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後輩狼に夜這いフェラされる話

  ◇◇◇

  さて。

  どういうことだろう。

  深夜三時過ぎ。寝静まっていたはずのワンルームで、狼が俺の股座に鼻先を埋めている。

  「……先輩の、匂い……」

  発情したような濡れた声。俺の下着に指がかけられる。晩春の冷えきらない夜の空気に、屹立した情欲が晒される。

  狼の吐息が、ゆっくりと、それを包み込んで――

  ◇◇◇

  時は遡り。数日前の昼下がり。

  「ふわ、あ」

  昼飯はどうしようか。

  今日は午前中の講義だけだし、昼飯は家に帰って食ってもいいしな。と俺は大学のキャンパスをぼんやりと歩いていた。

  長閑な春の陽気。もう冬の名残も感じなくなった陽光の下。微かな眠気に欠伸を一つする。

  そんな時。

  「あー、先輩ーッ! 今からご飯ですか!?」

  「ごっふぅ!!?」

  俺の名前を呼ぶ声がした。かと思えば、ーーあっという間だった。

  「あー」という所までは少し遠くから声をかけてきたんだろうなという響きだったのに、力強い足音がセリフと一緒に聞こえると思えば、その声は瞬く間に間近へと迫り最後の「か!?」の辺りで距離はゼロになっていたのだ。

  車にでも跳ね飛ばされたかという衝撃と共に、俺は大きな獣の腕に捕まっている。直前でブレーキをかけたからか怪我は無いけれど、痛いものは痛い。

  「ええい! 急に抱きつくなって言ってんだろうに!?」

  両腕に力を込めて引き剥がすと、マズルがグパアと開き、嬉しそうな表情を隠せていない情けない声が鋭い牙が覗く口の中から返された。

  獰猛な肉食獣の厳つい風貌だというのに、どことなく恐ろしさが感じられないのは彼の性格のなす所なのだろうか。

  「あー、無体っすよ、先輩ー!」

  「勢い強すぎて痛いんだよ、折る気か!」

  あと、暑い!

  春先だというのに家の中では半裸で過ごしてしまうほどの気温を叩き出しているこの頃。灰色の軟らかい毛並みを全身に纏っている狼獣人に抱きつかれると、一気に体温が上昇した気になる。

  「俺は暑くないっすよ」

  と狼獣人、山上ロウハはあっけらかんと言ってのける。

  「そりゃ、被毛込みの体感で生まれてきてりゃな」

  「でもオープンキャンパスの時、抱きついたら尻尾振ってたじゃないっすか」

  「冬ならな、てか俺に尻尾はねえよ」

  と、俺はぶんぶんと振られている眼の前の狼の尻尾を見つめた。

  俺はコイツと違って人間だ。尻尾も毛皮もなくつるんとしたお尻があるだけ。と、俺はふと違和感に気付いて、目の前の狼の服装に目を停めた。

  「陸上部入ったのか?」

  メッシュ生地のタンクトップにショートパンツ、その裾からスパッツが覗いている。見るからに陸上部の練習着だ。

  「体験入部っす! 俺走るの好きですから!」

  今年の新入生であるロウハとの出会いは、去年の秋頃のオープンキャンパスだった。そこそこ広いこのキャンパスは、慣れない内は結構移動に手間取る事が多い。A-1棟と書かれても、統一性のある洋風建築の連なりはこんがらがるのだ。

  朝早くの講義だったりすると、寝ぼけて隣の棟の教室に入ってしまうなんて事もよく聞く。ついでに言えば、俺も入学初日に資料配布場所が分からず迷った口だ。

  その例に漏れず、オープンキャンパスの日、目の前の狼獣人は迷子になっていた。そこを助けてやったのだが、どうにもその事を入学後も覚えていたようで、先週あたりに再会してからというものの懐かれてしまったようだ。

  「確かに、走るの早いしな」

  さっきの勢いも凄かった。衝突のせいであばらがまだ少し痛い。

  「それで、先輩。今からご飯ですか?」

  「うん、そうだよ。もう講義ないから学食行くか、家帰るか考えてたんだけど」

  「じゃあ、学食行きましょ! 中央の日替わり、なんと唐揚げ定食ですよ!」

  一緒に行くか? と言おうとした俺に先んじてロウハが誘ってきた。そして返事もしない間に「先輩にご飯行くって伝えてくるっす!」と走ってきた道をとてとてと帰っていく。

  突っ込んできた時とは違う気楽な走りだ。

  ……てことは、なんだ。俺が逃げるとでも思ったのか。それとも、俺を昼飯に誘えるタイミングで会えたことが嬉しかったのか。

  なんて考えながら、ロウハの後ろ姿を見つめた。

  悪い気はしない……、というか正直嬉しい。

  獣人特有の逞しい肉付きを存分に晒しながら、尻尾を振り回す狼獣人。

  タンクトップの上に張り出た胸筋と、締まった腰のライン。臀部の丸いシルエットを浮かび上がらせるショートパンツから伸びる太い太もも。スパッツに抑えられているのだろうがそれでも存在を主張する股間の膨らみ。

  ゴクリ。

  思い出して唾を呑んだ。シャツの裾を直す振りをしてズボンにテントを張りかける肉棒をそっと寝かせる。

  うん。

  そう、実際俺は性癖ドストライクな後輩に懐かれて、めちゃくちゃに春を謳歌しているのだ。

  「陸上ユニ、えっろいな……」

  俺は絶対に聞こえないような距離で、陸上部の先輩と会話しているロウハに呟くのだった。

  ◇◇◇

  「へえ、通いなんだ」

  「ですです。先輩ってマンション住みの一人暮らしなんすね、いいなあ」

  ロウハは唐揚げと白米を頬張りながらモゴモゴと言う。聞き取れたのは「んうんう、ふんんんふふんうんふう」みたいな変な鳴き声でしかなかったが、大体あっているはずだ。

  俺は魚のメニューが塩サバだったので、そっちを頼んだ。それなりに量もあるのが売りの学食なのだが、大柄なロウハの前にある大盛りごはんと比べれば、なんというか女子のランチのような印象を受ける。

  ロウハが一人暮らしを始めれば食費に喘ぐ事になるのだろう。唐揚げ一個が大きな口の中に放り込まれ、バクン、と小気味良い音を立てて顎に砕かれるのを見ながら思う。

  「その時は、三食学食に来るしか無いっすね」

  伝えてみるとそんな言葉が帰ってきた。学食は朝夜やってねえよ。

  「9時オープン、17時クローズなんでギリいけるっす」

  「それ絶対夜食食うだろ」

  「三食学食にしたら、夜食分くらいは食費浮くんじゃないっすか?」

  「それは確かに」

  まあ、夜食をどれだけ食べるかは知らないが、格安の学食で三食過ごすのなら一食程度の食費は浮きそうだ。

  というか、昼食メインの学食にしては営業時間が長いと思っていたが、そういう節約をしたい学生の為の営業時間なのかもしれない。

  いや? 夜食を食って結局一食分食費が増えるなら、やはり食費が嵩むことには変わりないんじゃなかろうか。

  そんな考えは「俺頭いいっすよね」と嬉しそうにする狼の笑顔に免じて言わないでおいてやろう。

  「先輩、一人暮らしってことは自炊派っすか?」

  「ん? んー……そうといえば、そうかも」

  「なんっすか、その曖昧な反応?」

  確かに料理はするが……カレーやらシチューやらの適当になんでも具材入れておけば美味くなる系のものを大量に作って冷凍しているだけだ。

  煮込む、冷ます、凍らせる、レンチン。

  正直、自炊といって良いのかは謎ではあるのだが。

  「全然自炊っすよ! エラいっすねえ。俺、カレーとか小学校の授業以来作ってないですし」

  「そうか?」

  「自炊して一人暮らし、かっこいいっす」

  何故か嬉しそうに断言されてしまえば、少々照れくさい。気になっている相手に褒められると、つい上機嫌になってしまうのも仕方がないだろう。

  「じゃあ、今度泊まりに来いよ。カレーくらいなら食わせてやるから」

  なんて事を口走ってしまった。何故、遊びにとかではなく、泊まりにと一足飛びの事を言ってしまったのか。何の事はない、欲望が漏れ出てしまったのだ。

  「一緒に銭湯にでも行って、ぐへへ」みたいな妄想を瞬時に思い浮かべながらの思わず溢れた発言に、変に思われなかったかとロウハの様子を窺う。

  「やったー! でも、俺結構食いますよ? 先輩、何日保つっすかね」

  「何泊するつもりだ。その前に追い出すわ」

  ロウハは特に何も気付いた様子もなく、のほほんと笑っていた。俺はホッと胸を撫で下ろしながら、本当に呼ぶ時は冷蔵庫の残りをちゃんと確認しておこうと心に決めるのだった。

  ◇◇◇

  それからメッセージアプリの連絡先を交換した俺とロウハは、タイミングが合えば昼食を食う習慣が出来上がっていた。

  俺はバイトで、ロウハは陸上部で。と夕方以降はほとんどタイミングが合わず、結局俺の家に飯を食いに来ることも、泊まりに来ることも無かったのだが。

  バイトも休みだし、今日は適当に飯食ってゲームして寝るか。とダラダラと過ごしていたある日。

  もうすぐ日付が変わるな。とプレイキャラがボス敵に倒されて消えていく画面から目を離して時計を見上げたタイミングで、机の上に置いていたスマホが通知音を鳴らした。

  メッセージアプリの音だ。

  「ん……誰だ、この時間に」

  ゼミの友人とかからの急ぎの連絡でもあるのか、と開いてみれば、そこには「ロウハからの新着メッセージ」と表示されていた。

  開いてみれば、そこには。

  涙の絵文字つきで『助けてくださいー!』と、あまり逼迫しているようには見えない文字列が並んでいた。

  とはいえ、恐らく急ぎの用には変わりないと思うので、そのまま通話をかけてみる。

  『せんぱぁい!! 今日泊めてください!』

  繋がった瞬間に、何故か泣き付かれた。

  どうやら『新歓カラオケ楽しくって、最終電車逃しちゃったんですー!』

  と言うことらしい。

  陸上部の先輩の家にお邪魔するのは気が引けて、泊まる宛があると断ってきたと。

  「……俺が寝てなくてよかったな」

  『良かったです! 恩に着ます!!』

  尻尾を思いっきり振っているのだろう声色で返事が返ってくる。どうにもまだ外にいるらしい。救われた感激か知らないがいつもよりでかい声がちょっと反響している。

  「はいはい、マンション……も教えてないな。迎えに行くから、今どこだ?」

  と聞けば、安心したのかロウハの声はいつもの調子に戻っている。質問には答えず気色満面の声がスマホから流れてくる。

  『良かったぁ。陸上部入ったんだから走って帰れよ、って言われなくて』

  「陸上部入ったんだから走って帰れよ」

  『俺、短距離専門なんですってーっ』

  ノータイムで突っ込みが帰ってきた。ネタを準備していたのだろう。やはり意外と楽観的に考えていたらしい。

  「うん。……いや、質問に答えんかーい」

  『あ、すみません。えっと、じゃあ、獣ノ坂駅前の広場で待ち合わせでもいいっすか?』

  と最寄りの駅を指定された。

  あの辺りなら漫画喫茶にでもカラオケにでも入れば一晩過ごすくらい訳ないだろう。楽観的だっただけあって俺が起きていなくても、別に問題は無かったわけだ。

  じゃあ、なんでそうしなかったんだ? と思いつつも、それを言ってしまえば「あ、そうですね。じゃあ、そうするっす!」なんて言い出しそうなので止めておいた。

  今から迎えに行くことを告げて、通話を切り、玄関へと向かう。お泊り。お泊りだ。お泊りか……。

  「……パンツ、変えた方がいいか?」

  と靴を履いてからふと思い、色ボケた頭を壁に軽くぶつける。何を考えているんだ。

  「はあ、おバカ」

  浮かれた後輩が待っている。とっとと行こう。

  冷蔵庫の確認はしない。足りないのは分かりきっている。こんな突発的なイベントに常時備えておける財力はないのだ。

  俺は、雑念を振り払い夜の街に繰り出したのだった。

  ◇◇◇

  「お邪魔しますー」

  「あんまりデカイ声出すなよ、夜遅いんだから」

  駅までロウハを迎えに行き、そこからコンビニに寄り道をしたのでもう深夜1時を回っている。いつもの調子で喋っていては苦情が来かねない時間帯だ。

  「はいっす」

  と小声で返事するロウハに「よろしい」と頷く。コンビニで買った明日の朝食やら飲み物は冷蔵庫に仕舞い、トイレとシャワールームを見せる。

  だが結局シャワーは浴びずだ。被毛の分タオルの使用量が多いらしく遠慮された。確かにワンセット程しかタオルはないので、湿ったまま寝ることになる。それは家主としても止めてもらいということになった。

  で、問題はベッドだ。

  大学が近いので友人が泊まりにくる事もある。ということでソファベッドを置いているので、この季節はタオルケットを羽織れば凍えることもないのだが。

  「いやいや、急にお邪魔してベッド占領するのはちょっと申し訳ないですって……!」

  「ソファベッドだと小さくて寝れないだろ? 別にいいよ」

  「いや、でも……」

  一理あると黙り込んだロウハは、ひょこひょことその三角耳を動かしながら、むむむ、と唸る。そして徐に耳をまっすぐに立てたかと思えば、ぽんと手の平に握った手を当てて、何かを思いついたらしい仕草をする。

  「じゃあ、一緒に寝たらいんじゃないですか?」

  「は? ふざけんな?」

  思わず俺は怒りを覚えてしまった。

  シングルベッドだ。そこにデカいロウハと一緒に寝るとなると密着した状態になる。そんなもの、良からぬ妄想と――良からぬ行動が止まらないに決まっている。狭いのだから触れてしまってもしかたない。なんて言い訳の立ってしまう状況に置かれて俺は我慢できる自信はない。

  本心を言うのであれば、めっちゃ一緒に寝たい。一緒に寝て色んな所を事故に見せかけて触りまくりたい。だが、そんなことをすれば慕ってくれているこの後輩に変態だと思われてしまう。めっちゃセクハラしたいが、したら俺の春は一貫の終わりなのだ。

  ジレンマである。

  「くっ……、……狭いだろ」

  「そんな思い詰めた風に言わなくても……、まあ嫌なら仕方ないっすね」

  嫌ってわけではない。というか、むしろ歓迎だけども。本当は大歓迎だけどもね。

  そういや毛皮暑いっていってたっすもんね。と少し拗ねた風に言うロウハに申し訳無さを感じながらも、渋々と「じゃあベッド失礼しますね」と了承したロウハにこころのなかでガッツポーズをした。

  ちなみに友人が来た場合はベッドは譲らない。いや、友人がどうしてもと言うなら別に使わせない理由もないけれど、逆にここまでソファベッドに固執したりはしない。

  なぜ、今日に限ってソファベッドで寝ると譲らないのか。それは、とある企みの為だ。

  せっかくのロウハとのラッキーイベント……だが、添い寝はラッキーが過ぎるし、これからの関係をぶち壊しにしかねないので、俺は考えたのだ。

  そうだ。残り香を置いていってもらおう、と!

  「先輩、俺パンツで寝ていいですか?」

  「良い! 当たり前だッ!」

  「うわ、ええ、びっくりした……」

  心で勝ち誇っている間に、あまりに衝撃的な申し出をされて、渾身の返事が出てしまった。思わず口を抑え、ちょっと引いているロウハに「待って」とジェスチャーしながら、壁ドンが来ないかと耳を澄ます。

  少し待っても変化は無いので、どうやら今の一声で迷惑認定されることは無かったらしいと安堵の溜息を吐いた。

  「いや、暑いもんな。うん、俺も大体パンツで寝てるし、うん」

  「そ、そっすか……え、怒ってないっすよね?」

  「怒ってない怒ってない」

  まあ、普通の友人がパンツでベッド使うって言えば、「いや……ちょっと、なあ……」とはなるが、それが性癖ドストライクの狼獣人、ロウハだというのなら話は変わる。

  むしろ、いいんですか? と聞きたくなるほどだ。

  「んじゃあ、失礼して」

  と上を脱ぎ、タンクトップになったロウハを、俺はスマホをいじる振りをしながら流し見る。骨格がうねるように動いて筋肉の収縮がありありと分かる。脱ぎ姿も大層エロい。

  「よ、いしょ」

  野性味ある動きに似合わないそんな無防備な掛け声で、ズボンに手を掛けるロウハ。最初に黄色のゴムが現れ、それから紺色の布が顔を見せる。

  ふうん……結構ローライズなボクサー履くんだぁ……。

  あと、ショートパンツでも分かっていたが、中々のビッグサイズだった。尻尾ユラユラしていて可愛い。

  

  ◇◇◇

  とまあ、かなり浅はかな企みは、特に問題なく上手く運ばれていった。

  というのも。俺がソファベッドで寝ると言ってしまえば、後は寝るだけだ。夜も遅いし、明日も講義がある。俺もロウハも、このまま夜更かしなんてしていられないのだ。

  朝にはロウハの残り香のするベッドが出来上がりだ。冷静に考えれば、変質者の類でしかないが気にしない。なぜなら理性もギリギリセーフだと言っているからである。

  このまま、ぐっすり寝ればそれだけで作戦は完遂される。

  ――はずだったのだが……。

  俺は、目を覚ました。いや、正しくは半覚醒の状態だろうか。うっすらと開けた目には、まだまだ暗い室内が映る。ぼんやりと闇に浮かぶ時計は深夜の3時頃を示している。

  寝よう。

  即断した俺はまた目を瞑り、そして、近くでゴソリと動く気配に「ん?」と疑問を浮かべた。

  ああ、そうか。ロウハを泊めたんだったか。

  一瞬、泥棒か幽霊かと、ぞわっとしたのも束の間。見知った後輩が立てた物音だと分かって安堵する。そのままもう一度眠りに落ちていけるだろうと思っていたのだが、他人の家が落ち着かない性質なのか分からないが、ロウハが結構モゾモゾと動いているのだ。

  何度も寝返りを打つようにして落ち着かない。中途半端に起きてしまった俺には、静かな夜の中で微かに響く衣擦れが妙に耳に障って寝ようにも寝れない状態に陥ってしまっていた。そうして、何分か経った頃。

  「先輩……」

  と、暫くゴソゴソと寝返りを繰り返したロウハが、ふと俺を呼ぶ。

  具合でも悪いのかとも思っていたが、声の調子的にそうではないらしい。トイレは好きに使えと先に言っておいたし、喉が渇いたなら冷蔵庫にロウハの買ってきたジュースが残っている。どうしたんだろうか。と返事をしようとしたが頭の方は寝てしまっているらしくうまく言葉が浮かばない。

  「ん、……う」

  夢うつつの状態で、俺は小さく呻くだけだった。ロウハはただの寝息だと思ったのか、それ以上何も言うことなく黙ってしまった。

  「……先輩、寝たっすか?」

  と、暫く経ったあと、もう一度確かめるような声が聴こえる。

  呻き返しもしなかった。目を瞑ったままに何か用事があるなら続けて言え。と寝ている相手に用事を言うわけないだろうと自分に突っ込む事も無いぐらいの寝ぼけ具合で、続きを待っていると、のそりとロウハがベッドから起き上がるような音がした。

  トイレか。

  俺は確信した。ワンルームマンションだから、トイレはすぐそこだ。暗がりに目が慣れている状態なら迷うこともなく辿り着けるだろう。なんで俺を起こそうとしたのか、と思っていると。

  ロウハはゆっくりと忍び足で移動すると、ゆっくりと仰向けに寝ている俺の足元当たりで立ち止まった。そして、そこから動く気配がなく、じっと俺はロウハに見つめられる視線だけを感じていた。

  蛇に睨まれた蛙の気持ちが少し分かったような気がした。力では敵わないだろう相手に、無防備な姿を見つめられている。彼の鋭い牙が俺の首に突き立てられたのなら、俺は為す術もなく殺されてしまう。

  数時間前にあんまり隠しきれていなかった下心がバレていて、今から報復を受けるのだろうか。うん、それは……自業自得かあ……。

  と半ば諦めの心地――半分寝ぼけている状態――でいると、ロウハはのそりと動き出した。息遣いや気配だけでしか分からないが、ロウハは俺のタオルケットを剥がそうとしているらしい。

  腹の上にかけているだけのタオルケットはいとも簡単に剥がされてしまい、生暖かい何かがシャツ越しの腹に触れる。それは、小さくスゥ……という音を立てて、空気を吸い込んで……ん?

  「……先輩の、匂い……」

  なんとなく感じているロウハの移動距離的に、これ……ロウハの鼻先じゃね? と思った瞬間に聞こえてきたロウハの独り言に、俺の思考はフリーズした。

  ん、え? ドウイウコト?

  身動き一つせず状況をどうにか把握しようと、触感と第六感を頼りに集中する。その間も、シャツ越しの感覚は、すんすん、と俺の寝汗纏う香りを吸い取りながらゆっくりと下っ腹の方へと降りていく。

  なんだろう、実は狼じゃなくて夢を食べるバクでした。みたいな事なんだろうか。いや、でも、匂いって言ってたしな。え、俺の匂いを嗅ぎに来てる? そんな夜這いみたいな……。

  え、夜這い? ロウハが?

  「すぅ……、はぁ……先、輩」

  熱の籠る声で囁かれる。そして、俺の匂いを堪能していた鼻先が、そのまま下に下がっていき、俺の股間へと。ロウハと同じくボクサーパンツだけの下半身にロウハの熱い息がかかり、生暖かい鼻先が触れた瞬間、俺は確信した。

  間違いない。まさか、まさかと実は最初から思ってはいたが、そんな事あらへんやろ~と思っていた可能性が、今現実になっている。

  つまりは。

  ――ロウハが、俺を、夜這いしている。

  ◇◇◇

  俺は速攻で狸寝入りを決め込んだ。

  いや、だって、そうだろう。そりゃあ、そうするさ。夢かもとも思ったが、一度殺されるかもと思ってからは一気に頭も覚醒している。

  起きてる気になっている夢という可能性もあるにはあるが、夢なら夢で狸寝入りという選択に変わりはない。

  「ぁ、勃ってきた……」

  ロウハの熱い息を間近で感じてボクサーパンツの中身がどんどんと膨らんでいく。それをロウハの鼻先がなぞっていく。興奮するなと言われる方が無理がある。

  俺の熱欲は三十秒もしない間に臨戦態勢へと移っていた。パンツに先端が引っかかって圧迫感が強い。

  「……先輩、の……チンポ。先走り出てる……」

  無声音に近い潜めた声だが、周りが静かならはっきりと聞き取れる。俺が完全に寝ていると思っているからか、それとも普段から独り言が多いだけか。少しずつ言葉数が増えてきている。ロウハも興奮しているのだろうか。

  布に引っかかっている先端部分、鈴口の真上。寝たふりの自分でも分かる、濡れているそこをロウハは鼻先を押し当てて、ゆっくりと息を吸い込んでいく。気化熱でひやりとした感触がもどかしいような快感を押し付けてくる。

  「ん……」

  暫く、ロウハは俺の濡れたテントの匂いを嗅いでいたが、同じ姿勢を続けるのがきつくなって身じろぎした瞬間に、ばっと顔を離した。

  そのままじっと俺が起きないかを観察するロウハ。ただ寝返りを打っただけだと思ったらしくロウハはもう一度、俺のパンツに鼻を埋めてきた。

  いや、先程よりも大胆に、テントを張る軸に頬擦りするようにして、俺の種袋周辺に鼻先を宛てがっている。汗をかきやすい股間部分の関節部だ。匂いの強い場所だろう。ロウハはそこで、登山者が酸素ボンベから酸素を吸引するように深く息を吸い込んでいく。

  長いマズル、その毛並みが薄い下着の生地ごしに擦れる。匂いを嗅ぐばかりではなく、もっと強く触ってほしい。

  「蒸れた匂い……先輩の……はあ、こんな、トコ……初めて」

  ぬちりと音がした。見えなくても分かる。唾液で濡れた狼の牙を舌が舐める音。彼の太い首の中でゴクリと唾が押し流される。

  「先輩……起きてない、ですよね……?」

  ここで起きてました、なんて言えば空気が死ぬ事くらい分かる。これは、あれか。起きてても寝たフリしてください的な事だろうか。

  狸寝入りがバレているのかも、と思いながらも返事はしない。何となくロウハの次の行動が分かる気がした。

  多分それは、俺が今して欲しい事、そのものだ。

  パンツのゴムに指が掛けられた。ゆっくりと少しずつずらされていく。ソファベッドに触れている尻の間にパンツが挟まって全部引き下げることは、俺が腰を上げないとできないが、既に屹立しきった俺の雄茎を夜闇に露にするには、前をずらすだけで事足りた。

  今まで窮屈な状態で放置されていた漲りが開放的な外気に触れる。その先端にロウハの鼻が触れた。すん、と鼻をすするような音と共に濡れた感触が鈴口を中心に亀頭に広がる。

  カウパーを鼻先で広げているのだ。俺の匂いを鼻に充満させるように、そのイヌ科の鼻を先走りに濡らして。

  「ん、ぁ……先輩の、ちんぽ……」

  熱い息が真上からかかる。あの牙の並ぶマズルがばくりと開けられ、俺の情欲に食らい付こうとしているのか。尖った歯列を想像し、ゾクリと背筋を奇妙な快感が走った。

  「っ、ん……っ」

  「……! ……、先輩……?」

  つと、と熱ぼったい何かが先端に触れて腰が跳ねる。ロウハの舌だ。待ち望んでいた直接的な刺激に反応を抑えきれない。今度こそバレたか、と起きるべきかを迷うよりも早く、俺の漲りは熱い粘膜に包まれた。

  待ちきれないとばかりに、ロウハが俺を食べていた。

  その肉食獣の牙に引き裂かれやしないかと、先程の悪寒にも似た感覚が足先から体の中心へと伝い上がってくる。恐怖。いや……そうじゃない。俺は確かに興奮している。獰猛な狼に捕食されようとしている雄の象徴を思い浮かべ、確かに被虐的な興奮を昂ぶらせているのだ。

  「ん、っ……んぷ、……ぅ」

  びくん、びくんと脈打つ肉棒が、熱いマズルの中に呑み込まれていく。カプっ、コプ、とロウハがそれを顎を開閉すると、大きな舌がヌプリと熱全体を包み込む。筒の側面を堪能するように丁寧に舐り上げた後、亀頭を包みこんでストローの様に先走りを吸い上げた。

  あの尖った牙の並ぶ口の中へ、俺の軟らかい急所が招き入れられる。

  ロウハの口は、肉を容赦なく食いちぎる為の凶器を触れないようにして、いまこの時は雄を悦ばせる為の性器に変わっていた。

  夜の音。車の音。風の音。冷蔵庫の音。時計の針。耳をすませば様々な音があるはずだが、今俺の耳に届くのは淫らに響く水音だけだ。

  ロウハのマズルの中で俺の滾りが奉仕されている。全体を包み込んでいた熱い肉が離れ、濡れそぼった雄茎に冷えた空気が纏わりつく。

  「カチカチ……、それに、凄い……、えっちな匂い……」

  すん、と匂いを嗅ぐ音。いつも見ている彼の鼻先が、俺の醜い欲望に触れんばかりに寄せられているのか。想像ですら罪悪感を覚えてしまうような状況に、限界以上に雄としての肉欲を膨らませようとしているように張り詰めているのが分かる。

  先端からカウパーの雫が伝えば、それが竿の中程に至るよりも先にロウハの舌が掬い取る。そのままアイスを舐める様に、その熱い舌が下から上にと擦りあげる。その行動にもはや遠慮は無い。

  「はっ……ぁ、……はふ……っ」

  ロウハは今どんな表情で俺の逸物を味わっているのか。時折漏れ聞こえるロウハの声は、艶がかって快感を俺に伝播させてくる。睾丸を舌で掬い上げられ、ゆっくりと先端までを舌が張ったかと思えば、すぼめた口が鈴口から繋がる尿道内の先走りを吸い上げてくる。

  「ん、く……」

  中から、外からと刺激を与えられ、限界はすぐにやってきた。

  やばい、このままだとソファが汚れるかも知れない。直前に思い至るも、もう遅い。玉の奥からせり上がってくる射精感は止められない。できるのはせいぜい一秒、二秒堪えることだけ。

  だが、結果として、俺の精液は辺りに飛び散ることはなかった。

  「……ぁ」

  と何かに気づいたような呟き。

  その直後、俺の陰部はずっぷりと、根本まで熱い柔肉に包まれていた。蠢く舌、熱を帯びた口蓋。紛れもなくそれは性器の淫靡さを持ち合わせていた。雄種を、精液を受け止める為だけの性器に挿入を果たした俺は、後はただ催される快感に従って駆け上る迸りを撃ち放つだけ。

  びゅぐ、っ……! と跳ねた迸りは、一度の脈動だけで収まらず。四度、五度と玉の中身を全て吐き出すようにロウハの喉奥へと射精する。どくどくと溢れ出る熱い汁を逃さないようにじゅぶ、じゅくとロウハは俺を啜り上げる。

  「先輩のザーメン、濃い……ん、く」

  少しずつ萎えていくそれを口から離すこと無く、最後まで啜り終えたロウハはヌチヌチとその口の中で俺の放った粘液を転がすような音を立てた後、ごくり、と重い音を立ててそれを飲み込んだようだ。

  俺は搾り取られた反動で、頭が真っ白になって起き上がろうという気力も湧いてこない。ロウハは、そんな俺の全身の匂いを一通り嗅いだ後。

  「……おやすみなさい、先輩」

  最後は唇に軟らかい感触を残して、そう言った。

  ◇◇◇

  こんなことされて寝れるかい。

  と思ったが、その後気付けば俺はすぐに寝入ってしまったようで。ジリリリ、と鳴り響くスマホのアラームに叩き起こされていた。

  「……おはよう、ロウハ」

  目を開けて、俺は自分の股間に目をやった。パンツは元に戻されている。だが、少しベタつく感覚に昨日の事は実際にあったことだろうと改めて確信した。

  「……お、おはようございます」

  ロウハはなぜかベッドに横になり、壁を向いたまま挨拶を返してきた。

  「あの先輩……」

  とおずおずとデカイ図体を縮めて、振り返る。

  「……ん?」

  「昨日、よく寝れました? その……俺いびきとか、掻いてなかったですかね?」

  「……」

  俺は困惑した。

  え、狸寝入りに気付いてたんじゃない、のか? いや、……どっちだ?

  俺が起きていたのではないかと探りを入れているのか。それとも、完全に無かったことにしようとしているのか。

  「……いや、俺寝るとあんまり物音とかじゃ起きないし、分かんねえかな」

  「そ……! ……そうっすか」

  俺の返事に、ベッドの上に零すようにしてロウハは呟いた。安堵したようにも、落ち込んだようにも聞こえる調子に、やはり気付いていたのかどうかがはっきりしない。

  俺は、今はその問題を保留することに決めた。時計を見ればもう準備を済ませておかないといけない時間になっていた。

  悲しいかな、学生の本分は果たさねばならない。

  「あー、にしてもまだ暑くないのに寝汗かいたな」

  と白々しく言いながら、立ち上がる。そのままシャワールームに向かおうとして、ふと思い立って、じっとこっちを凝視する視線に振り返った。

  「一緒に入るか?」

  「んぇっ!? いえ、恐れ多いっす!」

  「なんだそれ」

  夜這いしておいて、恐れ多いとは。思わず噴き出してしまう。それから今度こそシャワーを浴びようとした俺の背に、声が追いかけてくる。

  「先輩」

  呼びかけたロウハの少し不安そうな声音に、振り返って先を促した。

  「また……泊まりに来てもいいっすか?」

  「……」

  それはどういう意味だろうか。と考えながらも、返事は決まっている。今度があるのなら、ちゃんと起きて想いを伝えてやろうと思いながら。

  「いいよ」

  そう返せば、狼の厳つい顔に柔らかな笑みが浮かびあがっていた。

  ◇◇◇

  ちなみにロウハの匂いが染み付いたベッドは、それから大切に使わせていただいた。

  ◇◇◇

  人物メモ

  郷見 等(俺の人)

  人間の雄。

  大学生。

  ケモナーであり、ロウハに懐かれて最初は下心しか無かったが好きになっている。むっつりすけべ。ロウハより重い愛情。

  山上 ロウハ

  狼獣人の雄。ハーフ。

  大学生。

  オープンキャンパスの時に助けてもらった等が好き。追いかけて入学した訳ではなく、再会も偶然。だが偶然だった事が逆に運命的で気になりだした。

  匂いフェチ、ベッドに満ちる先輩の匂いで興奮して、夜這いしてしまった。無自覚だが露出にも興奮する。

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