「エイブラハム」
「うわあ、カワイイ!」
「素敵ですね」
「本当、両家の娘と言われれば信じてしまいそうですね」
「似合ってるよ、マリ」
朝、食事を済ませた一行はデボラの自室から出てきたマリを見て口々に言った
彼女は、襟の立った真紅のドレスに身を包んでいた。
せっかく街に来たのだから、オシャレをして観光でもしよう。
そんなデボラの提案で半ば無理矢理着替えさせられたマリは、気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「やっぱり、マリは赤が一番似合うわね?」
デボラは、マリの肩を掴みながら言った。
〈僕は、昔みたいに緑のドレスを着て欲しかったな〉
セワードは、手元の黒板に書き込んだ。
その瞬間、マリの頭から三角の耳が飛び出した。
どうやら、相当恥ずかしいらしい。
「これは、大きな帽子も必要そうね」
デボラは、からかうように言うと自室へと入っていった。
数時間後、病院は、それまでの賑やかさが嘘のような静けさに包まれた。
マリとレベッカはデボラにつれられて街の観光に行き、ブラムはレベッカの父ジェームズの仕事を手伝いに出た。
病院の中は、セワードとスヴェートだけとなった。
二人は、香り良い湯気の立つハーブ茶を囲んで談笑をしながら過ごした。
しばらくの間話し込んでいると、セワードが急に筆談用の黒板をわきに置き、ペンとインクそして日記帳と思われる本を取り出した。
〈こちらの方が、黒板より効率良く会話ができる。
君は、マリのことを聞きたいのだろう?〉
彼は、日記帳に書き込んだ。
「やはり、気づいてましたか」
スヴェートの言葉にセワードは、ゆっくりとうなずいた。
〈君は、速記文字が読めるかい?〉
セワードは、書き込んだ。
「はい。前に兄から教わったことがあるので」
〈では、ここからは速記文字でいこう。
それでは、早速だが何が聞きたい?〉
彼は後半の話を速記文字で書くと目の前の妖精を見つめた。
「そうですね…。では、手始めに貴方とマリの関係を聞かせてもらえますか?」
〈ただの幼馴染さ〉
「彼女が人間だった頃のですか?」
〈そうだね。彼女の父は、僕の医者の先生だったんだ〉
彼は、そこまで書き込むと包帯の巻かれた首に手をあてながら再びペンを動かした。
〈先生は、本当に素晴らしい方だった。
マリが死んだ後だと言うのに、あの魔物に首を抉られて瀕死になっていた僕をこうして生かしてくれたのだから…〉
「先生と貴方が、マリの生存を知ったのは、いつだったんですか?」
〈先生が殺される一か月前だったかな?
メイドとして先生の所へきたデボラが、教えてくれたんだ。
彼女は、もとはリュバンの女王でマリとも交流が深かったみたいだからね。
先生は、デボラを通してすぐにマリを呼び出したらしいけど、僕はその時ちょうどこの病院を持った頃ですぐにでも移らなければいけない時期だっただったから昨日までずっと会えずじまいだったけど…〉
彼は、そこでまたペンを止めた。
目には涙が浮かんでいた。
〈その後、首都から逃げてきたデボラに先生が殺されたことを聞いた時は、ショックだったよ。
エイブラハム先生は、素晴らしい方だった。今も生きていれば、もっと多くの人の命を救っていただろうに〉
「エイブラハム…?」
スヴェートは、日記帳の言葉を読んだ。
〈先生の名前だよ〉
「それで、昨日ブラムが名乗った時あんな顔をしたのですか?」
スヴェートの問いにセワードはうなずいた。
〈正直、驚いたよ。マリが、父親と同じ名前のヒトと旅をしていたんだからね〉
「エブラハムさんのこと、もう少し聞かせてもらえますか?」
〈もちろん〉
そう書き込むと、セワードはエイブラハムとの思い出を語り始めた。
そうしている内に日が昇り気がつくと部屋の隅の振り子時計が十二時の鐘を鳴らしていた。
「そろそろ、マリたちも帰ってくる頃ですかね?」
スヴェートは、時計の針を見ながらつぶやいた。
だが、病院にやってきたのは、マリたちではなく、軍隊の服を纏った男だった。
「大変だセワード! 魔物が、街に攻めて来た!」
男は、室内に入るなりセワードに向かって言った。