「廃村に住まうモノ」
「何だよ、これ…?」
ブラムは、目の前の光景を見ながらつぶやいた。
荒れ果てた畑、捨て置かれた農具、大量の家畜の死骸、建物には意図的な破壊の跡まである。
宿場町を出てから二週間後。ようやくたどり着いた村には、人の影も気配もなく、あるのは破壊と荒廃の跡のみだった。
「おーい。誰かいないのか?」
ブラムは、誰にとなく問いかけながら駈け出そうとした。
「待て、ブラム!」
次の瞬間、マリが鋭く声をあげ彼の肩を掴んだ。
「様子がおかしい。無闇に動くのは止めた方が良い」
マリの言葉にブラムは今一度村を見つめなおした。
「そうだね…。ごめん」
彼は、そう言いながら剣の柄に手をかけた。
「これからは用心するよ」
「やはり、誰もいないようだな」
マリは、あたりを見回しながらつぶやいた。
村の探索を始めてから四時間が経とうとした頃、一行は村の中心部にたどり着いた。
だが、道中三人は村人はおろかネズミ一匹さえ見つけられなかった。
見つかったのは、外からも確認できた無残な破壊のあとだけだった。
「人間がいないのならともかく、ネズミにさえ会わないなんて…」
ブラムが首を傾げていると、突然スヴェートがその場にしゃがみ込んで足元の地面を見つめた。
「どうした?」
スヴェートは、マリの問いに下を見つめたまま答えた。
「土が腐っています」
「どういう意味だ?」
「この辺り一帯の土に毒が混じっているんです。恐らく魔物の毒かと思います。
これでは、作物を育てるのは難しいそうですね」
妖精は、そう言いながら手入れのされていない畑に目を向け、続けてその隣にある井戸に視線を移した。
「どうやら、あの井戸の水にも毒が混じっているみたいですね。そこの方から毒気が漂っています」
「そんな…。それじゃあ、ここの人達はその毒で死んだの?」
ブラムは、井戸水を見つめながら尋ねた。
「それは、ないでしょう」
スヴェートは、首を横に振った。
「ここには人間の死体がありません。この水で村人全員が死んだのなら、もっとたくさんの死体があたりに散らばっているはずです.。
状況から考えるなら、水と作物を断たれたので村を捨て別の土地へ移動した、と考えるのが妥当でしょう」
「なるほど…」
マリは、腕を組みながら頷いた。
「確かに水と作物を断たれては、住む住まないどころではなくなるな」
「土にも水にも素手では触れない方が賢明でしょう。もちろん、素足もご法度です」
その日、一行は廃村近くの宿場で一夜を明かすことにした。
宿場の中は、廃村と同様に人やその他の動物の気配はなかった。
「やっぱり、誰もいないね…」
ブラムは、宿場内をぐるりと見回しながらつぶやいた。
建物の中だと言うのに、外よりもずっと寒い。
ここは、人が暖炉の火を灯さなくってからどのくらいの月日が流れているのだろう。
彼は、そんなことを考えながら灰と埃の積もった暖炉をじっと見つめた。
「誰もいないなら、むしろ好都合では?」
ふとスヴェートにそう話しかけられブラムは我に返った。
「ごめん。何だって?」
彼は、慣れた様子で厨房を物色する妖精に向かって尋ね返した。
「ヒトがいない方が都合が良い、と言ったんです」
スヴェートは、カウンターに戦利品の保存食を並べながら答えた。
「静かに夜が明かせますし、魔物だからと邪険にされることもありません。それに、たくさんの食料と快適な寝床がタダで手に入りますしね。
あっ。ちょっと客室を見てきますね、もしかした金貨の一枚か二枚落ちているかもしれませんし」
彼女は、最後にそう言うと今度は客室へと通じる階段を上って行った。
ブラムは、その背を見送ると横に立つマリの方を見た。
隣の人狼は、巨大なドラゴンの大群にでも出くわしたかのような表情で彼を見つめ返していた。
「もしかしてだけど…」
ブラムは、マリの方を見たままボソボソとつぶやいた。
「スヴェートって、僕たちよりもずっと逞しいと言うか強かだよね…?」
「奇遇だな…」
マリは、そう言いながら据わった目でスヴェートが向かった方を見つめた。
「私も同じことを考えていた」
スヴェートが宿場の中を物色している間、マリとブラムは、魔物との戦闘に備え手持ちの薬草で毒消しを調合をすることにした。
マリは必要な材料を荷物袋から取り出すとブラムにそれを薬研ですりつぶすように指示を出し、自身も別の薬研を使って薬草を摩っていった。
「結構たくさん使うんだね」
ブラムは、目の前に並べられた数十種類の薬草を眺めながらつぶやいた。
「毒と言っても種類があるからな。今回は様々な毒に対抗できる毒消しを作るんだ」
マリは、薬研に目を向けたまま答えた。
「よし、このくらいで良いだろう…」
彼女は続けてそう独り言を言うと、薬研の中の薬草を大きな鍋に移し始めた。
「ブラム、そっちの薬草ももらえないか?」
ブラムは「うん」と頷くと薬草の入った薬研をマリに手渡した。
人狼は渡された薬草を先程の鍋に入れると、今度はそれを暖炉の火にくべ始めた。
しばらくすると、鍋の中が深緑色の液体で満たされ鼻をつく異臭が漂い始めた。
「おえっ!」
あまりの激臭にブラムは口元を抑えてえずいた。
彼よりも鼻が良いはずのマリはと言うと、表情一つ変えずに鍋を杵でかき混ぜ続けている。
「ずいぶんと酷い臭いですね。魔女ミサには時期が早いのではないですか?」
鍋から異臭が立ち上り始めたちょうどその時、スヴェートが二階から戻ってきて口元にケープの端を押しつけながらつぶやいた。
「お前らの命を守る薬だ。臭いくらいで文句を言うな」
マリは、鍋を火から降ろしながら言った。
「臭いくらい、ですか…」
スヴェートは独りごちると、ため息をつきながら近くの窓の方へ足を進めた。
「まあ、医者の娘さんの薬ですから、効果は確かなのでしょうけど、今度からは換気くらいはしてくださいね」
妖精はそう言いながら、窓を開けるために二人に背を向けた。
その時、ブラムは彼女の背に何かいるのに気づいた。
「何だ、そいつは?」
同じことに気づいたらしいマリは、彼が問うよりも早く妖精に尋ねた。
「ああ、この子ですか…」
スヴェートは、そう言いながら背後にいる者の肩にそっと手を置いた。
そこにいたのは、一人の人間の少女だった。
四から五歳ほどだろうか。顔立ちは、ずいぶんと幼く、身長も長身のスヴェートの腰の高さにも満たない。
「客室を物色していたら、奥の部屋の隅でうずくまっていたんです。
それで興味本位で近づいてみたら、どういうわけかこうしてベッタリくっついてきちゃって…」
言葉には少々棘があったが、スヴェートは、どこか満更でもないといった表情で少女の頭を優しく撫でた。
その後、マリの特性毒消しが完成すると、一行は外の冷気を遮るために再び窓を閉め切った。
スヴェートは、暖炉の火を使い夕食を作る傍らで少女に宿場や村で何があったのかを尋ねたが、少女は妖精の服の裾を掴むばかりで一向に口を開こうとしなかった。
「まだ少し混乱しているのだろう。今日のところは、ゆっくり休ませてやれば良い」
マリは、そう言って少女に向かって質問を繰り返すスヴェートをたしなめた。
「それもそうですね」
妖精は、そう言って引き下がると鍋の中身をお玉ですくい上げ口に含んだ。
「ううん良い味。さあ皆さん、できましたよ」