「宴会」
宴会場は、王のテントのすぐ隣だった。
宴会は、すでに始まっていて、何人かは酒を大分あおった後なのか、声が大きく足元が怪しい。
ブラムがあたりを見回すと、マリはすぐに見つかった。
印象的な赤コートは纏っていなかったが、麻や革の地味な服を着た集団の中では、彼女の絹やビロードの衣装はよく目立つ。
マリは、銅のコップを片手に隅で鶏のモモ肉を噛んでいた。
肉を持つ手は素手だったが、コップ持つ左手は手袋をつけたままだ。
ロキとブラムは、彼女の方に近づいた。
人狼は、二人に気づくと、脚肉を口に咥えたまま二人の方を見た。
「仕事は、見つかったか?」
ロキが尋ねると、マリは肉を咬みちぎり、首を横に振った。
相変わらず、相手の目を見ていない。
「いや。明日にはカラスどもが情報を持ってくるらしいがな」
彼女は咀嚼しながら言うと、コップの中の飲料を口に含み肉と一緒に喉に流し込んだ。
その時、マリは始めて顔を上げてロキの目を見た。
「悪いが、今日はここに泊めてくれないか?雨風がしのげれば、どこでも良い」
「ああ、良いとも」
ロキは、すぐに頷いた。
人の良さそうな笑顔。とても人間を殺した者とは思えない顔だ。
「もう、準備はさせてある。宴会が終わる頃には、寝る場所もできるだろう。それまで、ゆっくり楽しみたまえ」
彼は、そう言うと手を振って、宴会場の中央に置かれたテーブルの方に行ってしまった。
テーブルの上には、大量の料理が美味しそうな匂いを漂わせながら並べられている。
ブラムが、呆然と王の後ろ姿を見ていると、後ろからマリが声をかけてきた。
「お前も行ってこい。早くしないと食うモノも飲むモノもなくなるぞ」
「あ、うん」
ブラムは、彼女の方を振り返って頷くと、ロキと同じ方向に向かおうとした。
だが、次の瞬間、彼はふとあることに気づいた。
マリが、自分を気遣ってくれた?
いつもなら何を言っても冷たくあしらってくるのに、さっきの言葉はまるで自分の食事のことを心配しているような口ぶりだった。
そんなこと、今まであっただろうか?
ブラムは、そんなことを思いながらマリの方を再び振り返った。
彼女は、飢えた獣のように肉をガツガツと貪っている。
ゲリやフレキよりも行儀が悪い。
「どうかしたか?」
マリは、ふと顔を上げながら尋ねてきた。
「ううん、何でもない」
ブラムは、そう言うと再び足を食卓に向けた。
「そんなわけ、ないか…」
宴会の食事は、見事なモノだった。
焼きたてのパンは口に含むと穀物の豊かな香りが広がり、ほのかな甘みも感じられた。肉料理の味付けには香辛料が大量に使われ、ピリリとした辛さが食欲をそそる。
飲み物も絶品だった。
先程、王のテントで相伴に預かった果汁もあったが、一緒に出された異国の穀物の酒は、独特の風味で舌を喜ばせてくれた。
ブラムは、ある程度腹が膨れると持てるだけの食事を持ってマリのもとに戻って来た。
彼女は、肉のなくなった骨をわきに置きパンをかじっていた
「いやあ、満足満足」
ブラムは、そう言うと持っていた木苺を口に放り込んだ。
果汁が口の中にあふれ、端から零れ落ちる。
酒の力も手伝って上機嫌だった。
「今日は、行商人が良い品を多く売ってくれたらしいからな。運が良かったよ」
マリは、そう言いながら、パンをまた一口齧った。
「本当、運が良いよね、僕ら」
ブラムは、彼女の隣にどっかりと腰を下ろしながら言った。
いつもよりも声が大きく、滑舌が悪い。
目の前が歪んで見える。
呑みすぎた。
ブラム自身もそう思い、酔い覚ましに持ってきたお茶を口に含んだ。
淹れたばかりのお茶も、冬の夜気にさらされ大分冷めてしまったが、香りが良い事に変わりはなかった。
隣のマリは、まだ食事を続けている。
彼女の足元には、うず高く積み上がった骨と手つかずの料理が大量に盛られた木の皿がある。
人狼は総じて食欲旺盛だと聞くが、他の人狼もこのくらい平気で平らげてしまうのだろうか。
ブラムは、骨の山を見ながら、ふとそんな事を考えた。
二人は、しばらく無言で食事を続けた。
「ねえ」
どのくらいたった頃だろうか。ブラムが、マリに向かって話しかけた。
「何だ?」
人狼は、その時始めて彼に返事をした。
どうやら、酒の力がマリの鉄のようなに硬い心の壁も崩してしまったらしい。
ブラムは、気分が良くなり話を続けた。
「マリとリュバンと言うかロキって、どんな関係なの?」
「昔、世話になった。それだけの関係さ」
「それって、マリもリュバンの国民だったってこと?」
「ああ、そうだ」
マリは、そう言って頷くと、木皿の上のチーズに手を伸ばした。
彼女は、チースをかじりながら、ゆっくりと話し始めた。
「ずっと前、私は人間のために働いていたんだが、ある時仕事に嫌気がさしてリュバンの国民になったんだ。
リュバンでは、魔物や退魔騎士どもの討伐をよくやっていたな。退魔騎士のことは知っているよな?」
マリの問いにブラムは頷いた。
退魔騎士とは、魔物を狩る人間の総称であり、彼らは魔物を見境なく殺すことで有名だった。
彼らの目的は人間のための人間による人間のみが平和に暮らせる社会を作ること。
彼らにとって魔物は悪魔と同じこの世に不要な存在で根絶やしにすべきモノだった。
ある者は単独で、またある者は組織を作り自分たちの拠点を中心に人間に危害を加える者はもちろんのこと、敢えて人間から遠ざかったところでひっそり暮らす者まで魔物と呼ばれる者であれば彼らは平気で自身の刃を彼らに向ける。
だが、彼らは一方で大多数の人間からは支持されていた。
彼らは、ストレイやガーディアン、その他の魔物の退治屋と違い金品などの見返りを求めないからだ。
ありがたいことにブラムの村周辺に退魔騎士がいたことは一度もなかったが、聞くところによると、中には退魔騎士を神の使いとまで呼ぶ者もいるのらしい。
「まったく、反吐の出るようなヤツらだったよ」
マリは、そう言うと酒を一気に喉に流し込み再び話し始めた。
「ヤツら、魔物を殺すだけじゃ飽き足らず、女を犯したり、見世物として男同士を無理矢理戦わせていたりもしたんだ。
百回殺しても足りないくらいだよ」
その時、ブラムは、始めてマリが感情を表に出して話したような気がした。
「マリも人間を殺したんだ…」
問いと言うよりは独り言に近かったが、マリは彼の言葉に首を縦に振った。
「非難するならすればいい。私は今でも正しいことをしたと思っている。誰が何と言おうと、それだけは譲らない」
「非難なんてしないよ」
したくない。と言った方が正しい。
退魔騎士の悪行は、広く知られている。もっとも、彼らは崇拝する人間に関係のない話だが。
マリが正しいことをしたと言うことは間違っていないだろう。
だが、長いこと人間と共生してきたブラムにとって、人殺しは、やはり抵抗の感じるモノだった。
簡単に割り切れる話ではない。
「まあ、お前もそのうちヤツらと会えば分かるさ」
マリの言葉でブラムは物思いから現実に戻された。
「もっとも、その時どうするか決めるのは、お前だ。信念のために死ぬか、生きるか。私は、お前がどっちを選ぼうが知ったことでないからな」
彼女の言葉には、いつもの冷たさの他に何か別の感情が隠れているような気がした。
だが、酔いのせいで、それが何なのか考えがまとまらなかった。
これ以上考えてもしかたない。
ブラムは、話題を変えるためマリの方を見て新しい質問を投げかけようとした。
「そう言えばマリって…」
そこで、言葉が途切れた。
マリは、いつの間にか寝ていた。
背を後ろの木に預け、顔を横に傾けつつ静かに寝息を立てている。
綺麗な寝顔だ。
ブラムは、そう思いながら手に持ったコップの残りを飲んだ。
お茶は、完全に冷めてしまっていた。
「なんだ、ここにも酔いつぶれたヤツがいるな」
突然聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
見上げると、ガルムが、こちらを見つめているのが見えた。
最初にあった時と違い上半身にはチュニックをまとっている。
「ああ、ちょうど良かった」
ブラムは、ガルムに向かって言った。
「悪いけど、マリを寝床に運んでくれないかな?僕も、酔っぱらって、ちゃんと歩けないから」
「そのつもりだ」
ガルムは、そう言うと、マリをヒョイと抱き上げた。
「お前も、もう寝ろ。目が座っているぞ」