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このディスティニーにも梅雨がある。
自販機前のベンチに腰掛けていたのはトマトジュースを片手にした黒の隊服の男。
窓から降り注ぐ雨を青の双眼は冷たく眺めていた。
そして、雨に濡れる花壇のあじさいを見て、閉ざされていた口からある言葉が漏れる。
「こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて…」
一人で静かに黄昏れていると、後方から聞き慣れた声が届く。
「バルジ。こんなところで、なにをしている?」
視線だけ後方に移すと、そこには白の隊服姿のローレンスが呆れ顔で立っていた。
声の主を確認したバルジは気が抜けたままその問いかけに答えた。
「ローレンスか。なに、ただ外を眺めていただけだ」
「ふん…呑気なものだ。いくら出場待機が増えたとはいえ、気を抜きすぎだ。それではシリウスの名が泣くぞ」
「ふっ。相変わらず手厳しいな」
最近は、次元断層が収まり定期パトロール以外は待機することが増えたのも事実だった。
静かな一時に嫌みを言ってくる姿に苦笑していると更なる質問が飛んできた。
「……で、今のはなんだ?」
「ん?今のとは?」
「お前が何か呟いていた言葉についてだ」
「あぁ……アレはただの詩だ」
「詩?」
「遠い昔、青の地球の詩人が残した『こころ』という詩だ」
未だに外を眺めながら詩のことについて説明をする様子をみて、ローレンスは意外な一面を見たと感じた。
「ほぅ……お前が詩に興味があったとは意外だな」
「なに、暇つぶしに読んでいただけだ」
「暇つぶし……か。で、どういう意味なのだ?」
「……なんだ?お前も興味があるのか?」
「それはそうだろ。耳にしたからには内容が気になるのが普通だろ」
「……………」
当たり前という感じに話をするが、雨を眺めているバルジは答えようとしなかった。
黙ったまま何かを考えている姿は質問をしたローレンスを不安にさせていく。
「………どうか…したか?」
不安げに漏らした声に沈黙していたバルジはゆっくり口を開いた。
「……なぁローレンス」
「……なんだ?」
「先程の質問に答える前に、俺からひとつ問題を出題してもいいか?」
「問題?これまた急だな。理由は?」
「ただの暇つぶしだ。正解したら質問の回答と褒美にお前の願いをひとつ聞いてやる」
突然の発言にローレンスは少し違和感があった。
(突然の出題に報酬付き…か。なにか考えでもあるのだろうか…)
「ほぅ…報酬までつけてくれるとは、やけに強気だな」
「まぁな。なんせ、今まで誰も正解者がいない問題だからな」
「そんなに難問なのか?」
「あぁ、俺のとっておきだ」
「ほぅ、SDF随一の頭脳なお前のとっておきか」
「ふっ…で、どうする。挑戦するのか?」
ようやく振り返って笑みを見せながら尋ねてきたことに、ローレンスは腕を組んで検討した。
(ヤケに自信ありげな顔だな。だがコイツからの挑戦に逃げるのは俺の性分ではないな。まぁ…俺も暇をしていたのは事実だし…たまには乗ってやるか)
挑戦を受ける決意を固めると、ローレンスは強気な姿勢で返答した。
「……いいだろ。お前からの挑戦を受けてやる」
「ふん。相変わらずの負けず嫌いだな」
「何とでもいえ。で、その問題とはなんだ?」
腕を組んで意地の悪い顔で尋ねると、バルジはふと口角を上げて出題した。
「問題は、『この「こころ」の詩とビッグワンの設計図の共通点を答えよ』…だ」
「は?」
「制限時間は明日の正午までだ。まぁ、精々頑張ってくれ」
「おっ…おい!ちょっと待てバルジ!」
呆気にとられていると、バルジはニヒルな笑みを溢してその場から立ち去った。
残されたローレンスは空いたベンチに腰掛けて先程の問題について考え込んでいた。
(詩とビッグワンの設計図の共通点………全然分からん。そもそも先程に聞いたばかりの詩など直ぐに読み解ける訳がないだろうが)
「全く……無責任にも程がある。これは早々に降参した方がいいだろうか……」
腕を組みながら天を仰ぐと、先程の笑みがフラッシュバックして苛立ちを感じた。
「むっ……正直、あの顔には敗北はしたくないな…。はぁ…仕方がない。手間ではあるが情報収集から始めるか…」
肩を落としたローレンスはゆっくり立ち上がって、情報収集をするためにケフェウス待機室に向かった。
待機室に到着すると、ケフェウス一同が出迎えた。
「あっ!お帰りなさい、ローレンス隊長」
「あぁ。報告事項は?」
「特にありません」
「……そうか」
コーリーからの報告に素っ気なく返すと、ローレンスは自身の隊長デスクに腰掛けパソコンを開いた。
しばらく検索を続けたが、一向に共通点が見つからなかった。
「はぁ………困ったな。」
頭を抱えて悩んでいる姿をみたコーリーは心配になり思わず声を掛けた。
「あの……どうされたのですか?」
「……ん?何がだ?」
「いえ……ローレンス隊長がそんなため息を吐かれるのは珍しいので…」
「なに…大したことでない」
「そうですか。私にはそのように見えませんが…」
依然として心配そうにしているコーリーを見て、ボソッと尋ねた。
「………コーリー」
「はい?」
「会話ついでではあるが、少し相談してもいいか?」
「え?私で宜しければ承りますが…一体なんですか?」
「実は先程バルジから問題を出されてな」
「問題……ですか?」
首を傾げているコーリーにローレンスは先程調べた詩の資料を手渡した。
「………これは何ですか?」
「バルジ曰く、青の地球の詩人が残した詩だそうだ」
「へぇ……。で、それがどうしたのですか?」
「問題は、その詩とビッグワンの設計図の共通点は何だということだ」
手を組んでいるローレンスからの質問にコーリーは気が抜けたように尋ねた。
「………それって……何かのなぞなぞですか???」
「いや……恐らくなぞなぞの類いでは無いと思うぞ」
「そう…ですか。うーーーん、だったら何でしょうか…」
「やはりお前でも分からんか」
「生憎…私も詩にはあまり興味がありませんので…」
「………はぁ、そうか」
二人の会話をソファーで盗み聞きしていたキムとピエールも疑問に感じて二人の元に近寄った。
「コーリー。俺たちにもその資料見せてくれよ」
「え?えぇ…どうぞ」
資料を受け取ったキムがピエールにも見せながら確認する。
「………確かに詩の中には共通点らしきものはないな」
「だな。それにビッグワンの設計図だろ?どう考えたって詩と関係なさそうじゃないか」
「だよな。本当に変わった問題だな…」
男二人が色々と考えている最中、黙っていたコーリーが突然声を上げた。
「共通点………あっ!」
「うわっ!ビックリした…」
「いきなりどうしたんだよ」
「何か…思い付いたのか?」
「ひょっとしたら『両方とも人が作った物』とかじゃないかしら」
コーリーの解答に一同が唖然としたが、ローレンスは一定の納得をしていた。
「『人が作った物』…か。なるほど…そういう解釈もできるな」
一人考え込んでいる隊長を横にキムとピエールは少し不服そうな顔をしていた。
「確かに…両方とも人が作ったもんだけどよ。そんな単純か?」
「あのバルジ隊長なら、もっと捻ってそうな気がするけどな」
男二人が首を傾げている姿を見たローレンスの徐々に考えを改めた。
(確かにあのひねくれ者がこんな簡単な解答にするだろうか。だが現状ではこれがベストアンサー…か)
若干納得がいかないが、これ以上に思い付かなかった為、徐に席を立った。
「ローレンス隊長、またお出かけですか?」
「あぁ、ちょっとシリウスの待機所へ行ってくる。なにかあれば連絡してくれ」
「「「了解」」」
少し疲れ顔のローレンスが待機所を後にすると、残されたケフェウス一同は不安に駆られていた。
「あのローレンス隊長があんなに考え込むなんて…珍しいな」
「相手があのバルジ隊長だからな。相当負けたくないんだろ」
「そうね。無事に正解したらいいけど…」
「なら、この際賭けるか?正解するかどうかで」
突然、キムから放たれた提案にコーリーとピエールは冷ややかな瞳を浮かべていた。
「あなた、だんだんデイビットに似てきたわね」
「そりゃ、あんだけ賭け事をしてたら無理もないって」
「酷い言われようだな。で、どうするんだ?」
「あのね。ローレンス隊長で賭け事なんて出来るわけないでしょ」
「だよな。後の飛び火が恐ろしいしな」
「ちぇ。おめぇらもつまらねぇ奴らだな」
「放っておいてちょうだい」「放っておいてくれ」
ケフェウス一同がつまらない雑談をしている頃、ローレンスはシリウスの待機所へ出向いていた。
「あはははははっ」
シリウス待機所に響き渡っていたのは隊長デスクで高笑いしているバルジの声。
正面に立っていたローレンスは顔を顰めて文句を垂れる。
「お前……馬鹿笑いしすぎだ!」
「あははは、いや…すまんすまん。あまりに単純な解答で驚いただけだ」
「という事は不正解と言うことだな」
「残念ながらな」
「はぁ…やはりか。全く…本当にこの問題に答えはあるのだろうな!」
「勿論だ。俺が答えのない問題を出すはずがないだろ」
「たく。とんだ悩みの種を作りおって…」
「ふん。軽い気持ちで挑んだのはお前だぞ」
「五月蠅い…」
隊長二人の会話を聞いていたシリウス一同も静かに相談を始める。
「ねぇ、有紀君。あの問題の答え分かる?」
「俺がそんな詩を知るわけがないだろ。デイビットはどうだい?」
「いいや、さっぱりだぜ」
「そっか。流石のデイビットでも知らないのか…」
「けどよ。ローレンス隊長も知らなかったんだろ?」
「聞いている感じではそうみたいだけど」
「んなら、詩の内容は大して意味がねぇって事じゃねぇか?」
「そうなのかな…。ユキはこの問題知っているかい?」
「いいえ。私も初めて聞きました」
「そうなんだ。ユキはどう思う?」
「私はセクサロイドなので、人が生み出した詩は理解出来ません」
「そうか……」
「はい。ですが、もしも詩の内容に意味がないのであればビッグワンの設計図の内容にも意味がないということではないでしょうか」
「確かに…そうね」
「そうだよな…」
「あ“~~~駄目だ。意味が分かんねぇ!」
考えれば考えるほどに答えが迷走するシリウス一同。
頭を抱えて思い悩んでいる様子を見たバルジは呆れ顔でぼやいた。
「はぁ……全く。アイツらにまで知られてしまったではないか」
「それは今更だろ。こんな難問を吹っかけたお前が悪い」
「言いがかりもいいところだ」
「ふん…何とでもいえ。言いがかりついでに、何かヒントはないのか?」
埒が明かないと思ったローレンスがダメ元でヒントを要求すると、意外な返答が返ってきた。
「やれやれ……仕方がない。なら…ひとつだけヒントを言うぞ」
額杖をしながら漏らした言葉にローレンスをはじめ、シリウス一同も注目をする。
注目の中、バルジはローレンスに向けて指を差して告げた。
「ヒントは…お前が既に持っているモノだ」
「……は?」
「え?」「ふぇ?」「はぁ?」「え?」
意味深なヒントに一同が唖然としていると、告げ終わったバルジはゆっくり立ち上がった。
「考えているところすまんが、今から定期健康診断がある。俺は失礼するぞ」
「……へ?あ、あぁ…」
気の抜けた声に軽く手を振って、バルジは早々に待機所を後にした。
「俺が…既に持っているモノ………一体なんだ?」
茫然と立ち尽くしているローレンスの近くにいた有紀が質問を投げかけた。
「あの…ローレンス隊長、質問をしてもいいですか?」
「なんだ?」
「ローレンス隊長は詩に興味ありますか?」
「いいや、全くだ。正直、今回の問題で初めて知ったレベルだ」
「へぇ…そうですか」
「それがどうかしたか?」
「いえ。てっきり詩集とかの本を所持されているかと思いましたので」
「残念ながらその手の本は一切持っておらん」
「そうですか。なら、モノではないって事ですかね」
「ん?どういう意味だ?」
「さっきの解答と同じですよ。要するに手に持てるモノではないって事じゃないですか?」
「手に持てる…モノではない…か」
ローレンスとシリウス一同が再び考え込むがやはり答えは出てこない。
「ダメだな。全然思い付かねぇ…」
「あたしもお手上げだわ」
「持っているものとは、一体何なのでしょうね…」
「………」
シリウス一同に諦めムードが漂う中、腕を組んで思考を巡らせているローレンスも苦悩を抱えていた。
(……ダメだ。全く思い付かん。やはりアバディーン人の思考は、凡人には理解できんものなのか)
「はぁ……いかん。いよいよ降参を覚悟するべきか…」
すでに諦めかけているローレンスからのぼやきを気にした有紀はふとあることを思い付く。
「ぁ………ローレンス隊長!」
「っ?!いきなりどうした?」
「この問題……今まで正解者はいないってバルジ隊長が仰っていたんですよね?」
「確かにその通りだが……それがどうした?」
「だったら、藤堂指令とかもご存じかもしれませんよ」
「藤堂司令が?」
唐突の提案に近くに居たルイが首を傾げた。
「有紀君、なんで藤堂司令が知っているって思うのよ?」
「だってさ。今まで正解者がいないって事は他にも問題を出題した人がいるって事だろ?」
「それは…そうね」
「だろ。だったら、雑談とかで意外に話とかしているんじゃないかな」
自信ありげに話す姿に先輩であるデイビットが苦言をする。
「けどよ。藤堂司令はバルジ隊長の直属の上官だぜ?そんな下らない雑談をするか?」
「そ、それは……」
疑問の声に言葉を詰まらせていると、ローレンスが捕捉を入れた。
「………いいや。その線、意外にあるかもしれん」
「え?ど、どうしてそう思うんすか?」
「仕事中はともかく、飲み会とかで酒が入ると双方ともに緩くなるからな。存外あるかもしれん」
「た、確かに……」
ローレンスの説明に一同が納得していると、再び有紀が提案をする。
「確かそろそろ藤堂司令も休憩時間だと思いますし、ダメ元で確認してみてはどうですか?」
「……そうだな、試しに聞いてみよう。感謝するぞ、有紀」
「いえ。その…頑張ってください」
話を終えるとローレンスは諫早に待機所を後にした。
残されたシリウス一同は立ち去った後を茫然と眺めていた。
「行っちまったな…」
「そうね。あのローレンス隊長にしては珍しいわね」
「そんだけ負けたくねぇって事だろ」
「それはそうだけど。これじゃインチキじゃない?」
「ルイさん。そこは大目に見てあげてください。それだけ気にされているのですから」
「それはそうかもしれないけど…でも藤堂指令が知っていたとして、答えてくれるかしら?」
「さぁな。御上のご判断なんて俺たち平には分からねぇだろ。なんなら賭けるか?答えてくれるかどうかで」
「藤堂指令で賭け事なんて笑い話にもならないわよ」
「それもそうだな」
「もう。それにしても有紀くん、一つ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「どうしてあんな提案したの?」
「え?どうしてって…どういう意味だい?」
「別に分からないなら、不正解でいいじゃない。なんでローレンス隊長を手助けしたの?」
「そう言われりゃそうだな」
「そうですね。有紀さん、何か理由はあるのですか?」
一定の納得をしたデイビットとユキからの声に、有紀は閉ざされた扉を見つめながら答えた。
「理由は…俺にも分からないけどさ。でも…」
「でも?」
「なんか…この問題はさ、絶対にローレンス隊長は正解しないといけないような……そんな気がするんだ」
「有紀くん…」「学…」「有紀さん…」
どこか思いがあるように告げる姿に、他の一同にも不思議な空気が漂った。
一方その頃、ローレンスは司令長室でティータイムをしていた藤堂の元に訪れていた。
話を一通り聞いた藤堂は紅茶を啜りながら遠い思い出を思い出していた。
「あぁ~懐かしいな。かなり昔だが、私もその問題を聞いたことがあるぞ」
「ほ、本当ですか?!」
「あぁ、ただ問題を受けたのは、渉だったがな」
「あの有紀隊長が…ですか?」
「アイツも答えが分からなくてな。私に相談をしにきていた。お前と同じで長いとこ考え込んでいたよ」
「そう……ですか。ちなみに有紀隊長はなんと答えたか聞いていますか?」
「確か…『どちらも人が考えたもの』だったかな」
「それも…不正解ですか?」
「あぁ、ただ答えを聞いたバルジが渉に『惜しいです。もう一押しです』と返したそうだ」
「惜しい……ですか。それで有紀隊長はアイツから答えを教えてもらったのですか?」
「あぁ、答え合わせはしたらしいぞ。私も答えが気になったが、渉は最後まで教えてくれなかったよ」
「そう……ですか」
答えを知らない事が確定し、肩を落としていると藤堂があることを思い出した。
「あ……そういえば、渉が最後に意味深な言葉を言っていたな…」
「意味深な…言葉?それは何ですか?」
「『他愛もない答えだった』……とな」
「他愛もない……ですか」
「あぁ。これは私の推測だが、恐らく『こころ』という詩とビッグワン設計図の内容はさほど重要ではないのではないだろうか」
「司令もそう思われますか?」
「あぁ。着目するべき点は『詩』と『設計図』の共通点だと思うぞ」
藤堂の言葉を聞いて、ローレンスは再び考察をした。
(詩と設計図の共通点……どちらも紙で描くモノ?いや…違う。それならば人が作ったモノで通るはずだ。だったら…一体なんだ)
しばらく脳裏で自問自答を繰り返すが、結局答えを導き出すことができなかった。
「はぁ……ダメですね。全く分かりません」
「あはは、お前でもお手上げか?」
「かれこれ半日ほど考えましたが、どうもダメのようです」
「そうか。だが、期限は明日の正午までなのだろ?ならばもう少し粘ってみたらどうだ?」
紅茶のカップを差し向けて告げた言葉にローレンスは少し微笑んで返した。
「これ以上考え込んだら、脳がそのティーポットのようになってしまいますよ」
「何を言う。紅茶は沸騰させずに旨味を抽出するのだぞ?」
「おや。お詳しいですね」
「まぁな。ともあれ、アイツの為にももう少し健闘してみてはどうだ?」
「………分かりました。ダメ元でもう少し粘ってみます」
「ヤケに弱気だな。それではケフェウスの名が泣くぞ」
「何とでも言ってください。では…そろそろ失礼します。休憩中にありがとうございました」
「別に構わん。大した力になれなくて、すまなかったな」
「いいえ。では…」
軽く会釈をして部屋を出ようとすると、藤堂が腰掛けたまま再び声を掛けた。
「……ローレンス」
「…はい?」
呼ばれた事で振り向くと、先程まで和やかだった藤堂が真剣な瞳で告げた。
「アイツからの問題、お前は絶対に正解してやれ」
「…それまたなぜですか?」
「なに、私の小さな願いだ」
「……よく分かりませんが承知しました。では」
言葉の意味をさほど気にせずローレンスはそのまま部屋を後にした。
残された藤堂はティーカップの紅茶をそっと見つめた。
「はぁ……まさか…またあの問題を聞く日が来るとな。なぁ…渉」
(ローレンス…頼む。彼の中に降り注ぐ冷たい雨に…気付いてやってくれ」
その後、勤務時間を終えたローレンスは自室に戻り、隊服のままベッドに横になった。
「はぁぁぁ。疲れた」
(結局…一日中考えたが、さっぱり分からん。やはり…俺には解き明かすことが無理なのだろうか…)
少し脱力した瞳でふと横を向くと、窓から未だに降り続ける雨模様が見える。
「今日は…一日雨だな。そういえば…」
雨空を眺めていると、正午にみたバルジの姿を思い浮かべた。
(何故…アイツはあんなにも憂鬱そうにしていたのだろうか。何か…悩みでもあったのだろうか)
「………答えは、問題の中に…か」
根拠はないが、何処かこのまま諦めてはならない思いが過ぎり、ふと瞼を閉じて瞑想を始めた。
(落ち着け……こういう時こそ想像力だ。冷静に今までの事を精査するのだ)
瞼を閉じたローレンスは頭の中で今までの出来事を整理した。
―――ひょっとしたら『両方とも人が作った物』とかじゃないかしら
―――ヒントは…お前が既に持っているモノだ
―――手に持てるモノではないって事じゃないですか?
―――確か…『どちらも人が考えたモノ』だったかな
―――惜しいです。もう一押しです。
―――着目するべき点は詩と設計図の共通点だと思うぞ
―――『他愛もない答えだった』…とな
脳裏で一通り思い出すと、徐々に何かが繋がり始める。
「俺が…既に持っているモノ……詩と設計図の共通点……人が考えたモノ…」
一つ一つの言葉の先に、バルジが呟いた詩が過ぎる。
【こころをばなににたとへん…】
「こころを…何に例えよう……か」
人が…考えた心。他愛もない……はっ、まさか!」
ある仮説が脳裏に過ると、ベッドから飛び起きて机に置いてある詩の資料を再度読み直した。
じっくり読み直してローレンスは真相を理解した。
「ふっ……なるほど。お前らしい答えだな」
(藤堂指令、貴方の仮説は外れです。ちゃんと詩にも意味はありましたよ)
何処か悲しい瞳を浮かべたローレンスは資料を片手に部屋を出た。
ローレンスが向かったのはバルジの自室。
すでに22時を過ぎているが、お構いなしにドアノックをする。
コンコン!
「……バルジ!俺だ。夜分にすまんが、少しだけ話をしたい!」
ドア前で待機をしていると、扉の先から微かに声が聞こえる。
『……カギは空いている。入ってくれ』
返答を確認したローレンスはドアの開閉スイッチを押下して部屋へ入室した。
「………失礼する」
室内に入ると、窓辺のソファーに隊服を肩に掛けて窓外を眺めているバルジがいた。
その姿は正午にみた様子と酷似しており、ローレンスは思わず顔を顰めた。
しばらく黙って立ち尽くしていると、雨模様を眺めながらバルジが尋ねた。
「………で、こんな時間に何の用だ?晩酌の時間にしては遅すぎると思うが」
「白々しいことだな。昼の問題の答え合わせをしに来たことくらい分かっているのだろ?」
「……ふん、流石にバレたか。では…お前の解答を聞かせてもらおうか?」
言葉と共に振り返ると、その青の瞳は何処か思い詰めているような色を浮かべていた。
その顔を見たローレンスは険しい顔で口を開いた。
「……なぁ、バルジ。答え合わせの前にひとつ質問いいか?」
「……なんだ?」
「何故……こんな回りくどいことをした?」
「……さて、それは何の事かな?」
重く投げかけた問いに対して予想通りの淡泊な返答に大きく息を吐いた。
「はぁ……全く。とんだペテン師だ」
「随分な言われようだな。それでいい加減にお前の解答を聞きたいのだが?」
解答の要求に対してローレンス黙ったまま一枚の紙を差し出した。
「………これは?」
「お前が求めた俺なりの解答だ。確認してくれ」
口で言えば良いのにと感じながらバルジは紙を受け取り、内容確認した。
しばらく紙を見つめていたバルジは内容を理解すると静かに瞼を閉じて微笑んだ。
「………正解だ」
「……そうか」
「まさかマニュアル人間のお前が正解に辿り着くとはな。意外だったよ」
「ふん。他人事だと思って。本当に手間が掛かったのだぞ」
少し残念そうに俯いているバルジの横に腰掛けて文句を垂れると、隣から反論の声が届く。
「ふん。大方、他者に助力を求めたのだろ。人の力を借りておいてよく言うな…」
「言わせてもらうが、出題時のルールに他者の力を借りてはいけないとは言っておらんぞ」
「確かにそうだな。なら……これは俺の失態か」
未だに項垂れている様子をみて、ローレンスの内情では複雑な思いがあった。
(失態…だと。馬鹿言え、俺を答えに導くためにわざと言わなかったのだろうが。そこまでしておいて、お前は失態と言うのか。冗談ではない)
内心でふつふつと謎の怒りが沸騰する最中、隣の出題者は話を続けた。
「やれやれ…ともあれ俺の負けだな。詩の内容は……この資料を見るに散々調べたようだから省略するが、願い事はなんだ?」
「願い……か。何でも良いのか?」
「まぁ…俺が叶えられる範疇ではあるがな。できるだけ善処はする」
「そうか。だが願いを決める前にもう一つ聞いてもいいか?」
「今日は質問が多い日だな……で、なんだ?」
ぶっきらぼうに応対すると、質問者のローレンスは再び真剣な瞳で青の双眼を見つめた。
「何故……そんなに悲しい瞳をしている?」
「………なに?」
意外な質問に少し睨みながら振り向くと、ローレンスはそっと顔に手を当てて話を続ける。
「っ?!ロー…レンス?」
「…俺には分かる。お前、今日一日何かに思い悩んでいただろ」
「そ、そんなことはない」
「バルジ!ここまで来て嘘を吐くな。俺がお前の異変に気付かないと思うのか!」
「…………」
真剣な瞳で追及された事で、そっと視線を逸らしてボソッと答えた。
「………別に…大したことではない」
「大したことではない…か。ならば俺に教えてもなんの問題にもならんよな」
「それは……」
「バルジ。頼むから…いい加減話してくれ。お前をそこまで追い詰めていることはなんだ?」
「っ…………」
ローレンスからの追及に観念したバルジはそっと視線を後方の窓へ向けて静かに答えた。
「………雨が……嫌いなだけだ」
意外な返答にローレンスは力が入っていた手をすっと下ろした。
「雨が……嫌い?」
「……あぁ。数年前から雨を眺めると…不意に心苦しくなる」
「………それは精神的なものか?」
「恐らくな。辛い思い出ばかりフラッシュバックしてしまう。情けないかぎりだ」
「そうか。これは不滅のシリウスの意外な弱点だな」
「雨が好きな奴は殆どいないだろ。そういうお前はどうなんだ?」
「俺か?俺は…ある意味で雨は好きだぞ」
意外な回答に思わずローレンスの方を振り向いた。
「……雨が好きとは珍しいな。理由は?」
「色々なものを流してくれる恵みの雨だからだ」
「ほぅ……お前にしてはポジティブな思考だな」
「なに、心の安定をするために都合良く利用しているだけだ」
素っ気なく返した内容にバルジは少し羨ましく感じていた。
(都合良く利用している……か。本当にそういうところには頭が上がらんな…)
「ふっ……そうか。で、俺の事はこれくらいにして、先程の報酬の願いはなんだ?」
バルジが再び願いについて尋ねると、雨を見つめていたローレンスから思いがけない要求が飛ぶ。
「………ならば、雨が降る日に1つ詩を教えろ」
「…………は?」
想定外の要求に思わず乾いた声が漏れた後、正気を取り戻して再び尋ねた。
「………それは…どういう意味だ?」
「どうもこうもない。今回の一件で詩というものに興味を持っただけだ」
「ん?それなら尚のこと、わざわざ俺に聞かずに自分で探して読めばいいだろ?」
「それではつまらん。物知りのお前が選抜した詩の方がより楽しめるだろ」
「それまた……無茶ぶりな話だな」
「何とでもいえ。ともあれ、この方法ならお前も雨の日が楽しみになるだろ?」
「別に…俺は楽しくはならんぞ」
「まぁそう言うな」
「………なぁ」
「なんだ?」
「その…何故こんな願いにした?別に他の事でいいのではないか?」
「なに、単純な答えだ。俺はお前の紫陽花が紫になるのを見たくないだけだ」
「俺の…紫陽花?」
「ももいろに咲く日はあれど、うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて……だろ?」
少し維持の悪い顔で告げた詩の内容に、バルジも思わず笑みを溢した。
「……ふっ…良いだろう。お前の願いを受理しよう」
「そうか。それは楽しみだな」
「ちなみに期限はいつまでだ?」
「無期限だ」
軽い気持ちで尋ねた期限が予想外の長さであることに流石のバルジも声をあげた。
「む、無期限だと?!おいおい冗談だよな」
「本気だ。俺がSDFに居る限り有効とさせてもらうぞ」
「だ、だがな、流石にそこまで詩のストックはないぞ。ネタ切れしたらどうしたらいいのだ?」
「その時はお前の思い出話を聞かせてくれ」
「俺の……思い出話だと?」
「あぁ。お前が経験してきたこと、楽しいこと、辛いこと、隠していること、何でも良い。ストック切れの度に一つ暴露してもらう」
「それはまた…えげつないな。それでは必死に詩集を読みあさらないといかんではないか」
「そうだな。まぁ、精々頑張ることだ」
意地の悪い顔で素っ気なく返すと、バルジはトホホと笑顔を溢す。
「やれやれ………軽い気持ちでした事が、予想以上に高くついてしまったものだ」
「なにを言っている。全てお前の思惑通りなのだろ?」
すべて見透かしたように告げた姿をみたバルジは何か心の重りが取れたように寄り添った。
「……そうかもしれん。ありがとう、ローレンス。やっと…楽になった」
まるでオアシスに訪れたような落ち着いた表情を見て、ローレンスは詩人の真意を瞬間的に理解した。
(あぁ……そうか。こころは何物にも例えることができる。だがその一方で、何物にも例えきることができないのだな。それでも人はこころの奥底に、無限の悲しみや寂しさを秘めている。それを言葉で表すのは難しい。いや……恐らく全てを説明しきることはできないのだろう。この詩人はその気持ちを無理に放り出すことができなかったのだな。何とも…無益で…報われないことだ)
「道づれのたえて物言ふことなければ……わがこころはいつもかくさびしきなり…か」
「………ん?どうした……急に」
「……いや、何でもない…」
「ローレンス?んっ…」
バルジが再び声を漏らす前に、ローレンスはそっと唇を重ねた。
―――ならば、何度でも……描き直すまでだ
静かな室内に外の雨音が響く。
不滅のシリウスの心に降り注ぐ雨は、次第に恵みの雨となった。
【次回予告】 VOICE 藤堂
君たちに来て貰ったのは、他でもない
実は、極秘の任務を頼みたい
次回、『浴衣大作戦』全年齢
私たちは、次の駅で、何かに挑む。
**************************************************************
『「こころ」の詩とビッグワンの設計図の共通点を答えよ』
⇒どちらも、想像力で<描き出す>ことができる
『こころ』 萩原朔太郎
こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。
こころはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひびきに
こころはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや
ああこのこころをばなににたとへん。
こころは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこころはいつもかくさびしきなり。
【現代語訳(意訳)】
こころを何に例えよう
こころはあじさいの花
ももいろに咲く日はあるけれど
うすむらさきの思い出ばかりは仕方なくて
こころはまた夕闇の公園の噴水
音のない音が歩む響きに
こころはひとつゆえに悲しんでも
かなしんでもここに在る価値がない
ああこのこころを何に例えよう
こころは二人の旅びと
しかし伴うひとが少しも物言うことなければ
わたしのこころはいつもこのように寂しいのだ
参考文献:詩集『純情小曲集』萩原朔太郎「こころ」
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