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浴衣大作戦 前編

  季節は夏。

  我々シリウス小隊はいつものように待機所で出場待機をしていた。

  「しっかし、ここ最近本当に待機が多いな~」

  「本当にね。定期パトロール以外だと、殆どビッグワンに乗っていないものね…」

  「でも、それだけ宇宙が平和ってことでいいんじゃないかな」

  デイビット・ルイ・有紀が雑談をしているのを、バルジはコーヒーを啜りながら聞いていた。

  (出場が激減したのは確かだが、恐らくもしもの時の切り札で出し惜しみをしているな…相変わらず、出場となると、厄介な案件ばかりだ…。まぁ、平和に待機できるに超したことはない…)

  バルジが平和な日々に喜びを感じていると、デスクの電話が鳴り響いた。

  ピロロロ、ガチャ

  「はい、こちらシリウス小隊」

  『藤堂だ。バルジ、今空いているか?』

  「はい、問題ありません。どうされましたか?」

  『実は、大事な相談がある。すぐに司令長室まで来てくれるか?』

  「大事な相談…ですか」

  (この時期に相談?なんだか嫌な予感がするな…)

  「分かりました。今から伺います」

  『うむ、待っているぞ』

  ブツン

  電話が切れると、バルジは椅子から立ち上がった。

  「すまないが、藤堂司令からの呼び出しだ。しばらく席を外すから、後のことは頼むぞ」

  「「「了解」」」

  そして、バルジは諫早に司令長室へ向かった。

  司令長室前に到着すると、バルジはドアをノックする。

  コンコン…

  『どうぞ』

  「失礼いたします」

  室内に入ると、すでに藤堂とローレンスが席に掛けていた。

  「ローレンス?何故、お前までいる?」

  「お前と同じだ」

  「よく来てくれたな。まぁ座ってくれ」

  バルジは藤堂の招きにより、ローレンスの横に腰掛けた。

  「それで大事な相談とはなんでしょうか?」

  「そう構えなくていい。相談というのは、これなのだがな」

  藤堂はある一枚のチラシを机の上に出した。

  そこには『ディスティニー駅前七夕フェスタ開催』と書いてある。

  内容を見て、気の抜けたようにバルジとローレンスが尋ねた。

  「七夕……フェスタですか?」

  「これが我々となんの関係が?」

  「これは管理局企画部が考案したものだ。それにあたり、会場警備をSDFが担当することになった」

  「まさか……それを我々にしろと?」

  「本気ですか?」

  「君たちがそう思うのも無理はない。しかしずっと待機所で待機するのも退屈だろ。駅前ならば、いざとなれば担当を切り替えて緊急出場要請をかけることも可能で、一石二鳥だろ?」

  ((いや…都合良く利用しているだけではないか))

  「別に退屈ではありませんし…」

  「お気遣い頂かなくて結構です」

  「そう言うな。君たちに依頼するのは、それだけが理由ではない。チラシをよく見てくれ」

  藤堂の言葉にバルジとローレンスは再度チラシに注目をする。

  「問題はここだ。会場内は全員浴衣着用必須」

  「はぁ…それのどこに問題が?」

  「企画部の連中から釘を刺されてな。会場警備をするにあたり、隊服及び武器の携帯を不可とすると言われている」

  「「はぁ?!」」

  予想外の発言に流石のバルジとローレンスも猛反発する。

  「とは言っても我々はSDFですよ。隊服で警備するのは当たり前ではありませんか?!」

  「それに武器不携帯ってどうやって警備をしろというのですか?!」

  「だから君たちに依頼したのだろ?こんな無茶ぶりを乗り越えられるのは、君たちしか思いつかん」

  ((そう思うなら、きっぱり断ればいいだろ!!!))

  心の中で文句を叫ぶ二人。

  「全く…それで、我々にどうしろと言うのですか?」

  呆れ顔のバルジが徐に尋ねると、藤堂が説明をする。

  「企画部の要望は、会場の雰囲気を乱すなと言うことだ。なので、シリウス・ケフェウス小隊には浴衣姿で会場入りをしてもらい、会場になじみながら、隠密行動で警備をしてもらいたい」

  「隠密行動で……か」

  「どこまでも面倒な……」

  呆れ果てている二人は一番重要な事を確認した。

  「しかし、それで事件が発生した場合、武器不携帯でどう対処しろというのですか?」

  「そこは、君たちの護身術に頼るに他ない。幸い、会場の入場口では荷物確認を行う予定だ。それで武器を所持して入ることはまずあり得ないだろう」

  「なんとも無茶な作戦ですね」

  「これがSDFとは嘆かわしい」

  「私も同意見だ。しかし上層部も今回のフェスには銀河鉄道管理局の信頼回復を掛けている。仕方があるまい」

  (後始末は最後まで現場だよりか……相変わらず、勝手な連中だな)

  藤堂の説明にバルジは内心複雑だったが、しぶしぶ了承することにした。

  「仕方がありません。任務ということならお引き受けします」

  「正気か?!こんな無茶苦茶な計画を引き受けるのか?」

  「あまり気乗りはしないが、我々が断れば他の小隊が担当することになる。そうなれば、不測の事態に対応は困難だろ。そういうことですよね、藤堂司令」

  「あぁ、理解が早くて助かる」

  「はぁ……本当に小隊使いが荒いですね」

  「いつもすまんな。フェスタは明日開催予定だ。浴衣の方はこちらで手配をしておく。後は、シリウス・ケフェウスで作戦を検討してくれ」

  「「了解…」」

  バルジとローレンスは待機所に向かいながら、今回の事を話し合っていた。

  「全く……藤堂司令の無茶ぶりにも困ったものだ。なぁローレンス」

  「全くだ。これで死傷者が出たら、管理局はどう責任を取るつもりだ?」

  「それは…俺とお前の首だろ」

  「笑えない冗談だ」

  「確かにな…」

  二人で苦笑をしていると、ローレンスが尋ねた。

  「で、なにか策はあるのか?」

  「何故俺に聞く?」

  「俺はマニュアル外の事は専門外だ。こういうのはお前の方が名案を用意できるだろ?」

  「それこそ、笑えない冗談だ」

  「まぁ、総指揮官はお前だ。後のことは任せたぞ」

  「はぁ?!何故俺なんだ!」

  「お前が先に引き受けただろ」

  「同意した時点でお前も同類だろ。俺にばかり責任を押しつけるな!」

  「ならばこの際、アレで決めるか?」

  ローレンスの一言に無表情のまま歩みを止めて向き合った。

  「アレ?」

  「有紀隊長直伝のアレだ」

  「アレか……いいだろ。負けても文句を言うなよ」

  「お前もな、いくぞ」

  そしてお互いに拳を握ってタイミングを見計らって声を上げる。

  「「ジャンケン、ポン!!!」」

  バルジはチョキ、ローレンスはグー。

  「負けた……」

  「俺の勝ちだな。頼んだぞ、総指揮官」

  「くそ……仕方がない。皆を共用ミーティングルームに招集してくれ」

  「了解」

  バルジとローレンスはシリウス・ケフェウス一同を共用ミーティングルームに招集し、バルジが今回の件を説明した。

  「……以上が藤堂司令からの説明だ」

  ルイ「なんですか、その無茶苦茶な警備内容……」

  ピエール「俺たちに死ねって言っているんですか?」

  有紀「護身術か…長いことやってないな」

  デイビット「いや、そういうことじゃねぇだろ」

  コーリー「でも警備の安全より雰囲気を取る時点で信用もなにもないでしょ」

  キム「相変わらず、上の連中は馬鹿ばっかりだよな…」

  一同から大量の不満が漏れる。

  (文句が出るのも無理もないか…俺も同意見だからな)

  心の中で一同に賛同するが、現実は隊長の為、再び作戦の検討に入った。

  「それで今回の件だが、未だに有効手段が見いだせていない。その為、お前達からもアイディアを貰いたいのだが…何か案のある者はいるか?」

  バルジの問いかけに一同が天を仰いで考え込んだ。

  「そう言われましても…」

  「隊長達が思いつかないなら、お手上げですよ」

  「そんな簡単に言わないでください…」

  有紀・デイビット・ルイも今回ばかりはお手上げ状態だった。

  「無鉄砲なシリウスがお手上げなら、本当に無理だな」

  「だな。これは早々に管理局企画部に意見しに言った方がよっぽどいい」

  「そうね~この際、みんなで乗り込むのもいいかもね」

  キム・ピエール・コーリーも完全に諦めている。

  「これでは埒が明かないな、バルジ」

  「全くだ…どうしたものか」

  長い時間が過ぎるが、一向に打開策が見いだせずにいた。

  「仕方がない。とりあえず護身術の強化だな。総員トレーニングスーツに着替えて運動場に集合してくれ。ローレンス!」

  「なんだ」

  「すまんが、今からこいつらに護身術の再教育を頼む。くれぐれもお手柔らかにな」

  「了解した」

  「「「えーーーーー!!!」」」

  唐突の事態に思わず有紀が声を上げた。

  「ちょっと待ってください!なんでローレンス隊長が護身術の再教育担当なんですか?」

  「なにを言っている?SDF随一の腕前だぞ、有紀も以前目の当たりにしているだろ?」

  「それはそうですけど…バルジ隊長では駄目ですか?」

  「俺は今から管理局企画部に警備内容の再確認をしてこなければならん」

  「そう……ですか」

  落ち込む有紀に肩を叩いて宥めた。

  「まぁ、そう気を落とすな。この際しっかり鍛えてもらってこい」

  「了解…」

  その様子を見ていた他の一同もげっそり肩を落とす。

  「はぁ…変更なしか。言っておくが、ローレンス隊長の稽古半端ないぞ」

  「俺たちも、何度枕に涙を溢したか…」

  「みんな無事に済めばいいけどね」

  キム、ピエール、コーリーの言葉にシリウス一同は絶望した。

  「おいおい…マジかよ」

  「私たち生きて帰れるかしら…」

  その後、バルジは管理局企画部へ、ローレンスと一同は運動場へ向かった。

  数時間後、バルジは管理局企画部から戻り、ミーティングルームへ向かっていた。

  (やはり…こちらの要望は一切聞き入れてもらえなかったな…まぁ、想定内ではあるが。さて、本当にどうしたものか)

  悩みながらミーティングルームに入室すると、目の前には全身ボロボロになった一同が座り込んでいた。

  「ど、どうした?!そんな満身創痍で…」

  「バルジ隊長……お帰りなさい。その……ローレンス隊長に…扱かれました」

  「もう…体中痛いです」

  「ひでぇ目にあったぜ…」

  項垂れて座り込む有紀、ルイ、デイビット。

  「やっぱり…ローレンス隊長容赦なかったな…」

  「分かってはいたけど…」

  「あとで、ユキさんに相談してもいいですか?」

  体を撫でているキム、ピエール、コーリー。

  その様子に眺めていたバルジは思わず、ローレンスを睨んだ。

  「おい…これはどういう事だ?ローレンス隊長」

  「命令通り、護身術の再教育をしただけだ」

  「俺は『くれぐれもお手柔らかに』と命じたはずだが?」

  「俺の中ではお手柔らかのつもりだ」

  無責任な発言に頭を抱えたバルジは、その後携帯でユキを呼び出してダメージケアをさせた。

  そして七夕フェスタ当日を迎えた。

  共用ミーティングルームにて、一同は最終確認を行っていた。

  「ではこれより七夕フェスタ会場警備についてのミーティングを行う」

  バルジの説明に一同が真剣に聞いていた。

  「今回は駅前で開催される七夕フェスタ会場の警備。警備時間は16:00から20:00までだ。藤堂司令からの指示でシリウス・ケフェウス合同での警備となる。また今回の警備は通常と異なることは皆も承知の上と思う。管理局企画部よりの指示により我々は浴衣姿で、隠密行動を行う。なお、武器も不携帯とする」

  バルジの説明を聞いて一同が大きくため息を付いた。

  「「「はぁぁぁ……」」」

  「結局、昨日のままですか」

  「期待していたのにな…」

  「そんで、俺たちはどうすればいいんですか?隊長」

  デイビットが呆れ顔でバルジに尋ねると、すぐに回答した。

  「今回は武器不携帯の為、単独行動は不可とする。その為ペアでの警備を行ってもらう」

  「ペア…ですか?」

  「あぁ、リストはこれだ」

  バルジは正面のモニターに詳細を表示した。

  【警備ペアリスト】

  ・有紀×ルイ

  ・デイビット×キム

  ・コーリー×ピエール

  ・バルジ×ローレンス

  ・ユキ=救急医療本部駐在

  一同が確認すると、コーリーが質問を投げかけた。

  「バルジ隊長、この組み合わせには何か意図的な理由はあるのですか?」

  「いや、ない。完全に私の勘だ」

  「「「勘?!」」」

  「そんな…無責任な…」

  「まぁ、なにか理由をつけるとすれば、警備の効率化だ」

  「「「効率化?」」」

  「今回は企画部よりなるべく会場に馴染むようにと通達がきている。その為、一般客に紛れ込んでの警備となる」

  「つまり…友人や恋人のふりをして警備をしろと?」

  「そういうことだ」

  バルジの説明を聞いて、ルイが意見を述べる。

  「ちょっと待ってください!なんで私は有紀くんと一緒なんですか?」

  「何を言っている。ほぼ恋人みたいなものだろ?」

  「そんなことありません!勝手に決めつけないでください!」

  「なら、コーリーと変わるか?別にそれでも構わんが」

  「え?それは……」

  「それは?」

  「やっぱりいいです…」

  「賢明な判断で助かるぞ」

  ルイとのやり取りが終わると、今度はデイビットが質問してきた。

  「あの!会場に馴染むってことは屋台とか利用してもいいんですか?」

  「屋台?あぁそうだな…」

  バルジはデイビットの質問に対して、頭の中で考察する。

  (ただ歩き回っているだけでは返って目立つか?隠密ならば環境に準ずるといいというな…)

  「いいだろ。今回に限り屋台の利用も許可する。ただし警戒を怠らないのが条件だ」

  「よっしゃ!」

  バルジの提案にずっと沈黙を保っていたローレンスが口を開いた。

  「お前……任務だぞ。そんな緩くしていいのか?」

  「元々、無茶苦茶な計画だ。それに隠密行動では、環境の施設を利用するというだろ。より自然体にする方が適切だと思うぞ」

  「それもそうか。了解した」

  そうこうしていると、ユキがミーティングルームに入室してきた。

  「皆さん、企画部より浴衣を受け取ってきました」

  「ありがとう、ユキ。では各員浴衣に着替えて、再度ここに集合してくれ」

  「「「了解」」」

  一同はユキから浴衣を受け取り、それぞれ着替えを済ませて、再度集合する。

  「有紀くん!これどう?似合うかしら?」

  ルイが有紀に桃色の浴衣姿をみせると、水色の浴衣姿の有紀は言葉に困っていた。

  「うん…似合うと思うよ…」

  「なによ、その社交辞令みたいな反応!」

  「だって、これは任務だぞ。そんなにウキウキできるはずがないだろ」

  二人の会話を紫色の浴衣姿のキム、青色の浴衣姿のピエール、黄色の浴衣姿のコーリーがため息を付きながら呟く。

  「いいな~シリウス小隊は気楽で!」

  「こっちも見習いたいところだよ」

  「本当にあの二人は付き合ってないのかしら」

  そんな3人に灰色の浴衣姿のデイビットがちょっかいを掛けてきた。

  「なら、賭けるか?今回の任務で二人が正式恋人になるかどうかで?」

  「いいぜ、恋人成立に1000エイブル!」

  「じゃあ、俺は未達成に500エイブル!」

  「私は、ルイの片思い止めに200エイブル!」

  有紀達の恋バナで賭け事をしていると、バルジとローレンスが戻ってきた。

  「ん?お前達、何をしている」

  「また、つまらんことをしていたのではないだろうな」

  呆れ顔で尋ねる黒の浴衣姿のバルジと深緑の浴衣姿のローレンスに一同が注目した。

  「うわ~隊長たち浴衣姿似合いますね」

  「本当!普段、隊服姿しか見たことないものね~」

  目をキラキラしてみてくる有紀とルイにバルジはため息をついて呟いた。

  「別に褒められても嬉しくはないぞ」

  「全くだ。こんなに動きが制限される服装では、警備が不安でしかない」

  淡泊に答える二人にデイビットが呟く。

  「そんなに白けないでくださいよ!こうなった以上、ついでにフェスタも楽しんだらいいじゃないですか?」

  「とはいってもな……フェスタなど一度も参加したことがないからな…」

  意外な発言に一同が目を点にしていた。あまりの静けさに気が付いたバルジは不思議そうに尋ねた。

  「ど、どうした?何か変な事言ったか?」

  疑問に感じていると、有紀が恐る恐る尋ねた。

  「バルジ隊長……まさか今まで一度もフェスタに行ったことがないのですか?」

  「ん?あぁ」

  「36年も生きて一度もですか?」

  「別に…珍しくはないだろ。なぁローレンス」

  当たり前と言わんばかりに尋ねると、引きずった表情でローレンスが告げる。

  「いや…流石の俺でも参加したことがあるぞ、バルジ」

  「なっ?!」

  予想外の発言にバルジも言葉を失った。

  「バルジ隊長の意外な一面だな…」

  「確かにね…」

  「そうか?仕事熱心な隊長なら、あり得るだろ」

  「子供時代とかは別でしょ」

  「でも、経験がないのに環境に馴染めるのかな?」

  「こりゃ、藤堂司令の判断ミスじゃねぇか?」

  一同がざわついている中、ローレンスはバルジの事を考えていた。

  (恐らく幼少期はあまり良い思い出がなかったのだろうな。それで見つけたのがSDFなら仕事の鬼になるのも頷けるか)

  「心配はいらん。バルジの面倒は俺がみる」

  「お前な…保護者みたいに言うな!」

  一同から笑みが溢れると、いよいよフェスタ開始時刻が迫っていた。

  16:00フェスタ開始

  SDF一同は、予定通り会場に現地入りした。

  すでに会場は多くの人々で賑わっていた。

  「思った以上に人が多いな…」

  「これは警備するのも大変だぞ」

  隊長二人があまりの混雑状況に唖然としていると、デイビットが尋ねた。

  「そんで、バルジ隊長、配備はどうしますか?」

  「そうだな…では、中央より左側エリアを有紀ペアとコーリーペアが、右側エリアを我々とデイビットペアが担当する。定期連絡は一時間ごとに、異常があればすぐに速報しろ、以上だ。各自散開」

  「「「了解」」」

  バルジの指示で、各員が散開して会場に入場していく。

  「さて…我々も行くとするか」

  「そうだな」

  バルジとローレンスも一同に続いて入場して右側エリアの周回をすることにした。

  周回を始めた直後、ある老婆が声を掛けてきた。

  「あら、バルジさんじゃないの?」

  後方から聞こえたのは、いつも駅前で売店をしている絹子おばさんだった。

  「絹子おばさん、お久しぶりですね」

  「おや、今日は隊服姿ではないのね」

  「えぇ、一応お祭りのルールですので」

  「ということは、やっぱり任務かい?」

  「まぁそんなところです」

  「お祭りだというのに、ご苦労さまだね」

  「いいえ、これも仕事ですから」

  「そうかい……でも、真面目に仕事をするのもいいけど、ちょっとはお祭り気分を味わうのも悪くないじゃろ?」

  「気分ですか…別に私は…」

  「あんたも人間なら、少しは楽しんでみなさい」

  「はぁ……分かりました」

  陽気に手を振って、キナコおばさんはその場から去って行った。

  「絹子おばさんにも困ったものだな…」

  「それだけ、心配してくれていると言うことだろ」

  「別に心配されるようなことをした覚えはないぞ」

  何か問題でもあるのかと言いたげに尋ねるバルジに心の中で呟く。

  (相変わらず、周囲からの目に疎いやつだ)

  そのまま会場を巡回しながら、会話をしていた。

  「それにしても随分とレトロな出店が多いな。バルジ、企画部から何か聞いているか?」

  「なんでも最近ディスティニーでは、青の地球の文化がブームになっているらしくてな。企画部もそれを採用して準備をしたそうだ」

  「見たこともない過去のものに囚われるとはな。人とは面白い生き物だよ」

  「確かにな。実際知らないもの多くてな。七夕というのもどういう意味なのだろうな…」

  ぶっきらぼうに放たれた一言に、ローレンスは思わず歩みを止めた。

  「ん?どうかしたか?」

  「お前まさか……今回のフェスタの内容を全く確認せずに、この警備を引き受けたのか?」

  「ん?別に隊服を着用しておらんし、知らなくても警備自体に影響はないだろ」

  「はぁ……全く呆れてものも言えん」

  「そこまで言わんでも…」

  「バルジ!ちょっと来い!」

  「おい!ローレンス!」

  ローレンスはバルジの手を取り、会場の中央を目指した。

  会場中央にはメインステージの横に巨大な笹が飾られていた。色とりどりの飾りがつけられ、多くの短冊が吊されている。

  「これは…笹か?珍しいな」

  呆然とみているバルジにローレンスが説明をする。

  「バルジ。警戒をしながら、今から始まる説明を聞いておけ」

  「は?あぁ…」

  二人は周囲を警戒しつつ、ステージで始まる説明を聞いていた。

  『皆さん!本日はこのディスティニー駅前七夕フェスタにご参加いただき誠にありがとうございます!さて、この『七夕』をご存じない方も多くおられると思いますので、最初にざっくりとご説明させていただきます』

  すると、スクリーンの映像と共に七夕伝説の説明が始まった。

  『むかしむかし、天空でいちばんえらい神様「天帝(てんてい)」には、「織女(しょくじょ)」という娘がいました。織女は神様たちの着物の布を織る仕事をしており、天の川のほとりで毎日熱心に機(はた)を織っていました。遊びもせず、恋人もいない織女をかわいそうに思った天帝は、天の川の対岸で牛を飼っているまじめな青年「牽牛(けんぎゅう)」を織女に引き合わせ、やがて二人は結婚しました。

  結婚してからというもの、二人は毎日遊んで暮らしていました。織女が機を織らなくなったので、神様たちの着物はすりきれてぼろぼろになり、牽牛が牛の世話をしなくなったので、牛はやせ細り、病気になってしまいました。

  これに怒った天帝は、二人を天の川の両岸に引き離してしまいました。しかし、二人は悲しみのあまり毎日泣き暮らし、仕事になりません。かわいそうに思った天帝は、二人が毎日まじめに働くなら、年に1度、7月7日の夜に会わせてやると約束しました。

  これが、文献に残る七夕の伝説です。

  諸説ではありますが、織女のことを「織り姫(おりひめ)」、牽牛のことを「彦星(ひこぼし)」と呼ぶこともあります。織り姫はこと座の1等星・ベガで、彦星はわし座の1等星・アルタイルです。夜空の暗い場所では、2つの星の間に天の川が横たわっているようすを観察することができます。

  笹の葉に飾ると、織姫と彦星の力で願いが叶えられたり、みんなを悪いものから守ってくれるという言い伝えがあるのだそうです

  昔の人が、織物の上手な織姫のように、「物事が上達しますように」と、お願い事をしたのが始まりだと言われています』

  一通り話を聞いたバルジは、素直に感想を述べた。

  「なんとも……悲惨な物語だな」

  「確かにな。自分たちから職務放棄した上に、情に訴えるとはな」

  「それで願いを聞いて貰おうとは、些か勝手すぎないか?」

  「それもそうだ」

  物語に苦笑していると、二人の前に小さな少女がやってきた。

  「こんばんは!キッズスタッフです!おじちゃん達は短冊書きましたか?」

  「短冊?いや、まだだが」

  「じゃあこれをお渡しします!今日は七夕なので、願い事を書いて、笹に飾ってください!」

  少女は二人に短冊を手渡した。すると、困惑しながらバルジが答えた。

  「いや…せっかくだが、俺たちは…」

  「遠慮しないでください!あそこに記入スペースもありますので、気軽に書いてくださいね」

  「いや、ちょっと待て!」

  バルジの制止も聞かずに少女は早々に去っていた。

  「行ってしまった……」

  「相変わらず、お前は子供に弱いな…」

  「仕方がないだろ。あんな笑顔で渡されたら断る方が難しいぞ」

  「管理局企画部もそれが狙いでキッズスタッフを用意したな」

  「そういうやり口は天才的だな」

  「全くだ。で、これをどうする?捨てるか?」

  「………いや。せっかく渡しに来てくれたからな。無下にはできんだろ」

  「まさか、願い事を書くのか?」

  「あぁ、これも環境に馴染む一環だ」

  「むりくいすぎるだろ…」

  そして二人は渋々記入スペースで短冊に願いを記入し、笹に括り付けた。

  再び巡回を始めると、ローレンスが尋ねた。

  「ところで、身勝手なカップルになんとお願い事をしたのだ?まさか、銀河鉄道の安全ではないだろうな?」

  「残念ながら違うな。銀河鉄道の安全は俺たちが叶えることだ」

  「お前にしてはよく分かっているではないか。では、何を願った?」

  「なに、よくある願いだよ。そういうお前はどうなのだ?」

  「お前と同じで、よくある願いだ」

  「俺と一緒か、捻りがないな」

  17:00 ゆっくりと会場を巡回していると、定期連絡が入った。

  ピロロロ、ピ!

  「こちらバルジ」

  『こちら有紀。定期連絡、異常なしです』

  『こちらデイビット。定期連絡、異常なし』

  『こちらコーリー。定期連絡、異常なし』

  「了解した。こちらも異常なしだ。引き続き警戒を怠るな」

  『『『了解』』』

  通信が終わり、安堵の表情をしていると、ローレンスが確認した。

  「異常なしか」

  「あぁ、まぁこんなお祭りで悪さを行う輩は少ないだろ」

  「だが、それでも」

  「油断は禁物……だろ?分かっているよ」

  警戒心を忘れないまま、再び巡回を開始した。

  「しかし、こうも飲食店が多いと小腹が空いてくるな」

  「確かにな。この際なにか食うか?」

  「お前にしては珍しい判断だな」

  「総指揮官の命令に従っているだけだ」

  「それは……嫌みか?」

  「どうだろうな。丁度そこにたこ焼き屋がある。買ってくるから、そこで待っていろ」

  「ははは、了解」

  バルジは少し離れたところのベンチに腰掛けて待機をしていた。

  (しかし…あいつも随分と丸くなったものだな。一昔前ではあり得ないことだ)

  心の中で呟いていると、再び周囲を見渡していた。

  そこには親子連れや友人・恋人とあらゆる人々が楽しそうに過ごしている。それを眺めている内にどこかバルジは微笑みを溢していた。

  「平和だな……こういうのもたまには悪くないな…」

  呑気にしていると、いきなり前から声が聞こえた。

  「おい!そこの色白のおじさん。ちょっといいかな?」

  正面を向くと、若い二人組の男性が立っていた。

  (色白のおじさん?もしかして俺か?)

  「それは…俺の事か?」

  そう尋ねると、二人の青年はバルジの左右に腰掛けて話を始めた。

  「なぁ~一人で暇そうだな。もし良かったら、俺たちに金を恵んでくれよ」

  「そうだぜ、俺たちもっと遊びたくてよ。でも小遣い全部使っちまってさ~困ってるんだよ」

  バルジは二人の話を黙って聞いて、静かに考察していた。

  (なるほどな。お祭りではこういう連中が悪さをするのか。全く…これでは世も末だな)

  「生憎だが、大して持ち合わせていない。それに連れもいる。お引き取り願おうか?」

  バルジの言葉に若い二人は態度を変えた。

  「あ“ん?何言ってるんだよ!すべこべ言わずに金出せよ。でないと、痛い目を見る羽目になるぜ」

  「そうだぜ、綺麗な顔を傷だらけにしたくないだろ?」

  明らかに脅迫してくる二人にバルジは内心苦笑していた。

  (やれやれ…若いな。こんな子供じみた脅しでどうにかなるなら苦労しない)

  「俺の顔の心配か?それなら不要だ。すでに傷物だからな。それにお前達にやられるほど落ちぶれてもいないぞ」

  ぶっきらぼうに告げると、イラッとした片方の男が突然バルジの髪の毛を掴んだ。

  「てめぇ!調子こいているんじゃねぇぞ!このままボコボコにしてやっても…」

  大声を上げていた男性がバルジの顔を見て思わず声を止めた。

  そこには冷徹な瞳で見ているバルジがいたからだ。

  「脅迫罪…暴行罪とすでに君たちはこの罪がついてしまったな。俺に対しての暴言は見逃してもいいが、これが他の参加者にも及ぶ可能性を考えると、放置するわけにはいかんな…」

  「おじさん…一体なにを言って…ぎゃあぁぁぁ!」

  バルジは男性の言葉を最後まで聞かずに、掴まれていた腕を急激にねじ曲げた。

  「あんた…一体何なんだよ?!」

  怯える青年にバルジは不適な笑みで答えた。

  「なに、ただの怖い犬のお巡りさんだ」

  「へぇ?!それって…なん…ぎゃあぁぁぁ!」

  こうしてバルジにちょっかいを掛けた二人はあっという間に御用となった。

  ピロロロ、ピ!

  「こちらバルジ。犯罪者を二人確保した。デイビットペア、すまんがすぐこちらまで来てくれるか?」

  『了解、すぐに向かいます』

  程なくして、デイビットとキムが到着した。

  「お待たせしました…って、これどうしたんですか?」

  二人の前には大粒の涙を流している青年二人が座っていた。

  「なに、少しお灸を据えただけだ。脅迫罪及び暴行罪、公務執行妨害の容疑で外の警備隊に引き渡しを頼む」

  バルジの話を聞いて、デイビットとキムが内心不信感を感じていた。

  (脅迫罪と暴行罪って…まさかバルジ隊長にオヤジ狩りでもしたのか?)

  (こりゃ~返り討ちにあったな。こいつら運がねぇな)

  「二人ともどうかしたか?」

  「いいえ!了解しました」

  「任せてください」

  そして、デイビットとキムが青年二人を連行していった。

  「やれやれ…最近の若者にも困ったものだな。それにしてもあいつ遅いな…」

  それから10分後にローレンスがたこ焼きを持って帰ってきた。

  「やけに遅かったな、何かあったか?」

  「遅くなりすまない。並んでいたら、盗撮をしている輩を発見してな。確保して連行していたら遅くなってしまった」

  「そうだったのか。こっちも先程2名連行したところだ」

  「そっちもか。フェスタでも馬鹿な奴らはいるものだな」

  「全くだ…それよりたこ焼きをもらっても良いか?空腹で死にそうだ」

  「やれやれ…ほら」

  ローレンスからたこ焼きを受け取ると、美味しそうに頬張る。

  「中々、旨いな」

  「屋台の味など、だいたいこんなものだ」

  当たり前だと、言わんばかりに告げると、バルジは何処か寂しそうな表情をしていた。

  「そうか…それは知らなかった」

  「今更だが、何故今までイベントに参加をしてこなかった?」

  「行く機会が無かっただけだ。幼少期は親元から離れたのも早かったし、就職してからは任務に没頭していたからな。色々と余裕がなかった」

  バルジの言葉に過去の記憶を呼び覚ましていた。

  (同期で共に入隊した時から、常に仕事熱心ではあった。しかし、俺がシリウスを離脱してから、有紀隊長が殉職して、26という若さで隊長就任と重責を押しつけられた過去。周りからは最年少隊長就任など揶揄されても、ずっと責務を全うしてきたことを考慮すると、余裕がなかったのも当然か…)

  「そうだったか…すまん。気まずいことを聞いたな」

  「別に構わん」

  「バルジ…」

  「さて、腹も膨れた事だし、巡回を再開するか」

  「そうだな」

  重い腰を上げて、二人は再び巡回警備を開始した。

  【次回予告】 VOICE バルジ

  七夕フェスタもあと、2時間

  巡回を続ける我々に少年が尋ねてきた。

  『おじちゃん達!ちょっと来て!!』

  次回、『浴衣大作戦 後半』全年齢

  俺たちは次の駅で、何かがおこる

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