「蠢く悪意」
シルバガントでの魔物襲撃事件から一週間が経った。
マリたちは、街から数キロ離れた村にある酒場にいた。
村といっても、そこは人間の村ではなく、数人の魔物たちが固まって暮らす集落のような場所だった。
リュバンとも交流のある竜人の店主が運営する酒場には、多くのストレイが仕事になりそうな情報を求め集まっていた。
ブラムとスヴェートは、他のストレイと情報の交換に向かったマリをカウンター席で待っていた。
「随分と長く話し込んでいるね」
ブラムは、店の隅で大柄なオークと酒を飲みながら話し込むマリを見つめながらつぶやいた。
「お互い同業者ですからね。それぞれ考えがあるのでしょう?」
スヴェートは、そう言うと真水のように透明な蒸留酒の入ったジョッキに口をつけ一気に傾けた。
彼女は、もうすでに三杯同じ酒を飲んでいる。
かなり強い酒だと聞いたが、その言動や挙動はいつもと何ら変わりなかった。
「何だか、あの場にいるべきなのはマリじゃなくてスヴェートのような気がしてきたよ…」
ブラムは、顔を真っ赤にしながら怒鳴るようにオークと会話しているマリと涼しい顔で蒸留酒を飲むスヴェートを交互に見つめながら言った。
「それは、どうですかね? 私は、果実酒は好みませんし」
スヴェートは、そう言うと店主に五杯目の蒸留酒を注文した。
「お嬢さん、よく飲むね…。俺ら竜族でも、この酒をここまで飲めるヤツはいないよ」
店主は、スヴェートのジョッキに酒を注ぎながら言った。
「飲み慣れているだけですよ。故郷では、毎日のようにこんな風に蒸留酒を飲んでいましたし」
さすがに酔いがまわり始めたのか、妖精の声は少し上ずっていた。
「故郷? もしかして、お嬢さん大陸の出身なのかい?」
「そうですよ」
「大陸?」
ブラムは、店主を見ながら首を傾げた。
「この国の海向こうにあるデッカイ島だよ。国が何十とあって、特に北の国は、蒸留酒の生産が盛んなんだ。
この酒も、そこで造られたモノさ」
「そうなんだ…。始めて知ったよ」
ブラムは、目を輝かせながらつぶやいた。
とその時、突然店主がブラムの顔をじっと見つめた。
「何?」とブラムが尋ねると、店主は腕を組みながら口を開いた。
「よく見ると、お前さんの顔も大陸人みたいだな…」
「ああ、本当だあ。西の国のヒトに似ていますねえ」
スヴェートは、そう言いながらブラムの頬を両手でペチペチと叩いた。
「痛いよ、スヴェート」
ブラムは妖精の手を払いながらそう言うと、自分の目の前の卓に置かれたブドウ酒を見つめた。
赤い水面の中から、十七の少年の顔が自分を見つめている。
彼自身、昔から顔立ちが他人と違うとは思っていたが、外国人みたいだと言われたのは初めてだった。
翌朝、ブラムは酒場の上にある宿で目を覚ますと、隣の女部屋の扉を叩いた。
部屋のなかに入ると、マリとスヴェートが彼を待ち構えていたかのように床に腰を掛けていた。
「それで、昨日の収穫はどうだったの?」
ブラムは、二人の前に腰かけながら尋ねた。
「あのストレイからかなり有力な情報が入った。それも、今までよりもずっと良い情報だ」
マリは、得意そうに答えた。
「シルバガンドの魔物襲撃とも関係がありそうですか?」
スヴェートは、尖った鼻先を人狼の方に近づけながら問いかけた。
「ああ。もっとも、ここ最近この付近で起こっている魔物がらみの問題は、どうやらエイルワカ村に現れた魔物が関係しているらしい」
「エイルワカ?」
スヴェートは、首を傾げた。
「ここから東に行ったところにある村だね。麦酒の生産が有名なところだよ」
ブラムが、マリに代わって答える。
「詳しいのですね」
「ミナと旅していた時に一度立ち寄ったことがあるだけだよ。
でも、変だね。あそこは、確か人狼のガーディアンがいたはずだけど…」
「どうやら、その魔物に殺されたらしい…」
「えっ…?」
ブラムは、目を大きく見開いた。
以前に一度、エイルワカ村のガーディアンと魔物討伐の仕事をしたことがあったが、彼はマリにも負けないほどの実力を持つ戦士だったはずだ。
そんな彼が負けるとは、一体どんな災厄があの村を支配していているのだろう?
ブラムは、そんなことを考えながらマリの話の続きに耳を傾けた。
「ガーディアンの件は、あくまで噂らしい。
だが、ワイバーンのような群れを作らない魔物があれだけの大群でしかも武器を持った人間が多くいるであろう街を襲うのが、この噂と無関係とは思えないな」
「ガーディアンの生死はともかく、その村に魔物がいることは間違いなさそうですね」
スヴェートは、顎に手を置きながらつぶやいた。
「ああ。そして先のワイバーンどもは、恐らくその魔物に使役されていたか、あるいは自分よりも強い魔物に住処を追われ街まで食料と寝床を求めてやってきたかだな」
マリは、そう言うとスヴェートとブラムに交互に目を向けた。
「そこで、二人に提案したい。次の目的地をエイルワカ村にしないか?
噂の域は出ないが、行けば何かしら仕事にはありつけるだろう。
敵の強さは未知数だが、今の私たちなら十分に戦えるとも思っている」
「賛成」
ブラムは、即座に答えた。
「あそこのガーディアンには、色々世話になったんだ。もしも困っているなら助けに行かないと」
彼の言葉にスヴェートは、ゆっくりと頷いた。
「私も賛成です。シルバガンドの時のような惨劇は、繰り返されるべきではありません」
「本当に行くんだな…?」
マリは、そう言うと二人を交互に見つめた。
ブラムとスヴェートは、同時にうなずいた。
「分かった…。それじゃあ、今日の正午に出発しよう。
私は、もう少し情報を集めておくから、二人はそれまで消耗品の補充をしておいてくれ」