Scape wolf 5-3「約束」

  「約束」

  

  イエルワカ村を出てから七日目、ブラムたちを乗せた行商の荷車はヴィレンと言う村に着いた。

  数時間ほど前、一行は手前の街でこの村に魔物が出たと聞いたばかりだった。

  「魔物が出たのは二、三日前だって聞いたけど、まだそこまで廃れている風ではないですね?」

  レベッカは入り口から村の様子を覗き見ながらつぶやいた。

  「魔物の種類にもよるけど、報酬はあまり期待できないわね」

  アリシアは腕を組みながら言った。

  「まあ、被害が少ないってことは仕事も楽ってことだし、気にする必要もないんじゃない?」

  ブラムは、そう言うと村に入り近くにいた住人に話しかけた。

  

  「マンティコアかあ…。思いの外厄介な相手だね」

  村長から情報収集と報酬の交渉を終え、ブラムは酒場の椅子にもたれ掛かった。

  「手持ちの薬が足りれば良いんだけどね」

  アリシアが渋い顔でうなずいた。

  「そんなに危険な魔物なんですか?」

  ジョージが不安げな顔で二人に尋ねた。

  隣に座るレベッカも困惑顔だった。

  「そうね。ドラゴン程じゃないけど、少々厄介な相手ね」

  アリシアがそう答えると、ブラムは同意するようにうなずいた。

  「獅子のような姿の魔物で尾にはサソリに似た毒針がある。

  性質は狂暴そのもので、食事の量も尋常じゃないから普通なら住みつかれた地域の生物は数日で半分にまで減る。

  僕も一回だけ戦ったことあるけど、できれば二度と戦いたくないね」

  「そうですか」

  ジョージは、そう言うと不安げな目で娘を見つめた。

  退魔騎士と言う常に危険と隣り合わせの仕事についてるとは言っても子を思う父の反応としては至極当然のモノだ。

  「大丈夫よ、父さん。

  今回はブラムとアリシアも一緒なんだから」

  レベッカは、父の肩を叩きながら言った。

  その表情からは、恐怖や不安の感情を読み取れなかった。

  シルバガントで別れてから数日しか経っていないが、わずかな間で彼女は相当な胆力を身につけたらしい。

  ブラムは、そんなことを思いながらジョージの目を真っ直ぐ見つめた。

  「心配しないで、レベッカは僕が守るから」

  彼がそう言うと、レベッカは気分を害したように眉をひそめた。

  「それは心外です、ブラム。私だって自衛くらいは立派にできますから」

  彼女は、そう言いながら立ち上がった。

  つられてブラムとアリシアも立ち上がると、三人はジョージに手を振って酒場を出た。

  「行って来るね、父さん」

  

  魔物が棲むと言う場所は例に漏れず村近くの森だった。

  他と違うところと言えば、すぐ隣にある深い谷くらいだが、件の魔物にとっても乗り越えるには深すぎる場所に見えた。

  「ここか」

  ブラムは森の中の開けた場所で足を止めつぶやいた。

  魔物がよく目撃されると言う場所だ。

  すぐ後ろを歩いていたアリシアも足を止めて辺りを見渡した。

  「見通しも良いし、生き物も結構いるみたい。

  体躯の大きいマンティコアが餌場に選びそうなところね」

  「今この辺りにいるのでしょうか?」

  レベッカは、猟銃を構えなおしながら尋ねた。

  「どうだろう?ヤツらの行動は一定じゃないから」

  と、ブラムが答えた時だった。

  「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

  地の底を震わすような獅子の咆哮。

  気がつくと件の魔物は目の前にいた。

  三人は一斉に武器を構えなおし、マンティコアと対峙した。

  「レベッカは、後方に回って!ブラムは、ヤツのかく乱をお願い!」

  アリシアが素早く指示を出す。

  「分かった」

  ブラムは、答えると同時に魔物に向かって駆けだした。

  だが、相手は予想外の反応に出た。

  マンティコアは、ブラムの搖動を無視し真っ直ぐレベッカの方へ向かって行った。

  「レベッカ!」

  突然の出来事に放心していたレベッカは、ブラムの声にハッと我に返ると猟銃を構えなおし引き金を引いた。

  乾いた音ともに射出された鉛の弾は魔物の肩を貫いた。

  だが、魔物は止まることなく爪の生えた前脚を振り上げた。

  「止めろーーーーーーーーーーーー!」

  ブラムは叫び声を上げながら、レベッカとマンティコアの間まで駆け寄ると剣を構え魔物の爪を受け止めようとした。

  次の瞬間、魔物の爪は剣ごとブラムの胸を叩き斬った。

  「ブラム!」

  レベッカの悲鳴。

  バラバラになった剣の破片とブラムの血の飛沫があたりに散らばった。

  「貴様あああああああ!」

  レベッカは目を剥きながら唸ると、銃口をマンティコアの眉間に当て銃弾を放った。

  アリシアが、獣のような咆哮を上げ魔物の脳天に手にした鉈を打ち込んだのは、それとほぼ同時の出来事だった。

  二つの致命傷を受けたマンティコアは恐ろしい形相を浮かべ事切れた。

  ブラムは、倒れる魔物を見た。

  〈良かった。勝ったんだ〉

  これで二人に危険はない。

  ブラムは、薄れゆく意識の中思った。

  一度に大量に出血したせいか、頭がぼんやりとする。

  〈僕は死ぬのかな?〉

  そう考えた瞬間、目から一筋涙が流れた。

  「ごめん、マリ。約束守れなかった…」

  ブラムは、そうつぶやくと意識を失った。