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トレジャーハンターニコと歩く金貨袋達

  ◇◇◇

  「赤字にゃ~ッ!」

  ニコは頭を抱えて叫んでいた。

  なんだなんだと、冒険者やトレジャーハンターの視線がニコに向けられるも、その水色の明るい毛並みを見つけると「なんだニコか」とばかりに視線が外されていく。

  身軽な服装に豊満な胸やお尻をしまいこんだ天真爛漫なトレジャーハンターニコが、その大きな尻尾を膨らませながら叫んでいる光景なんてものは、この酒場に入り浸る者なら聞き慣れたものだろう。

  なにせ、ニコというケモ少女は、気付けば罠にかかって蜘蛛の巣マミーになっていたり、黄金像になっていたりとするようなトラブル体質でもあるのだ。むしろ、大声で叫べるのなら「今日は大人しいな」と思われるほどだ。

  「……ぐぐ」

  だが、当事者であるニコにとっては死活問題だ。

  遺跡に潜って馴染みの酒場で鑑定がてらお宝の売却をしようと、ルンルン気分で待っていたニコの前に差し出されたのは金貨袋などではなく、以前立て替えてもらったニコの治療費の借用書だったからだ。

  線が引かれて、完済。と判が押された借用書。

  やったー完済だ!! などと喜べるものではない。遺跡に潜るにも事前準備で色々と懐が痛むのだ。なので手元にお金が残らないのは、ただただ準備費が消えただけで終わる。

  そんな話を、気になって声を掛けてきた顔見知りの傭兵に言えば。

  「だっはっは! そりゃあ、ダンジョンで転べば石化罠踏んでんじゃあ、カツカツにもならあな!」

  「うにゃーっ、笑うんじゃないにゃ! くう……どこかに割りの良いお宝転がってないのかにゃ……ッ」

  速攻で酒のツマミにされた。

  とニコは、悔しがりながら酒場の壁に張られている依頼書や手配書を眺める。町のお使いのようなものから街道を荒らす荒くれ者の討伐依頼なんてものが張り出されている。手配書に至ってはどちらかといえば、危険人物の周知が主で、出食わしたなら衛兵に通報できるようにする為の張り出しみたいなものだ。

  とはいえ、簡単なものは子どもの小遣い稼ぎにしかならず、指名手配書の相手になんて簡単に出会えるはずもない。

  「ん、なんだよニコ、面白そうなバイトしてたって噂で聞いたぜ?」

  「噂の出処は知らにゃいけど……この手配書、お前に似てないかにゃー?」

  「髪型だけじゃねえか、おいおい構えるなって。いや、悪かったよ!」

  すう、と冷たい眼光を讃えた笑みを浮かべて、蹴撃の構えを取ったニコに、傭兵のスキンヘッド男は慌てて両手を上げる。

  確かに、収入の良いバイトは知っている。だが、あのバイトに再び手を出そうとは考えていない。ただただ、恥ずかしかったというのもあるが、なんというか、今度はそれだけじゃなくて別の仕事――というか経験を捺せられてしまいそうな予感がある。

  こういうときの直感は、大抵外れがないと人生で学んでいるニコは、バイト先店主のデレデレとした笑みが浮かぶ吹き出しを手の平でバサバサと散らしていた。

  「……遺跡入口の薬草採取、とかにゃら、まだ、日銭稼ぎになりそう、かにゃ……」

  予想外の出費に項垂れながら、ニコはその依頼書の指定されている薬草を取りに、酒場の外へと向かっていったのだった。

  ◇◇◇

  そして、ニコは街を出て、山原を歩いていた。

  時間は既に夕暮れだが、依頼先の遺跡はヒカリゴケで明るいからむしろ、夜になってからの方が探索しやすいのだ。元気に満ち溢れているニコはそのまま夜通し探索して、薬草納品後ゆっくり布団でねむねむしよう。などと画策していた。

  その時。

  「へっへっへ……こんな時間に可愛い娘が一人歩きかい? 危ないじゃねえかぁ」

  「うにゃ?」

  遺跡に向かうニコの周りを囲むように十人の男が現れていた。岩陰に隠れていたらしく、使い古した革鎧は薄汚れている。

  無精髭を生やした姿は、正直格好良さからはかけ離れていて、むしろ不衛生さを増進させていた。

  「……うん? なんにゃ?」

  「おいおい、『なんにゃ?』だってよ」

  と首を傾げるニコに、男達は『自分の置かれている状況を何も分かっていない無防備な娘』に下卑な笑いを上げていた。

  「ぐへへ……、随分と上物な上に、箱入りか?」

  「男が親切にこうやって忠告してやってんだ。護衛の申し出に決まってんだろ」

  「まあ、護衛の対価としてちょっくら、俺たち全員とイイ思いしてもらうんだけどなぁ! ヘヘへ……ッ!」

  そう言って男達は、それぞれに粘っこい視線をニコへと向ける。

  斜めに被ったハットから飛び出た大きなふわふわの耳。さきっぽが白くなっている青い虎柄なもふもふ尻尾。表情豊かな目は前髪で隠れ気味になっていて、チラチラと黄金色と深緑の対象的な瞳が交互に見えている。柔らかな頬を中心にある口は、少し開けば可愛らしい牙がちらりと見えて可愛らしくも煽情的だった。

  幼さを感じる顔立ちに反して、その体は豊満そのものだ。山の木に実る果実のように健やかに膨らんだ乳房はいっそ芸術的な程美しい曲線を描き、谷間を大きく開いた服に支えられてたゆんと揺れる。反面、腰はすらりとして細く、それでいて毛皮の下に薄っすらと筋肉を感じさせるような野生みのあるシルエット。

  体の両側で揺れている細い腕の先の大振りな手の平には、まるで花弁のような可愛らしい肉球がぷっくりと膨らんでいる。

  そして、大きなお尻と太ももをがっしりと包んだズボンがむしろ彼女の腰からのふっくらとした輪郭を強調させている。

  その先に爪付きブーツに包まれた、元気な足が地面を踏みしめていた。

  そんな彼女を好きな風にしてしまえるのなら。

  「……へへ、じゃあ、まずは大人しくしてくれるかなァ?」

  そんな妄想おに彩られた全身を舐めるような視線。ニコは少し前のバイトの嫌な記憶が呼び覚まされる感覚に、なんだかちょっとムッとした。

  ニコの変化に気付かず、男達はゆっくりとニコの囲いを狭めていく。そんな中、一人の男がニコの胸を鷲掴みにしようと腕を伸ばした、次の瞬間、ニコの姿がかき消えていた。

  いや、かき消えていたのではない。男の視界が一瞬にして、夕暮れ空になっていたのだ。

  「こッ、ほ……っ!?」

  ニコの放った飛び回し蹴りが、男の顎を華麗に蹴り上げていた。恐らく、無理矢理に空を見上げさせられた男は、なぜそうなったのか理解できないまま意識を飛ばしただろう。

  泡を吹いて倒れた男に、その仲間達が色気立った。

  「コイツ……、大人しくしてりゃ良いものを!」

  「んにゃ、なんか。見たことあるから知りあいかと思ったんにゃけど……」

  叫んで各々に武器を構え出す。

  そんな彼らに怯え一つ見せず、ニコは倒れた男の顔と周囲の男達の顔をじっと見つめ、そして、彼らが最近見た顔だと気付いた。

  だが、別に知り合いなどではない。

  言わば、ニコが一方的に顔を知っているだけの関係。つまりは。

  「あ、指名手配の強盗だにゃ!」

  「……ちっ、殺せ!」

  ニコがその心当たりを口にした瞬間、リーダー風の男が声を張り上げた。

  一気に四人がかりでニコを囲い込む暴漢。前後左右、どこにも逃げ場がない中、振り下ろされる剣。

  「……いないっ!?」

  だが、その振り下ろした先に、ニコの姿はなかった。驚愕する男の背後で、身軽に着地する足音。振り返ればそこにはかすり傷一つ付いていないニコがいた。

  いつの間にかその手には、ダガーが二本抜かれている。

  ニコは、直前、男の膝と肩を足場にして包囲から抜け出していたのだ。そしてそれだけじゃない。

  「……ぐ、ぅ」

  剣を構えた男が、ニコを警戒する。その後ろで仲間が倒れる気配に振り向けば、二人が気を失って倒れていた。包囲から抜ける際、膝を借りた男と、肩を借りた男。それぞれの首をダガーの柄で打ち抜いて意識を奪ってのけていた。

  「むふー、もしかしなくても、ツイてるにゃ?」

  三人を伸したからと言って、まだ七人の暴漢が残っている。と言うのにもかかわらず、ニコはむしろ今の状況に笑みを浮かべてさえいた。

  ニコは『自分の置かれている状況を何も分かっていない無防備な娘』などではなかった。

  むしろ、彼らが指名手配を受けている悪人だからこそ、ニコの中で男達は大切な存在へと格上げされている。正直カッコ悪いところばかり見せるニコではあるが、仲の良い傭兵や冒険者達の間では、その実力は周知の事実。傭兵ですら、まともに喧嘩する事が脅しになる程に、ニコは持っているおもしろエピソードに反して、荒事に強い。

  つまり、そんなニコの中では、いまや目の前の彼らは金貨袋と同等である。

  「ち、ッ、油断しやがって!」

  男は、ニコに先手は取らせまいと、剣を構えたまま一気に突っ込んできた。ニコを捕らえて好きにしようなどという考えはもう無いのだろう。

  完全に命を奪いに来る攻撃。横振りでの胴体――脇腹を狙った斬撃。

  だが、それは完全に空を切った。

  「うにゃ……、ダンジョンのトラップに比べれば遅い、遅いのにゃ!」

  ニコは、足の反発を利用して背後へと飛び退っていたのだ。

  猫のような後方宙返りで剣の刃から逃れながら、靭やかに弓なりに体を反らせて体をひねる。その勢いで腕を振れば、その手先からダガーが矢のように鋭く放たれていた。

  狙いを過たず、その刃は男の足に突き刺さる。

  「ぐお……ッ、こいつ……!!」

  足に突き立ったダガーによろめく暴漢。まさかそのタイミングでダガーの投擲を行うとは予想外だったのだろう、回避も間に合わず、苛立ち紛れにダガーを引き抜こうと腕を伸ばした、その時。

  まるで跳ねるように肉薄したニコの見事な旋状蹴りが、その男の顎を蹴り捉える。

  パカンッ! と耳心地のよい音が跳ねたかと思えば、そこで男の意識は途絶えて地面に転がっていく。

  「……ひッ」

  「そい、にゃあ!」

  一切想定していなかっただろうニコの猛攻。瞬く間に四人で囲い込んでいた内の三人を倒された残り一人は、そんな彼女に恐れをなしたのか、上ずった声を上げる。

  だが、ニコを襲ったのは彼らの方だ。そんな暴漢に情け容赦を掛ける程、ニコは甘くない。男の足から回収したダガーを、回収直後再度投擲。暴漢の腹に突き立ったダガーは、しかし革鎧に阻まれて薄く肉を裂くだけに留まる。

  「ッ、たすか――」

  助かった。そう男が思った次の瞬間、まるでミサイルのように突っ込んできたニコの蹴り足が、半端に止まっていたその柄を正確に捉え抜く。

  ド、ッ……! という衝撃と共に、ダガーが深々と男の腹に突き刺さる!

  だが、それだけで終わらない。手に握ったままだったダガーの刃がひらめいて暴漢を無造作に斬りつけた。

  「がッ……ぁ!」

  「半分にゃ。みんな突き出したら、結構な収入じゃにゃいかにゃ?」

  激痛に一瞬で意識を失った暴漢が、他の四人と同じように地面に転がっていく。容赦のない攻撃は、しかし、彼らの命を忽ちに奪うものではない。

  よく治療院に担ぎ込まれるニコは、この街の治療技術をよく知っている。それはそれはよくよく知っている。

  だから、大体どれだけ痛めつけても、この街の近くにいるなら無事に治療できる。だから。

  「むふふ、誓って殺しはしないにゃ」

  ダガーを構えたニコは、容赦なく残りの暴漢もギッタギタにするつもりで狙いを定めていた。

  「お、おい……やべえって……!」

  「ここまで虚仮にされて逃げられるかよ……ッ」

  残り五人。

  勝負は、それから数分も経たずあっという間に決していた。

  「うにゃッ!」

  足払いからの転んだ顔面へ、跳躍からのフットスタンプ。

  その背後を狙った暴漢の腕を尻尾で絡め取ってからの、海老蹴り。

  「にゃふ、にゃあ!」

  連携が乱れた男達が硬直した一瞬を狙って頭を蹴ったことで実現してしまった暴漢同士の熱いキス、それを見送った後に顎を蹴リ飛ばし二人を昏倒。

  「これで、終わり、にゃあッ!!」

  最後の一人は、捨て鉢になってニコに襲いかかってきた所を、カウンターのムーンサルトで華々しく撃沈した。

  そうして、全員をぶっ倒して一息ついたニコは、ダガーを拭ってしまいこんでから一言。

  「……薬草取りに行く時間なくなったにゃ」

  そう呟いたのだった。

  ◇◇◇

  「ありがとうございます、ニコさん、とても助かりました。まさか、手配書の強盗団がこんな街の近くで潜伏しているだなんて」

  暴漢達をふんじばった後、自警団への合図を打ち上げたニコは、すぐに駆けつけた自警団の青年から感謝を受けていた。

  その後ろで、治療院の医術者が拘束された暴漢達を治療している。

  どうやら、この暴漢は別の街で問題になっていた強盗団だったらしく、旅商人や通行人を狙う輩だったという話を聞きながら、じっとニコは青年の目に訴えかけるように視線を向けていた。

  「……なんでしょう? そう可愛いニコさんに見つめられると、恥ずかしいですね……」

  「えへへ、可愛いだにゃんて、そんにゃそんにゃ……じゃないにゃ! 指名手配されてる奴らを捕まえたんにゃ!」

  「え、ああ、報奨金ですね!」

  と青年は、ニコに見つめられながらテレテレと頬を掻いていたが、突っ込むニコにビシッと背筋を伸ばした。

  そして、照れ隠しのように頭をがしがしと掻いた青年は、酒場の依頼書を通じて渡せるように手配するので後日受け取って欲しい。という話をした。

  「ん、すぐじゃないのにゃ……」

  「まあ、少なくない額ですからね。酒場に言えば、先に幾らか出してくれる事もあるらしいですよ」

  「にゃあ……」

  という青年に、ニコはググっと背伸びをしながら気の抜けた返事をする。

  ひとまず、数日待てば次のトレジャーハントに憂いなく向かえる備えが出来たと考えて、どの遺跡に向かおうかと胸を踊らせていたのだった。

  ◇◇◇

  「……暴漢の治療費が請求される、みたいにゃ事……あるはずないですにゃー?」

  「流石に無いですねえ」

  そんな締まらない会話があったことは、こっそりとここに記しておこうと思う。

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