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◇◇◇
床の大理石は、落ち着いたシックな色合いを見せながら覗き込めば鏡としても役に立ちそうな程に研磨が維持されている。カツンと黒光りする革靴の音は、広いフロントロビーの空間が柔らかく反響させて耳触りの良い響きへと変わる。温かみのある電球色の照明が空気そのものを落ち着ける穏やかなものへと変えているようだった。
インテリアの全てが柱を含めた空間に調和されている。まるで一つの絵画のようにすら感じるロビー。そのフロントカウンターへと、一人の男性客が歩み寄る。
高級感溢れる黒のスーツを身に纏い、なおかつ、服に着られているような粗末さなど欠片も感じさせない立ち居振る舞い。決して荒々しい言葉も態度も無いはずなのに、静かに立っているだけで威圧感すら感じる、大柄なホワイトタイガーの中年の男性。
重厚な皮の鞄を片手で持ち、僅かに口角を上げてフロントに話しかける。身近で友好的な仕草だというのに、彼の立ち姿が壮大なセットを背景に演じられるミュージカルの主人公のようにスポットライトを浴びているような錯覚すら覚える。
どこか遠い存在のように感じる彼が、ゆっくりと口を開く。ともすれば歌い上げるような言葉は、自らに話しかけられている。という事すら忘れてしまいそうだった。
「ファン・ホワイトだ」
「はい、……ファン・ホワイト様、ご予約お伺いしております」
だが、フロントの女性も慣れているのだろう。ほんの一瞬、目に動揺を浮かべながらも即座にチェックインのリストを参照し、彼の名前を拾い上げていた。宿泊予約に問題はない。あとは、幾度となく繰り返した対応を滞りなく行うだけだ。
部屋を案内し、フロントの女性はふと目を彷徨わせた。いつもならすぐに来るはずのベルマンがファン・ホワイトの案内に来ないのだ。
「いらっしゃいませ、ホワイト様。お待たせいたしました」
出払っている事はないだろうし、と連絡を取ろうかとした所でホワイト氏に頭を下げるベルマンが歩み寄っていた。
ワシミミズクの男性だ。壮年の落ち着いた振る舞い、レッドと紺の制服に身を包んだ彼。ふくよかなシルエットは、彼の羽毛のせいばかりではないのだろうが、そこに見苦しさはなく、むしろ彼の柔和な印象を更に深めている。
櫛で梳いているだろう羽毛はミミズク特有の羽角の先まで整えられていて、彼の几帳面さが伺い知れた。
「お荷物お持ちいたします」
「ああ、少し重いが、問題ないか?」
「かしこまりました、お預かりいたします」
とワシミミズクは差し出された取っ手を持ち、下から支えるようにしてその重量を確かめたあと、ホワイトに優しく微笑んた。
「……はい、支障ございません。では、こちらへ」
鞄そのものの重量もだが、書類などが詰まっているのだろう鞄をワシミミズクは事も無げに手に提げる。
そのままポーターとしてホワイトを部屋へと案内し、荷物を運ぶのだ。ホワイトに先導して歩き出す寸前にフロントへと目礼したワシミミズクは、ホワイトをエレベーターホールへと先導していくのだった。
◇◇◇
「ボウルさん、いつもスマートで可愛らしいですよねえ」
と、フロントの中でスタッフが隣にいた先輩へと周りにはそうとは見えないように声を掛ける。
「スマートで可愛い、は変じゃない?」
「でも、格好いいっていうと……なんか違うじゃないですか」
「……まあ、確かに」
首を傾げる先輩にそう告げると、少し考えた後に彼女は頷いていた。
あのワシミミズクのベルマン。ボウルがかっこ良くない。というわけではない。紳士的な振る舞い、柔らかで大らかな物腰。男性としてみれば確かに魅力的だ。だが、どちらかといえば癒されるという好感の持ち方だ。
そう言うなら、確かに可愛い。という方が近いのかもしれない。
「部署違いの私達にも優しいですし。何より制服の裾から揺れてる尾羽……私、六時間は眺めてられますよ」
オーラのある客の対応を終えたことへの安堵か、些かデリケートな話題に踏み込んでいた。それを咎める事も無く先輩は、作業中の手元から目を離すこと無く少し忍び笑いを零す。
というのも、先輩である彼女自身、制服の背中側に伸びるボウルの尾羽を気にしてしまう事は多いからだ。毛先まで整えられたそれが、彼の動きに合わせて動く様は確かに視線が引き寄せられてしまう。
ただ、まあ。六時間も見続けるなんて事はないが。
「流石のボウルさんも、それだけお尻見続けられたら嫌がるんじゃんない?」
「喩えですよ、喩え。……私がすごいエッチみたいじゃないですか」
「でも、結構いつも見てるじゃない。多分ボウルさんも気付いてるよ」
隣にいても分かるぐらいだ。当人からしても分かるだろう。なにせよく周りに気を配り、視野の広いボウルだ。気付いていて、その上で「仕方ないですねえ」と苦笑いを押し殺しているのかもしれない。
と、後輩を見てみれば、視線が途端にあらぬ方向へと泳ぎ始めていた。もしかして完全にバレていないと思っていたのだろうか。目は口ほどに物を言う。というように、目の動きに感情は乗る。視線への注意は接客に欠かせない意識だと持論を持っていた先輩の女性は、一つ溜息をついた。
「……、お客様からも人気ですよねー。この前『ボウルさんいないの?』って残念がられてたお客様いらっしゃいましたよ」
「話逸らしたね……でも、まあ本気で嫌われないように抑えときなさいよ。セクハラで訴えられたら見捨てるから」
「ボウルさん、どこまでなら許してくれるかな……」
「ボーダーライン探ってる時点でアウトよ」
ロビーから見れば雑談に興じているとは見えないように、彼女たちの会話は続いていく。
◇◇◇
間接照明が照らす柔らかなカーペット。ブラウン基調のシックな内装の廊下を歩み、ワシミミズクの鳥人――ボウルは目当ての部屋の扉を開けた。
「お荷物は――」
「リビングの机に頼む」
「かしこまりました」
部屋へと入り、ボウルは机の上に鞄を置きながら部屋全体を見回す。険しさは無いが、瑕疵を一つたりとも逃しはしないと告げる狩人の目が一周し、そして安心したように瞬きを一つする。お客様の滞在の支障になるようなものは無さそうだ。
スイートルームだ、ベッドルームとリビングから続くバルコニーからは青く晴れた空と澄んだ海が広がっている。素晴らしい景色だが、それを楽しむような時間はない。
鞄を置いたことを伝えようと振り向くその前に、ボウルの背に向けて男性客の声が投げかけられた。やはり、どこか威圧感のある声。だが、既に幾度も宿泊しているホワイトの威圧感には慣れている。
「助かる」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
その言葉端に、柔らかな感情が乗っている事も敏いボウルには感じ取れていた。そして、どこか困ったような表情が滲んでいることもボウルにはわかった。促すように沈黙してみれば、ホワイトは小さく息をつくように語り出していた。
「少し前か……若い、牛のベルマンがいるだろう」
「はい、おりますね……、彼が……いかがなさいましたか?」
「どうにも、緊張させてしまったらしい」
顔を顰め、ホワイトは調度を見つめた。その顔は彼としては困ったという表情なのだろうが、静かに怒りを滾らせているようにも見える。
どこか堅物な話し方も、そう思わせてしまうのを助けているようだ。
「それで早めに下がらせたのだが、……後から気に食わないから早く出て行け、と告げたように誤解させたかもしれないと思い至ってな」
と語る彼に、ボウルは思わず小さく、フフ、と笑いを零してしまった。
ホワイトの懸念は悲しいかな、的を得ていた。
実際、今回のベルマンもその彼が請け負うタイミングだったのだが、ボウルは半ば泣き付かれ、交代したのだ。
なんでも「以前怒らせてしまったのだが、何が粗相だったのか全く分からず、恐らくまた怒らせてしまうかも知れない」という事だった。その相手が、このファン・ホワイトだと分かった時には、十中八九勘違いなのだろうとは思っていたが、――その予想は正しかったようだ。
「……なんだ?」
とホワイトはボウルの笑いに、睨みつけるような視線を送る。だが、そこに嫌悪は無い。調度から視線を移したホワイトは、その骨太な恵体を一歩一歩踏みしめるようにボウルへと近づけていく。
「いえ、もしそうなら、ホワイト様を誤解しているのだろうと思いまして」
「私を前にその意見の言える者はそうはいない」
「では、彼もホワイト様のお優しい一面を知る者に加わっていただきましょう。気にされておられたと、お伝えしておきます」
「……お前に優しいと言われてもな。皮肉めいて聞こえる」
近くに来ればホワイトはボウルを見下ろすようになる。相当な威圧感だろうがボウルは気にした様子もなく、柔らかな体を揺らして笑っていた。その顎下にホワイトは厚い手を添えた。
ふか、と埋もれるような羽毛に指を割り入れて、ワシミミズクの丸い顔を自分の視線と合わせるようにもたげる。
「私は……意外と自堕落ですよ」
「そうか」
とホワイトは片手はポケットに突っ込んだまま、その手を払う事無く自分を見つめるワシミミズクの雄を見つめる。
そうなのだろう。この関係も彼からの始まりで、そして自分だけとの関係でもないのだろうとは予想は付いていた。
「それで……時間はあるのか?」
首筋を撫で付ける。その喉が上下してから、頷く感触が掌に返ってきた。
◇◇◇
「ボウルさん、大丈夫っすかね……」
「大丈夫だって。まあまあ常連のお客様なんだから」
ベルマン用の控室。待機中にもかかわらず落ち着かない様子で立ったり座ったりを繰り返している牛獣人に、同僚の猪獣人がコーヒーを片手に苦笑いを浮かべる。
「ボウルさんなら怒らせるような事しないって」
「……そうですけど、俺のことで怒ってたりしたらボウルさんに八つ当たりが行ったりするじゃないっすか。……まだ、ボウルさん帰ってこないし」
「考えすぎだろ。大方、長話にでも付き合わされてんだよ」
まだ早い時間だ。今は混み合っているわけではないし、もしピークが始まったならインカムを飛ばせば、上手くあしらってすぐに戻ってくるだろう。
「そ、っすよね……」
とようやく納得したのか、牛獣人は椅子に腰を落ち着けて溜息を吐いた。
「ボウルさん、優しいっすよね。言葉荒げたりもしないし」
「そうだな。欲がないっていうか、育ちがいいっていうか?」
「すね。汚い言葉使う所想像つかないっすもん」
「『この腐れチンポ野郎!!』とかか?」
「っ……んぐ!?」
コーヒーを口に含んだ瞬間に猪獣人が叫び、思わず笑った牛獣人の口からコーヒーの飛沫が吹き散らされそうになった所を、どうにか抑え込んだ。
「……いきなり笑わせないで下さいよ! もー!」
「かっはっはっは! 偉いじゃねえか、吹き出さなくて」
「噴いてたら、一番被害に遭うのアンタですからね!?」
◇◇◇
規律正しく着込んでいた制服は、今や猥雑に乱されていた。壁に手を突き、尻を突き上げる。客に対して決して許されるべきではない体勢でありながら、ボウルはあろうことかズボンを膝まで下ろし、下着を露わにさせている。
地味な黒いブリーフ。実用性に重きをおいた質実な下着が、今はただボウルの痴態を演出する道具と成り果てている。
「ホワイト様……」
「ファン、だ」
「ぁ、……はい、ファン……様」
柔らかに膨らんだ尻を背徳に震わせながら、ボウルは丁重にもてなすべき客の名を呼ぶ。娼婦のように艶やかに名を呼ぶその口元は、彼の体から齎された以外の分泌液に塗れている。
それが何かは、彼が肩越しに振り返るホワイトを見れば疑いようもないだろう。どこか威圧感を与える、上質な拵えのスーツ。そのスラックスの前開きから、獣欲に膨らんだ大振りな肉茎が怒張していた。脈が走り、力強く凹凸を刻む雄の象徴。
透明な蜜がその先端から溢れていく。雄の欲に塗れたその滴が床を汚すよりも先に、ホワイトはその漲りの先端をボウルの下着に擦りつけていた。肌触りのいい絹が粘る液体の染みを作っていく。
ファーストネームを口にして尾羽を立たせたボウルに、ホワイトはそれ以上踏み込まない。
「名前を呼ばれるだけでは分からんぞ」
「……っ、……ファン、様……」
「ああ。なんだ?」
変わらず、ホワイトの顔は険しいままだ。まるで獲物を見定めるように鋭い目つきで羽毛を通してすら熱が伝わるその滾りを柔らかな双丘の間に擦り付ける。
だが、ボウルが望んでいるのはそれではない。時間が余りあるわけではない。職務に戻らなければいけない時間は迫ってきている。羞恥だろう、それでも彼の普段の行いがそんなセリフを言うことを躊躇わせている。
「……わ、……私、の」
そう見せているボウルの葛藤に、ホワイトはゾクゾクとした悦楽で胸を膨らませていく。そして、その時間が続いてしまえば飽く。それを分かっているようなタイミングでボウルはその硬い口を開いた。
「私の、鳥マンコを、ファン様の雄チンポで、グチャグチャに……かき回して、ください……っ」
「上出来だ」
言うやいなやホワイトは突き出された尻を押し隠すブリーフに指を挿し込んで、布に覆われていた彼の秘部を外気に晒す。
そこに男性器は存在しない。柔らかな羽毛の中にはまるで年若い女性のような割れ目があるばかり。鳥人ゆえのスリット。紛れもない生殖の為の器官だ。寄せたその布の内側は既に湿っており、その湿気を放つ割れ目は物欲しげにその口を開いていた。
くぱ、と緩んだ秘裂を狙いを定めるように指でなぞる。その太い親指を差し込み入口を拡げれば、歓喜に雄鳥の背がぶるりと震え上がる。淫猥なベルマンだ。客の荷物を運び入れ、そこで雄を誘い、淫欲を満たす。
その背に押さえ込む様に手を置き、ホワイトは日頃抑圧しているストレスを開放したように漲る肉茎を、ボウルの中へと沈めていく。
雄の体とは思えないほど柔らかく熱く熟れたスリットを、ホワイトの赤く腫れ上がる性肉がその蠕動する壁を削るようにして進んでいく。襞に覆われた壁が攻め入る槍を拒むように絡みつく。
「相変わらず、良い孔だ」
「ぁ、……っ、ファン様、……ッ、ナカ、拡がって……ッ!」
「……っ、ああ、お前が欲しがっていたものだ、よく味わえ」
いや、キツくもなく、しかし緩すぎて刺激が足りないというもなく絡みつくそれらは、売春街を歩く雄に伸ばされる愛撫の指先のようですらあった。雄が悦ぶことを知っている。雄がより快楽に浸り欲を満たす方法を心得ている。
雄としても誇らしいだろうサイズのそれが、根本まで収まりきる。ホワイトはそこまでボウルが痛がる素振りを見せなかったことを確認すると、ボウルの片尻を指が食い込むほどに強く鷲掴み、短く宣言する。
「突くぞ」
返答はなかった。そんなものを待つことなく、ホワイトは肉杭を引き抜き再び根本まで突き入れていたからだ。
「ん、ぅ……ふ、ッ――ッ!!」
仰け反る背中を押さえ込み、ホワイトは貪るようなピストンを開始する。ヌチュン、ブズン、と潤滑剤が接合部で泡立ち、淫猥な音が広い室内に響き渡る。貫かれる度に漏れる声をボウルは抑え込んでいる。流石に彼が快楽のまま声を叫べば気づかれてしまうだろう。
ドアウェイからすぐの場所で客とスタッフが白昼堂々とまぐわっているなどという醜聞は、ホテルとしても、客としても望むところではない。
そう考えながらもホワイトは容赦のない杭打ちを止めることはなかった。柔らかな尻を叩く。そうすれば、キュウとボウルの腔がホワイトの肉棒を締め付ける。
「フ……ッ、ンッ、ふ……」
「……スご……ぁ、……中、抉れ……ッ」
もはや文章になっていないボウルの言葉がホワイトの情欲を更に掻き立てていく。肉と肉がぶつかりあう音。ふくよかなワシミミズクが雌の喜びに打ち震え、雄の膣へとホワイトタイガーが剛直を突き貫いている。
その勢いと濃度は次第に高まり、二人をただ性欲のままに、外界の事など考えさせない獣へと変えていく。
二人の脳は今はただ幸福に、熱烈に絶頂を迎える事しか考えられないでいた。
そして。
◇◇◇
多忙なピークアワーが来る前の最後の休みだ。と牛獣人と猪獣人は、時折時計を確認しながら和やかに休憩していた。
他のベルマンもそろそろ交代の時間だと控室に戻ってくる頃合いだろうか。と、そんな事を考えていると、控室の扉がノックされ、そして控えめに開けられる。
ベルマンの開け方ではない。少なくとも、仕草から困ったという表情が見えるほどの開け方をするベルマンはいない。
そして、案の定そこにいたのは同僚のベルマンではなかった。
「あの、ボウルさんいらっしゃいますか?」
フロントの女性が、一度広くはない室内を見回して、猪獣人に問いかける。いないな、と首を振り、立ち上がる猪獣人は彼女にどうしたのかと問いかけた。
「その、フクロウのおじさんが良いと、小さなお子様が泣いてしまわれて……」
「ソイツは……確かに困ったなあ」
と猪獣人は出ていこうとしたのを止めて、顎を掻いた。
コレが厄介な客でボウルを出せと文句を付けてきているのなら、猪獣人でも対応することは出来ただろう。時間稼ぎをするか、もしくは、余りに騒ぐのなら警備員に出張ってもらうか。あまり外聞が良くないので最終手段ではあるが。
だが、どれにせよ、相手が小さなお子様だというのなら、打つ手は無い。まさか小さな子を警備室に連れて行くわけにもいかないだろう。
「フクロウのスタッフはボウルさんしかいないので、ボウルさんの事だと思うのですが」
「んだなあ……呼び出すか、そろそろ客の話も終わってる頃だろうし」
猪獣人は、役割を押し付けた挙句ブッキングした、と勝手に責任を感じて青ざめている牛獣人の背を軽くど突いてから、無線機を手にとった。
「ボウルさん、聞こえますか、ボウルさん」
◇◇◇
「はは、なるほど。それは大変ですね」
ボウルは朗らかに笑った。
「わかりました、すぐに向かいますので……ええ、少しの間だけよろしくお願いします」
そう返しながら、ボウルは中に吐き出された白濁を拭う為に脱いでいたブリーフに脚を通す。拭ききれていなかったのか、ボウル自身が分泌した精液とホワイトが中に放った精液が混ざった液体がじわりと下着を濡らした感触があるが、今は仕方がないだろう。
手早く服装を整える。
「ホワイト様」
「ああ」
ホワイトは既に鞄から取り出した書類へと目を走らせている。後片付けはボウルの役目だ。口の中に残る彼の白濁の匂いを感じながら、やり残しがないかと再度目を走らせた後に、ホワイトへと声をかけた。子種の香りが染み付いた紙屑をまとめた袋を手に、折り目正しい所作で頭を下げる。
「他のお客様をお待たせしているようでございまして、失礼させていただきます」
「……分かった。チップを忘れていくなよ」
「はい、ありがたく頂戴いたします」
最後に一礼し、部屋を辞そうとしたその時、ボウルをホワイトは呼び止めていた。
「ああ、そうだ。忘れるところだった。――ボウル」
「はい、如何なさいましたか?」
視線だけをボウルへと向けて、ホワイトは相も変わらず厳しい顔で告げた。
「明日5時にモーニングコールを頼む、以上だ」
必要以上の会話はない。客としての要望だけを告げて、ホワイトの視線は再び彼の職務へと移っていく。
そして、ボウルもまたベルマンとして瑕疵一つ無い態度でその要望を受け取った。
「かしこまりました。それではホワイト様、良いご滞在を」
そうしてボウルは足早にフロントホールへと戻っていくのだった。
◇◇◇
「フクロウのおじさん!」
「これはこれは、コーラス様。また角が大きくなられましたね」
ボウルは駆け寄ってくる鹿獣人の幼子に視線を合わせるようにしゃがみこんで、少年の抱擁を受け止めた。前に会ったのは半年前か、角もそうだが背も大きくなった。
そのまま興奮したように語りかける鹿獣人の子どもに相槌を打ちながら、後方で申し訳なさそうにする両親とスタッフに気にしなくていい、とジェスチャーを送る。
話の隙間に「また会えて嬉しいです」と言葉を割り込ませた。このままでは延々と話をしてしまいそうな勢いだ。
「ですが、あまりお父様お母様を困らせてはいけませんよ」
「……はい」
分別の付き始める年頃だ。自覚もあるのだろう。両親を振り返ったあと、耳を下げて反省している。
『すんません、ボウルさん。チェックイン終わってるから、部屋案内してもらっていいですか』
猪獣人の声がインカムから聞こえた。このままボウルが請け負った方がスムーズだと判断したのだろう。ボウルも賛同する。
どうやら荷物は手荷物だけだから、運ばなくていいとの事だ。恐らく、遠慮しているのだろうけれど、罪悪感が薄れるのなら甘えさせていただくことにした。
子鹿の手を取り立ち上がり、ボウルは両親に礼を送ると申し訳なさそうに両親も頭を下げる。
だが、子鹿はそんな事気にはしない。落ち込んでいた機嫌も話を切り替えたことで復活したらしい。ボウルを笑顔で見上げてくる。
ボウルは笑みを返しながら「ではご案内いたしますね」と歩き出した。
だが、数歩も行かないうちに、少年がふと不思議そうに首を傾げて、その足を緩めていた。
「……おじさん、変な匂いしない?」
「そうですか? どのような匂いでしょうか」
鼻を鳴らす少年に、ボウルは少し歩幅を調整して少し後ろを歩くように位置を変える。
頭の位置的に、顔がボウルの腰に近くなってしまっている。彼が感じたのは、甘かった後処理の残り香だろう。
彼がその匂いの正体を知っていることはないだろうが、出処を知られない事に越したことはない。
「うん……なんだろ、変な匂い」
「なんでしょうね、分かったらお教えいただけますか?」
「うんっ、分かったら教えるね!」
もし分かって教えられたなら困りものだ。
替えの下着はあったはず。と思い出しながら、ボウルは小さなお客様と再びエレベーターへと乗り込んでいく。
スタッフ達はそんな朗らかな日常光景に自然と笑みを浮かべながら、それを見送っていた。
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