「別れ」
一方その頃、ロキたちは王の間でガルニエの姿を見つけていた。
「ガルニエ!」
ルーは、扉に背を向けて立つガルニエに向かって叫んだ。
もと司祭の男は、白い鎧に身を包み部屋の壁に書かれた魔法陣に向かって何やら詠唱を唱えている最中だった。
「やはり、君たちは私に抵抗するのだな?」
ガルニエは詠唱を止め悲しげな目で一同を見ながら言った。
「あんたのやろうとしていることは、間違ってる。
今すぐに、この馬鹿げた計画をやめろ」
ロキは大槌を彼に向けながら言い放った。
「今やめたところでどうなる?
私は、すでに多くの国の重鎮を殺した。今更引くことなどできぬさ」
ガルニエはそう自嘲気味に言うと、腰に差した剣を引き抜いた。
「ルー、セラ、それにリュバンの王夫婦よ、できれば君たちと志を伴にしたかったが、私にももはやどうすることもできない。
せめて、君たちには安らかな死を迎えてもらおう」
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます!」
セラは毅然と言い放った。
「私たちだって理想があるんだから、ここで死ぬわけにはいかないの」
デボラが続けて言う。
「本当に残念だよ…」
ガルニエは最後にそう言うと兜の面頬を下げ一同に向かって駆けだした。
「ロキ!」
「分かってる!」
二人の人狼の声が飛び交う。
ロキは大槌を勢いよく振り上げると床に叩きつけ土煙を起こした。
視界を遮られガルニエの動きが止まったところへ向かいルーが鑓を突き出す。
ガルニエは、とっさに剣を振りそれをかわすと、後ろに跳び土煙の外に出た。
「司祭って言うのは引き籠ってばかりだと思っていたが、お前のところのは違うみたいだな」
ロキはルーに向かって冗談交じりに言った。
「俺も正直驚いているよ」
ルーはそう言うと槍を構えなおした。
「作戦は?」
「とにかく攻めて持久戦だ」
「兄上も話が分かってきたようだな」
ロキはそう言って微笑むと前に駆けだした。
ルーもその後に続き白騎士に攻撃を与える。
一見すると闇雲に攻撃しているように見えるが、二人は互いの動きを見ながらそれぞれの隙を補うように攻撃を続ける。
だが、ガルニエはそれらの攻撃をなんなく弾くと、剣を振り回し二人の手から使い魔である武器を弾き飛ばした。
「まずは、君たちからだ」
彼はそう言うと、宙を舞う使い魔に向かい手をかざした。
その手には魔力で作った雷を帯びた槍が握られていた。
ガルニエは身体を捻り渾身の力で槍を投げた。
「止めろー!」
ルーはとっさに飛び出し、二人の使い魔の前に立った。
次の瞬間、白騎士の放った槍が彼の胸に突き刺さりその身を雷で焼き始めた。
「…」
ルーは叫ぶ間もなく黒焦げになり地面に倒れた。
「貴様―!」
ロキが怒号を上げながら、ガルニエに掴みかかろうとする。
しかし、ガルニエは意に介した様子も見せずに彼を剣で薙ぎ払うと、先程までいた魔法陣の前に立ち短く詠唱を唱えその中へ吸い込まれるように消えて行った。
「ルー!ルー!しっかりして、ねえ!」
セラが人間の姿に変わりルーの身体を抱き起した。
ルーは、目を閉じたまま微動だにしない。
使い魔は主人の身体をかき抱き嗚咽を漏らした。
「そんな…ルー…、私…」
ロキはヨロヨロと起き上がると、デボラの方に駆け寄った。
「大丈夫か?」
彼の問いにデボラはうなずきルーを見た。
「お前のせいじゃない。誰のせいでもないんだ…」
ロキはそう言うと歯を食いしばった。
マリとブラムが部屋にやってきたのは、その時だった。
[newpage]「何があった?」
「逃げられた」
マリの問いにロキはそれだけ答えると顔を抑えた。
小さな嗚咽が、手の中から漏れ聞こえる。
「最悪の事態になってしまった…」
突然、聞き覚えのある声が聞こえた。
一同は驚き、声のしたガルニエが消えた魔法陣の前を見た。
そこには、いつの間にかリュカオンが立っていた。
「何で助けなかった?」
ロキは涙声で老狼に問いかけた。
「〝監視者〟のあんたなら助けられたんじゃなかったのか?」
ロキの声は怒気を帯びていたが、リュカオンの方はいたって冷静だった。
「私は、この世でもあの世でもない中の存在。
どちらの世にも深くは干渉できぬのだ。特にヒトの生き死にに関してはな…」
リュカオンはそう言葉を詰まらせるとうつむき目を閉じた。
「ガルニエは、どこに行ったんだ?」
マリは、ルーの遺体から目を逸らしながら尋ねた。
「敢えて言葉で持って説明するならば、中の世界。
生も死もない無の世界だ」
リュカオンはそう答えると魔法陣を槍で指し示した。
「これは、その世界への扉を開く魔法陣。ただし使えるのは一度きりだ」
「ガルニエは、そこで何をするつもりなんだ?」
マリは再び問いかけた。
「恐らくは、この世とあの世の融合だろう。
二つの世が溶け合えば、世界は原初に戻り無となる。
そうして、彼は新しい世界を作るつもりなのだろう」
「新世界って、そう言うことかよ…」
ロキはそう言いながら、近くの壁を叩いた。
「もう、あいつを止める方法はないの?」
ブラムの問いにリュカオンは首を振った。
「一つだけある」
彼はそう言うと槍を別の方向へ向けた。
すると、槍の示す先に突然大きな扉が現れた。
扉は絢爛豪華で表面には様々な神話のモチーフが刻まれたレリーフがほどこされていた。
「この扉をくぐれば中の世界へ行ける。
そこで、ガルニエを止めることができれば、世界は救われるだろう」
リュカオンは言った。
「これが中の世界への扉?」
ブラムの言葉にリュカオンはうなずいた。
「そのとおり、ただしこの扉をくぐれるのは三人までだ」
「三人…」
ブラムは扉と部屋の中にいる仲間を交互に見た。
「私が行こう」
最初に声を上げたのは、マリだった。
「俺も行く。アイツに一発喰らわせなければ収まりがつかない」
続けてロキがそう言ううと右の拳で左手のひらを叩いた。
中の世界に行けるのは、あと一人。
ブラムは、立候補しようと手を上げた。
「私も行きます」
そう言って彼を遮ったのはセラだった。
彼女は毅然とした様子で立ち上がると前に進み出た。
「復讐なら止めておけ」
マリの言葉にセラは首を振った。
「復讐ではありません。私は、ルーの意志を継ぎたい。
彼の求めた理想を守るために、この世界を守りたいの」
彼女は、そう言うと一同に頭を下げた。
「お願いします。私を行かせてください」
マリは、ブラムを見た。
「どうするんだ?」
アゾットが問いかける。
どうにも自分は考えを見透かされやすい。
ブラムは諦めた様に息を吐くと、セラの手をそっと握った。
使い魔は少し驚いた様子だったが、抵抗するそぶりは見せなかった。
「マリを…僕の家族をお願いします。
それから、あなたも無事でいて下さい」
彼の言葉にセラはぎこちない笑みを浮かべた。
「ありがとう、えっと…」
「ブラムって呼んでくれるかな?」
「ええ、ブラム。必ずみんなと一緒に生きて帰るから」
セラは、そう言うとマリとともに扉の前に立った。
ロキは、一度二人を見るとデボラの方へ顔を向けた。
「ロキ…」
デボラが口を開きかけたところをロキが手を上げて制した。
「ああ、何も言うなデボラ。こっちの事、頼むな」
彼は、そう言うとそっと元妻の身体を抱き締めた。
「愛してたよ、デボラ」
デボラは、それに答え王の腰に手を回した
「私も…愛してたわ、ロキ」
二人はしばらく抱きあうと、何事もなかったように離れ、ロキは出発を待つ二人の隣に立った。
「では、行こうか」
リュカオンは、そう言うと扉をあけ中へと入っていった。
続けてマリとセラ、ロキが後に続く。
最後尾のロキが扉の向こうの闇に消えると、扉は独りでに閉まり跡形もなく消えてしまった。
デボラは、しばらく扉のあったところを見つめ、自身の服に目を落とした。
そこには、大量の血がこびり付いていた。
「さようなら、ロキ…。私の愛したヒト」
使い魔はそう言うと、目を閉じ静かに涙を流した。