名前

  出て行ったしまった家臣たちに少女が泣いていたわけを話して戻ってきてもらい、宴を仕切り直した。

  少女はこれまでにない歓迎を受けた。家臣が1人ずつ挨拶をしてくれ、祝いの言葉をくれた。同性の人たちからは、悩み事があればいつでも、と言って笑ってくれた。何より、龍神の腕の中にいることが安心する1番の要因だった。

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  宴がお開きになると、龍神は少女を抱いたまま立ち上がって部屋を出た。そして、そこから少し離れた別の部屋へと入る。龍神は少女をベッドの上に腰掛けさせ、自分もその横に座った。

  「我が番よ。」

  「はい。」

  「其方に名前はあるのか?」

  龍神はずっと聞きたかったことを聞いた。最初に聞こうと思ったが、番をいつまでも床に座らせたくなくて抱き上げて離れを出た。そこから歓迎を受けたので聞けず、さらには番が泣き出してしまい、どうやらよい思い出がないということでなおさら聞けなかった。これを聞いてしまえば、少女は人間界のよくない思い出を思い返してしまう。だが、どうしても、自分は名前を呼んであげたかった。その名前だけでも良いと思ってもらえるように、愛しい人を呼ぶその権利が欲しかった。しかし、少女の口から出た言葉はそんなことではなかった。

  「名前は、ありません…。」

  こんな扱いを受ける妻がいるのだろうか。人間界で崇めている龍のもとに嫁ぐ女性の素晴らしさがわからないのだろうか。龍神の心が黒く染まっていく。と同時に、先ほどまで綺麗な夕焼けだった空が曇ってきた。どんよりとした黒い雲が夕焼けを隠していく。それに驚く少女も見られない。龍神の目は何も映していなかった。彼は人間界への怒りでいっぱいだったのだ。

  今すぐにでも人間界に行って奴らを懲らしめてやりたい。山火事を起こし、津波を起こし、日照りの日や雨をずっと降らせて浸水させてやろうか。いや、いっそのこと、人間界など滅ぼしてやろうか…。

  「あの、」

  クイッと龍神の袖がひかれた。引いた手の先には少女がいる。彼女は不安な目をしてこちらを見ている。

  「あの、失礼でなければ、」

  何を言おうとするのだろう。彼女が言うことはなんでも従ってやりたい。なんでも叶えてやりたい。人間界に対しての復讐だって、いつでもできる。少女は言葉を紡いだ。

  「龍神様が名前をつけてくださいませんか…?」

  「…なまえ?」

  「はい。」

  「それは、其方の、か?」

  「はい。」

  少女は復讐など考えてなどいなかった。それどころか、名前を考えて欲しいと言う。空から雲が去っていく。夕焼けが顔を出し始めた。

  「それならば、其方もだ。」

  「え?」

  龍神は少女の手を取って言った。その顔には怒りなどなかった。

  「其方も、我の名を考えてくれ。番には名で呼ばれたい。」

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  数日後、2人はお互いにお互いの名前を呼び合うようになっていた。龍神にはビクターという名前が、少女にはベルダという名前が。それを聞いた家臣の1人が名前でそれぞれを呼ぼうとすると、龍神ことビクターが睨みつけた。なんでも、自分だけが少女に名前で呼びたいし、自分の名前は少女にだけ呼んでほしかったからだそうだ。

  「いやはや、龍の独占欲というのは侮れませんなぁ。」

  と言ったのは側近のあの男。自分は独身なのでよくわかっていなかったそうだ。