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病魔 発症編

  [chapter:シリウスの行方]

  翌朝。朝食を持った有紀が席を捜していると、見慣れた二人を見つけて声を掛けた。

  「デイビット、ルイ、おはよう」

  「おはよう、有紀くん」

  「グッドモーニング~学」

  「相席してもいいかな」

  「いいわよ」

  「気にせずに座れよ」

  有紀が着席して朝食を食べ始めると、食べ終えた朝食を片付けようとしているローレンスが声を掛けてきた。

  「有紀、おはよう」

  「あ!ローレンス隊長。おはようございます」

  「「おはようございます」」

  「食事中にすまんがバルジを知らんか?」

  「バルジ隊長…ですか?」

  「そう言えばまだ見掛けていませんけど」

  「どうかされたんすか?」

  「そうか。いや…いつもこの時間で共に食事をしているのだが、いつまで経っても現れなくてな。念の為、確認をしただけだ」

  「そうですか。お力になれずにすみません」

  「別に構わん。ただ今日の合同任務の打ち合わせがある。見掛けたら連絡を寄越すように伝えてくれ」

  「分かりました。必ず伝えます」

  「頼むぞ。では失礼する」

  ローレンスがその場から立ち去ると、一同は食事をしながら雑談を始めた。

  「ふぅ……まさかローレンス隊長から声かけされるとは思わなかったな」

  「そうね。そういえば…今日はケフェウス小隊と合同任務だったわね」

  「だな。まぁ!その事は置いておいて…気になるのはバルジ隊長だな」

  「……ん?なにが気になるんだい?」

  「だってよ。要するに朝飯を食べに来てねぇって事だろ。あの隊長にしては変じゃねぇか?」

  「別に食堂でしか朝食を食べられないって事でもないでしょ?」

  「そうだよ。もしかしたら売店で買って済ませているかも知れないだろ?」

  「……それもそうか。よっし!なら、賭けをしようぜ?」

  「賭け?」

  「何を賭けるのよ?」

  「隊長が朝飯を食ったか、食ってねぇかでだよ。俺は食べてない方に賭けるが、おめぇらはどうする?」

  「もう!デイビットったら。そんな恐ろしい賭け事できるわけがないじゃない!」

  「そうだよ。もし隊長に賭け事がバレたら大目玉だよ!」

  「ぎゃはは、それもそうだな。わりぃ」

  談笑を済ませたシリウス一同は朝食を片付けて待機室に向かった。

  一同がいつものように待機室へ入室すると、デイビットが異変を感じた。

  「おはようございます……ってあれぇ?」

  「どうしたんだい?」

  「バルジ隊長……いねぇな」

  デイビットからの言葉を聞いて、室内を見渡すが誰もいなかった。

  「変ね…いつもならこの時間には必ずいるのに…」

  「どこかに出かけているのかな?」

  「まっ!とりあえず、このまま待ってみようぜ」

  少し不安を抱えたまま、一同は一先ず待機をすることにした。

  勤務時間開始15分前。

  一同がソファーに腰掛けながら黙って待機をしていたが、一向にバルジが現れる気配がなかった。

  「隊長……来ないわね」

  「あと15分で勤務開始なのにどうしたんだろ…」

  「流石に変だな。ルイ、試しに電話を掛けてみたらどうだ?」

  「……そうね。一度やってみるわ」

  ルイがポケットから携帯を取り出して、連絡を試みた。

  ピロロロ………

  しばらくコールを続けるが、応答はなかった。

  「……ダメね。出てくれないわ」

  「何か急用でもあったのかな」

  「だったら、まず俺たちに一報するだろ。あの隊長が音信不通なんて普通あり得ねぇぜ」

  「そうだよな。じゃあ…本当にどうしたんだろう…」

  有紀が隣で俯いているのをみたデイビットも徐々に嫌な予感が過ぎっていた。

  「……しゃあねぇ。こんな時はこれだな」

  デイビットが徐にポケットからお馴染みのコインを取り出し、いつものようにコイントスをする。

  チャリーーーン、パチン!

  デイビットがゆっくり手の甲を確認すると、一気に表情を曇らせた。

  「学……」

  「…なんだい、デイビット」

  「悪ぃけど、俺に付いて来てくれねぇか?」

  「いいけど……どこに行くんだい?」

  「バルジ隊長の自室だ」

  「え?どうして…」

  「これだよ」

  ぶっきらぼうに告げると、デイビットは自身の手の甲を見せた。

  そこには千年女王の微笑みはなく、裏側のコインがあった。

  「……分かった。一緒に行くよ」

  「あんがとな。ルイはここで待機していてくれ。もし隊長が来たら連絡してくれよ」

  「分かったわ」

  その後、男二人は疑心暗鬼のまま、バルジの自室へ向かった。

  「でも、どうしてバルジ隊長の自室なんだい?」

  「そりゃ~俺の勘だぜ」

  「勘ね……でもこういう時のデイビットの勘ってよく当たるから怖いよ」

  「そりゃ褒めてるのか?」

  「褒めてもなにも出ないだろ」

  「ぎゃはは、確かにな」

  呑気に会話をしていると、あっという間にバルジの自室前に着いた。

  「着いちゃった……」

  「だな。とりあえずノックをしてみるぜ」

  デイビットは扉前に立つと、軽い気持ちでノックを始める。

  コンコン!

  「隊長!おはようございます。デイビットです!勤務時間なのでお迎えに来ました」

  かなり大声で声かけをするが、応答がない。

  「応答……ねぇな。(ドンドン!)隊長!デイビットです!いるなら返事してくださいよ!」

  再びのノックでも変わらず返答がなかった。

  「……ダメだな。てことは、やっぱどっかに行ってんのかな…」

  腰に手をついて考えていると、隣にいる有紀がボソッと呟いた。

  「もしかしたら……まだ寝ているんじゃないかな?」

  「あの隊長が寝坊ってか?そんなん通常じゃあり得ねぇだろ」

  「でも昨日はかなり疲労困憊だっただろ。なら爆睡しているっていうのもあるんじゃないかな」

  「……だったらいいけどよ。んなら、おめぇもやってみろよ」

  「……分かったよ」

  立ち位置を入れ替わって、今度は有紀が大声で声かけを始める。

  コンコン! コンコン!

  「バルジ隊長。おはようございます。有紀です。お出迎えに来ました!」

  有紀も試みるも、やはり返答がない。

  状態が変わらない事に少しイラッとした有紀は先程より過激に声かけをする。

  ドンドン! ドンドン!

  「バルジ隊長!もう朝ですよ!いい加減に起きてください!!」

  (おいおい…どっかのオカンかよ)

  後方のデイビットが少し呆気に取られる中でも、中から返答はなかった。

  「はぁ……ダメだよ。やっぱり返答がない」

  「みてぇだな。こんだけ怒鳴ってもダメなら爆睡っていう線はゼロだな」

  「じゃあ……やっぱりどっかに行っているって事?」

  「現状それしかねぇだろ。しゃあねぇ。ダメ元でもう一回コールしてみるか」

  デイビットが徐にポケットから携帯を出して連絡を試みた。

  ピロロロ…

  「「ッ?!」」

  コールを始めた瞬間、部屋の方から着信音が聞こえ二人は硬直した。

  「おい………着信音が部屋から聞こえるような気がするが……気のせいか?」

  「……いいえ。俺にもちゃんと聞こえています」

  「てことは、携帯は部屋の中にあるって事だな」

  「でも…あのバルジ隊長が携帯を忘れるなんてこと…ありますか?」

  「絶対にあり得ねぇ」

  着信音を聞いた直後、二人の危機感は一気に高まった。

  急激に嫌な予感がした有紀が慌てて開閉スイッチに手を当てると突然ドアが開いた。

  ウィーーーーン

  「「ッ?!」」

  突然開いたことで硬直している最中でもボソッと声が漏れる。

  「鍵が………開いてる。ど、どうする?デイビット」

  「本来なら控えるべきだが、今は非常事態だ。とりあえず室内を確認するぜ」

  「了解!」

  相互確認を済ませると、二人は恐る恐る部屋に入室した。

  薄暗い室内をゆっくり進みながら、周囲を見渡すが誰も見当たらない。

  「バルジ…隊長?」

  「……いねぇみてぇだな」

  「だけど、間違えなく部屋の中から着信音がしたよ」

  「だよな。んなら、もう一度掛けてみっか」

  デイビットが再度コールをすると、先程よりも鮮明に部屋の中で着信音がした。

  ピロロロロロロロ…

  「………やっぱり聞こえる」

  「だな。どうやらこっちみたいだ。学、悪ぃけど電気を付けてくれ」

  「え?どうしてだい」

  「おめぇな。もし床に携帯が落っこちていたら、見つけられねぇだろ」

  「あ……それもそうだな。今、つけるよ」

  有紀が照明のスイッチを探している中、音を頼りに部屋の奥に入ると入り口から死角になっているデスク横の床に携帯を発見する。

  「お!あった…」

  デイビットが床に落ちていた携帯を拾うと、すぐ横に人影があった。

  「…………え?」

  デイビットが思わず絶句した瞬間、部屋の明かりが灯され、その人影が誰か一目で理解した。

  「ば……ば……」

  「デイビット、何か見つけたの……か……っ?!」

  二人が目にしたのは隊服姿のままうつ伏せ状態で倒れていたバルジだった。

  状況を理解した有紀は大きく瞳を開いて思わず大声で叫んだ。

  「ば、バルジ隊長!!!!!」

  驚愕している有紀より先にデイビットが駆け寄った。

  「バルジ隊長、隊長!しっかりしてくださいよ!!」

  デイビットが咄嗟に仰向けにさせて状態を確認すると、バルジは額に大量の汗を流しながら気絶していた。

  「デイビット。バルジ隊長……死んでいるのかい?」

  「…大丈夫だ。まだ息はある」

  「ほ、本当かい?!」

  「あぁ。けど、すげぇ汗だ。こりゃタダの疲労でぶっ倒れたんじゃねぇな」

  デイビットは体温確認をする為、自身のグローブを外した。

  「隊長、失礼します」

  一言告げてから額に手を当てると、手のひらから伝わる熱に驚愕した。

  「あっち!おいおい…こりゃ間違えなく40℃越えだぞ」

  「え?!本当かい!デイビット」

  「あぁ。素人でもわかるレベルだぜ。多分、昨日あの後風邪を拗らせちまったんだ」

  「で、でも……なんでこんなところに倒れていたんだろう。調子が悪くなって連絡しようとしていたのかな…」

  「いんや……違ぇな。この様子じゃ、昨日からここで倒れてたんだろ」

  「え?き、昨日から?!どうしてそう思うんだよ」

  「だってよ、見ろよ。スカーフまでびしょびしょだぜ」

  デイビットが指を差して見ると、確かに首元のスカーフがびっしょりとしていた。

  「ほ、本当だ……」

  「朝から着替えていたらこんなにならねぇ。つまり昨日のままって事だ」

  「そんな…」

  状況を理解した有紀は自身を悔やんでいた。何故、あの時もっと説得をしなかったのかと。過ぎたことを悔やんでもどうにもならない事を察したデイビットはすぐに指示を出した。

  「学!ボケッとするな。ともかく今は救急処置だろ!」

  「ご、ごめん。で、俺はどうしたらいい?」

  「俺ができる限りの事をするから、おめぇはユキに連絡してくれ」

  「分かった!」

  その後デイビットが救急処置をしている最中、有紀はユキに連絡を行った。

  [newpage][chapter:救急処置]

  数分後、連絡を受けたユキは救急セットを持って自室までやって来た。

  「有紀さん、デイビットさん、お待たせしました!」

  「ユキ!」

  「おお!地獄に仏だな。とりあえず楽な状態にはしたから、後は任せてもいいか?」

  「デイビットさん、ありがとうございます。一先ず診察をしますので、隊長をベッドに移動させてください」

  「了解。学、手伝ってくれ」

  「はい!」

  指示を受けた二人はバルジの両肩を抱えてベッドへ移動させた。

  ユキの診察が始まると、有紀とデイビットは少し離れたところで心配そうに眺めていた。

  「ユキ…バルジ隊長どうだい?」

  「採血をしてみないと病状は確定しませんが、恐らくルイさんと同様で新型の風邪と思われます」

  「やっぱルイの風邪が移ったか」

  「ユキ、バルジ隊長…死んだりしないよな」

  「現状では命に別状はありません。ただ…」

  「ただ…なんだい?」

  「放置していた時間が長いので、今は意識が戻らないのが心配です。発見した時から意識はありませんでしたか?」

  「あぁ。一応、何度か揺すったりしてみたがダメだったぜ」

  「そうですか……困りましたね」

  診察をしながら珍しく思い悩んでいるユキが見守っていた有紀をより不安にさせた。

  「あの……ユキ。何か問題でもあるのかい?」

  「高熱で一番恐ろしいのは脳への影響です。長時間放置されていたことを考慮すると、早々に意識確認を行いたいのですが……」

  「なるほど。起きてくれなきゃ受け答えの確認も出来ねぇってわけか」

  「その通りです。このまま意識が戻らないと脳にどれだけダメージを受けているか確認できません。場合によっては今後の任務にも影響が出る後遺症があるかもしれません」

  「そ、そんな……」

  予想外の事態に有紀が悲痛な顔をしている中、先輩のデイビットが肩を叩いた。

  「そんなに落ち込むなよ、学」

  「でも……」

  「まだ任務に影響が出るほどの後遺症がでたって確定したわけじゃねぇだろ」

  「それはそうだけど……だけど」

  「俺たちの隊長はこんなところでリタイアする人じゃねぇよ。今は隊長の生命力に賭けるしかねぇ。そうだろ、学」

  肩を掴みながら微笑んで告げた言葉に有紀は溢れかけた涙を拭った。

  「くすん……そうだよな。今は隊長を信じるしかないよな」

  「だな。よし!とりあえず俺は藤堂司令に状況報告をしてくる。おめぇはユキと一緒に隊長の看病を頼んでもいいか?」

  「……了解!任せてくれ」

  「頼んだぜ」

  二人の話を聞いていたユキはあることが気がかりになり、咄嗟に話へ介入した。

  「あの…もしかして、有紀さんはここに残るのですか?」

  「……ん?そうだけど、何か問題があるのかい?」

  「問題も何も、それでは有紀さんが感染する可能性があります!」

  必死に告げた事に二人は顔を合わせてケロッと応えた。

  「……そりゃ今更だろ」

  「そうだよ。もう俺たちべったり隊長に触れているからさ」

  「た、確かにそうですが…まだ感染の猶予があります。できるだけ控えた方がいいと思いますよ」

  「でもさ、ルイならともかく隊長は体が大きいからユキだけじゃ大変だろ」

  「そうだぜ。ここは男手を借りた方がいいと思うぜ」

  「ですが……」

  いくら説得しても納得しない様子に有紀はユキの手を掴んで真剣な瞳で告げた。

  「ゆ、有紀さん?」

  「ユキ。実は俺、昨日隊長の異変に気が付いていたんだ。でも…隊長の言葉に押し巻けちゃって…見過ごしちゃったんだ」

  「有紀さん……」

  「だからこそ……今は隊長の力になりたいんだ。だから…手伝うことを許可してくれよ、ユキ」

  曇り無き眼で告げられた事に流石のセクサロイドのユキも気持ちに押し巻けた。

  「………分かりました。では、お手伝いをしてもらう条件としてこれを身につけてください」

  ユキが差し出したのは、マスクと医療用手袋。

  渡されたマスクと医療用手袋を何の躊躇もなく身に着けた。

  「ありがとう、ユキ。何でもやるから遠慮無く指示をしてくれ」

  「よろしくお願いします」

  二人の様子を確認したデイビットは最後に二人に告げた。

  「んじゃ。隊長の事は任せたぜ。何か変化があったら連絡してくれ」

  「「了解」」

  デイビットが退出すると、二人は早速作業に入った。

  有紀はユキの指示でびしょ濡れになった隊服を脱がして、濡れタオルで丁寧に体を拭く作業を行っていた。

  未だに意識無しのまま横たわるバルジの体を拭きながら、採血をしているユキに話しかけた。

  「ユキ……」

  「どうかしましたか?有紀さん」

  「俺……こんな隊長、初めてみたよ。隊長もやっぱり人間なんだな」

  丁寧に体を拭きながらぼやいている姿に対してユキは少し微笑んで応えた。

  「そうですよ。バルジ隊長も人間です。勿論、有紀さんや他の皆さんも。だから体は大切にしてくださいね」

  「そうだな。でもそれはまずバルジ隊長に伝えないといけないよな」

  「そうですね。お目覚めになったらしっかりとお説教をしないといけませんね」

  「お、お説教って……ユキからだとなんか恐ろしいな」

  「これもシリウス小隊の医療エキスパートとしての勤めですよ」

  話ながらまるで聖母のような笑みを溢している様子に少し身震いがした。

  その後、体を拭き終わるとユキが用意した患者服に着替えをさせた。

  頭には冷えピタと氷枕をセットして、ユキは脱水症状緩和の為に点滴を投与した。

  一通りの作業が終わると、二人は近くの椅子に腰掛けながら監察した。

  「ふぅ…とりあえずこれでいいかい、ユキ」

  「はい。お手伝いありがとうございます、有紀さん」

  「それはいいけど、この後はどうするんだい?」

  「そうですね……あとは対処療法をしつつ、意識が回復するのを待つしかありません」

  「意識か……これだけ色々しても結局起きなかったな」

  「恐らく、今の体は生命維持を最優先にしているのでしょう。免疫細胞に余裕ができれば意識も回復するはずです」

  「そっか。じゃあ…今は信じて待つしかないよな…」

  「そうですね…」

  作業を終えた二人は静かにバルジの意識が戻るのを待った。

  それから1時間後。

  二人が黙って見守る中、静かな部屋に呻き声が聞こえた。

  『……ぅ……んッ……』

  「……ん?ユキ!今のって?!」

  「はい。バルジ隊長!私です。ユキです。目を覚ましてください!」

  声を認識したユキが必死に声かけをすると、閉ざされていた瞼が徐々に開かれていく。

  『ぅ…うっ……んっ……』

  「隊長!気がつきましたか!」

  「バルジ隊長!有紀です!俺の事、分かりますか?!」

  二人が必死に声かけを続ける中、ぼんやりしているバルジは掠れる声でゆっくり言葉を出した。

  『ユ…キ……有…紀……どう…した…そんな…顔をして?』

  掠れながらも自我を認識した有紀は一気に安堵の顔をした。

  「良かった……俺たちの事は分かるみたいだよ」

  「そのようですね。隊長、今のご自身の状況は理解されていますか?」

  『状況……?ここは……俺の…部屋だろ?』

  「その通りです。ですがつい先程まで隊長は意識を飛ばして部屋の床に倒れていました。その事は覚えておられますか?」

  『床に……倒れていた…だと。ほ、本当…か』

  「本当です。ちなみにいつ頃倒れたか覚えておられますか?」

  ユキの質問に朦朧としながら昨日の事を振り返ってみた。

  『昨日は……帰ってから……突然……頭痛がして……駄目だ……それ以上は…思い出せん』

  「記憶の状態からして昨日の夕方からとみて良さそうですね」

  『あぁ…恐らく。それで……倒れていた…俺を……誰が…見つけた?』

  「第一発見者は有紀さんとデイビットさんです。デイビットさんは藤堂司令にご連絡するために退出されました。有紀さんには今まで私のサポートをしてもらっていました」

  『有紀……が?』

  話を聞いたバルジが脱力した瞳で有紀を見つめた。

  「その…勝手に部屋に入室した事はすみませんでした。でも…どうしても心配になってしまって…それで…」

  無断入室したことを叱られると思いおどおどしている姿にバルジは優しい声で返答した。

  『……ありがとう、有紀』

  「……へ?」

  『お前達が……見つけてくれたおかげで……俺は助かったのだろ。……感謝する』

  「は、はい……」

  普段言われることがない感謝の言葉に少し照れくさそうにしていると、突然バルジは体を無理矢理起こそうとする。

  『うっ……くっ……』

  「ちょ、ちょっと!何しているんですか!!」

  『何って……もう勤務時間だろ。だから…準備をと…』

  「ば、馬鹿言わないでください!ついさっきまで意識ぶっ飛ばして倒れていたんですよ!そんな体で仕事なんてできるわけがないでしょ!!!」

  『だが……俺は小隊長だ。席を外すわけには……いかんだろ』

  「何を言っているんですか、バル…」

  突然の行動に再び怒号を飛ばそうとすると、隣にいたユキが静かに制止した。

  「有紀さん、お静かに」

  「ゆ、ユキ?」

  静かに諭したユキの顔は聖母のような笑みの中に何処か恐ろしいオーラを感じる。

  「バルジ隊長、無理はよくありません。そのまま横になってください」

  『いや……だから俺は……』

  「あら、言い方が悪かったでしょうか。なら……ハッキリお伝えしますね」

  「えっ…」

  『あっ……あの……』

  「今すぐ……横になりなさい」

  依然として聖母のような笑みをしながら、溢した声は酷く圧し籠もっており、一言で怒りのオーラを感じた。

  『……は……はい』

  流石に危機感を持ったバルジはそのまま指示に従い再びベッドへ横になった。

  その様子を隣で眺めていた有紀は全身で恐怖を感じていた。

  (ユキがあんな低音で話すなんて…意外だな。というか、バルジ隊長……ヤケに素直だな。まぁ、こんなおっかないユキを見たら従うしかないよな…)

  有紀が内心でぼやいている頃、横になった事を確認したユキは検査キットを取り出してバルジに見せつけていた。

  「隊長。これが何か…分かりますか?」

  『いや……分からん』

  「隊長が眠っている間にウイルス血液検査を行いました。こちらがその結果です」

  『そ、そうか……で、結果は?』

  「新型の風邪が陽性です。つまり完全に風邪を引かれています」

  『俺が……風邪を…引いたのか?』

  「はい。それも一般よりも重症化しています。恐らく遺伝も関係があるかと思いますが、感染拡大防止の為、完治するまでは隔離とさせて頂きます。当然、仕事も病欠です」

  『そうか……これは…困ったな。で…これから…どうするのだ?』

  「今後はルイさん同様で対処療法で経過観察を行います。今は状態も安定してきていますが、回復するまでは安静にしていてください。絶対にフラフラと歩き回らないでください。分かりましたね」

  『………分かったよ。どの道……体が動かんし……ユキの指示に従う』

  威圧的に告げられた事でバルジが観念すると、隣にいた有紀が声を掛けた。

  「隊長、そんなに落ち込まないでください。療養期間中は俺も手伝いにきますから」

  ニッコリしながら告げた有紀の言葉に対してバルジは淡泊に答えた。

  『………それはいらん』

  「……え?ど、どうしてですか?!」

  『子供じゃない。自分のことは…自分でできる』

  「確かに子供じゃありませんけど、風邪を引くのは初めてでしょ?なら誰かが側にいた方が…」

  『大丈夫だ。それに……これ以上…他の隊員に…迷惑を…掛けるわけにはいかん』

  「迷惑って……」

  『ユキも…必要なものを…置いてくれたらいい。二人とも…もう…勤務時間だろ。任務に…戻ってくれ』

  「隊長……」

  完全に拒絶されてしまったことに落ち込む有紀に対して、横にいたユキは指示を受領した。

  「……分かりました。では、携帯を枕元に置いておきます。定期的に回診にきますが、異常があればすぐに連絡ください」

  『すまんな……ありがとう』

  「いえ。では有紀さん、行きましょう」

  「え?あ、あぁ…」

  依然として辛そうに横たわるバルジを残して二人は部屋を後にした。

  [newpage][chapter:罹る者と罹らない者]

  二人がミーティングルームに入室すると、デイビットとルイの他にローレンスが待機していた。

  「ただいま……って、ローレンス隊長???」

  「ご苦労だったな、有紀、ユキ」

  「どうして…ローレンス隊長がこちらにおられるのですか?」

  「相変わらずバルジと連絡ができんから、こちらに出向いた。デイビットからの事情を聞いたが、アイツは風邪を拗らせて自室でぶっ倒れていたのか」

  「は、はい……。俺たちが見つけた時はすごい熱で意識もありませんでした」

  「……そうか。それは朝から心臓に悪いな。それで、ユキ。今のアイツの容態はどうなのだ?」

  「はい。未だに40℃の熱はありますが、命に別状はありません。先程、意識も回復しましたし、受け答えにも問題ありませんでした」

  「そうか。で、今後の処置は?」

  「あとは対処療法でしばらく休養するしかありません」

  「……そうか。はぁ……全く。まさか倒れるまで我慢するとは、呆れたものだな」

  「多分、風邪と気づかなかったのだと思います」

  「………なんだと?そんな馬鹿な事はあり得ないだろ」

  「それが……あるんですよ。隊長は人生で一度も風邪を引いたことがないと仰っていましたので」

  「なっ?!それは本当なのか?」

  「はい。ローレンス隊長はご存じなかったのですか?」

  「別にアイツと生涯ともにしているわけではないからな。そうか……全く。どこまで変わり者なのだ…」

  「そうですね…」

  常識外れの事に二人で呆れていると、黙っていたデイビットが尋ねた。

  「そんで、バルジ隊長が病欠ですけど、今日の合同任務はどうなるんですか?」

  「ん?あぁその事か。先程藤堂司令からご連絡があって、一先ず俺がシリウスとケフェウスの総指揮官になった。任務については時機に命令が下るはずだ」

  「そうっすか。了解しました…」

  任務の事を確認している最中、有紀は少し俯いていることに気が付いたルイが思わず声を掛けた。

  「どうしたの?有紀くん」

  「………え?なにがだい?」

  「なんか……元気ないな~って思ったから」

  「そ、そんなことないよ!」

  ルイからの問いかけに全力で否定している様子をみたローレンスも声を掛けた。

  「有紀、お前……ずっとバルジの事を考えていたのだろ」

  「え?ど、どうして分かったんですか?!」

  「お前の顔を見ていればそれくらいすぐに分かる。だが少々心配しすぎではないか?」

  「す、すみません……」

  「別に謝罪を求めたわけではない。何か深い理由でもあるのではないか?」

  「それは……」

  突然の追及に言葉を詰まられていると、見透かしたローレンスは少し微笑んで告げた。

  「大方、父親の面影と重ねてしまったと言ったところか」

  「え?は……はい。その通りです」

  正直に応える姿を見て、内心でも心情を理解していた。

  (まぁ、確かにあの有紀隊長も風邪でぶっ倒れてカンナさんに叱られたという武勇伝がある。内容からしても重ねてしまうのは無理もないか)

  明らかにへこんでいる有紀を見て、ローレンスはそっとため息を吐いた。

  「はぁ……全く。困った親子だ」

  「親子って…別にそんなんじゃ…」

  意外な言葉に取り乱している中、ローレンスはキリッとして告げた。

  「有紀!」

  「は、はい!」

  「これは総指揮官としての命令だ。今日一日、お前にバルジの介助担当を言い渡す」

  「えっ?!」

  突然の命令に困惑すると、すかさず問いかけた。

  「な、なんで俺がバルジ隊長の介助担当なんですか?それはユキの方が…」

  「ユキは医療担当だ。介助まで任せては負担が大きいし、アイツも同性のお前の方が気も楽になるだろ」

  「それは…そうかもしれませんけど。でもついさっき『自分の事は自分でできる』って看病を断られてしまったばかりで…」

  目を逸らしながら告げた言葉にローレンスは頭を抱えた。

  (全く…あの馬鹿が。40℃の高熱で真面に動けるはずがないだろうに。まぁ…恐らく今頃、身をもって実感している頃だろうがな)

  「…ふん。ならば俺の命令だと言っておけ。アイツの性格上、命令には逆らえないからな」

  「ローレンス隊長。本当に…いいんですか?」

  「なにがだ」

  「その…俺が隊長の看病に行っても大丈夫でしょうか」

  「……それは感染の事を言っているのか」

  「は、はい」

  再び俯いて尋ねてくる姿にローレンスは再度ため息を吐いた。

  「はぁ……お前な。その心配を今頃するのか」

  「え?あ……そう言われたらそうですけど」

  「大体な、その間抜けすぎる行動であることに気付かんのか」

  「あること………ですか?」

  「ならば『馬鹿者ども』と言ったらどうだ?」

  「馬鹿者………あっ!」

  ローレンスの話を聞いてあることに気が付いた有紀は一気に笑みを溢した。

  「分かりました、ローレンス隊長!じゃあ、行ってきます」

  「何かあれば連絡する。アイツの事を任せたぞ」

  「了解!」

  姿勢を正して敬礼をすると、近くにいたユキが声を掛けた。

  「有紀さん、隊長の自室に行く前に医局へ向かってください」

  「医局?なんでだい?」

  「先程依頼したお薬が出来上がっているはずです。ついでに受け取って隊長に服用させてください」

  「……分かったよ。任せてくれ」

  「ふふ、お願いしますね」

  相互確認を終えた有紀は急ぎ足でミーティングルームを後にした。

  残された一同はその嬉しそうな後ろ姿に少し笑みが溢れていた。

  「嬉しそうだったな。学の奴」

  「そうね。まるではしゃぐ子供ね」

  「まぁ、有紀隊長も中々ご実家には帰らなかったからな。バルジを父親と同じように感じているのだろ」

  「そっか。でも良かったんですか?あんなことを許可しても」

  「あぁ。問題ない」

  「問題無いって…でも…」

  依然として心配そうにしている姿に今度はデイビットが尋ねた。

  「ん?なにをそんなに心配してんだよ、ルイ」

  「だって、もし風邪が移ったりしたら二次災害になっちゃうでしょ?」

  「……おめぇ。感染源でよく言えるな」

  「それはそれよ。で、ローレンス隊長のお考えをお聞きしてもいいですか?」

  再びルイが尋ねると、ローレンスは腕を組んでキッパリと答えた。

  「その可能性はない」

  「え?ど、どうしてですか?」

  「ヒントはデイビットと有紀の共通点だ。恐らくこの二人に関しては風邪の感染への心配はいらん」

  「お、俺もっすか?」

  「一体何かしら……ユキは分かる?」

  尋ねられた事にユキがそっと考えると、あることが分かりクスッと笑みを溢した。

  「うふふ、そういう事ですか。ローレンス隊長も意地悪ですね」

  「ふん。事実を言っただけだ。お前らもこれくらい分からんようでは、まだまだお互いのコミュニケーションが足りんな」

  「ん?」「へ?」「うふふ」

  ローレンスの発言に二人は顔を合わせて頭を傾げ、ユキは再びクスリ笑いをした。

  (丁度いい機会だ。たまには親孝行も必要だろう)

  「さて……ケフェウスの連中を共用ミーティングルームで待たせている。我々も合流するぞ」

  「「「了解」」」

  その後、一同は共用ミーティングルームへ向かい、ケフェウスと合流した。

  [newpage][chapter:義理の親子]

  一方その頃、バルジはユキの指示通りに床に伏せていたが、病魔に苦しんでいた。

  「はぁ……はぁ……はぁ……」

  (熱い……。これだけ時間が経っても、全然治る気配が全くないな。まさか風邪がこんなにも難儀なものだとは想定外だ)

  「げほっ…げほっ……喉が……乾いたな…」

  咳き込みながら開いた瞳は少し離れたところのドリンクボトルをみた。

  距離でいえば、ほんの2~3歩のところにあるが、高熱でぼんやりしているバルジの感覚ではもの凄く遠く感じた。

  「げほっ…げほっ……動きたくないな……だが…やむを得ないか…」

  諦めて意を決してベッドから起こそうとするが、うまく体に力が入らない。

  「うっ……くっそ……あっ!」

  バタン!!

  起こす途中で力尽きてしまい、再びベッドへ倒れた。

  「はぁ…はぁ…だめだ。全然…力が…入らない…」

  (まさかここまで体が不自由になるとは。こんな事ならあんな強がりをせずユキに甘えれば良かった)

  自身の認識の甘さに悔やんだが、もはや再度体を動かす気力も体力もバルジには残っていなかった。

  「げほっ…げほっ…ダメ…だ…もう…動けん」

  (仕方がない。もう少し回復するまで我慢をするしかないか)

  ドリンクを取ることを諦めた瞬間、突然部屋のドアが開き、そこにはマスクをした有紀が立っていた。

  「バルジ隊長、ご加減はいかがでしょうか?」

  「げほっ…げほっ……有……紀?お前……何しにきた?」

  「ローレンス隊長の命令で、俺が隊長の介助担当になりましたので訪問しました」

  「はぁ?!何故…ローレンスが…そんな命令を?」

  「今日は合同任務の予定だったでしょ。隊長が病欠なので、藤堂司令からの指示でシリウスとケフェウスの総指揮官になっていただきました」

  「そう…だったのか…しかし…いくら命令でも…それでは…お前が感染するだろ…俺の事はいいから…お前は…げほっ!げほっ!」

  「それについては心配いりませんよ」

  「なっ?!何を言って…げほっ…げほっ…」

  「それにしても凄い咳ですね。今、ボトル持って行きますね」

  間髪入れずに答えた有紀はテーブルにあったドリンクボトルを手に取ってバルジの元へ向かう。

  「げほっ…げほっ…」

  「横では飲みづらいですね。体を起こしますので俺に掴まってください」

  正直気乗りはしなかったが、意志とは裏腹に体が水分を求めていた為、そっと有紀の腕を掴んだ。

  掴まれた事を確認して有紀は背中を支えたままゆっくりバルジを起こした。

  「げほっ…げほっ……すまん…有紀」

  「いいえ。とりあえずこれを飲んでください」

  ボトルを差し出すと、一先ずドリンクを少し飲み干し喉に潤いが戻った。

  「(ゴクン…ゴクン…)ぷはぁ……はぁ…生き返った」

  「それは良かったです。熱がある時は脱水になりやすいので、しっかり飲んでくださいね」

  にこやか話す姿に呼吸が落ち着いたバルジはある疑問を再び投げかけた。

  「有紀……先程の心配いらないとは…どういう意味だ?」

  未だに真意が見えないバルジが疑惑の瞳を浮かべていると有紀は笑顔で伝えた。

  「だって、昔から言うでしょ。馬鹿は風邪を引かないって」

  有紀からの意外な言葉に思わずバルジは一気に気が抜けて徐々に体を震わせた。

  「く…くく…くくく…」

  「あの…バルジ隊長?」

  小刻みに震えて耐えている状態に有紀がふと覗き込むと、バルジは限界を向けた。

  「あははははっ。なるほどな……これはっ……本当に大馬鹿者だな」

  腹を抱えて馬鹿笑いをしている様子に有紀も思わず笑みが溢れた。

  「あはは、これまた酷い言い方ですね。でも、遠慮無く笑ってくださいね。笑うと免疫細胞が活性化されるらしいので」

  「はははっ、そうなのか?」

  「はい。母さんからの教えです」

  「カンナさんの教えなら…本当みたいだな」

  笑いが落ち着き始めると、有紀は側にあった体温計を手に取り、そっと差し出した。

  「一先ず、もう一度体温を測ってください。あと医局からお薬をもらってきました。食後に服用する薬もあるんですけど、ご飯は食べられそうですか?」

  「ん?そうだな……朝から何も食べていないから正直腹ぺこだ。多少なら食べられると思う」

  「なら、お腹に優しいお粥を食堂で貰ってきますね」

  「そうか……手間をかけるな」

  「いえいえ、看病なんてこんなもんですよ」

  「そうか…すまんな」

  食事の話が纏まると腕に挟んでいた体温計から音が聞こえる。

  ピピピピ

  「あっ!計測終わったみたいですよ」

  「……みたいだな。どれどれ…」

  体温計を手に取ると、熱は39℃。

  「まだ……39℃か。中々下がらんものだな」

  「そう簡単には下がりませんよ」

  「げほっ…げほっ…全く…宇宙海賊より厄介だな」

  「病気なんてそんなものです。とりあえずお粥を貰ってきます。横になりますか?」

  「そうだな…げほっ…そうさせてもらう」

  有紀はバルジの背中を支えてゆっくりと横にさせた。

  「はぁ……すまんな」

  「いえ。それでは行ってきますので、ゆっくりとしていてください。それとドリンクボトルを側に置いておきますので適度に水分は取ってくださいね」

  「あぁ…分かったよ。お前も消毒だけはしていけよ」

  「あはは、了解です」

  笑みを溢しながら有紀が退出すると、残されたバルジは天井を見上げながら思いに老けていた。

  「全く……馬鹿は風邪を引かない…か。とんだ屁理屈だな」

  ゆっくり瞼を閉じると頭の中ではふと有紀隊長が殉職した時のことを思い出していた。

  あの悲惨な現場でまだ幼い学が大粒の涙を流して若かりしバルジに抱きついていた頃を。

  (あの大泣きをしていた学に看病されるとはな。あいつも知らんうちに立派になったものだ)

  成長した姿を誇らしく感じていると、自身の感情にすっと正気に戻った。

  「……いかん。これでは完全に親子だ。嫉妬した有紀隊長が化けて出てきてしまいそうだ…」

  自身の空想に思わずクスリと笑うと、そっと意識を手放して眠りについた。

  [newpage][chapter:奇妙な話題]

  食堂に出向いた有紀がお粥をオーダーしていると、近くの机で談笑しているのが聞こえる。

  「え~~~セキュリティーカードを紛失した?!」

  「ん?なんだろう…」

  声の主は、管理局オペレーターのミキとサヤカだった。

  突然の叫び声にサヤカが必死に制止させた。

  「しーーーい!声が大きいよ」

  「あんたね!あんな大事なもの紛失したら、藤堂司令にどやされるわよ」

  「そんなことは分かっているわよ。でも…変なのよ」

  「なにが?」

  「だって数分前まで使用していたのに、ふとしたら結着しているパスケースごと手元から無くなっていたのよ!変でしょ?」

  「それ、ボケッとしてコロッと落としたんでしょ!」

  「違うわよ!しっかり握りしめていたし、ちゃんと結着もしていたもの!」

  「も~~~でも、どうするの?今、丁度システム管理部局長のランべージさんとキリアンはシステム監修でディスティニーにいないわよ」

  「そうよね……本当にどうしましょう」

  二人の会話を一通り聞いた有紀は妙な感じがしていた。

  (結着していたパスケースごと手元から無くなる?それに気づかないなんて事あるのかな…)

  脳裏で考え込んでいると、食堂のおばさんが声を掛けた。

  「お待たせしました。お粥一人前ですよ」

  「……あっ、ありがとうございます」

  話が気になった有紀だったが、それよりもお粥を届ける事を優先して早々にバルジの自室に向かった。

  お粥を持って部屋に入室すると、ベッドでバルジが寝息をたてて眠っていることに安堵した。

  「……良かった。ちゃんと寝てる」

  お粥を持って近くに行くと、その寝顔をしばらくじっと眺めた。

  「隊長がこんな風に寝ているのってなんか新線だな。ふふ、こうして見ていると仕事の鬼とは思えないな…」

  眺めながら微笑んでいると静かな室内に声が聞こえる。

  「…………おい、誰が仕事の鬼だ」

  「へぇ?!」

  間抜けな声を漏らした有紀がゆっくりバルジの方を見ると数秒前まで眠っていたバルジが瞼を開いていた。

  「ば、バルジ隊長?!起きてたんですか?!」

  「はぁ……あのな。いくら眠っていてもドアが開いたら普通に気づくだろ」

  横になりながら呆れ顔で告げた言葉に対して、有紀がもの凄い小声でぼやいた。

  『いや……部屋で倒れて気絶していた人に言われてもな…』

  「……なんか言ったか?」

  「いいえ!なんでもないです。あっ!お粥を持ってきましたけど、食べますか?」

  「そうだな……では頂こうか」

  「はい。では支えますね」

  「……頼む」

  先程と同様で有紀に支えられながらバルジはゆっくり体を起こした。

  安定したことを確認してから手を離すと、お粥を御盆ごとそっと膝上に置いた。

  「移動は大変なので、ベッド上での食事でも宜しいですか?」

  「あぁ。大丈夫だ」

  「結構熱いので火傷に気をつけてくださいね」

  「あのな。俺は子供ではないぞ」

  「あっ…そうですね。失礼しました」

  「全く……まぁいい。では…いただきます」

  「ふっ。どうぞ」

  バルジがそのままベッドでお粥を食べ始めると、有紀は近くの椅子に腰掛けた。

  「食欲はありそうですね。よかった」

  「あぁ…お陰様でな。少しずつではあるが回復してきているよ」

  「そうですか。でも…」

  「無理は禁物だろ?分かっている」

  食事を進めるバルジを横に有紀はさっきの事を話すことにした。

  「そういえば、さっき食堂で奇妙なことを聞いたんです」

  「(もぐもぐ)……奇妙なこと?」

  「はい。オペレーターのミキさんとサヤカさんの会話ですけど、サヤカさんがセキュリティーカードを紛失したらしいんです」

  「(もぐもぐ)それは大変だな。だがそれのどこが奇妙なのだ?」

  「数分前まで使用していて、手元に持っていたにもかかわらず、気が付いたら無くなっていたって言っているんですよ」

  有紀が話した内容にお粥を食べながらバルジは気の抜けたように応えた。

  「それは……ボケッとしていただけではないか?」

  「やっぱり隊長もそう思いますか?でもケースは結着されていたんですよ。それに本人が直前まで握りしめていたのに落としたことに気づきませんかね」

  「気づけないほどに疲れていたのではないか?」

  「うーん。疲れか……でも食堂ではめっちゃハキハキと会話をしていましたけどね…」

  腕を組んで思い出している有紀の話を聞いて、バルジも徐々に違和感が過ぎった。

  (確かに…少し妙だな。あの藤堂司令直属の彼女らがそんなヘマをするとは思えん。それに結着しているのにパスケースごと紛失。考えられるのはチェーンが切れたか……留め具が甘かったか。どちらも可能性はかなり低いな。にしても……)

  脳裏で色々の可能性を考察していると、行き着いた結論に思わず笑みが溢れた。

  「ふっ…ふふ」

  「ん?どうしたんですか、隊長?」

  「いやな。その話が本当なら時機に管理局で藤堂司令の雷が落ちると思ってな」

  バルジからの小言を聞いて、有紀もそっと脳裏で想像してみた。

  「確かに……すっごい雷が落ちそうですね」

  「あぁ。これは巻き添えを受けないように避雷針を立てていた方がいいな」

  「……ですね」

  二人は近々起きる災いに苦笑しながら、のどかな時間を過ごしていた。

  【次回予告】 VOICE 有紀

  バルジ隊長の看病をしていると

  突然管理局にブザーが鳴り響く。

  隊長、では行ってきます

  次回、「病魔 報復編」

  俺たちは、次の駅で誰かの復讐を受ける。

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