道化と令嬢―秘愛編

  わたしが「それ」を初めて見たのはたまたま通りかかった町外れの一角でした。

  その姿にわたしは今まで見た事のない、知る由もないものを感じたのです……。

  町明かりも雑踏もほとんど届かない夜の風景。

  そんな中にあるとある屋根裏。

  ただ小さな物入れと大きな鏡かある以外はただ殺風景な場所。

  そこがワタシの場所。

  ワタシがこれから楽しむ場所。

  ワタシのおもちゃ―もとい我が「愛しき人」と睦み合う場所。

  鏡の中には二つの人影。

  一人は見目麗しき深窓のご令嬢と言わんばかりの乙女が一人雪のような素肌をさらして立っている。

  その隣に立つのは異様な―濃い色合いのだぶついた衣装を身に着け、笑顔を固めたような化粧をした面をかぶる道化師が一人―そう、それがワタシだ。

  ワタシが彼女を見つけたのはとある町角。

  幾人かの女性達と共に歩くその姿にワタシは一目で心を惹かれてしまった。

  その瞳、その口元、その顔立ち、その髪。

  ふいに彼女の目がワタシと向き合った時、ワタシは運命を感じた。

  そしてワタシはたくみに彼女の家を突き止め入り込み……今に至る。

  彼女はワタシにおののきつつも魅入られるようにしてワタシの手を取った。

  誰に気づかれる事も、見張られる事もなくワタシは彼女を伴いワタシの場所に招いていた。

  時には彼女が人知れずワタシの元を訪れる事もある。

  それだけ彼女もまたワタシに惹かれているのだろう。

  鏡の中の彼女の顔はほんのり火照り、らしくないほど何かを求める顔になっている。

  こうして間近で彼女を見るようになってどれだけになるだろうか。

  愛おしい。その美しくも愛らしい顔立ち。

  小動物を思わせる軽やかさと品を併せ持つ肢体。

  白磁器の様に白く、絹の様に心地よく、そして日に干した布団の様に暖かい肌。

  ワタシにとってこれ程愛おしいものがあったであろうか。

  ワタシはそっと彼女の顔をなでる。

  額から目元、頬と流していくと彼女は軽い吐息をもらした。

  そこから首筋、鎖骨の辺りを撫でる。

  彼女は心地よさげにかるく首を回す。

  その仕草にワタシはそそられてしまう。

  できればここで一気に……とは行きたいがそれはそれで惜しい。

  とは言え、長くは彼女をここには置けないもどかしさが募る。

  だからこそ、ワタシは彼女との一時にその全てを向けたい。

  そう思いながらワタシは彼女の裸身をそっと抱きしめる。

  彼女も神妙な顔で向き合っていた。

  [newpage]

  そしてワタシは彼女の肌にそっと触れる。

  彼女は瞳を閉じ、それを受け入れるような顔をする。

  きめ細やかでやわらかい肌触り、そしてきゃしゃだがしっかりと触れがいのある体付き。

  それを感じるうちに彼女の息が少しづつ大きくなってくる。

  両手でその柔らかな胸のふくらみに触れ、そっと順逆に回し、そこから腹部を交差してわき腹から腰を通る。

  彼女の吐息にかすかに声が混じる。

  呼吸に合わせてその愛らしい声が漏れてくる。

  ワタシは彼女の膨らみを片手のみに託し、空いた手を静かにその下腹に添わせ、下ろしていく。

  彼女の顔に一瞬不安と緊張が走る。

  瞳を閉じ、軽く顔を上げる。

  そんな不安を鎮めるようにワタシはそっと下腹の奥―彼女のそこ、未だ未知の存在たるその場所に手を添わせる。

  彼女は無言のまま軽く息をもらす。

  そっとあてた触り心地は小さくもいとおしい。

  こうして―彼女に触れているだけでもワタシもまた不思議な心地よさを感じる。

  しかし、ワタシは、そして彼女も感じている。

  今の彼女の奥底、深窓の奥に隠されている熱いものが満ちている事。

  そしてその清楚な恥じらいの顔の奥でそれが解き放たれようとしている事を。

  彼女はその時を待っている。

  そしてワタシがその扉を開ける事を受け入れ、待ち望んでいる。

  ワタシはそれに導かれる様に、もしくは自らの意思で彼女へと両手を延ばしていく。

  ワタシの両手がその花を愛でる度、その泉に触れる度、彼女は愛らしい声を上げる。

  最初は恥じらいもあってかやや抑えながら。

  その声を愛おしみつつ崩さぬ様に響かせながらワタシは彼女を愛で続ける。

  花は静かに開き、泉は潤いを増していく。

  彼女の声も愛らしさに加え少しづつ荒ぶる様な激しさも混じりだしている。

  まるで弦楽器の音が響くかの様な調子で彼女は声を上げる。

  そんな声を絞り出す様に彼女の体は左右にしなる。

  愛でられる事でもたらされる心地よく甘い刺激が彼女をしならせている。

  ワタシは彼女がそれに耐えられず倒れない様に両足に力を入れ、体を張りながらさらに彼女を愛で続けた。

  より強く両手を動かし彼女を愛で続ける度にその温もりが高まってくる。

  肌の震えがより早くなり、その体もより大きくしなっていく。

  ワタシ両手の指は既に彼女の未だ未知の深奥に達しつつある。

  いまや大輪の花は瑞々しい蜜と露に輝きながら咲き誇り、深い泉は既に溢れんばかりだ。

  それを表す様に彼女の口元から漏れる声も恥じらいの枷から少しづつ解き放たれより高く、乱れた様な調子になっていく。

  しかし、その声はやはり鈴のように美しい。

  淫卑でありながら清楚……わたしの彼女ならでは。

  そんな彼女を最高の瞬間に導くべくワタシはさらに彼女を愛でる。

  彼女はさらに声を上げ体を震わせる。

  ワタシの体に、ワタシの耳にそれがより強く伝わってくる。

  より強く、より高く、より深く……。

  彼女の声と震えが強くなりながら間隔を狭めていく。

  来る。来る。来る。

  行く。行く。行く。

  そして―彼女はワタシの中で弾けた。

  最高の声と弾ける様な震えと共に。

  弾けきり震える声を漏らし、未だ全身をびくびくと震わせる彼女をワタシはそっと受け止めようとする。

  震える両脚を踏み止まらせて、全身を張って。

  そして、彼女はワタシの体の中で安らいだ表情でしばらく息を整える。

  愛おしい。愛らしい。

  先程まで激しく乱れながらも清らかな姿を見せる彼女。

  その姿がここまで愛らしく、愛おしく、美しいものだとは。

  そうしているうちに彼女はけだるさをこらえつつ改めて体を起こし立ち上がる。

  そして、彼女は不意にワタシの顔に両手をかけ―そっと面を外した。

  その中から現れたワタシの顔、鏡に映ったワタシの顔。

  それは彼女と同じ顔の―「わたし」だった。

  [newpage]

  わたしは手にしていた道化師のお面を手に未だ抜けきらない心地よさと脱力感に浸っていました。

  道化師のお面を被っただけの姿で裸のわたし自身を慰め愛おしむ行為……

  只でさえ秘すべき事であるのに誰にも見られていない、気付かれないとは言えこの様な場所でああ言う行為を行い、あまつさえ道化師のお面をつけて事に及ぶなどほぼ本来ならありえない事、恥じらうべき事です。

  それでなくともあの様な奇抜な衣装を着て―その下は素肌だけなのです―夜道を走り抜ける行為そのものがとても勇気が求められる事なのです。

  それが、それをいとも簡単にこなせてしまう。

  いまわたしの手の中にあり、先程までわたしの「顔」だった道化師のお面をかぶる事で。

  ある日、たまたま町で見つけたそのお面にわたしは心を引かれてしまいました。

  別に怪しい雰囲気のあるお店でもなく、お面自体も作りはともかく見た目はなんの変哲もないただの道化師のお面。

  その時はその場をあとにしてしまいましたが、それからそのお面を買い求めるまでの間わたしはお面の事が頭から離れず、ついつい普段は起こさないようなしくじりをする事もありました。

  そしてお面を手元に置いてからしばらくはただこっそり眺めているだけでしたが、気がつけば鏡の中に道化師のお面をつけたわたしを見つけていたのです。

  道化師のお面をかぶっただけのわたし。

  それだけなのに何かが違う。

  本当にそこにいるのは「わたし」なのでしょうか。

  それともわたしの体を借りた「何者か」なのでしょうか。

  そんな事を思ううちにわたしはいつの間にかお面以外の全てを脱ぎ捨てていました。

  恥ずかしい、はしたない、そんな気持ちがわいてきます。

  思わず腕で体を隠してしまいました。

  しかし、同時にその姿―異様な道化師のお面とその下のわたしの一糸まとわぬ体が不思議な一体感をわたしの中に刻んできたのです。

  そして、腕を解いて改めてわたしの姿をみつめるうちに色々な仕草を取ってしまいました。

  普段のわたしにはとうていできない様な様々な仕草を。

  いかにもおとなしくつつましやかな姿をしたわたしの裸身に余りに不似合いな顔の道化師のお面。

  なのにその顔はどこか喜んでいる様に見えます。

  わたしがお面を被り、全てを脱ぎ捨てた姿をさらすで思う存分動く事ができる事が嬉しいのでしょうか。

  冷静に考えればこの顔はただのお面であり、中には見慣れたわたし自身の素顔があるのです。

  でも、お面の覗き穴から見えるわたしの顔は間違いなく道化師の顔。

  道化師の顔をした全裸の女。それが今のわたし―。

  わたしであってわたしではない「わたし」にわたしの素顔もまたお面の顔の様に笑ってしまいました。

  それ以来わたしはこのお面を被っては秘密の一時を過ごすようになったのです。

  夜中にこっそりと仮面だけの姿で家を歩いてみたり、時にはこっそりお庭に出てみたり。

  暗がりの中、月明かりに照らされたわたしの肌が妙に輝いていたのを思い出します。

  その中で一人だけの演舞を行った事もありました。

  もちろん道化師の面を被った姿で。

  そして―わたしは自分を慰め、愛おしむ事に目覚めてしまいました。

  眠れない夜にはいつの間にかお面を被り、そして全てを脱ぎ捨てわたし自身を愛おしみ、何度も声を押し殺しながら穏やかに眠りについた事は一度や二度ではありません。

  時にはそう―道化師の顔になって目を覚まし裸の体を起こした事もありました。

  こんな事は家族にも、級友達にも内緒の禁忌な行いなのですが、同時に不思議な嬉しさも感じているのです。

  それはあのお面がわたしの体を使っておこなっているのでしょうか?

  それともあのお面を口実にわたしが秘めたる思いを満たしているだけなのでしょうか?

  そんな疑問をよそにわたしはいつの間にかさらなる行動を起こしていました。

  そう遠くない場所。

  人目を忍んで行ける場所。

  人知れず過ごせる場所。

  それら全てをわたしなりに調べた末に辿り着いたその場所でわたしは夜な夜なとまでは行かないまでもこうして時を見ては道化師の姿になって赴くのです。

  時にはあえてお面を忍ばせてわたし自身の姿で赴く事もありますが、やはりあの姿こそこの場合はふさわしいかも知れません。

  夜中、人知れずお面をかぶり道化師の顔になりそれ以外を脱ぎ捨てます。

  裸の体に見とれる間をあえて惜しみその素肌に密かに手に入れた道化師の衣装を身に着けます。

  そして、ひそかに外に出ると夜の通りを駆け抜けその場所に向かいます。

  道化師の衣装越しに感じる夜の空気はわたしの素肌と心を妖しく刺激し気持ちを高めます。

  昂ぶる気持ちをグッとこらえてその場所―の天井裏に上がると鏡の前に立ち、改めて衣装を脱ぎ捨てます。

  そして、改めて道化師のお面を被っただけの裸のわたしと鏡越しに向き合い……。

  思う存分わたしを愛おしみ、慈しむ一時を心ゆくまで楽しみます。

  事が終わり気持ちが静まれば再び道化師の衣装を身に着け家路を急ぎます。

  そしてわたしの部屋に戻り、道化衣装を脱ぎ裸となった後元の衣服を身に着けた所でようやくお面を外してもとのわたしの顔になり床に入るのです。

  道化師の顔になって思いのまま妖しくも優しく自らを慰め愛でるわたし。

  普段の顔になっていつも通り穏やかに、つつましやかに日々を過ごすわたし。

  どちらがお面でどちらが元の顔か……それは「お面」の中にあえて隠したいと思います。

  ただ、今確実に思う事があります。

  もっと、もっと「ワタシ」と愛し合いたい。

  もっと、もっと「わたし」と愛し合いたい。

  その為に感じる禁忌の願い―。

  わたし以外の誰かがお面を被りわたしと愛し合う光景。

  あるいはお面を被ったわたしが他の誰かと愛し合う光景。

  それは余りにも危険で禁忌な思い、それゆえに……。

  わたしが一番の親友だと信じる彼女。

  わたしが道化師のお面を手にするまでの間色々と気にかけてくれた彼女。

  もし叶うならこのお面を彼女にかぶせてみたい。

  もし叶うならこのお面を被った姿で彼女に会いたい。

  道化師の顔になった彼女と裸のまま愛し合いたい。

  道化師の顔になって彼女と裸のまま愛し合いたい。

  そんないけない思いが募るのは未だに愛おしみの余韻が抜けていないのでしょうか。

  そんな思いをいだきながらわたしは手にしていたお面をそっと抱きしめると、そっとその口元に唇を沿わせます。

  優しく、沿わせるような口づけ。

  でも、わたしにとっては文字通り「秘密の、禁忌の愛の証」なのかも知れません。

  そして、わたしはまた道化師のお面を被りわたしを愛でるのでしょう。

  「わたし」と言うお面に隠した思いと共に……。

  了