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海岸には船とコンテナーが群れ、しきりに吹きつける潮風は少しベタつく。鼻を舐め鬣をセットしている君も同じように思っているのだろうか。
以前ゲームセンターに行った時と同じようにオレをリードしてくれているけれどオレに出来る事は責任を取って結婚する事くらいしかできないし、せっかくの初デートなら次もその先も……まだ水族館に着いてもいないのに目の奥が熱くなってマズルの辺りまで熱が伝う。
「どうしたー?ぴょんすけ」
「いや、なんでもないよ」
電車を降りて何話そうか、せっかくお付き合いしてるのに顔色ばかり見てしまう。落ち着きないのはお互い様だけれども……一定の距離を置いて海岸線を歩くカップル。
前後を歩く二組は手をつなぎ時折声を上げている、サンドイッチされているとなったらお留守にしている左手を攫いたくもなる。
ダサいと自分で嘲った服をガオは見事着こなし、撮ってはエフェクトを踊らせて早速投稿していた。
だけど画面越しで見るのとは違う照らさずとも朝日のようなかっこいいガオを独り占めできるのはオレだけ。
きっと数年後には大切にしている生えかけの鬣も日輪のようになっているんだろう。
三歩程後ろに下がり背中を見ていると頼りがいのある兄貴、そう感じてしまう。弟さんとはご挨拶も出来ていないけれどいつかは家族になるわけだし、そういった所もしっかりしていないと。
「ぴょんすけ、着いたぞ」
「うん……」
「これ、チケット買っといたからさっさと入館しようぜ」
顔を上げるといつものガオ、いいや頬を掻いてほかのカップルの様子を見ているからきっとガオも意識して小っ恥ずかしくなっているのかな。
入場ゲートへ向かう背を見るとビビビと小刻みに震えている尻尾、オレの前では大人びているように見せているけれど精一杯に振る舞っているんだよな。
「今、行くよ」
遠ざかっていく背中を追って館内に足を踏み入れた。
売店を横目にトンネル状の水槽を通り抜け人気者水槽
ゲートを通り抜け、すぐに目につく売店の入り口にはメダル販売機やガチャガチャが控え、平積みの棚には配りやすそうなお菓子の箱が積み上がっている。遠くに見えるのは持って帰るのも大変そうな大きさのぬいぐるみや骨格標本だろうか。
「お土産は後のお楽しみ……だよね」
「持って歩くのも大変だし、後で一緒に選ぼうな」
“一緒に”今日初めてガオから贈られたドギマギさせるフレーズ。急いでガオの隣、手の届く距離。に近寄って出迎えるように設置されたトンネル状の回廊へ……
通り抜けの水槽は視界すべて青く染めるかのよう、外の光に照らされてエイや色鮮やかな魚が出迎える。水に囲まれて忙しなく周りは動くのに、奥へと渡された回廊はまるで変わらずただ明るく照らされている。
あの歩道橋に容赦なく浴びせかけられた水と物質としては同じはずなのに。今、歩いていても視線は上を向き穏やかに居られる。
これがデートなのかな。
「綺麗だ「旨そうだな」」
へ、と口を突いて出る。隣を見ても腕組して「あのでかいやつとか、塩焼きにしたら良さそうだな」と続けるガオ。
「う、うん。それもそうだね」
「次行こうぜ」
肩に手を回してくるガオの手は普段よりも少し湿っぽく、耳を掠った吐息は上擦った声と共に溶けていった。
どんどんと下へ深く潜り込むに連れて水槽は暗く小さく移る。顔を寄せ合って展示板を見ながら水槽の中で答え合わせをしていると表面にお互いの顔が映る。
こんなに近くにいたんだ、熱中しているのがなんだか可笑しくて白日の下には見せられない本来の距離が“答え合わせ”出来ているのかな。
辿り着いた先は光源を最小限に絞った水槽、中空に浮かぶ半透明な体は星か銀河か。夜空を思わせる闇の中、照らされ漂うクラゲはついそう感じる。
宇宙船の窓から外を覗くイメージなのか散らばったオブジェは渦を巻き、金属質で無機質な部屋。水流になされるがままに流されるクラゲたちをぼんやりと目で追う。
「ぴょんすけ~」「あ、ガオごめ__」
瞬間鼻先に触れる湿ったなにか。前にも走ったこの電流は。
「俺、ここもう飽きたから先行ってるわ~」
婚約?それだ!反射的にはじき出した答え。目は潤み早足になっているガオを捉えると。
「結婚!結婚‼」
周りの目を気にする暇もなく奥に進む。
急に開けた視界には聳え立つ水塊、コバルトブルーに満たされてサメや銀に輝くイワシの群れ。目線を底へと降ろしてゆくと対岸の支柱で休むクエに砂利を掃除するダイバー、口から洩れる気泡は、上からオーロラのように帯となって降り注ぐ光を浴びて水銀のよう。
「でっけー」
言葉を失う俺を尻目にはしゃぐガオ、また自分の世界に入っているのか自分ばかり撮ってどうしたものか。
「ガオ?」
あれから二十分が経ち二人のデートなのにほったらかし。
さっき更新してもらったばかりなのに、疎外感がちょうどガオの腕が掛かっていた辺りに圧し掛かる。呼んでも答えてくれない君のこと、カズハさんの言った通りだったお付き合いしていても友達のまま。わかっていてもやっぱり寂しい。
人混みに流されるまま漂流する俺はさっきのクラゲに似てる。自然にありたくても人工的に作られた回廊を進むだけ、そこに抗うだけの力はもうない。
疎らに空いた暗い水槽、特別展示の看板が打ち付けられたそこにはイソギンチャクやサンゴ、クラゲ以上に動きのない水族がひっそり並んでる。
することも無く折角なので、もたれ掛かった疎外感を傍に下ろして水槽を覗いても表面に映るのは俺の顔だけ、ため息が零れる。
ぼんやりイソギンチャクに紛れて面のような格子状に立つ柱を見つけると、展示板の紹介を見やる。『カイロウドウケツ』と『ドウケツエビ』……どこかで聞いたことのある名前。
読み進めると、『カイロウドウケツ』は海綿の一種で『ドウケツエビ』はその中で一生過ごすことで身を守る生態。仲睦まじく共に老いるまで連れ添う夫婦の契り「偕老同穴の契り」に由来する……とかなんとか。
オレにはまだ詳細までは解らなくても、『カイロウドウケツ』の中で過ごす二匹のエビが何処か羨ましくて、悔しくて、もと来たはずの道を戻った。
***
くそっ、ぴょんすけの奴どこ行った?
大水槽まで来ていつの間にか居なくなっていた。人混みに流されてはぐれてしまった、とするならあの時もったいぶらずに手を繋いでいりゃよかった。結果論が胸を渦巻く。
飽きてきても、もっと近くで綺麗だって言っていれば……俺らしくない!
アイツが居るとするなら、さっきのクラゲ水槽かそれより前か遡って行ったら見つかるだろう。そう思っていたのに気づいたら入口すぐの売店に着いていて、そういや一緒にお土産選ぶつもりだったよな。
趣味はまだわからないけど、いつだったかのぬいぐるみを大切に持ち歩いているのずっと見ていたから知ってる。でもまたぬいぐるみ渡すのも芸がないし、薄い箱を二つとってレジを通すとまた大水槽までの道を辿っていった。
***
昼頃になって大水槽にあった人混みは外に流され消えていったようだ。連れ添う様に漂うカップル達から浮き出ている影は同じくらいの背丈、汗だくの獅子。
「ぴょんすけ~!どこ行ってたんだよ」
「あ、とそれは」
「独りぼっちにさせてごめん。俺、謝ってばかりだな。デートしているのに手もつながないでいるなんて」
ガオなりに考えていたことが、伝わって。オレ。どうしようもなくて__
「あ~すぐ泣く!でもこれから結婚するんだろ。これからもずっとデートするんだから少しずつでも直してゆけよ。俺もぴょんすけに相応しくなっていくから」
「ガオ…」
視界が崩れ、何やら箱を開ける音と衣擦れの音。首の裏に両手を伸ばされて……これってもしかしてハグ?
「これしか結び方知らないけど、これお揃いで買ったから結婚するまで持っとけよ」
首元の圧迫感、腕で涙をぬぐい目の前のガオ。笑ってる。
「オレもずっとガオと居たい!」
頷く彼の顔は、連なった回廊から差す光に照らされ。いつもより眩しく見えた。
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