柴後輩とクロ兄ちゃん【猿】

  ━━━━2月12日、日曜日、お昼過ぎ。

  「それでは、各テーブルでチョコレート作りを始めましょう!」

  市役所職員の鹿のお姉さんが笑顔で会を進行する。

  今日は市役所とCircleで企画した友チョコバレンタインイベント当日。ここは保健福祉総合センター『ツバメの巣』の調理室だ。

  親子参加が多く、個人参加は少なめ。見知った親子が多いのはCircleの活動で一緒に遊んだりしたからだ。Circleのことを覚えてくれていて、このイベントに参加してくれたようだ。

  ファンという訳では無いが、そんな風に覚えててくれて、こうして来てくれるのはどうにも嬉しくなってしまう。

  しかし、予想はしていたが、やはり女性参加者が圧倒的に多い。男性参加者もチラホラ居るが、ほとんどは娘を連れたお父さんか、兄弟の参加だ。フライヤーにはCircleの男性メンバーの写真も入れてみたが、効果は薄かったようだ。

  特にキリン先輩は冬なのに半袖で腕の筋肉をひけらかし、1番いい笑顔で載っている。会場のキリン先輩も半袖だ。

  まあ、いつも通り子供と奥様方にはウケているようだし、風邪だけ引かないようにして欲しい。

  絶対に引かないと思うけど。

  「テーブルの上にあるチョコレートの写真が印刷された紙を1枚選んでくださいね。その裏に作り方が書いてあります。見た目のアレンジは自由です。黄色い名札を付けたお兄さん、お姉さんたちが手伝ってくれるので、何かあれば声をかけてくださいね」

  会場では参加者も含めて全員が名札を首からかけている。参加者は白い紙で、スタッフサイドは黄色い紙だ。みんな下の名前か愛称を書いていて、俺はいつも通り“クロ”だ。

  そして、鹿のお姉さんの声かけでみんな好きなチョコレートを選び始める。

  作れるチョコレートは大きく3種類。ベースのチョコにデコレーションするタイプ、トリュフチョコ、そしてガトーショコラだ。どれも冷蔵庫で保存すればバレンタインまで十分日持ちする。ただし、劣化の早いトリュフチョコだけは今日中に食べてねという約束だ。

  一応Circleのメンバーは全員一通りのレシピを試しているのだが、俺はトリュフチョコを作るときガナッシュを泡立ててしまったり、分離させてしまったりでうまく作れなかった。

  好きだったんだけどなぁ、トリュフチョコ・・・。

  「あたしコレにする! ハートのかわいいのいっぱい作るの!」

  「じゃあ、一緒にチョコと材料取りに行こ」

  俺のテーブルでは親子参加のリスの女の子が早速作るチョコを決めたようだ。それを聞いてツジさんが笑顔で対応している。

  こうして見ると、ツジさんの柔らかい雰囲気はまるで保育士さんみたいだ。羊の毛の質感も相まって余計にそう思える。

  今日は4テーブルで、各テーブルに2人ずつCircleのメンバーがついている。参加者は1テーブルあたり3~4組だ。俺のペアはツジさん。ミケ先輩と[[rb:八木 > やぎ]]先輩は巡回や撮影などの雑務をこなしてくれている。

  「姉ちゃん! おれこのチョコ食べたい!」

  「じゃあ作ってあげるから、あんたこのチョコ作りなさい」

  もう1組、親子参加のカバの姉弟も決めたようで、ツジさんがリスの親子と一緒に対応してくれる。

  そして、最後の1人。

  「どうかな。作りたいチョコは決まった?」

  「・・・」

  個人参加の猿の男の子。名札には“ユズ”と書いてある。男の子というか背丈も同じで、ほとんど同い年くらいに見える。

  デニムにクリーム色のタートルネック、すらっとしたボディラインに利口そうで整った顔立ち。艶やかな銀毛には上からベールをかけたように淡く金毛が混じっている。

  ひと目で育ちの良さを感じさせる雰囲気だ。

  ミケ先輩からの耳打ちで俺が対応を任されたのだが、猿の男の子はどこか冷めた目でチョコの写真を見つめている。

  「さあ、どうしよっかな。別にチョコ作りたくて来たわけじゃないし」

  じゃあ何しに来たんだよ!!

  思わずツッコミを入れそうになるのを堪える。

  「何か別に目的があって来たのかな」

  「別に。きまぐれ」

  だから何しに来たんだよ!!!

  心でツッコミを入れる俺をよそに、猿はデニムのポケットに親指を引っ掛けて、スカした態度で返答してくる。

  「ただちょっと気になっただけ。今年自分が行く大学の学生が企画してたから」

  「え! じゃあユズくんは・・・」

  「高3。今年の新入生。よろしくするか知らないけど、よろしくね。せーんぱい」

  ユズはトリュフチョコの紙を手に取り、横目でチラリとこちらを見て、相変わらずスカした態度でそう告げた。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  「なあなあ、ユズは何でウチの大学選んだんだ?」

  「近かったから」

  「俺がよく遊ぶ友達も地元の奴でさ、高校の友達も何人か一緒だったりするのか?」

  「知らね」

  「そうか・・・。でも心配すんなよ! 大学で友達もすぐ出来るって!」

  「・・・何かちょっとムカつくんだけど」

  俺が話す隣で、ユズはガナッシュを作っている。失敗談を交えながら色々と助言をしようと思ったのだが、レシピあるからいいとアッサリ切り捨てられてしまった。

  しかし、後輩だと思うと何かと世話を焼いたり構いたくなってしまう。今はスカした態度もちょっと可愛いくらいに思えている。

  「ウチのサークル入るか? 先輩も頼りになる人たちばっかりだし、春夏秋冬、地域の人たちと色んなことできるぞ!」

  「年がら年中こんな面倒臭いことやってんの? あと、その勧誘ちょっとフライングなんじゃない?」

  つい勧誘してしまった。だが、入ってくれるならウェルカムだ。人数が居れば出来ることの幅も広がるし楽しいと思う。

  それに、コイツは何となく放っておけない。そんな感じの雰囲気がある。

  言葉遣いや態度も俺個人としては別に気にならないし、逆にこういう奴に頼られるとアガる。

  「その面倒臭いイベントにお前来ちゃってるじゃん」

  「だから気まぐれだって」

  ユズは頭を掻きながら言う。

  「それに、友チョコだかなんだか知らないけど、他人にレシピ選ばされて、適当に作ったもんプレゼントされて、本当に喜ぶ奴がいるとも思えないね」

  向かい側で楽しそうにチョコを作っている親子を前に随分な言いようだ。

  「適当かどうかは本人次第だろ。それに、適当って言う割にはキレイに作ってるじゃん」

  ユズのボウルの中のガナッシュは俺のと比べ物にならないほど滑らかで美味しそうだ。

  ボウルに指突っ込んで舐めたい。

  「こんなん誰でも出来る。出来ない方がおかしい。出来なかったら逆に奇跡」

  ついさっき失敗談をしようとした奇跡の猫を前に猿は言い切った。

  だってお菓子作りって泡立て器で一生懸命混ぜてるイメージあったし。一生懸命混ぜたら美味しくなるんじゃねって思うじゃん。温度が重要とか知らんし。温度下がって一生懸命混ぜたら逆にダメとかもっと知らんし。

  「それに、喜ばれなくてもいいだろ。プレゼントなんだから」

  「はあ?」

  見ただけで今の声が聞こえてきそうな表情でユズが言った。

  これ[[rb:玄來 > げんき]]が俺の立場だったら絶対キレてそうだな。あいつ言葉遣いとか上下関係についてはめっちゃ体育会系だし。

  「喜ばれなきゃプレゼントに価値無いだろ。わざわざコストかけて、リスク背負って、贈り損じゃん」

  リスクってセンス無いとか言われるかもみたいな事か?

  「プレゼントは自分がしたいからするんだから、そう思える相手が居るのが嬉しいんじゃん。プレゼント考える時とか楽しいだろ?」

  [[rb:優 > ゆう]]の誕生日プレゼント用意してる時も楽しかったなぁ。テンション上がって包装にシールとか貼っちゃったもんな。あれはちょっとホモっぽかったかな・・・。まいっか。

  「プレゼントなのに、そんなの自分の欲を押し付けられればいいみたいな感じじゃん。贈られる側は迷惑かもしれないのに」

  そうだよなぁ。

  でも━━━━━━━━

  「分かんないってそんなん。結局自分はその人じゃないんだし」

  「うわ、開き直りだ」

  「だから喜んでもらえたら超ラッキーで、舞い上がっちゃうよな!」

  「・・・」

  それからユズは呆れたようにため息をついてチョコ作りに戻ってしまった。

  ◆◆◇◇◆◆

  参加者全員がチョコレートを完成させ、ちょうどおやつが欲しくなるくらいの時間。みんな最後の仕上げの包装とメッセージカードの作成に取り掛かっていた。

  リスの女の子はお友達に。カバの姉弟はお互いに。

  他のテーブルでもみんなそれぞれのバレンタインチョコを完成させていく。

  そんな中で手が止まっている猿が1人。

  「ユズはメッセージカード書かないのか?」

  「最初から言ってるじゃん。俺はチョコ作りに来たわけじゃないの」

  ユズはトリュフチョコを透明な袋に入れてリボンだけ結び、頬杖をついている。

  「実家なんだろ? お父さんとかお母さんとか兄弟宛てでもいいと思うぞ」

  「いない」

  「えっ」

  俺は一瞬ヒヤッとした。

  「父さんも母さんもいない。兄弟もいない。じいちゃんとばあちゃんだけ」

  自分の当たり前が他人の当たり前とは限らない。俺はよく知っているはずなのに。俺はなんて気が回らないのだろう。

  「ごめん・・・無神経なこと言った」

  「・・・言っとくけど、生きてるし、絶縁状態でもないからな?」

  俺は驚きと共に安堵した。

  しかし、一体どういうことなのだろう。

  「両親は海外で仕事。兄は海外で大学生。それだけのことだよ」

  ユズは素っ気なく言い放つ。

  「じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃんにあげようぜ!」

  「もう1つの袋に全部入れちゃったし、今から2つに分けるの面倒臭い」

  「お前なぁ・・・」

  本人はこんな調子だが、包装はシンプルながらとてもキレイだ。

  チョコ作りの時もそうだったが、手先は器用なのかもしれない。

  「誰か居ないのか? こんなにキレイで美味しそうなトリュフチョコなのに」

  本当に良い意味でユズのチョコは手作り感がない。

  計算された美と言うか、ただのトリュフチョコのはずなのにお高い市販品と似た雰囲気を感じる絶妙なコーティングだ。

  「大体、男がチョコ渡そうと思う相手居ると思う?」

  「男だって渡していいだろ? 逆チョコとか友チョコとか」

  「女同士なら友チョコだけど、男同士はホモチョコっていうんだよ。渡される側も迷惑だろ」

  あ、なるほど。ホモチョコっていうのか。キリン先輩、逆友チョコじゃなかったです。ホモチョコでした。

  「あんたもどうよ。仲の良い、例えば幼馴染の男から突然メッセージカード付きの手作りチョコ渡されたら」

  [[rb:玄來 > げんき]]からそんなの渡されたら写真撮りまくって神棚に飾る。メッセージカードとか見る度にニヤけそうだ。

  「俺は・・・すっごく嬉しいけどなぁ」

  「・・・」

  ◆◆◇◇◆◆

  「本日はご参加頂きありがとうございました! ハッピーバレンタイン!」

  鹿のお姉さんが締めの挨拶をして、バレンタインイベントは無事に終了した。

  ユズも渡す相手を決めたようで、メッセージカードに何か書いていた。

  「お疲れ様。チョコレート喜んでもらえるといいな」

  「そうだね。でも、もし喜んでもらえなかったらどうしたらいいと思う?」

  まるで俺に謎かけでもしているような態度でユズが尋ねてくる。

  「とりあえずその場で食わせればいいんじゃないか? こんなに上手に出来たんだし」

  味見したわけじゃないが、きっと美味しいだろう。美味しいお菓子を食べて不機嫌になる奴なんて居るわけない。

  「気持ち悪いとか何かと理由つけて食わないこともあるかもよ?」

  「そしたら俺のとこにでも持って来いよ。横で見てて正直食べたかったし」

  「ふーん」

  ユズが少しニヤついたような表情で俺を見る。

  「でもどうやって会うの? 名前も連絡先も知らないのに」

  「連絡先交換するか? 大学も一緒なわけだし」

  「あんたって初対面の人間にいつもそんな感じなの?」

  「先輩だからな! 後輩には優しいんだ」

  「そ、じゃあ交換してよ」

  俺たちはスマホを取り出し、連絡先を交換した。

  「キャインの名前まで“クロ”なんだ。何か若干厨二病臭いかも」

  「うるさいな・・・お前だってキャインの名前ユズじゃん」

  クロって厨二病臭いか?

  でも苗字が黒井だし、昔からこれで通ってるしな。

  「名前送ってよ、俺も送るからさ」

  ユズに送ったら絶対いじられそうだな。まあ仕方ないか。

  俺はキャインでユズに名前を送った。

  「“[[rb:琉貴 > るき]]”っていうんだ。かわいいじゃん」

  「クロって呼んでくれよ。頼むから」

  大体予想通りの反応の後、今度はユズから名前が送られてくる。

  「さるの・・・ぜん・・・なんて読むんだ?」

  「[[rb:猿野 > さるの]] [[rb:禅孫 > ゆずひこ]]。そのままユズでいいよ」

  珍しい読み方だよな?

  これでも人の名前の読み方を当てるのは得意な方と思っているのだが、全く読めなかった。

  「ま、これからよろしくってことで。はい、これ」

  そう言ってユズは俺に包装されたトリュフチョコを手渡してきた。

  「は? なんでだよ」

  「もともとあんたに渡すつもりでメッセージカード書いてたから。もらってくれるんでしょ?」

  袋にはメッセージカードが裏向きに貼り付けられており、見えている面には猫の顔が描いてある。

  これ、俺の顔だったのか

  「トリュフチョコだけは今日食べないといけないんでしょ? 身内がダメなら無理ゲーじゃん。もともと渡す相手がいたわけでもないし」

  俺は赤いリボンがキレイに結ばれた手元のチョコを見つめた。

  「友チョコもらったの初めてだ」

  「ホモチョコだよ。残念な記念日になったね」

  ユズはそう言うが、この態度のデカい猿が自分のためにメッセージカードと似顔絵のイラストまで描いていたのかと思うと、胸にじんわりと来るものがある。

  本人はホモチョコなんて言ってるけど普通に嬉しい。

  そもそも俺ホモだし。

  「ありがとう。嬉しいよユズ」

  俺はユズの目を見てそう伝えた。

  「・・・好きなんでしょトリュフチョコ。今食えば?」

  「じゃあ1つ頂こうかな」

  「どーぞ。ただしカードは俺が帰ってから見てよ」

  俺はリボンを解いて、トリュフチョコを1つ摘んで口に放り込んだ。

  噛むとコーティングのチョコがパリッと小気味よい音を立て、中のしっとり滑らかなガナッシュを引き立ててくれる。

  ユズはコーティングのチョコを何回かに分けて塗っていた。そのせいかチョコの薄い層が何層か出来ていて、食感が最高に良い。

  予想通り、すごく美味しいトリュフチョコだった。

  「うん、めっちゃくちゃうまい! コーティングちょっと工夫してたもんな。食感最高」

  「あっそ・・・」

  それだけ言ってユズは後ろを向いて出口へ歩き出す。

  「あ、おい」

  引き止める理由も無いのだが、つい声が出た。

  「大学で会ったらよろしくね。[[rb:琉貴 > るき]]せんぱーい」

  「あ、こら名前!」

  ユズはこちらを振り向くこと無く右手を軽く挙げてそう言って、ハンガーに掛けていたオーバーを羽織って会場を出て行った。

  「クーロくん」

  会場の片付けに取り掛かろうとしたところで、ミケ先輩に声をかけられた。

  「どうだったあの子。ちょっと手強そうだったから、ついクロくんに任せちゃったけど」

  「普通に良い奴でしたよ。ウチの今年の新入生らしくて、それでイベント参加してみたらしいです」

  「マジで!? 勧誘した?」

  「流されちゃいました」

  そっかぁとミケ先輩は項垂れている。

  ユズが入学したらもう1回声かけてみようかな。

  「あれ? クロくんそれは?」

  ユズにもらったチョコを見てミケ先輩が尋ねる。

  「あの子にもらいました」

  「流石クロくん! モテるね! あ、この猫クロくんだ」

  ミケ先輩はメッセージカードの猫の絵を見てそう言った。

  「今日中に渡せる相手いないからって」

  「メッセージカードにイラスト付きだよ? カードに連絡先とか書いてあったりして」

  「それはもう交換しました」

  「ホントにモテモテじゃん!」

  そういえばカードには何が書いてあるんだろう。ユズも帰ったし、もう見ていいかな。

  「ねえねえ! カード読んでみたら?」

  「そうですね」

  どことなく興奮気味なミケ先輩にも促され、俺は袋に貼ってあったメッセージカードを裏返した。

  「・・・・・・・・・あー、そういうこと?」

  「なんて書いてあったの?」

  「先輩、あの猿結構クソ野郎かもしれないです」

  「へ?」

  チョコを食べたことを若干後悔しながら、俺は天井を仰いだ。

  “人にやらせてるんだから

  当然あんたも誰かにチョコ贈るよな?

  1番仲良い奴にメッセージカード付きで

  ガチのチョコレートを贈ること。

  あと、俺のチョコ食べたお代として

  チョコ持ったツーショットで報告すること。”

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  [[rb:優 > ゆう]]の誕生日のお話は、シリーズ外でUPした短編『虎がウソをついた日』で語られています。

  ついに現実に出てきてしまった猿。

  いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。

  蒼空ゆうぎ