「黒竜」
「ブラム、しっかりして!」
「だめ、レベッカ!揺らすと、余計に出血する」
アリシアとレベッカは、血塗れで倒れるブラムを囲みながら口々に叫んだ。
「まずは、止血しないと」
アリシアは、そう言うと上着を脱いで丸めブラムの胸に押し当てた。
白いシャツが瞬く間に朱に染まった。
「ダメ。出血が止まらない」
「そんな、わたしのせいで…」
レベッカは両手で口元を抑えながらつぶやいた。
その時だった。
突然、晴天に恵まれていたはずの空が雲に覆われたかのように暗くなった。
アリシアとレベッカは、同時に顔を天に向けた。
そこにあったのは、雲ではなく巨大な翼を持つ生き物だった。
「竜…?」
レベッカは、その生き物を見ながらつぶやいた。
彼女自身、竜自体見ることは始めてだったが、目の前の竜は特に大きく強い個体であると直感で感じた。
以前見たワイバーン三匹分はあろうかと言う黒い巨体を持つ竜は、翼をはためかせると物音ひとつ立てずに地に降り立ち蛇のような顔を一行に向けた。
「ひっ!」
その顔を見た瞬間、レベッカは声を漏らした。
竜の顔には目が六つあった。
瞳孔のない宝石のような目だ。
竜は六つの無機質な目をレベッカからアリシアに向けた。
レベッカは、アリシアの方を見た。
どう言う訳か、彼女の顔には若干の動揺の色があったが、竜に対する恐怖は感じられなかった。
いや、むしろ彼女は件の魔物の到来を喜んでいるようだった。
「アリシア…」
突然の出来事に気が振れてしまったのだろうか。
そうレベッカが思っていると、人狼は竜に向かっておもむろに話しかけた。
「ちょうど良かった。アゾット、このヒトの傷を治して」
「この少年をか?」
竜は碧玉のような目でブラムを見ながら尋ねた。
「ええ、そう。早くして。
でないと、マリが悲しむわ」
アゾットと呼ばれた竜は、マリと言う言葉に右側奥の眉を動かした。
「分かった」
そう言うと竜は手を上げてブラムの身体にそっとかざした。
次の瞬間、竜の手から光が宿り、しばらくするとブラムの胸から出血が止まった。
「終わったぞ」
竜は、雑用を終えたような口調で言った。
レベッカは、ブラムに駆け寄ると、恐る恐る胸に手をおいた。
傷口が完全に塞がっている。
心なしか、彼の表情も穏やかなモノに変わっているように見えた。
「しばらく休めば、意識も戻るはずだ。
この近くに俺の棲家があるから、今日はそこで休むと良い」
アゾットはそう言いながらとブラムの身体を片手で持ち上げ巨木のような首の上に乗せると、レベッカたちに向かってついて来いと身振りで示し歩き始めた。
レベッカは、アリシアの方を見た。
「大丈夫よ。アゾットは見た目は怖いけど優しい子だから」
人狼は、彼女の心情を察して言った。
レベッカは前を歩く竜の背を見た。
言われれば、アリシアが一言頼んだだけでブラムの治療をしてくれたし、今もこうして体力の少ない二人に代わってブラムを運び家に招待しようとまで言ってくれる。
不信感は完全に拭えなかったが、レベッカは考えを改め前を歩く竜の跡についていくことにした。