「危ないところだったね。クロ[[rb:兄 > にぃ]]?」
「・・・」
パンダだ。またあのパンダだ。
丸テーブルに片肘ついて、足組してこちらに語りかけている。
「まあ座りなよ」
手のひらで向かいの椅子を案内されて座る。
俺はこのパンダだ。
このパンダは俺だ。
「まさか[[rb:玄來 > げんき]]に膝枕をねだられるなんてねぇ」
パンダはいつの間にかテーブルに出現していたティーカップを口元で傾けながら話す。
中身は紅茶だ。分かる。そして茶葉はきっとアッサムでストレート。
「可愛かったよねぇ。頭撫でてる時なんかヒコーキ耳で気持ち良さそうに鼻ピーピー鳴らして」
ヤバかった。その時、俺は頭の中真っ白だったし、完全に召されてたと思う。
[[rb:玄來 > げんき]]は自分で気付いているのだろうか。もうすぐ20歳になる男があんな姿晒して。わざとなら犯罪モノだが、[[rb:玄來 > げんき]]のは天然だろう。
天然のノンケ怖い。
「そりゃ勘違いもしちゃうよねぇ」
「・・・」
「[[rb:玄來 > げんき]]が自分に気があるなんて都合のいい勘違い」
俺は下を向いて、何も無い木のテーブルを見つめた。
正直、本当に気があるんじゃないかって最近は思ってる。
俺に気があって、アプローチしてきてるんじゃないかって。
もし、本当にそうなんだとしたら俺は━━━━━━━━
「ダメだよ」
子供の声がして顔を上げると、パンダが居たところに俺が座っている。小学生の時の俺だ。たぶんまだ低学年の頃の。
子供の俺は強い瞳で俺を真っ直ぐ見つめてくる。
ダメな理由を言う訳でも無く、ただ見つめてくるだけなのに、ダメなんだと思わされていまう。
━━━━━そして、子供の俺はいつの間にかパンダに戻っていた。
「もし気があったとして、付き合って、それで?」
それで・・・俺は嬉しい・・・?
「[[rb:玄來 > げんき]]に何の得があるの?」
「━━━━━━ッ!!」
無い。何も無い。
俺と付き合ったって、きっとコソコソしないといけない。[[rb:玄來 > げんき]]にホモ歴史作って終わり。それだけだ。
[[rb:玄來 > げんき]]は俺と違って女の子を好きになれて、堂々と恋愛できて、結婚もして、子供だってつくれる。
家庭を・・・家族を持てる。
実らなくていいと決めた恋だけど、違う。実っちゃダメな恋だ。
[[rb:玄來 > げんき]]だって、こんなに俺のことを慕って、好きでいてくれている。これ以上の幸せなんて無い。
「忘れてないよね?」
ああ、分かってる。パンダが何のことを言っているのか。
“ずっと・・・ずっと・・・オレの”
“兄ちゃんでいてよぉ・・・”
「『大丈夫だよ[[rb:玄來 > げんき]]』」
俺を見ているパンダが視える。
パンダが見ている俺が視える。
“兄ちゃんなんだろ?”
視界は白黒しながら、意識が頭の後ろのほうへ堕ちていく。
「『お願いされなくても、俺はずっとずっと』」
“甘えさせてやれ”
「『お前の兄ちゃんでいるよ』」
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「で、何で呼び出したの?」
「うっ・・・それは・・・」
大学の冬期休暇も最終日。俺は特に理由も無く[[rb:優 > ゆう]]を自分の部屋に呼びつけていた。
スマホでの会話も━━━━━
“今日俺んち来ない?”
“いいよ”
━━━━以上だ。
[[rb:優 > ゆう]]はソファに座ってタブレットPCで絵を描いている。
俺は[[rb:優 > ゆう]]に膝枕させながら、スマホをいじっている。
膝枕と言っても[[rb:優 > ゆう]]の脚は太過ぎて、太ももにもたれているような感じなのだが。
「会いたかったから・・・?」
「明日学校で会うでしょ」
そうだった。
「寂しかったから」
「[[rb:柴 > しば]]くん居るでしょ」
そうなんだけど・・・。
「[[rb:玄來 > げんき]]は仕事だし」
「夜帰って来るんでしょ?」
そうなんだけど!
「[[rb:玄來 > げんき]]じゃダメなんだよ」
「なんで」
カツカツとペンの音をさせながら、[[rb:優 > ゆう]]は淡々と返してくる。
もちろん当然の反応だと分かっているが、今は[[rb:玄來 > げんき]]と居ると気が休まらない。
それに比べて、[[rb:優 > ゆう]]と一緒だとなんだか落ち着く。
「[[rb:優 > ゆう]]が良かったから」
「変わってるね」
[[rb:優 > ゆう]]は相変わらずカツカツとペンを走らせている。
ちょっと恥ずかしい感じのこと言ったのに動揺ゼロっていうのが[[rb:優 > ゆう]]っぽい。
いつもこういう[[rb:優 > ゆう]]っぽいところが面白かったり、安心したりする。
たまに不意打ちでナイフ刺されるけど。
「[[rb:優 > ゆう]]と一緒に居ると落ち着くんだよ」
「[[rb:柴 > しば]]くんだと落ち着かないの?」
落ち着かない・・・。
「[[rb:玄來 > げんき]]はほら・・・げんき過ぎるから・・・」
「ふーん」
俺はスマホを胸の上に置いて、[[rb:優 > ゆう]]をチラりと見上げた。
[[rb:優 > ゆう]]っていつも態度は素っ気ないけど、誘ったら理由も聞かずにOKしてくれる。頭も良くて、ガタイも良くてカッコイイと思うし、自慢の友達だ。つい甘えたくなるような雰囲気がある。少なくとも俺はそう思う。
[[rb:玄來 > げんき]]もこんな感じで俺のこと見てたのかな。
「なあ、[[rb:優 > ゆう]]」
「なに?」
俺は[[rb:玄來 > げんき]]に膝枕してた時を思い返しながら、[[rb:優 > ゆう]]に聞いてみた。
「俺のこと好き?」
「・・・」
[[rb:優 > ゆう]]は手を止めた。
微妙な沈黙のせいで、恥ずかしいことを聞いているのだとじわじわ自覚させられてしまう。
・・・ダメだ。俺が悪い。謝ろう。
「あ、いや、なんでもな・・・」
「好きだよ」
[[rb:優 > ゆう]]はそう言って、再びカツカツとペンを動かし始めた。
━━━━確かに言われると恥ずかしい。
あれ、これって俺も言わないとフェアじゃないか?
「お、俺も・・・好きだよ・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]もこんな感じだったのかな。くすぐったいけど悪くない感じだ。
「他の人にはそういうの辞めといたほうがいいと思うよ。俺はなんとも思わないけど」
「うっ・・・すみません・・・」
ごもっともです。
これ[[rb:優 > ゆう]]じゃなかったら間違いなく引かれてたよな。
いや、[[rb:優 > ゆう]]が引かなかったのが奇跡まであるぞ。俺ヤバい奴だったな完全に。
「[[rb:琉貴 > るき]]って恥ずかしいね」
「悪かったな! てか名前!」
抗議の姿勢を見せる俺の顔に、[[rb:優 > ゆう]]は太い尻尾をバフっと乗せて黙らせてきた。
それから少しの間、俺はソファに寝たまま[[rb:優 > ゆう]]の尻尾に弄ばれていた。
◆◆◇◇◆◆
「というわけで、今年もツバメでバレンタインイベントすることになりました!」
冬期休暇明け。いつも借りている学内の一室で今年初のサークルミーティング。
ミケ先輩がホワイトボードの前に立って進行を行っている。
ちなみに“ツバメ”は市が運営している保健福祉総合センターのことで、正確には“ツバメの巣”という。
「また昨年みたいに持ち込み企画やってチョコ配る感じすか?」
同期の[[rb:豹 > ひょう]]男子が質問する。
「今回はみんなでチョコ作ります!」
ミケ先輩の言葉にサークルメンバーが少しザワつく。
確かにツバメの巣には調理室もあり、以前も子供や高齢者を対象としたパン作り体験のスタッフをやったこともある。
・・・もう作り方覚えてないけど。
「市役所からの話しでチョコ作りだけは決まってるんだけど、コンセプトとか細かい所一切決まってないんだよね」
前回は市役所の企画に俺たちが乗っかってスタッフや持ち込みをやったのだが、今回は企画の段階から関わることになったようだ。
「フライヤーとかもこっちで作ってOKみたいだから、それもやります!」
「丸投げじゃん!」
豹がツッコミを入れる。
チョコ作りという軸だけが市役所の意向で後は任せたみたいな感じだ。
「任せてもらえたってことよ。とりあえずブレストしよ。みんな意見出してー」
ブレストはブレインストーミングの略だ。意見を否定しないというルールでアイデア出しを行い、最後にまとめて絞っていく。うちでよくやる会議手法だ。
「そもそもいつやるんすか?」
豹がミケ先輩に尋ねる。
「2月12日の日曜日」
「日曜日なら色んな人が参加できますね」
同期の羊女子が口を開く。この工業大学でも希少な女子だ。おっとりした雰囲気で可愛いと思う。
「昨年はチョコ配っただけですか?」
1年生のカワウソ男子がミケ先輩に質問する。眼鏡をかけた真面目インテリ系の子だ。入りたての頃は主に俺が教育係としてついていた。
「音楽系の同好会呼んで演奏会もしたよ」
「でも結局チョコ配ってるミケとツジ以外の雄連中は準備と片付け以外ほとんど空気だったな」
3年生の緑色オウム男子が口を開く。
ツジはさっきの羊女子だ。
サークルメンバーは4年生1人、3年生4人、2年生3人、1年生2人の計10人。昨年も女子はこの2人だけで、男子メンバーは裏方だった。
・・・ちなみにサークルの名前は“Circle”。そのまんまだ。
「やっぱ男もチョコ配るべきだって。逆チョコなんて最近珍しくも無いし、女の子同士も友チョコするじゃん? じゃあ男から男への逆友チョコも有りだろ!」
3年生の筋肉質なキリン男子。俺はこの先輩ホモなんじゃないかと思ってる。初対面でハグされて毛を逆立ててビビり散らかしたのをよく覚えている。普段も隙あらばメンバーにボディタッチしている。
「逆友チョコってなんだそれ。お前が言うとキモさが増すな」
「はいはいブレスト中は否定しない」
ホワイトボードを書きながらミケ先輩がオウム先輩を[[rb:窘 > たしな]]める。
「私は良いと思うけどな。男の子からのチョコ」
ミケ先輩が呟く。
「え、ミケって腐女子だったの」
オウム先輩がジト目でミケ先輩にツッコミを入れる。
「そうじゃなくてー。普通女の子から贈る日に男の子からそういう勇気出したサプライズされたらキュンとくるって話し」
ねえツジちゃん、と俺の同期の羊女子に振るミケ先輩。ツジさんもとっても嬉しいですと言っている。
「それに海外は男が贈るのが主流なんでしょ? 日本の男子も見習いなさいよ、もらってあげるから」
「日本にはホワイトデーあるだろうが。3倍返しが基本とかいう訳分からん日が」
オウム先輩じゃないが、本当に3倍返しってどこから来たんだろう。
俺はいつも[[rb:玄來 > げんき]]と一緒にクッキー作ってたな。まあ、ほとんど[[rb:玄來 > げんき]]の手伝いみたいな感じで、案だしたりデコレーションしたりって感じだったけど。
「いいじゃない告れるチャンスがたくさんあって。お菓子献上して徳積んでおきなさい」
「最近贅肉がどうのって言ってたくせに・・・」
「あ?」
視線を突き刺すミケ先輩からオウム先輩が目を逸らす。
言わなきゃいいのにと思ったりもするが、うちで貴重なツッコミ役だし、俺はオウム先輩結構好きだ。
俺ってこういうズバッと言う人が好きなのかな。[[rb:優 > ゆう]]みたいな。いや、あれは極端過ぎるけど。
「フィンランドではバレンタインは友達の日とされていて、男女関係なく友達にメッセージカードを贈りあったりするそうですよ」
このカワウソ後輩の発言から話しは盛り上がり、みんなどんどん意見を出していった。
そして、1時間後━━━━━━━━━━
「というわけで、今回のバレンタインイベントは『男女混合! 手作り友チョコバレンタイン!』に決まりました!」
ミケ先輩が言うと同時にキリン先輩が拍手し、みんなもつられて拍手した。
「向こうとの細かい打ち合わせはボクとミケで行ってくるから、欲しい物とかあったらキャインのグループトークにあげておいてね」
リーダーの[[rb:八木 > やぎ]]先輩が言ったキャインはスマホのメッセージアプリで無料通話やグループトークもできる。ほとんどの人が使っていて、俺も友達や家族とのやり取りはキャインでやっている。
「あ、そうだ。フライヤー誰かやってくれない? 出来れば2年生にやってみてもらいたいんだけど」
ミケ先輩が俺と豹と羊に目線を送る。
「え、オレそういうのはちょっと・・・」
「私は大丈夫ですよ。ところでフライヤーってなんですか?」
豹は引いてて、ツジさんはフライヤーが何か分かってない。
・・・あれ? ツジさん1年の時にフライヤー製作関わってなかったっけ? まさか何作ってるか知らずに関わってるなんてことが・・・・・・あるな。
「よし! クロくん任せた!」
「俺!?」
まあそうなるよな! 予想はしてたけどな!
「市役所の要望もあるだろうから、とりあえずたたき台だけよろしく! イラストとかはツジちゃん描けるし、拾い画で埋めといてくれたらOK!」
「はい! 描けます!」
ツジさんが笑顔で元気に返事をする。
頼もしい限りだが、公共施設のイベントフライヤーなんて作るの初めてだ。
まあでも任されたからにはやるしかない。めちゃくちゃ使い方難しかったけど、画像編集ソフトもパソコンにはインストールしてある。今回もネットで調べながら何とかしよう。
「ちなみにたたき台はいつまでに仕上げればいいですか?」
「明日中!」
ミケ先輩は笑顔だった。
解散になって帰り際にオウム先輩からポンと肩を叩かれた。
俺はまたオウム先輩のことを好きになった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
混乱しないように『Circle』のサークルメンバーの名前等は本編では小出しにしていきます。
分かり辛いところや質問などあれば、気軽にコメントやTwitterDM等して頂いてOKです。
次回はバレンタイン・・・かも?
いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。
蒼空ゆうぎ