ラプラスの檻

  感情や命は現象だ。

  現象というのは過去の現象の結果によって決定される。

  そこに量子的揺らぎは生じても、そこの自由意志の介入の余地などない。

  ある科学者の言葉である。

  ここは、メイジヴォアとカーニヴォア、二種類の獣人が暮らす世界。

  メイジヴォアは植物の放つマナからエネルギーを獲得でき、食べ物を摂取する必要はない。

  しかし、DNAのシトシン、そのメチル化が進むと、マナからエネルギーを獲得できなくなり、他の獣人を食べるしかなくなってしまう。

  そうなってしまった存在がカーニヴォアだ。

  俺、ガルー・ノーウィングは今日、襲い掛かって来たカーニヴォアとの戦いの最中、カーニヴォアになった。

  「俺はこれからどうすれば良いんだ」

  途方に暮れる狼獣人の俺。

  この世界で、獣人である以上はいずれ通る道である。

  俺は返り討ちにしたカーニヴォアの肉を喰らいながら、元の暮らしには戻れないことに恐怖する。

  そんな時だった。

  あの狩人と出会ったのは。

  「あっ……もしかして、キミ。

  「カーニヴォアになり立てだったりする?」

  目の前に現れたのは獅子獣人。

  どうやらカーニヴォアを討伐する狩人をしているらしく、おそらくカーニヴォアの状況を聞きつけてここに駆け付けたのだろう。

  不味いことになった。

  「待って殺すつもりはないんだ」

  逃げようとする俺!しかし、その以外な言葉に俺は足を止める。

  「殺すつもりはないだと?

  「俺はカーニヴォアになっちまったんだぞ?

  「俺はこれからどうやって生きて行けば良いんだよ」

  「待って落ち着いて!

  「ぼくはライハ・スターウォッチャー!

  「今、ちょっとした実験をしているところなんだ!

  「カーニヴォアを狩人として迎え入れて、カーニヴォアでありながらカーニヴォアを討伐する狩人を育成しようとしているところなんだ」

  「そ、それはどういうことだ?

  「カーニヴォアでありながら、普通の暮らしができるって訳。

  「どう?悪い話じゃないと思うけど」

  「わかった……狩人になれば良いんだろう?」

  「即答だね」

  「俺は一人孤独に生きていける程強くはないんでね。

  「俺という現象にとって、選択肢は一つしかない」

  「決定論かー」

  「悪いか?」

  「いや。ぼくがぼくであるのもこの時代にあの家庭で生まれ、出会いと別れを繰り返してそうなっているのだから、ぼくの感情は過去の現象の結果と言えるのは間違いないね。

  「だけどキミは自分という現象をもっと信じて良いんじゃないかな?」

  「自分を信じる?

  「こんなちっぽけで、平凡な毎日を送って来た俺が?」

  「普通の狩人でもないメイジヴォアが意図も容易く、カーニヴォアを倒せるのは凄いと思うけどなぁ?

  「といっても今はカーニヴォアだけどさ。

  「さて、手続きがあるから付いて来て」

  その日、俺は狩人になった。

  手続きを終え、暫くのこと。

  俺は、カーニヴォアの討伐にもすっかり慣れ、食にも困らない生活を送っていた。

  そんなある日のことである。

  獅子獣人が大怪我を負ったとの知らせを受けたのは、俺は慌てて獅子獣人の病室へ向かった。

  「来てくれたんだ?

  「キミの過去の一体何が、そうさせたんだい?

  「決定論主義者君」

  「思ったより、元気そうでなによりだ。

  「お前のおかげで一歩踏み出せそうな気がした。

  「今の暮らしもお前のおかげで手に入れることができた。

  「本当に感謝してる」

  「そっか……ぼくは、メイジヴォアを狩る前のカーニヴォアがいたら、連れて来いっていう依頼を遂行しただけなんだけどね」

  「お前の意図は関係ない。

  「少なくとも、それで孤独な日々を送らなくて済む」

  「前にも孤独を怖がっていたね。

  「どうしてそんなに孤独を恐れるんだい?」

  「俺は、幼い頃に両親を亡くしたんだ。

  「そんな俺を拾ってくれたのは一匹のカーニヴォアだった。

  「でも、カーニヴォアはこっそり狩りをして暮らさなければならない。

  「それはとても孤独そうで、辛い日々に見えた。

  「そんな矢先、彼は狩人に狩られたよ。

  「だから、俺はそんな孤独な思いをしたくないと思ったんだ」

  「そうなんだ。

  「でも、その人は本当に孤独だったのかな?

  「キミと出会えて、キミと一緒に居る間は孤独を紛らわせることができたんじゃないかな?」

  「そうだと良いと思っているよ。

  「けど、孤独というのは一時は紛らわせても、振り切れるものではない。

  「一度メイジヴォアを狩って指名手配される羽目になれば、ほとんど孤独な日々を送らなければならない。

  「それはとても過酷で辛い日々だと俺は思う」

  「中にはカーニヴォアを満喫している人もいるけどね!

  「他の獣人を狩れるなんて最高!みたいな」

  「少なくとも、俺の中には、彼の見ていた孤独が現象として残っているんだと思う。

  「それが、俺が孤独を恐れる理由かな」

  「そうだよね!感情という現象は獣人から獣人へ伝染していくものだよね。

  「だけど、折角自分という現象を刻むなら、誰かに希望を与えたいよね」

  「希望か……。

  「少なくと俺は、お前のおかげで孤独を紛らわすことができている。

  「自分と同じカーニヴォアを、育ての親と同じカーニヴォアを討伐するのは、辛いが、それで生活はできているし、収入も手に入っている。

  「もし、お前があの時現れていなかったら、絶望していただろう。

  「お前は確かに希望を与えてくれたよ」

  「それは希望じゃなくて、ただ単に絶望から免れただけだと思う。

  「本当の希望っていうのは、もっと心からもっと生きていたいと思える何かだよ」

  それから暫くしてのことだった。

  あの獅子獣人が亡くなったのは。

  「なんで!?あんなに元気そうだったじゃないか?」

  医者が言うには、バイオマシンによる毒を受けてしまったらしい。

  その解毒が確立されておらず、徐々に体を蝕んでいったのだという。

  「これがライハからの手紙だ」

  医者から受け取ったその手紙には、こう書かれていた。

  「孤独を愛せ」と。

  「キミは孤独が辛いモノだといったけど、孤独な時こそ過去の出来事に思いを馳せて、過去とのつながりを実感出来るんじゃないかな?

  「一人でいるときに、何を考えるか、それって過去に見て来たものから能動的に考えるから、きっと過去とのつながりを実感できるはずだよ。

  「キミは、孤独を恐れている。

  「けれど、ずっと傍に現象として残っているものはあるはずだ。

  「寂しいと思えるのは、自分が孤独じゃない証だよ。

  「失われた過去に思いを馳せても辛いだけ。

  「今はそう思うかもしれない。

  「けれど、楽しかった過去も辛かった過去もキミのそばにある。

  「ぼくという現象やキミの育ての親も現象として傍にある。

  「後はキミがそれをどう解釈するかだよ。

  「過去の現象を呪縛にしないで」

  この手紙を読んだ時、すぐにその意味を理解できなかった俺。

  けれど、年月が経過して、お前がいた時間に思いを馳せていくうちに、ようやく言いたいことが分かった気がする。

  カーニヴォアに育てられたから、カーニヴォアに共感できる。

  自分もカーニヴォアだから、カーニヴォアを狩ることが哀しいと思える。

  それは、辛いことでもあるが、決して失いたくない感情だ。

  俺は定義する。

  この感情を失いたくない。

  それが俺の生きたいという希望なのだと。