「恐怖」
悲鳴が聞こえたのは、村長の家の向かい側だった。
ブラムたち三人は、すぐに反応して窓から外に出た。
外に出ると、すでに事切れた女性の身体とそれを貪る魔物の姿が目に入った。
魔物は、一見すると人間の女性と変わらない容姿だったが、身体中を血に染めながらニタニタと不気味な笑みを浮かべる様子は人間のそれとは程遠いモノだった。
ブラムとスヴェートは、武器を構えた。
「まさか探す前に対峙することになるとはね」
ブラムは、誰にとなく言った。
「仕事が早く終わるんですから良いでしょう。ねえ、マリ?」
スヴェートは、そう言うと後ろのマリを見た。
マリは、魔物の方を見たまま動かない。
「マリ?」
とスヴェートが声をかけた時だった。マリは、手に持った大剣を落とし糸の切れた人形のようにその場に座り込んでしまった。
「どうしたの?」
スヴェートは、彼女のそばに近寄り肩に触れた。
身体が震えている。
良く見ると、顔は汗で濡れ獣化が始まっていた。
「ああ…ああ…」
口を開けたま声を上げているが、何を言っているのか分からない。
「どうしたんですか?しっかりしてください!」
スヴェートは、何度も呼びかけたが、マリは身体をガタガタと震わせたまま返事をしない。
「マリ…」
すると突然、後ろから聞き覚えのない声が聞こえた。
スヴェートが、振り返って見ると、村人を喰らっていた魔物がニタニタ笑いを浮かべながらこちらに近づいて来るのが見えた。
「マリマリマリマリ…」
魔物は何度もマリの名を呼んだ。
その時、突然マリが大きな悲鳴を上げた。
スヴェートは、とっさにマリの身体を抱きしめた。
「マリ、しっかりしてください!」
妖精は、再び何度も呼びかけたが、マリは完全に我を失い叫び続けた。
「それ以上近寄るな。斬り殺すぞ」
ブラムも、マリの異変に気付き魔物に剣を向けながら叫んだ。
魔物は、しばらく進むと立ち止まった。
「マリ、待っているから…」
魔物は、そう言うと三人に背を向け村の外に向かって歩き出した。
「待て!」
ブラムは、魔物を追い駈け出した。
だが、魔物の方が早かった。
魔物は、近くの家の角を曲がったところで姿を消していた。
ブラムは、仕方なく魔物を見失ったところからマリたちのいる方へ戻った。
「魔物は?」
スヴェートは、マリの身体を抱いたまま尋ねた。
「逃げられた。二人とも大丈夫?」
「私は、大丈夫です。ただ、マリが…」
ブラムの問いにスヴェートは、そう答えるとマリの顔に視線を向けた。
マリは、スヴェートの腕の中で気を失っていた。
「一体どうしたんでしょう?あんなマリ、初めて見ました…」
スヴェートは、マリの顔を見つめながら言った。
「僕もだよ。とにかく一度村長の家に戻った方がよさそうだね」
スヴェートは、気絶したマリを抱え村長の家に戻った。
カタリナは、特に何も言わずに客間を提供してくれたが、その顔には不安の色がありありと浮かんでいた。
マリをベットに横たえていると、魔物に殺された少女を教会に運んでいたブラムが帰って来た。
「お帰りなさい。教会は、どうでした?」
スヴェートが尋ねると、ブラムは顔を曇らせながら首を振った。
「他と似たり寄ったりだよ。マリは、どんな様子?」
「まだ、意識は戻っていませんが、それ以外は特に問題ありませんよ」
「良かった…。じゃあ、僕は、魔物がまた来ないか村を見回ってみるよ。
さっき村長が言ってた男たちから何か聞き出せないかも調べたいし」
「分かりました。では、気をつけて」
スヴェートが、そう言うとブラムは礼を言いながら再び外に出た。
彼の無事を祈りながら妖精はマリの部屋に戻った。
部屋に入ると、マリはすでに起きていた。
まだ精神が安定しないのか顔は狼のままだったが、それ以外はいたって健康そうだ。
「気がつきましたか?」
スヴェートの問いにマリはコクリと頷いた。
「ブラムは?」
マリは、尋ねた。
「外に見回りに行きました」
「そうか…。手間をかけさせたな」
「気にしないでください」
スヴェートは、そう言いながらマリを運ぶ途中村の井戸から失敬した水を彼女に差し出した。
マリは、大きな皮袋に入った水を一気に飲み干すと腕で口もとを拭った。
「あの、一つ聞いても良いですか?」
しばらく間を置いてスヴェートは口を開いた。
「何だ?」
マリは、そう聞き返すと居住まいを正した。
何を聞かれるか、だいたい分かっているらしい。
スヴェートは、話し始める前に一度深呼吸をした。
「マリは、昔人間だったのですか?」