Scape wolf 3-4「獣とケモノ」

  「獣とケモノ」

  

  「それで外の様子は、どのような感じでしたか?」

  スヴェートは、居間に入ると近くのイスに腰を下ろしながらブラムに尋ねた。

  「少しマズイ状況かもしれない」

  ブラムは、暗い表情で答えた。

  「何かあったのですか?」

  「さっき村のはずれでブラックドックを三匹ほど殺した。

  たぶん、眷属だと思う…」

  「眷属って何ですか?」

  横からカタリナが不安そうに問いかけた。

  「言いかえるなら、ある魔物の手下と言ったところかな?」

  ブラムは、村長の方に視線を移し答えた。

  「魔物のなかには、別の強い魔物に従属して身の安全や食料を提供してもらう者もいて、ストレイや退魔騎士はそう言った魔物を〝眷属〟と呼んでいるんだ。

  さっきも言った通り、力はそれほどでもないから討伐は難しくないんだけど、数が多かったり主の魔物と別行動で人間や家畜を襲ったりするから、何かと面倒なんだよね…」

  「では、その眷属とやらが他にも村の近くにいるということなんですか?」

  「申し訳ないけど、今の段階では、はっきりとは答えられない。

  僕が殺した三匹だけかもしれないし、もっと多くいることも考えられる。

  ただ一つ言えるのは、主の魔物を討伐すれば、眷属は新しい主を求めて村から去るということだけだ」

  「そう、ですか…」

  その後、ブラムとスヴェートは、モリガン討伐のための計画を話し合った。

  村人からの有力な情報がないことに加え、マリから話しを聞くことも酷だというスヴェートの意見から、結局持てるだけの道具と知識を持って討伐すると言う計画で一先ずまとまった。

  話し合いが終わりに近づいた頃、カタリナが気前良く熱い紅茶を三つ持ってきてくれた。

  「マリさんにも差し上げたいのですが、客間に入っても大丈夫でしょうか?」

  村長の問いにスヴェートは首を横に振った。

  「まだ、体調がすぐれないようなので…。

  私が代わりに持って行きます」

  妖精はそう言うとカップを受け取り、客間の方へ歩いて行った。

  そして次の瞬間、彼女は青ざめた顔で客間から戻ってきた。

  「マリが、いない!」

  スヴェートは、悲鳴のような声をあげた。

  

  ※

  

  マリは、村を出て森の中にいた。

  身体と手に持った細剣は、途中襲いかかってきたブラックドックの血で真っ赤に染まっていた。

  いつものコートは客間に置いてきたが、毛皮に覆われた身体と感情の昂りの恩恵で寒さは感じなかった。

  血なまぐさい臭いを頼りにしばらく進むと、目の前に一人の人狼が現れた。

  全身を覆う毛皮は黄ばんだ白。目は濁った黄色。口からは血の混じった唾液がダラダラと糸を引いていた。

  「待ッテタワ、マリ」

  人狼は、身の毛もよだつような声で言った。

  「今度こそ殺してやる、モリガン」

  マリは、剣を人狼に向けながら言った。

  「貴方ニハデキナイ」

  モリガンは、歌うように言った。

  「誰ニモ私ヲ殺スコトハデキナイ。

  私ハ不死身。

  私ニ心臓ハナイ。

  故ニ不死。

  私ハ何度デモ生キ返ル。

  ソシテ、貴方ヲ喰ラウ。

  血ヲ。肉ヲ。骨ヲ。ソシテ魂モ」

  そして次の瞬間、モリガンは突然マリに飛びかかった。

  マリは、攻撃をかわすと魔物の無防備な脇腹に剣を突き刺した。

  心臓に達する角度と深さだった。

  だが、モリガンは、ひるむどころか逆にニヤリと笑うとマリに向かって爪を勢いよく振り下ろした。

  不意を突かれたマリは、左腕を裂かれた。

  鮮血が飛び散り、マリのなかで抑え込んでいたはずの死の恐怖が再び顔を上げた。

  呼吸が荒くなり、気づくと叫び声を上げていた。

  「イイ。イイ…。ソノ声。ソノ顔。

  モット聞カセテ。モット見セテ」

  モリガンは、嗜虐性に満ちた声で言った。

  とその時、突然モリガンがその場で気味の悪い声をあげながらその場でうずくまった。

  それと同時に魔物の身体がグロテスクな音をたてながら変化し始めた。

  まず背中が大きく裂けその中から人間の姿のモリガンが姿を現した。

  続けて両肩が裂け二つの狼の顔が飛び出し身体が風船のように膨らんだ。

  変化を終えた魔物の姿はおぞましいモノだった。

  上半身は、人間の女性。下半身は、ほぼ球体の毛に覆われた玉のようで、そこから狼の頭とくの字に曲がった足と鏃のような先端を持つ尾が四つずつ生えていた。

  その姿を見た瞬間、マリは、さらなる恐怖に駆られ一歩後じさった。

  歯がガタガタと鳴り、剣が手の中でカタカタと震えた。

  歯を食いしばり左手で反対の手を抑えてみたが、身体は言うことを聞いてくれなかった。

  逃げ出したい。

  だが、逃げてもどうせ殺されるだけだ。

  向きあわねば。

  マリのなかで獣の本能と人間の記憶と狩人としての意志が渦巻いて行く。

  最後に勝ったのは、狩人だった。

  マリは剣を握りなおすと、モリガンだったモノに向かって駆けた。

  魔物は、笑いながら爪の生えた手を振り下ろす。

  マリは、それを避けると後ろに回り込み下半身に飛び乗った。

  「うわああああああああああああああああああ!」

  叫び声に近い声を上げながら、マリは逆手に握った剣を魔物の背に突き立てた。

  細剣は、魔物の背骨を砕き心臓のある場所を通ると胸からその切っ先を覗かせた。

  勝った。

  マリは、そう思った瞬間だった。

  突然、身体中に激痛が走った。

  下に目を向けると、魔物の四本の尾が身体のあちこちから飛び出ているのが見えた。

  四本のうち一本は、胸を貫いていた。

  一拍おいてマリは大量の血を吐き出し、白いブラウスの襟が真紅に染まった。

  魔物は、尾を勢いよく振り回しマリを投げ飛ばした。

  人狼の身体は、人形のように力なく宙を舞いそのまま地面に落ちた。

  マリは、動かない。

  「立ナサイ、マリ。マダ生キテルデショ」

  魔物は、マリに向かって言った。

  人狼は、異形の魔物の問いにこたえるようにゆっくりと立ち上がった。

  そして次の瞬間、彼女は突然天に向かって遠吠えをあげた。

  そして、先程モリガンがそうしたように肩を抱き背を丸めた。

  だが、彼女の変化したモノはモリガンのそれとは全くの別物だった。

  完全なるケモノ。

  その姿にそれまでのマリの面影はなかった。

  その姿を見た瞬間、モリガンは生まれて初めて恐怖と言うモノを感じた。

  魔物は、これまでに様々な生命を奪ってきた。

  人間特に女子どもが好物だったが、どうしても食べられない時は森の獣や他の魔物の血肉を喰らった。

  だが、今のマリの姿は今まで見てきたどの生命とも違っていた。

  この世に自分の命を奪える者などいない。全ての生命は自分の食料でしかない。

  それまで、モリガンはそう思ってきた。

  だが、今目の前にマリは違った。

  魔物は、初めて絶対的強者である捕食者を見たと思った。

  逃げろと本能が警告を発したが、恐怖で身体が全く動かない。

  そうこうしている間にマリは、攻撃に転じていた。

  ケモノは、両腕を振り下ろし魔物の肩を裂き落とした。

  魔物は、激痛に悲鳴を上げた。

  これまでに腕を斬り落とされたことは何度もあったが、これほどの激痛を感じたことはなかった。

  これが死と言うモノだろうか?

  マリは、続けざまに何度も腕を振り回し、魔物の身体を原型がなくなるまで刻み続けた。

  そして、彼女は、最後に残った狼の頭を左手で目の高さまで持ち上げた。

  「オ願イ、マリ。殺サナイデ…」

  狼の頭は、恐怖に顔を引きつらせながら懇願した。

  ケモノは、答えない。

  「ネェ、覚エテイル、マリ? 昔ノコト。

  貴方ハ、私ノコト、大好キダト、言ッテ、クレタワネ」

  魔物は、猫なで声で言った。

  すると、ケモノはようやく口を開いた。

  その声にすらマリの面影は残っていなかった。

  「何度モ言ワセルナ。

  オ前ハ、私ノ知ッテイル、モリガン、ジャナイ。

  私ハ、オ前ノ知ッテイル、マリ、デハナイ」

  ケモノが、そう言った瞬間だった。

  突然、その手の中でモリガンの頭が炎を上げた。

  魔物は、この世のモノと思えないおぞましい悲鳴を上げた。

  ケモノは、燃えさかるモリガンの頭を地面に放り投げた。

  モリガンの頭を包んでいた炎が周囲に広がり、魔物の身体だったモノをも焼き払った。

  ケモノは、その光景を表情一つ変えずに見つめ続けた。

  断末魔が消え、炎が消え、後に灰だけが残るのみとなっても、彼女は長いことそこから目を逸らすことができなかった。