Scape wolf 5-20「世界の中心」

  「世界の中心」

  中の世界は、例えるなら夜空の上に浮かんでいるような場所だった。

  上も下もあるのは漆黒の闇ばかりで足元にある虹色に輝く半透明のガラス板のような地面がなければ虚空を浮いているように錯覚していただろう。

  マリは、セラが化身した槍を持ち前を行くリュカオンを追いかけた。

  後ろではロキが剣を片手に少し遅れてついてくる。

  「ここまでだ」

  リュカオンは突然立ち止まって言った。

  「私は〝監視者〟。この世とあの世を繋ぎ両の世界を均衡に保つ者。

  だが、これより先は君たちヒトの領分。私は、ここより君たちが無事世界を救ってくれることを祈っているよ」

  「ああ、ありがとう世話になったな」

  マリはそう言うと、先へ続く道を歩き出した。

  ロキも後へ続く。

  「待て、ロキ」

  突然、老狼は口を開いた。

  「何だよ?」

  ロキは、愛想のない声で言った。

  「本当に行くのか?」

  「行くさ。

  こんなところで、引いてたら格好つかないだろ?」

  「見栄を張って死ぬのは美徳ではないぞ」

  「ただでは死なないさ」

  「できれば、ここにいて欲しい」

  「いつまでも子離れしない親は嫌われるぞ」

  「やはり無駄か」

  「無駄だな」

  ロキはそう言い残すと、再び歩き始めた。

  リュカオンは何も言わず、その場に腰を下ろした。

  [newpage]マリたちは、しばらくの間無言で光る道を進み続けた。

  やがて、一行は開けた足場に出た。

  円形に広がるそこの中央には、小さな泉があり水は澄んだ輝きを放っていた。

  泉の前には、一人の灰色の鱗を持つ竜人が立っていた。

  見たことない姿だったが、その身にまとう純白の鎧とかすかに漂う匂いから誰なのかはすぐに分かった。

  「ガルニエか?」

  マリが問うと竜人は振り返りうなずいた。

  「ああ、そうだ。ようこそ、世界の中心へ」

  「ウールヴヘジンの司祭は人間だと聞いていたんだがな…」

  ロキは、誰にとなく言った。

  「ああ、ほんの少し前までは人間だった」

  ガルニエはそう答えると、自身の手を見つめた。

  「ある者が開発していた薬の力でこの姿を手に入れることができた。

  君たちも覚えているだろう?ジル・ド・レイを」

  「あの狂人野郎か。まったく死んでからも迷惑かけてくれるよ」

  ロキはそう言うと持っていた剣を構えガルニエを睨んだ。

  「まあ、それもここで終わりだけどな」

  そう言い放つと、彼はガルニエの方へ駆け寄り剣でその胸を突いた。

  剣は、鎧を貫通し背中を突き破ったが、ガルニエは平然とした顔を崩さなかった。

  「無駄だ。私は生と死を超越した。

  君らには止められない」

  そう言うと、竜人は剣を振りロキの胸を切り裂いた。

  大量の鮮血が飛び散る。

  ガルニエは、人狼の肩を掴むとそのままマリの方へ王の身体を放り投げた。

  「ロキ!」

  マリは、ロキの身体を抱きとめ彼を地面に横たえた。

  王は、口もとに笑みを浮かべ事切れていた。

  「大馬鹿野郎!これじゃあ、犬死じゃないか?」

  彼女は、物言わぬロキに向かって叫んだ。

  中の世界に入る前、彼の血の匂いは分かっていた。

  恐らく他の者たちも彼の死が近いことを察していただろう。

  マリはうつむきながらも、そっとロキの身体を横たえた。

  死と言うモノに慣れてしまってから、どのくらい経つだろう?

  今は考えたくないが、いずれ家族が死んだら自分は涙を流せるのだろうか?

  「マリ…」

  セラに呼ばれ物思いから覚めた。

  「大丈夫だ」

  マリは、そう言うと槍となったセラを握り直しガルニエを見据えた。

  「君は何故抵抗する?」

  ガルニエは尋ねた。

  「君だって、嫌と言うほど見てきたはずだ。この世の醜い姿を。

  暴力と憎しみに満ち溢れた世界に今更何の未練がある?」

  「確かに、あんたの言うとおりだよ」

  マリは、ため息をつきながら言った。

  「どれだけ、友好的に接しても、どれだけ命を懸けて守っても、人間ってヤツらは魔物と言うだけで私たちを忌み嫌い殺そうとまでする。

  でもさ、そんな腐った世界にも守りたい家族ってヤツがいるんだよ」

  「ならば、君の言う家族も新しい世界に迎えてやろう。

  それならば、君も納得するだろう?」

  「何も分かってないな…」

  マリは呆れたように首を振った。

  「あの世界はな、綺麗なところも腐ったところも誰かにとってはかけがえのない一部なんだよ。

  何一つ欠けちゃあいけない。欠けてしまったら、それはもう偽物でしかないんだよ」

  「君とは分かり合えると思ったが残念だ」

  ガルニエは胸からロキの剣を引き抜きながら言った。

  鎧に開いた穴から見える傷は見る間に塞がってしまった。

  「私も、あんたはもう少し利口だと思ったけどね」

  マリは槍を構えながら言った。

  しばしの間。

  戦闘は、すぐに始まった。

  鑓と剣がぶつかりあう音が、無の空間で唯一の音としてこだまする。

  「セラ!」

  マリは声を上げながらセラに自身の意識と魔力を伝えた。

  彼女の力を受け取ったセラは、刀身に銀色の炎を纏った剣に姿を変えた。

  マリの全ての魔力が手を伝い流れこむ。

  あまりの力に圧倒されながらも、使い魔はマリの意識を形にして保った。

  ガルニエが、剣を前に突き出しマリの肩を裂いた。

  鮮血がほとばしり、髪が朱に染まる。

  「いっけええええええええ!」

  マリは、剣を両手で握り鎧に開いた穴からガルニエの胸を突いた。

  彼女の持つ退魔の力が、剣を覆う火に宿りガルニエの身を焦した。

  「あががががががががが!何故だ?何故、身体が動かない?

  私は生死を超えた…」

  ガルニエは、そこで思い出した。

  マリの癒しの力。

  生きるべき者を死の淵から救う力。

  「死すべき者を生の柵から解放する力」

  その時、突然どこからか声が聞こえてきた。

  「お前の野望も終わりだな、ガルニエ」

  「リュカオオオオオオオオオン!」

  ガルニエの身体は、言葉が終わる前に銀の砂塵となって消えた。

  同時にマリの魔力が途切れ彼女はそのまま地面に倒れた。