龍の国の空は暗雲が立ち込めていた。どんよりとした雲。つられてこちらが沈んでしまいそうだ。それもそのはず。この空は1人の男が愛する妻を心配しているからなのだ。
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「ベルダ、具合はどうだ?」
その男が妻の部屋の戸を開けて入ってくる。白髪に金の目を持つその男は美丈夫。通りを歩けば誰もが惚れるであろう顔立ちだ。
「ビクター…。」
部屋のベッドに横たわって男を見る女性は少女かと思われるほど小柄だ。しかし、男と同じ白髪と桃色の目が神秘的な存在のように見させる。
「まだ良くならなそうだ。すまぬ、こちらの空気が悪いのかもしれん。」
ビクターと呼ばれた男は妻であるベルダのそばに座りながら謝る。しかし、彼女はゆっくりと首を振って言った。
「ここの空気は、澄んでいるので大丈夫、です。私が、弱いから…。」
「何を言う!我らの歓迎が悪かったのは確かなのだ。今は誰も騒がぬように言ってある。謝ることはせずにゆっくり養生するのだ。」
ビクターはベルダの手を握って言った。ベルダは弱くも握り返しながら1つ頷いた。
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ここは龍が住む世界。ベルダは人間界からやってきたビクターの妻だ。ビクターは龍全ての頂点に立つ龍神で、人間界も崇拝する対象になっている。そんな龍神には一生に1人しか愛せないという習性があり、ベルダはビクターの唯一の愛する人であり、番なのだ。ベルダが喜ぶ時は一緒に喜び、ベルダが悲しんでいる時は一緒に悲しむ。その気持ちは天気に表されるのだ。
龍神の気持ちは天気と同調している。嬉しい時は晴れ、悲しい時は雨などと、そのときの天気によって龍神の気持ちもわかるようになっているのだ。初めて会った時に空が曇り始めた時はわからなかったベルダだが、後でその話を聞いて面白い、と時々空をじっと見るようになったのはビクターの記憶に新しい。
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ベルダがビクターのもとへ来た時、龍たちは心からの歓迎とおもてなしをした。ベルダは人間界で辛い思いしかしてこなかったために感激し、それを見た龍たちはさらに張り切ってこれでもかというほどの宴会を開いたのだ。しかし、慣れないことでベルダは次の日に熱を出してしまった。それから3日。未だベルダは熱が続いている。
ベルダは熱にうなされながらも、自分のことを話してくれていた。
自分は生まれた時から体が弱く、同じ年頃の子たちと比べても明らかに2〜3歳ほど小さいのではと思われるほど小柄なのだそうだ。人間はベルダしか知らないビクターにはよくわからないが。何より、白い髪に桃色の目を持っているということできみ悪がられていたらしい。この髪と目は龍の嫁になるものの証だと神官から聞くまで、自分はおかしいのだと思っていたベルダだったが、神官たちに歓迎されてからは自分はここにいていいのだと感じられたという。しかし、歓迎されたのも束の間、大事な存在だということで神殿の中に閉じ込められてしまった。神官がベルダの存在に気づいたのには彼女が成人してからで、それまではその目立つ色に不審がった家族が隠していたのだった。そのせいでベルダは外のことは知らなかった。神官がお告げを聞いてこの龍の世界にきてからの毎日は夢なのではないかと思ってしまうのだという。
それを聞いたビクターはベルダを力一杯に抱きしめ、熱が下がったらもっといろんなことをしようと言った。
ベルダの熱は1週間で治った。ビクターは自分のことのように喜び、どうしてもという時以外はいつもベルダといるようになった。の、だが。
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「はぁ…。」
ベルダは厨房にいた。人間界で家事全般はできるようになっていたので是非ともやりたいと頼んで出入り自由にしてもらったのだ。今日も厨房に入ってひき肉をこめていたのだが。
「奥方様、いかがなさいましたか?」
横から料理長が尋ねてくる。こねながらため息をつくことはなかったベルダの様子を心配して声をかけてきたのだ。
「あ…、なんでないです!」
ベルダは懸命に首を振ってひき肉に集中するが、すぐにまたため息をつく。料理長は元気づけようと話を振った。
「そういえば奥方様、以前お話ししていたものが届きましたよ!」
「話していたもの、ですか?」
「はい!」
料理人が察して奥から大きな袋を持ってきてベルダの前におろした。ベルダはなんなのかと覗き込む。料理長はニコッと笑って袋の口を大きく開ける。
「まぁ!」
「そうです、コムギ、とおっしゃってましたっけ?それが先日届いたのです!」
ベルダは急いで手を洗ってその袋の中へ手を入れる。
「あぁ、懐かしい!そう、これよ!」
「奥方様、ぜひ私どもにこのコムギを使った料理をお教えください!」
「はい!皆さんで作りましょう!」
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「なにやら厨房が騒がしいな?」
「なにかあったのでしょうか?」
ビクターが側近の男と話す。なにか、と言われたので少し早歩きになりながら。ベルダが今日は厨房に行くと言っていたので不安が湧き出てくる。もめあいか、それにベルダが巻き込まれていないか…。
「奥方様、こちらは準備ができました!」
「あ、じゃあそれを…、」
「奥方様、これで合っていますか?」
「えっと… 、」
「奥方様!」
小さなベルダが見えなくなるほどに料理人たちが彼女を囲っている。それにあれそれと頑張って答えているようだ。
「杞憂でございましたね。」
側近がホッと胸を撫で下ろすが、
「いや、」
ビクターは違うようだ。
「杞憂なわけあるか。」
ビクターはズカズカと彼らの中に押し入り、ベルダを抱き上げるとさっさと厨房から出ていってしまった。
残されたものはポカンとしたまま固まるが、側近だけは愉快に笑っていた。