ある夏だった。
大学生になって、今年の4月から2年生になって調子に乗っている頃だ。今年で二十歳になるからと、全く活動していないオカルト研究会というサークルでは「誕生日と同時に飲酒を始めよう」と盛り上がっていた。俺は10月が誕生日だから、夏休みに久しぶりの地元で地元の友達と飲酒なんてまだできなくて、一人だけ不満をためていた。
「なぁ、桃宮。」
教室の端で不満顔の俺に、同じ学科で同じサークルの白鳥が話しかけてきた。茶髪の俺と違って真っ黒な髪の爽やかな男だ。
「おー、どうした?」
「なぁ、夏休みなんだけどさ、俺と合宿しない?」
「はぁ?男二人で?」
「いいじゃん。」
白鳥は苦笑いをしてお願いと合掌をする。なんでそこまで?と俺は首を傾げる。
オカルト研究会は先輩もいるし、決して二人だけというわけではない。しかし前述の通り、活動していない。白鳥は真面目な男だ。しかしなぜか、このサークルに入っている。
俺は面倒くさがりで、サークルなんて入らんと思っていた。周りの友人たちがオカルト研究会の先輩たちに乗せられて入っていくので、引っ張られる形で俺も入っただけだ。
俺は授業が終わればすぐに帰るし、けっきょくのところ真面目な俺と白鳥だけはぐれたようになっている。だからこそ、なぜ合宿?と疑問に思う。
「あのサークル活動していないけど、お前だけ活動してたん?」
「あー…というか…サークルはあんまり関係ない。口実みたいな?」
「はあ?なにそれ。」
口説かれてんのか?と内心思ったとき、白鳥が口を開いた。
「調べたいことが…あって、それがちょっとオカルト絡みというか…都市伝説的な…」
白鳥の話をざっくりと聞いて、俺は合宿という名の旅行に行くことになった。[newpage]
「蝶原村」という聞いたこともない村があるらしく、白鳥の家はその村にルーツがあると昔から聞かされていたらしい。
白鳥玲二は今までそんな話くらいしか聞いたことがなかった。しかし、去年になって祖父が突然こう言ってきたらしい。
「蝶原村の悪鬼と白鳥家は血が繋がっている。」
そう言った祖父の顔が信じられないほど真剣で、白鳥は怖くなったらしい。怖くなると同時に、もともとホラー好きなので気になった。
「蝶原村の村長の家には悪鬼、または黒鬼と呼ばれる『人ならざるもの』が住んでいて、その黒鬼は恨んでいる相手を燃やしてくれる。だから蝶原村では神として崇められている。毎年、村の蝶原神社では夏に鬼を燃やす神事が行われているが、その鬼は実際に生きている。」
祖父は真面目に話す。白鳥は本当かと耳を疑ったが、祖父は蝶原村の地図も持っていた。古い地図には村の奥にある村長の家の場所も書いてあった。村長の苗字は蝶原。そして、祖父は鬼の名前を教えてくれた。
「鬼は黒羽という名前だ。」
「黒い羽と書いて、黒羽…。ってか、白鳥のおじいちゃんはなんでそこまで知ってんの?」
「わかんない。なんか聞いてくれ、って…言って話し始めた。」
「こわ…」
「俺も、ボケたのか?って思ったけど、なんか妙に真面目な顔してるんだよ…。」
優しい白鳥は心配になって調べようと思ったらしい。俺は正直に言って、白鳥の優しいところは純粋に好きだ。
「で?だからって、なんで俺?」
「あー…ほら、鬼退治といえば桃太郎…」
「お前、それ…俺の苗字だけで決めたな?」
「ごめんごめん。」
俺は大きくため息をついた。俺の苗字は妙に可愛い。「桃宮」なんて女子のほうがしっくりくるだろう。名前も可愛かったら終わりだ。幸い、名前は「翔」。どこにでもある名前だ。
「それで?最初はやっぱり神社か。」
「うん。」
村はバスを何度も乗り継いでやっとたどり着く山奥にある。それでも人はそれなりに多く住んでいるようで、数千人が居るのだとか。その数千人が信仰しているのが、黒鬼。蝶原神社は「黒鬼を封印して屋敷に住まわせている」という村長の家の名前をつけたらしい。
「ここか…普通の神社じゃん。」
「だね。」
なんて会話をしていた。しかし境内に入って、よく見たら違った。絵馬を見てゾッとする。
蝶原神社に祀られている黒鬼がどんな願いを叶えてくれるのか。簡単に言えば縁切り。詳しく言えば「恨んでいる相手を消してくれる。」というものだ。
絵馬に願い事を書くときの決まりは赤い字で恨んでいる人の名前を書くこと。大量の絵馬には大量の赤い字が刻まれていた。そしてひたすらに「消してください。」「殺してください。」「燃やしてください。」と書いてあった。
「うえ…」
「大丈夫かよ…。」
吐いてしまった白鳥に声をかける。白鳥が真っ白な顔で俺が差し出した水のペットボトルを受け取る。気持ち悪くなるのも仕方ないと思うほどに、大量の絵馬があった。
「正直言って、この村狂ってるだろ…。」
「だ、だよね…」
「お前のおじいちゃんの話、本当っぽいけど…。まさかお前みたいなお人好しが鬼と血が繋がってるなんて…」
「俺も信じたくないよ…。」
白鳥がそう言ったときだった。
「あらあら〜、若いけど…見たことない顔ねぇ?観光に来たの?」
村の老婆が話しかけてきた。とても優しそうな見た目で、ニコニコと笑っている。俺は驚いたが、そのやさしげな姿に緊張が解けた。おそらく、白鳥もそうだったはずだ。
「あー、はい。そうです。」
「そうなの〜。じゃあ、もうお願いした?」
「お願い?」
「ええ。絵馬に気に入らない人の名前書いた?」
優しそうな顔から、信じられない言葉が聞こえた。俺はヒュッと喉を鳴らした。相手はそれに気がついていない。
「え、い、いや…」
「この村の神様は本物よ。きっと願いが叶うわ〜。」
老婆の言葉に、白鳥はまた吐き出した。老婆は至って普通にそれを心配する。
「あらあら、具合悪くなっちゃったの?」
「あ、あー…バス酔いですよ。大丈夫。そ、それより、あの…神様への願い事が叶った人って…いるんですか?」
俺は尋ねた。すると、老婆はうなづいて答える。
「ええ、もちろん。」
それだけで終わったら良かったが、老婆は続けた。
「叶わなかったことなんてないわ。この村のみーんなが神様に願い事を叶えてもらっているのよ〜。」
「そ、それって…」
「恨んでいる人を消してもらってるの。だから、この村で消えた人がいたら、あー、神様が叶えてくれたってみんな思うのよ〜。そしたら、みんないい人になろうって思うわよね〜。」
「そ、そうですか…。」
俺は必死に引き攣った笑顔にならないようにと願った。目の前の老婆には悪意もなんの思いもない。普通のことを話しているつもりなのだ。嘘もついていない。それが伝わってくる。なぜなら、老婆はどこにでもいる世間話をしている老婆に見えるからだ。
「あ、あの…宿って…どこにありますか…。」
俺は話題を変えて逃げた。
ぐったりとした白い顔の白鳥を抱えて宿につく。宿の主人は優しげな老人だった。俺はその人もきっと、さっきの老婆のようにイカれているのだろうと思った。白鳥の心配をしてくれるが、突き放すように部屋に案内してくれと言い続けた。主人を追い出すように部屋から出て行ってもらって、遠ざかる足音を確認してからやっと畳の上に座った。
「なぁ、おかしいってこの村。」
「だね…。どうやら観光で来る人もみんな気に入らない相手を消してもらうために神社に来るらしい…。」
「え、そうなの?」
「うん、オカルトの界隈では有名だって。」
白鳥はスマホを見せてくる。オカルト好きな白鳥でも知らなかったらしい。
「ガチで人を消せるって…。」
「事件性を感じちゃうんだけど…。」
「俺もそう思ってる…。」
「危ないじゃん。」
俺が軽くそう言うと、白鳥は泣きそうな顔で続けた。
「どういうことだよ、俺が犯罪者と血が繋がってるってことをじいちゃんは言いたかったのかよ…。」
たしかに、これだけの情報だと鬼というのが裏で人殺しをしている殺人鬼のことのように思える。
「黒羽っていう鬼の正体と、犯罪の証拠を集めればいいんじゃないか?」
俺がそう言ったとき、ガチャンと部屋の入り口から音が聞こえた。俺と白鳥はその音に思わず怯えた。俺たち二人にはこの村が殺人鬼の村に思えていたからだ。
しかし、ここで死ぬわけにはいかないと、俺は立ち上がって襖を開けた。そこにはお茶を持ってきてくれた宿の主人がいた。
攻撃される前に仕返そうくらいに思っていたが、主人の驚きの顔に拍子抜けしてしまった。
「く、黒羽…な、なぜ…黒羽の名前を、知っているのですか。」
「え…」
「ど、どこでその名前を?」
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俺は主人の震える声に驚いたと同時に、どんな本心を持っているのかと考え込んだ。相手は敵なのか味方なのか…わからなかった。
「あなたは、この村の方なのですか?」
「え?ち、違います。」
主人の質問に、俺はさらに驚く。
「じゃあ、なぜ?」
「え、えっと…し、白鳥のおじいちゃんが…」
「白鳥?」
主人は俺の後ろにいる白鳥の顔を見つめた。すると、目を細めて懐かしむような顔をする。
「なるほど…たしかに、白羽の面影がありますね…。」
「白羽?」
白鳥はポカンとした顔をして首を傾げる。白い顔だったのが今は少しだけ明るくなっている。白鳥と俺は顔を見合わせて、この宿の主人は安全なのではないかと結論づけた。
「あ、あの…黒羽について、なにか知っているのですか?」
「ええ、もちろん。と言っても…私の先祖が黒羽と関わりがありまして、私…本人があったわけではありません。」
「え?でも…いま面影とかなんとか…」
「ええ。白鳥さん、とおっしゃいましたか…」
主人は白鳥を見る。白鳥は驚いたが、主人の続きの言葉を待つ。
「あなたのお顔は、黒羽に少しだけ似ています。」
「え?!」
白鳥は大声で驚いた。しかしそれだけでない。
「く、黒羽の…黒鬼の顔を見たことがあるんですか?!」
「ええ、もちろん。毎年の祭りで見ますから。」
主人はうなづく。
「毎年、黒羽は燃やされますので…その時に。」
主人の言葉に、俺と白鳥は白鳥の祖父の言葉に嘘がないと確信した。
「あ、あの…黒羽は…生きてるということですか?」
「ええ。」
「じゃ、じゃあ…白羽って?」
白鳥が尋ねる。すると、主人は白鳥を見て答えた。
「白羽は黒羽の双子の弟です。」
「ふ、双子?!」
「はい。」
「お、俺に白羽の面影があるって…」
「白鳥さんのお家で黒羽のお話が伝わっているということは、白羽が先祖なのでしょう。」
主人の言葉に、白鳥は返事を忘れて固まった。俺はすかさず主人に言った。
「あ、あの!詳しくお話を聞きたいので、そのお茶、一緒に飲みませんか?」
よくわからないことを言ったが、主人は優しく微笑んでうなづくと「そうですね。」と言った。
主人は俺たちの前に温かいお茶を置いてくれる。俺は「ありがとうございます」と言ってから続けた。
「あ、あの…お名前は…。」
「鈴鳴と申します。先程はすいませんでした。黒羽の名前を覚えている者は村でも一部なので…。」
「そうなんですか…?!」
「ええ。今は神様、悪鬼、黒鬼、と呼ばれていますから。」
鈴鳴は悲しそうに笑った。
「黒羽は私の先祖の一人、鈴鳴響介と友人でした。どうしてか、響介が亡くなったあとから我が家では響介の記憶を持って産まれる男が必ずいるのです。」
「え?血縁関係があるから…?」
「そうかもしれないですね。もしかしたら、白鳥さんのおじいさんもそうかもしれない。」
鈴鳴はそう言うと白鳥を見つめた。白鳥はなぜか腑に落ちたのか、落ち着きを取り戻す。その様子を見た鈴鳴は話を続けた。
「黒羽はそれはそれは、美しい少年です。」
「え、ちょ…ちょっとまってください。もしかして、その響介さんの記憶があるのって…」
「ええ、今は私です。」
俺の言葉に鈴鳴はうなづいた。
「響介は、黒羽に淡い恋心を持っていました。先に言っておきます。」
「え、お、男が男に?」
「ええ。」
白鳥の言葉に鈴鳴は笑う。
「蝶原黒羽、それが悪鬼の名前です。
もう何百年と前でしょうか、蝶原家に村一番の娘が無理やり嫁がされました。蝶原家が一番の財力と権力を持っていたからです。娘は泣きながら嫁いで、そして双子の男の子を産みました。兄が黒羽、弟が白羽です。
その二人が産まれて数年後、もともと体の弱かった娘は体調を崩しました。興味を失った蝶原の当主は愛人を作り、愛人にいじめられ続けた娘は自ら命を絶ちました。」
「え、えっと〜…何時代の話?」
「さぁ?私もよくわかってはいません。何しろ、知らない人の記憶なので。」
白鳥の言葉に、鈴鳴は笑う。しかし、悲しげな顔は嘘や小説の話をしているようには見えなかった。
「黒羽の母はそれはそれは優しい人でした。だから、二人は愛情深く育てられたのですよ?けれど、双子の運命はくっきりと別れました。
黒羽は体が弱く、外を歩くことも難しかった。しかし、とても賢い人でした。白羽は真反対のように、とても丈夫な体で運動が得意でした。
長男が黒羽、次男が白羽…どうなるかわかりますか?」
「跡継ぎは…白羽?」
「ええ。そうです。」
鈴鳴は俺の返事にうなづく。
「では、黒羽は要らないものとされるでしょう?」
鈴鳴はそう言って一度目を伏せた。
「白羽は響介と共に学校に通って、毎日楽しく過ごしていました。黒羽はその間、布団の上から動けず、ずっと勉強していました。」
それだけかと、俺も白鳥も思ってしまったが、鈴鳴はゆっくりと息を吸って続けた。
「響介も白羽もそう思っていました。
蝶原の家はたくさんの家業をしていました。この村の村長でもあり、豪商、豪農でもあるので、様々な業界に影響力が強く、当たり前のように政府や政治家と関わりがあったのです。だから、その接待として…黒羽に性接待をさせていたのです。」
「は?」
「ええ、男にさせるのか?と思うでしょう?しかし、村一番の美貌を持つ娘の息子はそれほど美しかったようです。
黒羽に手を出す人は、最初は蝶原の当主だけでした。しかし、病弱で従順な黒羽に逃げ場がないことをいいことに、商売相手の接待に使ったのです。白羽のいない昼間に。」
鈴鳴の言葉に、白鳥はまた吐きそうになっていた。この時はさすがに、俺も気持ち悪いと思った。
「けれど、よく考えてください。双子の白羽も同じ顔でしょう?当主は黒羽にこう言ったんです。
お前が抵抗したら、これを弟がやることになるのだと。体が弱く役立たずのお前にできることはこれくらいだと。」
「だから、黙っていろと…?」
「ええ。」
鈴鳴はうなづいた。
「黒羽は白羽のために、バレないようにしました。しかし当主の要求は増え、深夜にも実の父である当主の相手をしていました。当然、黒羽の体はボロボロです。
私の先祖の響介は幼馴染でしたから、近所を通りかかったときに黒羽の声は聞こえていました。初めてその光景を見てしまったときは怒りに震えて、黒羽を助けようとしました。しかし、黒羽が来ないでくれと遠目に訴えるんです。」
「な、なんで…?」
「友人が多く、遊びに行っている白羽に…バレたくなかったんです。響介と黒羽は約束していました。白羽にこのことがバレないようにする。もし、黒羽の体の怪我が酷いときは白羽に遭遇しないようにしてあげる。この2つを約束していました。
響介にとっては、メリットはありません。しかし、響介は黒羽が好きだという気持ちが強いあまり、黒羽の『白羽が幸せになるように』という願いを叶えてあげてあげたかったようです。」
俺は正直、その響介という男が理解できなかった。助けてあげるべきだろうと思った。俺は尋ねた。
「それで、本当にバレなかったんですか?」
「ええ。だから白羽は、家に帰るたびに黒羽の部屋に行っては今日あった楽しかったことを、話すんです。無邪気に。それは、外に出れない黒羽にとって唯一の楽しい時間でした。」
本当かと疑った。俺だったら、泣いてしまいそうだ。すると、俺の不満な顔を見た鈴鳴は微笑んだ。
「楽しいとは、ずっと思ってられなかったと思います。生き地獄ですよ。」
「で、ですよね…?」
「ええ。だから、黒羽は白羽を殺してしまいました。」[newpage]
「え、こ、殺した?!」
俺は大声を出してしまった。白鳥もあんぐりと口を開けている。鈴鳴はコクリとうなづく。
「雨の日でした。雷も鳴っていた。黒羽は白羽の笑顔を見るのが辛くなってしまって、ふと黒羽の怪我に気づいた白羽を憎んで、押し倒してしまった。白羽は机の角に頭をぶつけて死んでしまった。」
「え、ちょっ、ちょっと待ってください!し、白鳥は…?!」
「そうそう!俺の先祖って話は…?!」
白鳥は俺に続いて大声を出した。鈴鳴は微笑んだ。
「もちろん、白羽は助かっています。けれど、黒羽はそれを知らない。医師のもとに運ばれた白羽のその後を何も聞けなかったんです。
その上、二人の母の死後に正妻になった愛人が男の子を産んで、その子が跡継ぎになることが決まった。愛人はそれを確実にするために、書類上では白羽を死んだことにした。それを、嫌がらせに『白羽は死んだ』と黒羽に告げた。」
「え、それで…黒羽は…」
「黒羽はどうせすぐに死ぬと思ったようです。黒羽の扱いは以前と変わらず…いや、もっと酷くなりました。だって、早く死んでほしいでしょう?」
白鳥の言葉に、鈴鳴がそう答えた。そして、悲しそうな顔で続けた。
「響介は早く伝えたかった。けれど、蝶原家に入ることは難しかった。その割には、黒羽の扱いは近所を通ればすぐにわかるほど、隠されてもいなかった。
そう、村人全員が黒羽がどんな目に遭っているか知っていたんです。だから…でしょうかね…大雨で土砂崩れがあった時です。
黒羽はその時、いつものように当主の商売相手に薬を飲まされ乱暴され、部屋に置いてかれて、土砂崩れが起きて…逃げられずに死にました。だれも、助けなかったんです。」
「し、死んだ?」
「ええ。黒羽はもうすでに死んでいます。人としては。いまの黒羽は恨みで化け物となっています。見た目は人の頃と全く変わりませんが、死にません。」
「それが…悪鬼…?」
白鳥が尋ねる。
「ええ、そうです。」
鈴鳴はうなづいた。
「黒羽は死んだとき、恨みのあまり怨念となって村を燃やしてしまいました。黒い炎が村を包み、何百人と焼死しました。」
「黒羽が悪鬼と呼ばれる理由は、当時の村人のほとんどを焼き殺したから…ということですか?」
俺は確認するように尋ねた。鈴鳴は深くうなづく。苦いものを噛み潰したような顔をしていた。拳はギュッと手のひらに爪を食い込ませるように強く握られていた。
「でも、なぜ神社の神様に?」
白鳥が尋ねる。俺はそれに続くようにもう一つ尋ねた。
「当時の村の人たちは、黒羽が蝶原の当主から…実の父から受けていた虐待を知っていたんですよね?でも、蝶原家はまるで英雄のようです。なぜ、なんですか?」
鈴鳴は唇を噛み締めるような仕草をして、深い息を吐くように答えた。
「先程も話したように、蝶原の家は多くの業界と繋がりがあります。陰陽師のような家系の者とも繋がりがありましてね。」
「陰陽師?」
「いや、もっと怪しい呪術師…とも言いましょうか。黒羽は捕らえられ、縄に繋がれました。蝶原家の当主には逆らえず、罪を償うために村の者たちの恨みを晴らす手伝いをすることで懺悔する。」
「懺悔?」
耳を疑った。もし、村の者たちを恨みから殺してしまったとしても、先に殺したのは相手なのに…。村の者たちは逆恨みしているだけじゃないか。俺はそう思ってしまった。
恨みの連鎖が続いているということなのだろう。
「おかしな話ですよね。自分勝手な恨みから、多くの恨みを作った罰…らしいのです。」
「は?さ、逆恨みでしょう?それは。」
鈴鳴の言葉に、俺はつい口にしていた。白鳥も信じられないという顔をしながらも怒りに震えていた。
俺と白鳥からしたら、まったく関係のない話だろう。けれど、実際にこの村では人が消えている。
「蝶原家の地下牢に、黒羽はいます。他者の恨みを聞き、恨みの対象を消すためにだけ、恨みの炎を使うことが許されます。黒羽自身の恨みの思いから力を使うことはできないし、村から出ることはできません。しようとすれば、黒羽の首に巻かれた首輪のような縄が締まるようになっている。」
鈴鳴は苦しそうに言う。
「毎年の祭りは、黒羽に蝶原家への忠誠心を持ち続け、逆らうことは許されないということを理解させるために行われています。毎年、黒羽は燃やされているのではなく、自身の炎で焼くように命令…いや、強制されています。」
「それも、逆らったら…」
「黒羽は死ぬことができません。例え死ぬほどの怪我を負っても、生き返るように呪いをかけられているようです。だから、逆らったら死んだ時と同じ苦しみを味わうだけです。」
「黒羽は『人ならざるもの』ですから。」と鈴鳴は最後に付け足した。それはつまり、黒羽という少年は死後も虐待を受けているということだった。
「黒羽がそうなったあと、蝶原家は…」
「後妻の息子が次の当主になり、蝶原家は村を救った英雄一族…そういう位置づけになりました。神社はある意味、蝶原家の新たな事業のようなものですね。」
白鳥が聞かなくても、分かりきっていた返事だった。胸糞悪い話だと、そんな感想だけが頭に浮かんだ。
「黒羽は未だに、当主の夜の相手もしているようです。」
「「え?」」
俺と白鳥は同時に反応して、白鳥はまた吐きそうになった。鈴鳴はただ自分の持つ湯呑みを見つめて、お茶を口にすることはない。
「黒羽を呪術師の呪いで縛り付けることで、蝶原家の当主は権力と才を見せつけることができる。黒羽の恨みを利用したわけか…。」
俺はつぶやく。誰も否定しなかった。
「響介は、鈴鳴家の人間は黒羽を助けたかった。けれど、それが叶ったことは今日までありません。これからも叶わないかもしれません。鈴鳴家は蝶原家から鋭い目で見られています。警戒されているのです。」
鈴鳴はそう言った。
「それでも、この村から離れたことがないのは、黒羽に手を差し伸べることをしなかった罪悪感があるからでしょう。」
「響介さんの…想いは、黒羽は知ってるんですか?」
白鳥が尋ねた。
「さあ?それはわかりませんね。黒羽が誰かを愛したことがあるとしたら、それは白羽と実の母だけかもしれません。」
鈴鳴はそう答えた。白鳥は納得したように黙った。
白鳥家に白羽の記憶を持つ人間が代々産まれている理由は、黒羽からの愛情を受けて、それを感じていたからこそかもしれない。