しているのだろうか、拳の怪人はその拳に渾身の力を込め銀色のバッタ女めがけて殴りつける。

  銀色のバッタ女はそれを紙一重でかわし拳はそのまま崩れた地面にめり込んでしまう。

  一方楠葉もその混乱でできた隙を突いて渾身の力で跳躍し地面から飛び上がり、その中から現れた地中型怪人の攻撃を回避する。

  そのまま一気に地中型怪人に急降下でキックを……と行きたかったが地中型怪人は楠葉を仕留め損ねたあと再び地中に潜り今度は銀色のバッタ女に襲い掛かる。

  完全な奇襲で地面から背後を襲いかかる―はずだった地中型怪人のみぞおちに銀色のバッタ女の裏拳が突き刺さり、地中型怪人は燃え尽きながら地中に消えていった。

  そこに今度こそとばかり拳の怪人が襲い掛かるが銀色のバッタ女は軽く身をかわすと怪人の拳を受け流し空いた隙を突いて腕の関節に手刀を打ち込む。

  腕を砕かれたのか激しくもがき苦しむ怪人にさらに追い打ちをかける様に銀色のバッタ女は高く飛び上がるとそのまま一気に怪人のうなじにパンチを決める。

  これまでの踏みつけによるダメージの蓄積もあり、怪人はその一撃で燃え尽きる。

  その勢いで着地した銀色のバッタ女の足下を穿つべくようやく再起した猛獣型怪人が襲い掛かる。

  “危ない!”

  楠葉が思わず叫ぶのに合わせる様に銀色のバッタ女は怪人めがけて跳びかかる。

  紙一重で攻撃をかわされた猛獣型怪人だがそれを気にする事もなく銀色のバッタ女に再度襲い掛かる。

  それを見越していたかの様に銀色のバッタ女は跳びかかった状態から地面で前転し起き上がると―振り向きざま猛獣型怪人に回し蹴りを放った。

  急所にまともに蹴りが入り猛獣型怪人はなすすべもなく燃え尽きた。

  [newpage]

  “……”

  猛獣型怪人を撃破ししばし呼吸を整えている銀色のバッタ女。

  これもこれ以上他に怪人がいないと言う事を察知してゆえの動きだろうか。

  その一部始終を見ていた楠葉は自然とその姿に声をかけようとするが先に動いたのはやはり銀色のバッタ女の方だった。

  “あなた、がむしゃらに戦うだけでは勝てるものも勝てないわよ。もう少し冷静に考えて動く事も覚えなさい。あなたが今やるべき事を果たす為にも……”

  冷静・辛辣な中にもどこか気づかう様なものを込めたその言葉に楠葉は一瞬動きを止めてしまう。

  そして銀色のバッタ女は静かに顔を上に上げる。

  “「ルナプス」―私の名前。そしてあなたの味方。また会いましょう、「ソルクス」”

  そう告げるとルナプスと名乗った銀色のバッタ女はその身を夜空高く飛び上がらせいずこへと無く消えていった。

  “ルナプス……あの人、一体誰なのかしら……そしてソルクスって今のわたしの事……?“

  ルナプスが消えた向こうを見つめながら楠葉はしばし色々な思いにふけっていた。

  もしルナプスともう一度会う事があればもっと色々な事が聞けるかも知れない。

  今の自分の姿の意味と理由、なすべき事、それに……。

  そこでふと楠葉は我に返る。

  “そうだ!レポートを書かなきゃ!”

  怪人達の脅威がひとまず去った以上今彼女がすべき事は一つしか無い。

  色々後ろ髪を引かれる思いをあえて振り払い楠葉は大急ぎで元来た道を駆け抜ける。

  駆け抜けた先にある物陰に黒いバッタ女が猛然と飛び込み……しばしがさがさと草木の揺れる音がしたあとそこから買い物袋を手にほんのり顔を赤らめた私服姿の女性―楠葉が現れる。

  「……早く……帰らないと……レポート……書かなくちゃ……」

  変身解除の余韻と軽い疲労感に浸りながらも楠葉は自分をなんとか奮い立たせて改めて帰路に着いていった。

  それと時を同じくした頃。

  楠葉のいた場所とはまた別の場所。

  銀色のバッタ女―ルナプスが物陰にすっと飛び込む様に降り立つ。

  “―うっ……あ……あん……“

  がさがさと草の揺れる中苦痛にうめき、快感に酔う甘い声が漏れる。

  その声が止まったあと草陰から何かの影が立つ。

  暗闇ではっきり見えないが何一つ身に着けていないらしいそのシルエットはしなやかさとスレンダーさを兼ね備えた女性のようだ。

  ルナプス―だった女性はそのまま少しだけ草陰の中を歩くと再び身をかがめがさがさと音を立てる。

  一応着衣を身に着けたらしい女性はふとため息を漏らすとそのままその場を去って行った。

  その姿は誰にも気づかれる事はなく……。

  第三部前編・了