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トレジャーハンターニコと輝く初日の出

  朝までは遠く、まだ凍えるような夜が雲ひとつ無い空を覆い尽くしている頃。

  「よ、いしょ……と、むむ、まだまだ道は遠いにゃぁ」

  暗い山道を一人のトレジャーハンターが一人進んでいた。険しい崖を登り、長い坂を越え、ここいらで一番高い山の頂上を目指す彼女は、目が覚めるような水色の毛を元気に跳ねさせながら、悠々とその足を進めていく。

  空こそ晴れているが山は真っ白に雪が積もっていて、凍える風がびゅうびゅうと吹き荒んでは雪を舞い上げている。

  時は年始。

  人々が温かな暖炉の傍で年明けを祝っている最中、ニコはその豊かな胸を期待に弾ませながらずんずんと険しい雪道を踏破していく。目指すは頂上——誰よりも初日の出を目に出来るだろう、格好のスポット。

  風に煽られた雪粒がびしびしとニコの体を叩いては溶けていく。

  少し濡れて束になるフワフワの毛も今のニコには気にならなかった。

  「にゃふふ~、それでも、今年のニコちゃんは一味違うのだぁー!」

  新年明けたばかりの真冬の登山。熟練の傭兵であっても——いや、むしろ熟練であるがゆえに避けるだろう無謀な挑戦に、溌剌とした様子で挑むニコ。だが、そこに全く理由が無いわけではない。

  そこには彼女にとって見過ごせない、大事な理由があるのだ。

  新たな年を迎えるこの日に、トレジャーハンターの間で囁かれる噂話がある。

  ◇◇◇

  それをニコが初めて聞いたのは、数日前。大きな尻尾をふりふりとさせながら新しいダンジョンの報告が無いかと酒場の掲示板を見つめていた時。

  ニコの耳にふと聞き馴染みのある声が飛び込んできた。情報通で名の知れた傭兵の一人。ニコもダンジョンの情報を仕入れたこともある顔なじみの声だった。

  どうやら友人と酒を飲み交わしているらしい。

  「新年といったらあれだよな、初日の出の眉唾」

  「ああ、あれな! いや、せっかくダンジョンも魔力が凪いで魔物が大人しくなるってのに、わざわざ魔物のテリトリーに行って良いことなんてねえだろ」

  「だよなあ」

  と年末の休日をいつもの酒場で過ごすという、少し視点を変えれば物悲しさが漂いそうなトレジャーハンターや傭兵達が酒のつまみにとそんな話を繰り広げていた。

  彼らが話すのは、ダンジョンアタックの験担ぎの話。つまりニコにとっては耳をそばだてるのに十分な話題だった。

  曰く……『その街で真っ先に日の出を浴びれば、その年は多くの富を得られる』と。そういうことだった。

  ◇◇◇

  そんな聞きかじった噂話を真に受けたニコは、年明け早々にこうして険しい山道に挑んでいるのだった。

  誰しもが「よしとけ、よしとけ」と冗談交じりに静止するような与太話ではあるのだが、幸か不幸か、このニコという元気溌剌ケモノ娘はそんな事を言われれば「お宝の為なら、えんやこらにゃーっ!」とむしろ決意を固くしてしまうタイプであった。

  無謀なチャレンジの果てにどれだけの財宝が彼女の懐に転がり込むのかは……さておき。

  そんなニコが山登りを始めてからしばし。魔物を退け、雲海のような雪原を抜け、切り立った断崖絶壁をロッククライミングして、彼女はようやく山頂付近にまでやってきていた。

  「着いたにゃー!」

  そうして、持ち前の身体能力と探索用の装備を駆使して夜明け前に頂上へと辿り着いた彼女は、切り立った岩山の頂上で背伸びをする。

  ただの山頂ではない——通常登山しきったと言えるよりも更に険しい岩山の先端。ニコが5人位寝そべるともう足の踏み場もなくなってしまいそうな狭さの正しく頂上である。

  「ちょっと冷えるけど、この程度でトレジャーハンターニコの情熱は止まらないのにゃー!!」

  健康的なお腹を膨らませて声を張り上げるニコ。張り上げた声は夜の闇に吸い込まれていく。ここまで高い山頂ではやまびこも中々聞こえない。雪が積もっていて集音性も高いとなれば、一抹の寂しさすら覚えるというものだ。

  だが、全力で前向きなニコはそんな感傷をすぐさま期待に塗り替えていく。

  ここなら、問題なく誰より早く日の出を迎えられる。

  そんな確信とともに、薄っすらと白み始めた地平線をワクワクとした心地でいまかいまかと見つめるニコ。そんな彼女に、ふわりと一筋の風が吹いた。軽く耳の先を揺らしたその風に、ひやりとした感触を覚えたニコがなんとなしに耳の先を触れてみれば。

  「……ん、凍ってるにゃ……わぶ……っ!?」

  パリパリと耳に張り付いた氷を払いながら、不思議そうにしていると更に強い風が今度はニコの体全体を包み込んでいた。濃い魔力の気配、被毛の表面に氷が膜を張っていく感覚に、ニコは嫌な予感と同時に全身をひやりとした感覚に震わせていた。

  まさか、と考えるよりも早く濃い魔力が体を包み込んでいくのを感じて、確信がニコの胸の内で電撃を放つ。

  「魔力風!? にゃにゃ、にゃんでこんな時に……っ」

  それは魔力を多く含んだ風が襲い来る自然現象だ。

  威力は千差万別、単に穏やかな風が吹くこともあれば、膨大な魔力を纏って様々な災害めいた影響を齎すことだってある。ニコが肌で感じたその脅威度は激高だった。

  そう、肌で感じた。である。

  つまりもう既にその脅威は到達している、ということ。

  「にゃ……っ、これはまずい気がするにゃ……!?」

  なんて叫ぶ間もなく。

  ピシピシと、溶けた雪で濡れていた被毛が瞬く間に凍りついていく。パリっと膜を貼る氷を剥がしながら、ニコはどうにか魔力風から隠れる岩陰でも無いかと探すが、切り立った山のてっぺんにそんなスペースなどあるはずもない。

  崖に張り付いたとしても、風に包み込まれる事には変わらない。それで防げるかどうかは正直分の悪い賭けだった。

  「んにゃにゃ……っ、もう飛び降りるしか……って死ぬにゃ!! パパ、パニックには深呼吸にゃ、すーはー……って、うにゃ?」

  あまりの対抗策の無さに自暴自棄な選択を取ってしまいそうになりながらも、どうにか正気を保ちゆっくりと深呼吸で自分を落ち着かせるニコ。

  数度の深呼吸で落ち着きを取り戻したニコが崖面に隠れる隙間でも無いかと動き出そうとした、その時。

  ガクンと足を何かに掴まれていることに気付いた。がっしりと足首全体を掴まれていて足が上がらない。

  だが、周囲に人も動物も、当然魔物の類もいなかったはず。一体何が……と、自分の足を見下ろしてみると。

  「足、氷漬けにゃー!?」

  なんと、ニコの足は彼女が深呼吸している間に、カッチコチの氷に包まれてしまっていたのだ。

  深呼吸する間足を止めていたのだから、さもありなんである。

  どどど、どうするにゃ! と考えている間にも、足首を覆っていただけの氷の塊は、どんどんふくらはぎから太腿へとせりあがってくる。

  もう足はビクともせず、服の中だろうと関係なく氷が育っていた。

  「ど、どうするにゃ……っ、どうなるにゃー!?」

  まだ凍っていない上半身も、巻き上げられた雪が束になっている毛に引っかかって少しづつ白くなっていく。ニコはパニックに陥りながらも、必死に頭を働かせていた。

  「ひゃう、冷静に、冷静に考えるにゃ……冷静に考えるのにゃ……! 冷静に考えて……ん、考えると……足動かにゃいのは詰みじゃないかにゃ……?」

  冷静に考えた頭の冴えるニコは冷酷な現実に気がついてしまった。

  崖に隠れるにも、飛び降りようにも、足が動かなければどうしようもないのだ。逃げ場もなければ逃げる方法も奪われたニコの足がどんどんと氷漬けになっていく。

  獣人らしくむっちりと太くなっている太腿も、そこからキュッと引き締まる腰のラインまでが、まるで大きな獣に飲み込まれていくようにして澄んだ氷に閉じ込められていくのだ。

  「わ、わ……っ、ちょっと待つにゃ……っ! まだ凍るのは早いのにゃ!? にゃうーっ!?」

  凍りつくタイミングに早いも遅いもないのだが、テンパりながら一先ず落ち着く事も出来ないニコはひたすらに口をまわしていた。

  氷がせりあがる度にニコの体が跳ね上がる。いや、正確には跳ね上がろうとしていた。冷えた感覚がピシリピシリと被毛を這う度、びくんと肌が跳ねるのをとめられはしない。

  とはいえ動けない以上はどうしようも無かったのだが、それ以上に今ここで凍りついてしまうのはマズイという理解の方が、諦めを放棄させている。

  なにかの偶然で氷から足が離れたりしないだろうか。

  「にゃ……っ、うぅ」

  先に垂れ下がっていた尻尾の先端が氷に閉じ込められて、思わず振り上げた尻尾が凍結した先端とお尻の間で大縄跳びの縄のようにぴょんぴょんと跳ねるが、それを見るものは誰もいなかった。

  当たり前だ。こんな新年に熟練のトレジャーハンターでしか来れない様な山に上る者がどれ程いるというのか。——いや、これが岩山の更にその天辺じゃなければ実は一定数いたりするのだが、そこからでは視線は通っておらず、雪のせいで声も届きようがない。

  「にゃ、にゃ……」

  完全に詰みであった。

  「にゃんでこうなるにゃ~っ!!」

  ニコは思わず頭を両手で抱えて仰け反ったその瞬間、一際強い魔力風が吹いて、真っ白なカーテンが彼女の体を包み込んだ。かと思えば次の瞬間、照らされたまばゆい光によって、魔力風が一斉に霧散していった。

  かき消された魔力風の中、山頂にポツンと残されたのは、全身を氷に包まれたニコの氷像……もとい、氷の中にカッチカチに閉じ込められたニコそのもの。

  『ううう、体の底までカチコチにゃあ~っ! あ、でも……すっごくキレイにゃ……』

  煌々と地平線の向こうから光を照らす太陽——神々しいまでの初日の出。待ち望んでいたニコのトレジャーハントを祝福する眩い限りの輝き。

  正しく黄金の輝きが、ニコには更に煌めいて見えていた。

  澄んだ氷に閉じ込められているおかげで、太陽光が氷の中で乱反射し、まるで澄み切った黄金で出来たダイヤモンドの様な輝きを生み出していたのだ。

  もしかすると、これこそが何よりも尊いお宝なんじゃないか。これを今世界でニコが独り占めしている、そんな感動にニコは。

  『なんて言ってる場合じゃないにゃーっ!!!』

  胸を打ち震えさせる事もなく、声にならぬ絶叫を放っていた。

  悲しい事に、あの巨大な黄金はどんどん空へ高く上がって離れていくし、魔力風で凍った体は日光ではほんの僅かずつしか融けていってくれない。

  結局、ニコはそのまま一週間程凍りついたままで、この街の一番高いこの山の頂上に飾られ続けていたのだった。

  頭を抱えて叫ぶニコの姿が、街の人々に見られる事がなかったのは、彼女にとって不幸中の幸いだったのか。

  それとも、助けが来なかった事は不幸なのか。

  彼女と、そして、毎朝誰よりも早く挨拶をすることになっていた太陽のみぞ知ることなのであった。

  ◇◇◇

  尚、初日の出を真っ先に浴びると多くの富を得られる。という噂話は、他のトレジャーハンターが休んでいる新年にダンジョンに潜る事で競争相手がおらず、手柄が得やすいというカラクリでまことしやかに広まったものである。

  つまり、他のトレジャーハンターが休んでいる間中凍っていたニコは——残念ながら、その恩恵を受ける事は出来なかった事をここに追記しておこう。

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