Scape wolf 5-15 「処刑」

  「処刑」

  首都ラグナの一画にある名も知らぬ貴人の屋敷の中。ロキはゲリとフレキの間に挟まれながら。

  いくつもの書面に目を通していた。

  「王城攻略の進展は?」

  彼は軍事と表紙に殴り書きされた書面の最後のページをめくりながら二人の家臣に尋ねた。

  「現状進展なし。魔術師たちも結界の解読に困っているみたい。

  相手からの攻撃も小規模だから、今のところこちらの被害もゼロだけど…」

  フレキは表情を曇らせながら答えた。

  「やはり、そろそろ俺も出るべきか」

  ロキは独り言のようにつぶやくと、ゲリの方へ目を向けた。

  「避難民の様子は?」

  「最初の頃よりだいぶ落ち着いたかな?

  不満のある人は全員首都を出たんじゃないかな?

  まあ、未だに喰ってかかる連中は何人もいるけど」

  「暴力沙汰にならなければ、多少は目をつぶっとけ。

  殺すのだけは間違えてもやるなよ?」

  「分かってる」

  「ロキ様、失礼します」

  突然、何者かが部屋の扉を叩いて言った。

  「入れ」

  ロキが許可を出すと、先程合流してきたばかりのアリシアが中に入って来た。

  「要件は?」

  「ロキ様に客人です」

  王の問いに人狼は答えると一歩後ろに後じさった。

  ゲリとフレキは慣れた手つきで腰の短剣に手を置いた。

  「失礼します」

  そう言って仮の王の間に入って来たのは、デボラだった。

  「やっぱり来たか」

  ロキは頭を抱えた。

  シルバガントから護衛を送って欲しいと連絡が来てから薄々予感はしていたが、実際に元妻がやって来るのは複雑な気分にさせられる。

  「国の一大事と判断し勝手ながら参じさせていただきました」

  「今の夫はどうする?」

  ロキは不機嫌そうに尋ねた。

  巻き込みたくなくて離縁までして追い払ったのに、これでは全てもとに逆戻りだ。

  だが、当のデボラは彼の思いを知っているのか元夫の態度に表情一つ変えず答えた。

  「セワードには了承を得てます。

  夫は自分でも戦えますし、貴方が送ってくれた護衛もいますから身の安全に心配はありません」

  「今は送らなければ良かったと後悔している最中だ」

  「私では戦力として不満ですか?」

  「不満などあるものか!むしろ歓迎されてしかるべきだから、性質が悪い」

  ロキはそう言いながら机を叩いた。後ろでは家臣たちがクスクス笑い入口に控えていたアリシアも必死に笑いをこらえている。

  勘弁してくれ。

  王は、天を仰ぎ声にならない悲鳴をあげた。

  「おいおい。冗談はよしてくれよ…」

  翌朝、王城の前線に立ったロキは思わず声を漏らした。

  目の前にそびえる王城の演説台。本来王家やそれに連なる者たちが立つべき場所にガルニエとフェンリルが立ち彼らの前を遮る金の欄干に一人の人間が顔にずた袋を被せられ縛りつけられていた。

  顔が分からないので個人までは把握できないが、服装から見るに教会のそれもかなり高い地位にいる者のようだ。

  「今ならガルニエを狙えます。どうしますか?」

  隣にいた射手の一人がロキに尋ねた。

  「いや、撃つな。相手の先制に備えて警戒だけしてろ」

  ロキは射手に命じた。

  射手たちの技術を疑ったわけではないが、ガルニエも何の対策もなしに外に出たとは思えない。

  単純な結界なら良いが、もし何か特殊な防御魔法を施しているのなら下手に出を出せばこちらが危険に晒される可能性もある。

  ロキは、一先ず傍観を決め込み演説台を見上げた。

  ガルニエが高らかに声を上げたのは、それから間もなくのことだった。

  「この国に住む全ての知恵ある者よ耳を傾けろ!

  我が名は、ガルニエ・エクス。

  今日この時より私は、貴君らに宣言する。

  私は、これより新たな世界を創造し人間と魔物双方が真に平等な世界を作ることを!」

  「新しい世界だって? あいつ、とうとう行くところまで行ったのか?」

  ロキは腕を組みながらつぶやいた。

  ガルニエの演説は続いた。

  「君たちも知っているだろう?

  この国、いやこの世界は腐りきっている!

  魔物はその容姿と力によって無意味に恐れられ時に謂れのない差別を受ける。

  しかも、人間はそれだけでは飽き足らず人間同士でもいがみ合い殺し合いもしている。

  教養がなくとも隣国との戦争の話を諸君も聞いてはいるだろう。

  これは、我らウールヴヘジンを始めとする魔物狩人たちが魔物を殺すのとはわけが違う。

  一部の人間が、一部の人間の利益を独占するために多くの人間の命を使い殺し合いをしているのだ。

  心を持った者同士が傷つけ傷つき憎しみ合う。

  これが、神の望んだことなのか?

  断じて違う!

  この世界は神の理想から外れ神からも見捨てられた。

  だからこそ、私はこの地を去った神に代わり新たな真に美しい世界を作るのだ!

  私は、これよりその礎として、この世界の膿となっている国王を討ち、今この時諸君らに私の意志が確固たるモノであると証明するため新たな生贄を捧げる!」

  そこでガルニエは一度言葉を切り徐に剣を取り出すと、欄干に括り付けられていた人間の背を刺し貫いた。

  剣は、男の胸を貫通し鋭い切っ先が血飛沫とともに飛び出した。

  ロキやその周りにいた者たちは突然の出来事に息を飲んだ。

  剣が心臓をわずかに逸れたのか、即死に至れなかった男はずた袋の中から悲痛な叫び声を漏らしながら身体を激しく痙攣させた。

  「あいつ、わざと急所をはずしやがった!」

  リュバンの剣士の一人が憤りをあらわに声を上げた。

  敵に不必要な苦痛を与えることを良しとしない彼らにこの行いを許せる者などいなかった。

  ガルニエの演説はなおも続く。

  「この者は、枢機卿。この国を牛耳ってきた王の側近の一人であり、この地を汚した重罪人である。

  私は、彼の血を神に捧げ諸君に新たな救い主となることを宣言する。

  我が理想に応える者は、この地へ集まれ!

  反抗する者は、明日の日没をもってしかるべき制裁を加えよう!

  最後にもう一度言う。

  我は、新たな救い主であり新世界の神!

  我を崇める者は我がもとに参れ!」

  ガルニエは枢機卿の身体から剣を引き抜くと、血に濡れたそれを天に掲げ叫んだ。

  すると、どこからか空を飛ぶ魔物たちが現れ、まだ息のある彼の身体を貪り始めた。

  耳を覆いたくなるような悲鳴がこだまし、男の身体はバラバラに引き裂かれていった。

  ロキは周囲を見た。

  仲間の士気が下がっているのが嫌でも分かる空気だ。

  「一時退却だ。日没までに立て直すぞ」

  放浪の民の王は、そう言うと自ら殿の一人となって軍を下がらせた。