「答えの在り処」
マリが水盆を使いルーシーと連絡を取り合っていた時。
シアもまた村から遠く離れた森の中で水盆を見つめていた。
連絡の相手はルーだった。
〈それで、近況はどんな感じだ?〉
水盆の中のルーの問いにシアはガックリと肩を落としながらため息をついた。
「とりあえず、アンタが見失ったって言う場所の近くにそれらしい洞窟を見つけたまでは良かったけど、道が崩れてたり水辺周辺で匂いが消えていたりで、あんまり上手くいってない。
人づてに話を聞いてシルバガンドまでいたってところまでは分かったけど、そこから全く情報がないのよね」
〈シルバガンド?確か、あそこはロキの前妻がいたはずだが、何か知らなかったのか?〉
「脱退したにしても、もとリュバンのヒトが私らに情報を渡すと思う?
一応聞いてみたけど、知らないの一点張りだし、相手も街の中だから下手に尋問することもできない。
本当やりづらいったらないわ」
シアはそう捨鉢になって言うと近くの木にもたれ掛かった。
〈そうか、まあ何にせよ今のところマリに堕心の兆候がないことは奇跡と言えるな〉
「それなんだけど…」
〈何だ?〉
「ううん。何でもない。
とりあえず、後一週間くらい調べて分からないようなら戻っても良いかな?」
〈ああ問題ない。俺もそろそろ提案しようかと思っていたところだ。
くれぐれも、無理はするなよ?〉
「分かってるよ。ありがとう」
シアは、そう言うと水盆の水を揺らし会話を打ち切った。
「ルー、元気そうだった?」
会話を終え一息つくと横で食事をしていたリリスが尋ねてきた。
姿は育ちの良い上流階級の令嬢のようだが、今朝方捕えた鹿の脚肉を骨ごと噛まずに呑みこむ様は本性である竜蛇の悪魔そのモノだった。
「いつも通りだったよ。まあ、まだマリを処分することに後ろめたさがあるみたいだったけどね」
「マリのこと、本当に処分すべきなのかな?」
リリスの問いにシアはすぐには返答できなかった。
いつもであれば、〝それが仕事だから〟で済まされるが、シルバガンドの住民から話しを聞いた後ではどう答えて良いか分からなくなってしまう。
―赤いコートを着た灰髪の女?もしかして、あの人狼の姉さんのことかい?
本性を見た時は正直ちびったが、ここに攻めて来た魔物を全部追い払ってくれたんだ。
本当に良いヒトだったよ。
―人狼の女か。確かに数日前行商のヒトと一緒にここに来たよ。
だいぶ品物値切られちまったが、処分に困ってた品色々買っていってもらえたから随分助かったよ。
―ああ、そのヒトですか。
彼女には感謝してもしきれません。我々に代わり市民を守っていただいたのですから。
お付きの方も大変親切なお方でしたよ。
「分からない」
シアは、住民との話を思い出しながら素直に口にした。
おそらく、こうして何もかも正直に話せるのは目の前の使い魔とマリ以外にはいないだろう。
「私も同じかな?」
リリスは言った。
「仲間だって未練もあるし、さっきの街のヒトの話を聞く限くたびに、マリを殺すことの理由が分からなくなるんだ。
さっきから、そのことでずっとモヤモヤしてる。
マリに会えたら、このモヤモヤも解決できるのかな?」
「そうだといいわね」
と、シアが言葉を返した時だった。
「お話し中申し訳ない」
突然、森の奥から声が聞こえた。
シアは、戦い慣れした者らしい滑らかな動きで身構え声のした方を見た。
そこには、見たことのない人狼がいた。
随分と年老いているのか背が曲がり身長もかなり低い。
一見無害そうに見えるが、その赤い双眸には何者も寄せつけない強い覇気があった。
「誰?」
シアは、目の前の人狼に問いかけながらリリスの手を握った。
いざとなれば、彼女に合図を送り斧に変化させるつもりだった。
「警戒しなくともよい。ワシの名はリュカオン。
ルーの遠い親戚じゃ」
人狼は左手を前に出しながら言った。
敵意がないことを示すためか、彼は右手に持った杖を脇に放り両手を目の高さまで上げた。
「それで、そのルーの親戚が何の用なの?」
シアは、臨戦態勢を解きながら再び問いかけた。念のためリリスの手は握ったままにした。
「君はマリのことを探しているのだろう?」
「ルーから聞いたの?」
「ああ。実は先ほど彼女の姿を見たので、君に教えようと思ってな」
「マリを見た?一体どこで?」
シアは、リュバンに駆け寄りたくなる衝動を抑えながら尋ねた。
まだ、彼を信頼したわけではないし、第一シアの手を握ったままでは動こうにも動けない。
「教えるのは容易い。だが、今は彼女の連れが結界を張っているため行商人でもない限りは近づくことさえできない」
「近づけないですって?」
「そうだ。君はそれでもマリに会いたいか?」
シアは返答に詰まった。
マリには友人としてまた会いたい。
だが、立場上彼女と会えば自分は冷酷な狩人になるしかない。
「私は…」
どうしたいんだろう?
そう思っていると、突然リリスが右の袖を引っ張った。
視線を移すと、幼女姿の悪魔はニッコリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
―大丈夫。バレないよ。
リリスの目はそう言っていた。
シアは、いつの間にか彼女と同じ表情を浮かべていた。
「マリに会いたい。ウールヴヘジンの戦士でなく、一人の友人として」
彼女の返答にリュカオンはニッコリと笑みを浮かべた。
「良いだろう。では、ワシが案内しよう」
「でも、さっき結界が貼ってあるって…」
「ワシの力なら結界を破れる。言っておくが、ルーやウールヴヘジンの魔術師の力を総動員した程度では結界を破ることはできんぞ?」
「…分かった。じゃあ案内して。
私も行っておくけど、もし嘘をついたらその頭吹っ飛ばすからね」