「死の記憶」
マリは特に何も言わなかったが、回答を拒む様子もなかった。
スヴェートは、さらに話を続けた。
「前に兄から聞いたことがあるんです。魔物に殺された普通の生物がごく稀に魔物になって生き返ることがあると。
ウールヴヘジンと退魔騎士は、混乱を避けるため情報の隠ぺいに躍起になっているみたいですけどね。
これは、あくまでも私の想像ですが、マリはそう言う人間から魔物になったヒトで、あの魔物は、おそらく貴方を魔物にした張本人なのではありませんか?」
マリは、すぐには答えなかった。
床に目を向け、ゆっくりと目を閉じまた開くとポツリとつぶやくように言った。
「その通りだ」
そして、彼女は少しずつ語り始めた。
「私は、首都で外科医を勤める父の娘でマリ・ゴールドという名前だった。
あの魔物は、モリガン。私の乳母であり家庭教師だったんだ」
「乳母と家庭教師?上中流階級の人間が、魔物を雇っていたのですか?」
スヴェートが尋ねると、マリは首を横に振った。
「いや…。ヤツは、魔物であることを隠していたんだ。
ヤツは侍女として人間の世界に入り込んで、主の娘や主の住む地域の女子どもを食い殺しながら生きてきたらしい」
「貴方は、そのモリガンの獲物の一人になったと?」
「そうだ。
私が十七歳になった頃、モリガンは突然街の女たちを襲い始め、最後に私が手に駆けられた」
そう言うと、マリはおもむろに首にかけたチョーカーを外した。
スヴェートは、彼女の首を見た。
獣化しているにも関わらず、左半分には毛がなく赤黒く変色した肌が露出していた。
「ヤツは、私に飛びかかると首の肉を喰い千切った。これは、その時の名残だ。
忘れたくても忘れられない…。
耳元で自分の肉が裂かれ自分の骨が砕ける音を聞かされる。
気管を抉られてろくに呼吸もできずに、失血で意識を失うまでずっと地獄のような苦しみを味わった。
正直、意識を失う瞬間は、ホッとしたよ。
やっと楽になれるってね…」
「でも、貴方は死ななかった」
「死ねなかったと言う方が正しいな。
モリガンに殺されてから翌日の夜、ヤツが先に起こした事件を調査するために来たウールヴヘジンに墓から掘り出されたんだ。
それ以来、私は親元を離れ人狼として生き魔物を狩ることを生業とすることになった…」
「モリガンは、その後どうなったのですか?」
「報告によると、ヤツは、ウールヴヘジンに殺されたらしい。
だが、ヤツは生きていた。
父が殺される数時間前、私は父に呼び出され首都に戻っていた。
そこで、私はヤツに会った。
私は、死に物狂いでヤツの心臓に剣を突き立てて殺した…はずだった…。
でも、ヤツは死んでいなかった。
今でもこれが全部夢なんじゃないかと思いたいよ…」
マリは、そう言うと自分の肩を抱き震えだした。
「悪いが、しばらく一人にしてくれないか?」
本当に一人にして大丈夫だろうか?
スヴェートは、一瞬迷ったが、素直に部屋を出ることにした。
居間に戻る途中、玄関でブラムと鉢合わせた。
「マリの様子は、どう?」
ブラムは、尋ねた。
「だいぶ落ち着いたみたいです。ただ、今回の魔物の討伐は、私たちだけでやることになりそうですね…」
「そう…」
ブラムは、それ以上は聞かなかった。