「血塗られた街」
「医者の持ち物としては、ずいぶんと物騒な代物ですね」
スヴェートは、セワードの手にあるライフル銃を眺めながら言った。
銃と言っても、普通のそれとは違う対魔物用に改造された強力なモノだった。
「最近は、この街でも魔物の襲撃が妙に多くてね。セワードさんたちには、ここのガーディアンもお願いしているんだよ」
二人を先導して歩く軍隊の男が、セワードに代わって答えた。
三人が歩く街の中は、悲惨な状況だった。
建物には飛び散った血がこびりつき、血の海と化した地面には多くの人間と魔物が倒れていた。
そんな光景を見ながらしばらく進むと、一行は大きな建物の前にたどり着いた。
中に入ると、慌ただしく動き回る軍隊たちのなかにジェームズとブラム、そしてデボラの姿を見つけた。
どう言う訳か、マリとレベッカはその場にいなかった。
嫌な予感がしたスヴェートは、デボラの方に駆け寄った。
「デボラさん!」
彼女が呼びかけると、デボラは申し訳なさそうに頭を下げた。
「マリたちは?」
「魔物に襲われている途中ではぐれちゃったの。ごめんなさい」
「現状は?」
軍隊の男が間に入ってデボラに尋ねた。
「とりあえず、第一陣は制圧を完了した。今、第二陣に向けて準備を進めているところだ」
ブラムが、街の地図に何やら印をつけながらデボラに代わって答える。
どうやら、この場の指揮は彼が担当することになったらしい。
彼の口調は、普段とは違う威厳のある雰囲気があった。
「第二陣?まだ、魔物が来るのですか?」
軍隊の青年が尋ねると、ブラムはゆっくりとうなずいた。
「先ほど、西の見張りから連絡があった。話しを聞く限りでは、ワイバーンが十三体と言うことだ」
「ワイバーンって…。そんなにたくさんのワイバーンが来たら、この街はおしまいだ」
「そうならないようにするのが、君や僕らの仕事だろう?
すぐに自分の隊と合流して迎撃用の兵器を用意するんだ。
時間がない。急げ」
ブラムにそう言われると、青年は弾かれたように部屋の奥へと駆けて行った。
「それで、私たちは何をすれば良いですか?」
スヴェートは、青年の背中をしばらく追いかけるとブラムの方に視線を移し尋ねた。
「僕たちの役割は、軍隊が撃ち漏らしたヤツらの排除と逃げ遅れた市民の救助だ。
敵の数自体は多くないから、皆には後者の方を優先して欲しい」
一行は、一斉にうなずいた。
ワイバーンの群れが街に到着するまでの間、ブラムたちストレイとセワードたちガーディアン一行は、それぞれで街の市民の救助を行った。
幸い、市民への被害は、それほど酷いモノではなく逃げ遅れた市民も自力で避難場所へ行ける者がほとんどであった。
「そろそろ来る頃かな?」
街を探索してから数時間が経った頃、ブラムは懐から懐中時計を取り出しつぶやいた。
「防壁に戻りましょうか?」
スヴェートが問いかけると、ブラムは首を縦に振った。
「そうだね。街の方はセワードたちにまかせようか」
彼は、そう言うと防壁に向かって足を進めた。
シルバガントは、古くは城塞都市であったことから街の周りを石の防壁で囲まれていた。
壁の維持については、市民の間で反対の声も出たが、国境付近が現在も戦争中であることと魔物を怖れる市民の意見が汲まれ今まで撤去されずにきた。
ブラムたちが防壁の上に登ると、すでにそこにはありとあらゆる兵器が並べられていた。
投擲機、バリスタ、大砲。どれも強力な兵器だが、ワイバーン相手に効果的かは疑問が残る。
ブラムは、防壁部隊の隊長と短い挨拶を交わすと街の外の方に目を向けた。
「見えますか?」
その場を指揮していた隊長がそう言った時だった。
突然、ブラムの顔が一気に青ざめ始めた。
「すぐに攻撃の準備をしろ。今すぐだ!」
彼は、そう叫ぶと防壁を飛び降りた。
「どうしたのですか、ブラム?」
スヴェートは、後を追って防壁を飛び降りると尋ねた。
「報告より、数が多い。あの量の兵器では、一割も落とせない…」
「見張りが数え間違えたのですか?」
「見張りは、二人制だ。そんなはずはない。
たぶん、どこかで別の群れと合流したんだろう。
とにかくセワードたちと合流しないと…」
そう言いながら、走るブラムの頭上を巨大な生き物が通りすぎていった。
ワニのような頭にコウモリに似た翼、尻尾は先端がやじりのように鋭く尖っていた。
その姿は、竜のようでもあるが、前肢がなく太陽を遮るそのシルエットは鳥やコウモリに近かった。
「クソ! もう追いついてきた」
ブラムは、悪態をつきながら地面を蹴るとワイバーンに向かって跳躍した。
右の翼にとりつくと、一気に身体をよじ登り短剣で魔物の喉元を切り裂いた。
血の雨が降り、ブラムと魔物は地面に落ちる。
ブラムは、素早くワイバーンから離れるとスヴェートの隣に着地した。
まずは、一体。
だが、そうしている間にも後続のワイバーンが数体二人の頭上を通り過ぎていった。
ブラムたちが街の中心地にたどり着いた頃、セワードはすでに十体以上のワイバーンを始末していた。
避難場所である教会の屋根に座り込み魔物の急所に向けて正確に弾を撃ち込む彼の周りを、黒い生物が彼を守るように立ちまわっている。
背から生えたコウモリのような翼と矢のような尻尾は、ワイバーンにも似ていたが、大きさは隣に立つセワードと同じくらい。
顔は馬のようだが、裂けた口は蛇にも見える。
あれが、デボラの魔物としての姿だろう。
ブラムは、直感的にそう思った。
デボラは、手に持った幅の広い短剣で向かって来るワイバーンの鱗を切り裂きセワードが銃を撃つタイミングを作っていた。
もとリュバンの女王というだけあって、その動きには一切の無駄がなく、むしろ美しくも見えた。
ブラムとスヴェートは、すぐに二人と合流し、魔物の討伐に加わった。
戦いは、何時間にも及んだ。
ただでさえ生命力が強く力もあるワイバーンを数体も相手にしなければならない状況に四人は徐々に疲弊していった。
やがて、セワードとスヴェートの体力に限界が訪れ、徐々に一行は劣勢に追い込まれていった。
少女の悲鳴が聞こえたのは、そんな時だった。