柴後輩とクロ兄ちゃん【デート】

  カーテンの隙間から落ちる薄明かりを見ていた。

  灯りのない部屋の空気は寝る前よりずっと軽くなっている。

  ───朝だ。

  日曜日の朝は好きだ。空気がのびのびとしている。まるで地球が休みの日を分かっているみたいだ。

  心地よくて、鼻で深呼吸をすると、心が背伸びしているみたいに胸の辺りがゆるく痺れた。

  なんとなく起きる気になれなくて意識を遊ばせていると、スマホのバイブ音がして耳が動いた。

  耳に馴染んだメッセージの通知音だ。送り主の顔も一人しか浮かばなかった。

  俺はもう一度鼻で深呼吸をしたあと、枕元のスマホに手を伸ばした。

  “おはよう!”

  “今日10:00頃に迎えに行くね!”

  思ったとおり、[[rb:玄來 > げんき]]からのメッセージだった。

  今日は[[rb:玄來 > げんき]]とデートの約束をしている日だ。昼前に出掛けてブランチを食べて、それから色々することになっている。

  俺は仰向けになって胸にスマホを伏せ、盛大にため息をついた。

  そして、ため息と同時に再びスマホが鳴った。

  “朝ごはん食べたくなったら言ってね!”

  そのメッセージのあとには、デフォルメされたエプロン姿の柴犬がフライパンを掲げているスタンプが添えられていた。

  俺は“おはよう 大丈夫 ありがとう”とだけ返し、再び胸にスマホを伏せてため息をついた。

  そして、今更なことをぼんやり呟いた。

  「おはようメッセージとか送るタイプかぁ・・・」

  恋人のお試し期間がスタートしてから、[[rb:玄來 > げんき]]は毎日“おはよう”と“おやすみ”のメッセージを送ってきた。

  元カノの[[rb:瀬名 > せな]]さんにも毎日やってたんだろうか。

  俺は嬉しいしマメな男はモテると言うが、世の女性たちはどうなんだろう。正直好ましくないと思う人もいるはずだ。

  [[rb:玄來 > げんき]]はノンケだし、今後は女性と恋愛するわけだから、兄ちゃんとして一言言っておいたほうがいいだろうか。

  いや、そこも含めて[[rb:玄來 > げんき]]の良いところか。出来れば俺もその辺を分かってくれる[[rb:女性 > ひと]]と付き合って欲しいし、野暮なことは言わないでおこう。

  俺は胸に伏せたスマホを起こして[[rb:玄來 > げんき]]とのやり取りを見つめた。

  [[rb:玄來 > げんき]]と付き合う気は無いが、こんなメッセージを送られると、お試しでも今は付き合っているんだなと実感してしまう。[[rb:玄來 > げんき]]からのメッセージを期待してしまっている自分も居る。

  こんな調子では1ヶ月後に振ったあとでレス状態になってしまいそうだ。俺も真面目に恋人探しとかしてみるべきだろうか。

  でも、同性の恋人なんてどうやって探せば───。

  そんなことを考えていると、見ていた画面に美味しそうな朝食の画像が送られてきた。具にツナとチーズと黒胡椒が見えるホットサンドに、[[rb:艶 > つや]]めくふわとろのスクランブルエッグ、バジルを振った飴色のオニオンスープも添えられている。

  もしかして、作ってる最中におはようメッセージを送っていたのだろうか。俺は急に空腹を感じた。

  “いらない?”

  続けて送られてきたそのメッセージと、一瞬で付いた“既読”に気付いた俺は慌ててメッセージを返した。

  ブランチの予定はランチに変更になりそうだ。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  結局、朝はいつも通り[[rb:玄來 > げんき]]と食材の買い出しに行き、少しゆっくりした後でランチの店に出掛けた。

  [[rb:玄來 > げんき]]が案内してくれた店は小さいながらもかなり人気のフレンチのお店で、開店前から人が並んでいた。早めに行こうと言ってくれなかったらかなり待つことになっていただろう。

  「フリカッセも美味しいね。すごく丁寧に作ってある」

  [[rb:玄來 > げんき]]が言ってるフリカッセは本日のランチのメインで、鶏肉のクリーム煮みたいな料理だった。皮目は香ばしく焼き上げられ、肉はとても柔らかく煮込まれている。セットになっていたかぼちゃのポタージュも、かぼちゃの甘味がしっかり出ていてなめらかで美味しかった。

  「こんなに本格的なのにすごくリーズナブルだよな」

  俺はフリカッセを食べながら[[rb:玄來 > げんき]]に言った。

  本当はブランチの予定だったのに、急な変更でよくこんな店を見つけたものだ。

  「シェフがフランスの老舗で10年以上修行した人らしくて、気軽に本物のフレンチを食べて欲しくて作ったお店なんだって」

  「え、お前この店のこと前から知ってたのか?」

  「うん。来るのは今日が初めてだよ」

  どおりで提案が早かったわけだ。早めに行こうと言い出したのも、人気店ということを知っていたのだろう。おまけにシェフの情報まで下調べしているとは。

  「もしかして前から来たかったのか? 俺がラーメン食べに行くかって聞いたら、すぐにこの店提案したもんな」

  [[rb:玄來 > げんき]]は外食でラーメンを食べたがることが多い。以前、服を一緒に買いに行ったときも自分で本格的なものは作れないから食べたくなると言っていた。

  「確かにラーメンは好きなんだけど」

  そう言って[[rb:玄來 > げんき]]はナイフとフォークを置き、炭酸水の入ったグラスを手に取って言った。

  「こうやってゆっくり話しながら食事したかったから」

  ───ドキッとした。

  まるで、練習でもしたのかと思うような仕草と表情だった。

  ・・・これが本番で出来れば彼女もすぐ出来るだろう。

  もしかして、俺がやっぱり朝ごはん食べたいって言うのも想定していたのだろうか。

  [[rb:優 > ゆう]]とも行ったことがあるカフェでブランチにしようと提案したのは俺だったのだが、そうだとしたら朝ごはんの画像を送ってきたのは───。

  ・・・まさかな。

  もっと早い時間から俺と一緒に居たかったからなんて考えはさすがに自惚れ過ぎだろうか。

  そんなことを頭の隅で考えながら、俺達は食事を終えて店を出た。

  ◆◆◇◇◆◆

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]は何処か行きたい所ある?」

  「今のところは特に無いぞ。また服でも見に行くか?」

  「じゃあ、歩いてすぐの所にあるショッピングモール行こうよ。オレ調理器具も見たいから」

  [[rb:玄來 > げんき]]の提案に俺も了承して、俺達は並んで歩き出した。

  ───たぶんたまたまだろうが、[[rb:玄來 > げんき]]が車道側を歩いてくれている。本当にたまたまだとは思うが、なんか意識してしまう。

  隣で[[rb:玄來 > げんき]]が何か話してくれているのだが、半分くらい聞いていなかった。

  一応、俺は人生初デートだ。

  「ふぇ!?」

  突然俺は[[rb:玄來 > げんき]]に肩を抱き寄せられた。ものすごく自然に。

  固まっていると、俺の横を結構速いスピードで自転車が通り過ぎて行った。

  自転車を見送った後、[[rb:玄來 > げんき]]は何事も無かったかのように肩から手を離した。

  「・・・お前、デート慣れしてないか?」

  俺がそう言うと、[[rb:玄來 > げんき]]は困ったような顔をして笑った。

  「そんなことないよ。付き合ったのは[[rb:香澄 > かすみ]]が最初で最後だし、こっち来てからはこれが恋人との初デートだよ?」

  他人の目がある場所なのに、[[rb:玄來 > げんき]]は“恋人”という単語をサラッと言うものだからちょっと冷や汗が出た。

  「・・・おはようメッセージとかって、[[rb:瀬名 > せな]]さんの時もしてたのか?」

  聞く気はなかったが、つい流れで聞いてしまった。

  「あ、気になる?」

  [[rb:玄來 > げんき]]に笑顔で聞き返されて、聞いたことをちょっと後悔した。

  「してないよ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]だけ」

  その[[rb:玄來 > げんき]]の言葉に、俺は不思議とホッとしたような気持ちになった。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]はもちろんクロ[[rb:兄 > にぃ]]なんだけど、今は恋人同士なんだって意識して欲しかったんだ」

  俺は不覚にもちょっとキュンとしてしまった。

  「でも、意識してくれてたみたいで安心した」

  「は、はぁ!?」

  そう言って[[rb:玄來 > げんき]]は流し目でこちらを見てニッと笑った。

  まさか、今日はずっとこのペースで攻められるのかと思った俺は心の中でこっそりため息をついた。

  ◆◆◇◇◆◆

  「ふー、なんだかんだ結構歩いたな」

  「休憩しよう。そこに良いカフェがあるんだ」

  「・・・お、おう」

  このデート・・・[[rb:玄來 > げんき]]のエスコートが気持ち悪いくらい完璧だった。

  朝ごはんに始まり、ランチ、そこから調理器具を見に行って見慣れない器具の使い方や、今度作ってくれる料理の話をしてくれたり、ちょうど喉が渇いたと思ったタイミングで飲み物を買って来てくれたり、会計の少し前に俺にわざと荷物を持たせて財布を出し辛くしてきたり。さすがに俺も連続で同じ手は食わないので、2回目の時は[[rb:玄來 > げんき]]の背中に虫がとまってると嘘を付いてその隙に会計を奪ってやった。

  そして今はちょうど疲れたタイミングで[[rb:玄來 > げんき]]の知る良いカフェがたまたま近くにある。

  これ、デートコースも事前に計画されていたんじゃないだろうか。

  [[rb:玄來 > げんき]]に案内されたカフェは全ての席がアンティーク調のスクリーンで仕切られ落ち着いた雰囲気で、入ってすぐダックスフンドの女性店員さんが席に案内してくれた。

  「ご注文が決まりましたら、そちらのボタンでお呼びください」

  「今頼んでも大丈夫ですか?」

  「はい! お伺いいたします」

  俺にメニューを渡すことなく[[rb:玄來 > げんき]]はそう言った。

  恐らくここも下調べしてあってオススメメニューがあるのだろう。

  今日のデートは終始完全に[[rb:玄來 > げんき]]のペースなので俺は大人しく見守ることにした。

  「えーと、このカップル限定デザートセッ───」

  「ちょっ!! ちょっ!! ちょっ!! ばっ!! おま!!」

  突然とんでもないことを言い出した狂犬を見守れるはずもなく、俺はメニューをひったくった。

  「あ、あのぅ───」

  「すみません!! 違います!! カップルじゃないです!! 兄弟です!! コイツ弟です!!」

  俺はたじろぐ店員さんにそうまくしたて、そのままの勢いでホットコーヒーと目に付いたデザートを2人分注文した。

  ───可愛さ余って憎さ100倍とはこういう感情を言うのだろうか。

  [[rb:玄來 > げんき]]は何故か満足げな顔で尻尾を振りながらケーキを食べている。

  俺は完全にイカ耳モードで[[rb:玄來 > げんき]]を見ながらコーヒーを啜っている。

  「おい、[[rb:玄來 > げんき]]。さっきのちゃんと反省しろよ」

  「え、だって本当のことだし」

  ダメだ。全然分かってない。

  「あのなぁ。今はプライベートかもしれないけど、お前は小料理屋“銀”の従業員なんだぞ。変な噂が広まって店に迷惑かけることになったら責任取れるのか?」

  「うっ・・・」

  予想通りそこまで考えていなかったようで[[rb:玄來 > げんき]]は言葉を詰まらせた。

  [[rb:玄來 > げんき]]は俺と付き合ってもデメリットしかないんだということを全く分かってない。

  「・・・いいか? 俺はお前に恋人だって公言されても全然嬉しくないんだよ。お試し期間中でも、今後こういうことはしないでくれ」

  少しキツイ言い方かもしれないが、釘を刺しておかないと何をするか分からない。俺はなるべく何事も無くこのお試し期間を終わらせたいのだ。

  「ごめん。オレも配慮が足りなかったよ」

  さすがに[[rb:玄來 > げんき]]も反省したようだった。

  このまま付き合う気も失せてくれたら、それが1番なのだが。

  「ちょっとお手洗い行ってくるね」

  そう言って[[rb:玄來 > げんき]]は席を外した。

  「はぁ・・・」

  ため息が出た。

  世界で1番好きな人になんでこんなこと言わないといけないんだろう。

  いや、理由ははっきりしている。

  好きで、大切だからだ。

  なんでバレたのかは分からないが、ホモだと知られてもこんな風に接してくれるなんて幸せなことだ。充分過ぎる。これ以上なんてない。

  だから、[[rb:玄來 > げんき]]にも倖せになって欲しい。

  だって俺は───

  「ただいま」

  「ンひゃぃ!」

  不意に耳元でそう囁かれ、俺は小さく奇声を上げてしまった。

  ついでに犯人は1回頬擦りしていった。確信犯だ。

  「おまっ! 全然反省してな───」

  「反省を活かしてバレないようにやってみたよ。兄ちゃん」

  「こんの・・・」

  俺は頬擦りで不覚にもキュンとしてしまった自分を戒めながら残りのケーキを食べ切った。

  「ありがとうございました!」

  「・・・ん? あの、お会計・・・」

  今回は休憩したいと言った俺が会計をしようとレジに向かったのだが、様子がおかしい。

  「先程、お連れ様から頂きましたよ」

  「えっ!?」

  俺のお連れ様は驚愕する俺の背後を悠々と通り過ぎ、店の扉を開けながら振り返った。

  「早く行こうよ。兄ちゃん」

  俺はわけが分からないまま笑顔の[[rb:玄來 > げんき]]に促されて店を出た。

  店を出た瞬間に耳元で“オレの勝ち”と言われて、ドキドキと悔しさがぐるぐるになって1人で唸っていた。

  ◆◆◇◇◆◆

  「なぁ[[rb:玄來 > げんき]]」

  帰る道すがら、アパートが見えた辺りで俺は[[rb:玄來 > げんき]]に言った。

  「俺はお前と恋人になる気はないんだよ」

  俺は立ち止まり、[[rb:玄來 > げんき]]も立ち止まった。

  つい溢れた想いを口に出してしまい、続きは考えていなかった。ただ、何を言っても恋人として接してくれる[[rb:玄來 > げんき]]にいたたまれなくなっていた。

  「つまり、その・・・だから───」

  「分かってるよ」

  優しい声だった。

  「言ったでしょ? “たくさん考えた”って」

  [[rb:玄來 > げんき]]がチケットを使った時のことだろうか。

  [[rb:玄來 > げんき]]はこちらを向いて、少しイタズラっぽく笑った。

  「クロ[[rb:兄 > にぃ]]、オレのこと好きだったでしょ? こういう意味で」

  「んなっ」

  そう言って[[rb:玄來 > げんき]]は俺の頬にマズルを寄せ、一度触れて離した。

  「[[rb:優 > ゆう]]さんのこともだけど、クロ[[rb:兄 > にぃ]]がそう言う理由はオレのためなんだって、ちゃんと分かってるよ」

  なんで[[rb:優 > ゆう]]が出てくるのか分からないが、分かってるなら諦めて欲しい。

  「でも、そういうとこも含めてクロ[[rb:兄 > にぃ]]だから」

  [[rb:玄來 > げんき]]は俺と向き合い、俺の両肩に添えた手を少し下に滑らせ腕を緩く掴んだ。

  「だから、クロ[[rb:兄 > にぃ]]はその気持ちのままで待ってて。オレが大好きなクロ[[rb:兄 > にぃ]]のままで」

  [[rb:玄來 > げんき]]の優しい瞳から目が離せなかった。

  「必ず口説き落としてみせるよ!」

  [[rb:玄來 > げんき]]は満面の笑みでそう言って、俺のおデコに鼻をちょんとあてた。

  俺は数秒間呆然としていたが、意識が戻った途端に恥ずかしさが込み上げてきて、両手でおデコを押さえながら尻尾を振る[[rb:玄來 > げんき]]の背中を追いかけた。

  アパートに着いて部屋の鍵を開けているとき、[[rb:玄來 > げんき]]に“さっき本当はキスしたかったよ”と耳元で言われ頭が沸騰しそうになった。

  そして、蒸気機関車の如くベッドへ駆けてダイブした。

  「もう・・・これ・・・」

  枕を被って、俺は心の中で叫んだ。

  おちるううううぅぅ───!!

  チョロ過ぎる自分を戒めるように、俺はベッドに顔を何度もゴシゴシ擦り付けた。

  [chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]

  お待たせして申し訳ありませんでした(定期)

  この辺の裏話などは小ネタで取り上げようと思っております(#柴クロ小ネタ)

  最近はキャラ絵も描けるように修行しておりますので、良ければイラストも覗いてみてください。

  【定期】

  Twitter(X)で #柴クロ小ネタ と検索すると、アンケート企画含めた過去の小ネタ全部見れます。

  [[jumpuri:蒼空ゆうぎのTwitter(X) > https://x.com/Tyukito1?t=j3M4JuzgWkAeTWNiKwejJg&s=09]]

  Blueskyで 柴クロ勇者パーティー と検索すると、連載中のお話全部見れます。

  続きを待ってくださってる方々がその期間を少しでも楽しめるように、また、本編をより楽しめるようにと思って投稿しておりますので生存確認したい時は覗いてみてください。

  感想や誤字脱字報告も大変助かっております!

  マシュマロも設置したので、匿名で送りたい方はそちらからどうぞ!

  [[jumpuri:マシュマロ > https://marshmallow-qa.com/rgapjk8qsgrncvs]]

  現在、柴クロのスピンオフ作品をいっぱい公開中です。

  柴クロ のタグで検索するか、作者ページからお読みいただけます。

  コソコソ(あと、よろしければ1話をブクマで応援して頂けると…!)

  いつも柴クロをお読みいただき、ありがとうございます。

  蒼空ゆうぎ