Scape wolf 3-10「思いを新たに」

  「思いを新たに」

  

  その日の夜、ブラムたちは非常時に備え街の軍隊が暮らす兵舎で食事を取った。

  レベッカたちは、先の魔物の襲撃で負った傷の治療のためセワードの診療所に行っていたので様子を見ることはできなかった。

  スヴェートの作る夕食は、相変わらずの美味しさで、軍隊の青年たちは彼女の料理を絶賛した。

  「こんな美味い飯は始めてだ」

  「ぜひとも嫁に来てほしいよ」

  「士官たちも、ここで食べれば良かったのに」

  彼らは口々にそんなことをつぶやいた。

  それから夜が明けたが特に異常がなかったため、ブラムとスヴェートは、街を出てマリと合流することにした。

  デボラからマリが置いていった服といくらかの消耗品を受け取ると、街の出入り口に向かった。

  出入り口の門に近づくと、人影が見えた。

  さらに近づくと、レベッカの父の姿が見えた。

  「ジェームズさん、どうしてここに?」

  ブラムが尋ねると、レベッカの父はぎこちなく微笑みながら答えた。

  「用心棒の報酬を払いに来ました。デボラさんに聞いたところ、もう街を出るとのことでしたので、先に待たせてもらいました」

  「ご丁寧にありがとうございます」

  ブラムは、軽く頭を下げた。

  「では、こちらが報酬です」

  ジェームズは、そう言ううと金貨の入った袋をブラムに手渡した。

  ブラムが、金貨を受け取ると彼は続けて大きなバスケット籠を取り出した。

  「それから、こちらも。これは、私たちから感謝の印です」

  スヴェートは、籠を受け取りバスケットの上にかけられた布をめくった。

  パンとブドウ酒のようだ。

  「ありがとうございます」

  「それから、マリさんに伝えておいてください。娘が、あの時は申し訳なかったと言っていたと」

  「レベッカの調子は、どうですか?」

  スヴェートが、尋ねると、ジェームズはわずかに顔を曇らせた。

  「見た目の傷は治りましたが、まだ心の整理がついていないようで…。

  今もセワードさんの治療を受けている状態です」

  「無理もありません。とにかくお大事になさってください」

  「ありがとうございます」

  

  街の近くに広がる森の奥深くの洞窟。マリは、ケモノの姿で二人を待っていた。

  彼女の目には、泣き腫らした跡があった。

  「終ワッタカ?」

  マリの問いに、ブラムとスヴェートはうなずいた。

  「ソウカ…」

  マリは、そう言いながら突然鼻を震わせた。

  「コノ匂イ…」

  「これのことですか?」

  スヴェートは、手に持った籠から瓶を取り出しながら言った。

  「ジェームズさんが報酬と一緒にくれたんです。良かったらどうぞ」

  彼女は、そう言うと酒瓶をマリに差し出した。

  「アリガトウ」

  マリは、酒瓶を受け取ると歯で栓を抜き中のブドウ酒を一気に飲み干した。

  「レベッカ、ハ、大丈夫ダッタカ?」

  しばらくして、マリは二人に尋ねた。

  「うん。ちょっとケガしたみたいだけど、何ともないって」

  ブラムは、精神のことは触れずに答えた。

  「良カッタ…」

  マリは、そうつぶやくと頭を下げうなだれた。

  彼女の背には、重い悲壮感が漂っていた。

  「マリ、ごめん」

  ブラムは、ささやくように言った。

  「何故、謝ル?」

  マリは、首を傾げた。

  酔いがまわって来たのか、呂律が怪しい。

  「僕が、レベッカたちを助けようななんて言わなければ、こんなことにはならなかった」

  「ソレハ、私ノコトヲ言ッテイルノカ?」

  「うん…」

  「オ前ハ、間違ッテイナイヨ、ブラム。オ前ハ、正シイコトヲ、シタ。

  ソレニ、アレハ、私ガ、シタクテシタコト、ダ。オ前ガ、気ニ病ム、必要ハ、ナイ」

  マリは、そう言うとブラムとスヴェートを巨大な手で抱き寄せ膝の上に置いた。

  「ブラム、スヴェート、オ前タチハ、本当ニ、優シイ。

  私ハ、オ前タチニ会エテ、本当ニ、良カッタ」

  「僕もだよ、マリ」

  「私も」

  ブラムとスヴェートは、マリの毛に覆われた温かい身体に触れながら言った。

  何時しか三人は、そのまま眠りについていた。

  

  どのくらい眠っていたのだろうか。ブラムが目を覚ますと、外には太陽の代わりに月が顔を見せていた。

  「目が覚めましたか?」

  スヴェートが焚火の前で魚を焼きながら尋ねた。

  「美味しそうだね」

  ブラムは、魚を見ながらつぶやいた。

  「近くの川で捕ってきたんです。毎日シチューでは、飽きてしまいますからね」

  「マリは?」

  「着替えに外に出ました。たぶん、そろそろ戻ってくる頃かと」

  とスヴェートが言ったちょうどその時、マリが人間の姿で洞窟に入って来た。

  いつも通り質の良い服の上に赤いコートを羽織っていたが、首輪だけは外していた。

  ブラムは、彼女の首の傷跡に気づいたが、特に何も言わなかった。

  マリは、焚火の前に座ると何も言わずに炎を見つめた。

  「二人とも、聞いてくれないか?」

  焚火の枝の半分が灰に変わり始めた頃、マリは突然口を開いた。

  「ええ、構いませんよ?」

  スヴェートは、火の中から魚を取り出しながら言った。

  「うん」

  ブラムは、焼魚をかじりながらうなずいた。

  「ありがとう…」

  マリは、ブラムを見ながらクスクスと笑うと、静かに語り出した。

  自分が人間がだったこと、ウールヴヘジンやリュバンでの戦いの日々、実父との別れ。ブラムが知っていることや知らないこと、スヴェートが聞いたこと聞かなかったこと。

  人狼は、自分の過去をほぼ全て二人に話して聞かせた。

  話しが終わった頃、火の中の枝は、ほとんどが灰と化していた。

  「知らなかったよ。人間が魔物になるなんて」

  ブラムは、目を丸くしながらつぶやいた。

  「かなり稀有な現象だからな。ベテランのストレイや退魔騎士でも知っている者は少数らしい」

  マリは、言った。

  「でも、何故今私たちに話したのです?」

  スヴェートが尋ねると、マリは口元に笑みを浮かべながら口を開いた。

  「お前たちだからだよ」

  「僕たち?」

  「私たち?」

  ブラムとスヴェートは、同時に首を傾げた。

  「お前たちは、私の旅の目的を知ってもここまでついて来てくれた。

  それに何度も私のことを救ってくれた。

  これ以上隠し事をするのは、ダメだと思うんだ」

  マリがそう言った瞬間、ブラムとスヴェートは、また同時に視線を火に向けた。

  「私は、私自身の流儀に従って秘密を打ち明けた。

  別にそれを二人に強要しようとは思わないよ」

  マリは、目を逸らす二人に優しく言った。