Scape wolf 5-14「それぞれの思い」

  「それぞれの思い」

  その後のウールヴヘジン修道院への進行は問題なく進んだ。

  修道院に残っていた反乱勢力も短時間で鎮圧し、停止されていたいくつかの施設も無事稼働することができた。

  事態が落ちいた頃、マリは、医務室でルーの問診をしていた。

  部屋の隅の置かれたベッドの上には一命を取りとめたセラが静かに寝息を立てながら眠っている。

  「まだ、試作段階だが、予防措置だ」

  マリは、そう言うとルーの腕に大きな注射器を突き刺した。

  仕事柄多少の痛みには慣れていたが、これにはルーも顔をしかめた。

  「痛っ! これ、何の薬だ?」

  「堕心の治療薬だ。

  リュバンにいくつか配ったみたが、堕心手前の者には効果があると報告を受けてる」

  「お前が作ったのか?」

  ルーの問いにマリはうなずいた。

  「これまでの研究結果と新たに手に入った堕心した人狼のサンプルを調査した結果導き出した材料を入れて作っている」

  「お前は、昔から変わっていなんだな…」

  ルーは穏やかな笑みを浮かべながら言った。

  彼の片目はいつの間にか元の碧眼に戻っていた。

  「今回に限り私も含めリュバンは、ガルニエ討伐のため特別にウールヴヘジンに協力する。

  その後は、またいつものようにいがみ合う仲に逆戻りだ」

  マリは椅子から立ち上がりそう言うと、窓の縁にもたれ掛かった。

  目の色も毛色も、何もかも変わってしまった彼女をルーは悲しげな目で見つめた。

  「もう、あの時のようにはならないのか?」

  「私には、貴方の理想は重すぎる。

  それに…」

  マリは、そこで言葉を切った。

  口もとにそっと笑みを浮かべ、またもとの表情のない顔に戻る。

  「今の私には、守るべき家族がいる」

  ※

  修道院の中心に建てられた礼拝堂の一画、ブラムとアゾットは椅子に腰かけ演説台を見つめていた。

  通路をはさんだ隣の椅子ではオルフェが悲しげな表情で同じ方向を見つめていた。

  「君は神を信じるかい?」

  突然彼は隣を振り返り尋ねた。

  「どうかな?僕はあくまで魔物だから、人間の考え方なんて分からないし」

  ブラムは少し迷った後答えた。

  「僕も同じ」

  オルフェはそう言うと再び視線を前に戻した。

  「僕も正直神がなんであるかは分からない。

  だから、僕は神でなくガルニエとルーを彼らが神を信じるのと同じように信じた。

  でも、僕は信じすぎた。

  信じすぎて、一方を信じられなくなり結局もう一方にも裏切られた。

  死ぬ前と何にも変わってない。

  僕は、本当に馬鹿な犬だ…」

  ブラムは、オルフェの方をじっと見た。

  紫色の眼に光る滴が見える。

  とその時、アゾットが突然脇腹を指で突いた。

  ブラムが振り返ると竜の使い魔は何を言うでもなく彼の瞳を見つめた。

  分かっているんだろ?

  竜の目はそう言っているように見えた。

  ブラムは、決心してうなずくとオルフェの方を見た。

  「別に信じても良いんじゃないかな?」

  彼がそう言うと、犬顔の人狼は「えっ?」と驚いたように振り返った。

  「僕も馬鹿だから、たくさんの人を信じた。

  何度かは裏切られたけど、ミナ…僕の最初の師匠はそのことを責めなかった。

  裏切る馬鹿より信じる馬鹿の方が好きだとも言ってくれた」

  ブラムは、そこで言葉を切った。

  ミナの話をするのは未だに辛い。

  「僕は思うんだ。

  誰も彼も疑って窮屈に生きるより、皆全部信じて馬鹿を見ながら生きる方が良いんじゃないかなってね」

  「綺麗事だな」

  アゾットはそう言ったが、不思議と嫌味には聞こえなかった。

  「かもね」

  ブラムは苦笑を浮かべた。

  「僕は好きだな、そう言う考え方」

  オルフェは床を見つめながら言った。

  まだ立ち直っている風ではないが、口もとには小さな笑みが浮かんでいた。

  「僕も君みたいになりたいよ」

  彼はブラムの碧眼を見つめながら言った。

  ※

  スヴェートは、食料庫から失敬してきた酒樽を手に大広間に足を踏み入れた。

  主に食堂として利用されていたと言うその部屋は今は見る影もなくガルニエに加担した修道士たちや侵入してきた退魔騎士たちによって無残に破壊されていた。

  部屋の片隅に目を向けると奇跡的に原型を止めていた敷物の上に酒瓶を持ったシアが腰かけていた。

  彼女の使い魔であるリリスは、主人を守るように黒い蛇体をくねらせとぐろを巻いていた。

  「隣、良いですか?」

  スヴェートが問いかけると、シアはうなずきリリスの頭を撫でた。

  スヴェートは蛇体をまたぐと間隔の開いたとぐろの中に入りシアの隣で腰を落とした。

  「良いモノ持ってるわね?」

  シアは妖精の持ってきた酒樽を見ながら言った。

  「少しもらえる?」

  「ええ、どうぞ」

  スヴェートはそう答えると、懐から杯を三つ取り出し一つをシアにもう一つをリリスに渡した。

  人狼と妖精は樽の上部に爪をかけ密閉された蓋を無理矢理はがし杯で直接中のブランデーをすくい取った。

  リリスは杯を下に置き二人が悪酔いしないよう目を光らせたが、当の本人たちは気づかぬふりを決め込み互いの杯をぶつけ合うと一杯を一気に飲み干した。

  「この前は、事情を知らなかったとはいえ貴方に失礼な物言いをしてしまいました。

  申し訳ありません」

  「良いのよ、慣れてるし。

  私の方こそ、ごめん。

  マリで頭一杯だったせいで、あんな酷いことして…」

  二人は互いに謝罪し再びブランデーをすくった。

  「大切な家族を失うのは言葉にできないほど悲しいモノです」

  しばらくして、スヴェートはポツりとつぶやいた。

  「マリから聞いたの?」

  シアの問いに妖精はうなずいた。

  「そう…。貴方も家族を?」

  「はい。退魔騎士だった兄を別の退魔騎士に殺されました」

  「あなたのお兄さんが天国で安らかな時をすごしていることを願うわ」

  「ありがとうございます」

  その後、二人は樽が空になるまで杯を傾け続けるとそのままリリスの身体にもたれ掛かり眠りに落ちた。