「ケダモノ」
「レベッカ?」
ブラムは、声のした方を見ながら言った。
レベッカの隣には、マリの姿もある。
教会と二人の間ではワイバーンが数体地面を這いまわっていた。
魔物たちは、レベッカとマリを見つめながら舌なめずりをした。
「レベッカ! マリ!」
ブラムは、助けに行こうと屋根の上を駆けた。
だが、すぐに別のワイバーンに進路を塞がれてしまう。
「邪魔だぁ!」
ブラムは、短剣で魔物の目玉を抉り、ひるんだ隙をついて首に長剣を突き刺した。
彼は、魔物が事切れたのを確認すると、マリの方を見た。
マリも、彼の方を見ている。
彼女は、ブラムに向かって微笑んだ。
こんな状況で何で笑っていられるのだろう?
ブラムが、そう思っていると、突然マリが四つん這いでうずくまり始めた。
そして次の瞬間、マリの身体はグロテスクな音をたてながら変化し、全身の肥大化とともにドレスが裂けた。
マリは、一瞬にして別の生物に姿を変えた。
それは、人間でも狼でもない、両者の中間の立つような姿だった。
黒い体毛に覆われた身体と赤黒い鱗に包まれた左腕、狼と竜を掛け合わせたような頭部、逆関節の足は人間と言うよりも直立した獣に近かった。
足から頭までの高さは、隣に座り込むレベッカの三倍はある。
ケモノは、空に向かって遠吠えをした。
大気を震わすような大きく恐ろしい咆哮に、その場にいた全ての者が戦意を失った。
ワイバーンたちは、一行に襲いかかるのやめ地面に這いつくばり、ブラムたちは、屋根に座り込み危うく武器を落としそうになった。
ケモノは、震えるワイバーンたちの方へ近づくと手を振り下ろした。
一体のワイバーンの頭が砕け、鮮血と肉片が近くの建物に飛び散った。
ケモノは、さらに数体のワイバーンを始末した。
ワイバーンたちも自衛のため攻撃に出たが、全て返り討ちにあった。
ケモノは、向かう者逃げる者関係なく魔物に襲いかかった。
爪で裂き、牙で噛み砕き、手で引き千切る。
ブラムは、目の前の光景に思わず目を逸らした。
しばらくすると、戦闘の音がやんだ。
視線を戻すと、ケモノがレベッカに近づく光景が見えた。
二人の足元には血の海が広がりバラバラになった魔物が浮いていた。
ケモノは、レベッカの方に手を伸ばした。
「いやああああああああああああああああ!」
レベッカは、悲鳴を上げながら教会の方へ駆けて行った。
ただの悲鳴でない。生き物が生命の危機を感じた時に発する原初的な恐怖を体現した悲鳴だった。
ブラムは、セワードの方を見た。
セワードは、彼に向かってうなずくとデボラの助けを借りレベッカのいる方へ降りていった。
レベッカは、医師の身体に抱きつくと涙を浮かべながらガタガタと震えだした。
ブラムは、続けてマリの方へ視線を移した。
マリは、血まみれになった自分の手を見つめていた。
ブラムとスヴェートは、屋根から滑り降りると彼女の方へ近づいた。
「来ルナ」
マリは、血の滴る手を見つめたまま二人に向かって言った。
静かだが、有無を言わさぬ声。
マリは、手から視線をはずすと街の外に向かって歩いて行った。
「どこに行くのですか?」
スヴェートは問いかけた。
「二人ハ、後始末ヲ、シテイロ。終ワルマデ、待ツ」
マリは、質問に答える代わりにそう言うと、それきり何も言わずに歩き出した。
ワイバーンの討伐が終わった後もブラムたちに休む余裕はなかった。
魔物を死体を片付け、犠牲になった市民や兵士を弔う。
その後、セワードとスヴェートは負傷者の看護に従事し、ブラムとデボラは再び魔物が寄って来ないよう外で様々な処置をした。
「これで、どのくらいの間退けられるかな?」
ブラムは、デボラが新たに調合した魔物避けの香を焚きながらにかけながらつぶやいた。
「この前は、一週間前に処理したからねぇ。まあ、ワイバーンの血肉も加えたから、しばらくは大丈夫でしょう?」
デボラはそう言いながら、マッチを擦り香に火をつけた。
「あの、デボラさん…」
ブラムは、何かを思い出したように呼びかけた。
「デボラで良いわよ。何?」
「えっと、マリって、昔どんなヒト、だったの?」
「どんなヒト、ね…」
デボラは、顎に手をあてながら空を見上げた。
「お節介なヒトかな? 今も変わらないみたいだけど」
「お節介?」
ブラムは、首を傾げた。
「そう。私、こう見えてもリュバンに入る前は、お屋敷で使用人の仕事をしていたの。
だけど、ある時雇用主に魔物だってことがバレて、結局紹介状も書いてもらえないまま解雇されて。それからずっとリュバンにいたのだけど、マリってば、そのことを知ったら、わざわざ前の雇用主に掛け合って紹介状書かせて、しかも自分の親のところに奉公しないか言ってきたの」
「へえ、あのマリが?」
「意外?」
「うん」
「本当にそうかしら? レベッカたちの用心棒になろうって言ったのも実はマリなんじゃない?」
「あっ…」
確かにデボラの言うとおりだ。
思い返せば、マリは確かにお節介だった。
何だかんだでルークの命を救ってくれたり、ブラムのことも助けてくれた。
パズズの母を治療したのも彼女だった。
「確かに、お節介かもしれないね」
ブラムは、そうつぶやくとニッコリと笑った。
デボラも、微笑み返す。
「さあ、これだけ香を焚けば十分でしょう?はやく帰ってご飯にしましょう」
彼女は、そう言うと街の出入り口に向かって歩き出した。
ブラムも、その後に続いて歩き出した。
「今日は、スヴェートが作るって言ってたよ。
彼女のシチューは、本当に美味しいんだ」