───朝って空気が美味しい気がする。
大学の1限が8時40分。
いつもは8時過ぎに家を出て大学に向かうのだが、今日はかなり早めでまだ7時半だ。
俺が通っている大学は工業系で、講義では大体パソコンを使う。肩掛けカバンには、いつもノートパソコンが入っていて少し重い。
───ついでに今日は気持ちも重い。
近くに住んでいる学生は自転車で通学していることが多いが、俺は徒歩だ。スマホにイヤホンを繋いで今日は適当に曲をランダム再生しながら、散歩のつもりで通学する。ちなみにイヤホンは未だに有線派だ。
いつもなら曲に合ったシーンなんかを想像しながら歩くのだが、今日はとりあえず頭の中を空っぽにしたかった。
「・・・」
でも、音楽は全く耳に入ってこない。
俺はただ、色も形も無い透明な焦燥感に駆られていた。
───今日はやたらと、大学が遠い。
◆◆◇◇◆◆
朝一番の大学の講義室。お絵描きしている[[rb:優 > ゆう]]の隣で俺は机にベッタリと突っ伏していた。
別に落ち込んでいるとかではない・・・はずだ。
本当に何とも言えない状態なのだ。例えるなら、1等の宝くじを持ったまま無人島で遭難したみたいな感じだ。俺の胸の中では今、幸福と絶望が仲良くヒップホップを踊っている。
誰でもいいからかまって欲しい。気を紛らわせたい。
お絵描きしてないでかまってくれ[[rb:優 > ゆう]]。尻尾引っ張ってもいいから。良くないけど。
───ヴヴッ
「ヒッ・・・」
予期していたバイブに俺は身体をビクつかせて息を飲んだ。
俺のリアクションと同時に[[rb:優 > ゆう]]のペンの音も止まった。きっと手を止めて俺の様子を見ているんだろう。
“どうしたの?”って聞かれたらなんて答えればいいんだろうか。全部話してしまったら楽になれるんだろうか。
俺が突っ伏して悩んでいる間、[[rb:優 > ゆう]]が何か聞いてくることはなく、その時は耳と耳の間をこちょこちょされて終わった。
その後も定期的なバイブは続き、その度に俺は身体をビクつかせていた。
それについて[[rb:優 > ゆう]]が尋ねてきたのは昼飯時になってからだった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「どうしたの?」
「え・・・」
学食で席に着いたところで[[rb:優 > ゆう]]がやっと聞いてきた。
聞きつつも[[rb:優 > ゆう]]は間髪入れずに合掌し、いただきますしてから昼飯を食べ始めた。俺もそれに続いた。
今日の昼飯は俺が天ぷらそばで、[[rb:優 > ゆう]]がラーメン定食だ。俺は普段麺類を選ばないのだが、今日は食欲が無くてツルツルいきたい気分だった。[[rb:優 > ゆう]]も珍しく日替わり定食ではなくラーメンだった。
───ヴヴッ
「ヒッ・・・」
そして、俺は今日何度目かになるバイブに相変わらず身体をビクつかせた。
「今日はよく鳴るね。スマホ」
「うっ・・・」
俺は講義中にスマホが鳴らないように普段からマナーモードにしている。しかし、講義中は机に置いているため隣の席の[[rb:優 > ゆう]]には通知のバイブが聞こえてしまっていた。
[[rb:優 > ゆう]]には隠していても仕方ないと思った俺は、予定調和であるかのごとくアッサリと[[rb:優 > ゆう]]に全てを話した。
◆◆◇◇◆◆
「お前・・・心なしか楽しそうじゃないか?」
「ん?」
全部話し終わって、[[rb:優 > ゆう]]は購買で買ったデカいプリンを食べながら太い尻尾の先をヒョコヒョコさせていた。顔もなんか笑っているような気がする。そう見える。
俺はテーブルに置いたままのミルクティーをストローでお行儀悪く吸いながら、[[rb:優 > ゆう]]の顔をジト目で睨んでやった。
「良かったじゃん」
「良くない」
「嬉しくないの?」
「嬉しくない・・・こともない」
[[rb:優 > ゆう]]の質問に答えて、再び幸福と絶望がヒップホップを踊り始め、俺はテーブルに突っ伏した。
嬉しくないことは無いのだ。むしろ嬉しい。しかし、俺は[[rb:玄來 > げんき]]の気持ちに応えることが出来ないし、応える気も無いのだ。
「そういえば」
そう言って俺はテーブルに突っ伏したまま顔だけ起こした。
「あの時、俺が[[rb:玄來 > げんき]]に告白されたこと話しただろ?」
「うん」
[[rb:優 > ゆう]]が遊びに来たとき、俺はそのことを話していた。
そして───
「それと・・・その・・・俺が・・・そ、そっちの・・・ってことも・・・」
「うん」
羞恥心に耐えられず、俺は再び顔を伏せた。
最初からホモだと分かっていたユズに話すのは意外と抵抗が無かったのだが、完全にノンケだと分かっている[[rb:優 > ゆう]]に話すのはかなり恥ずかしかった。
「あの時は聞かなかったけどさ」
俺は再び顔を上げた。
「お前いつから気付いてたんだよ」
[[rb:優 > ゆう]]はプリンを食べ終え、セルフサービスのお茶を流し込むようにスムーズに飲み干してから口を開いた。
「2年の初め頃かな。そうじゃないかなって思ってたよ」
「そんな前からかよ・・・」
[[rb:優 > ゆう]]には“分かりやすい”とよく言われるが、こんなことまで見透かされているとは思ってもみなかった。
もしかしたら、Circleのメンバーにもバレていたりするんだろうか。[[rb:豹一 > ひょういち]]とよく絡んでるから実は好きなんじゃないかとか、既に出来てるみたいな変な想像をされたりしていないだろうか。
そうなっていたら[[rb:豹一 > ひょういち]]にも申し訳ない。[[rb:豹一 > ひょういち]]に彼女が出来ない原因の一端を俺が握っていた事になる。
確かに[[rb:豹一 > ひょういち]]はどちらかと言えば結構タイプだし好きだが、恋愛感情は全く無い。普通に気の置けない友達って感じだ。
「俺ってそんなに分かりやすいか?」
「うん」
いつもの事だが、この質問をノータイムで返されてちょっとへこむ。
ちょっとは悩んでくれ。振りでいいから。ホント3秒でいいから。
「他にもバレてんのかなぁ・・・」
色んなことが重なって俺は少し泣きそうになった。
「んー。それは無いと思うけど」
耳まで力が抜けてしまっている俺に[[rb:優 > ゆう]]が言った。
珍しくフォローのつもりだろうか。[[rb:優 > ゆう]]は適当なことを言うタイプではないが、さっきのやり取りの後だと全く説得力が無い。
「ホントかよ。じゃあなんで[[rb:優 > ゆう]]は気付いたんだよ」
俺はちょっと不貞腐れ気味に[[rb:優 > ゆう]]に聞いた。質問のつもりだったが、気持ち的に半分は当てつけだったかもしれない。
「[[rb:琉貴 > るき]]は他人のことを“どうでもいい”なんて言わないと思ったから」
「え?」
俺は意味が分からず、思わず上体を起こし、名前呼びにツッコミを入れることもなく[[rb:優 > ゆう]]に尋ねた。
「それ、どういう意味だよ」
「そういう意味だよ」
「気付いたきっかけがあったってことか?」
「うん」
「それを言ってくれよ」
「・・・フフフン」
───いや、フフフンじゃねぇよ! 言えよ!
[[rb:優 > ゆう]]は何とも言えない顔で黙ってしまった。
たぶんこの状態の[[rb:優 > ゆう]]は押しても引いても簡単には口を割らないだろう。
「でもさ、俺っていつも[[rb:優 > ゆう]]と一緒に居るしさ・・・俺が分かりやすいなら、変な勘違いされてる可能性もあるだろ・・・?」
「みんなそんなもんだよ」
「ホントか?」
俺が疑問を投げると、[[rb:優 > ゆう]]は学食を見渡しながら口を開いた。
「ここ、工業大学だよ?」
そう言われて俺も[[rb:優 > ゆう]]の視線を追うと、見渡す限りの“男”だった。確かに学内でも男同士で会話している人ばかりで、男女のペアはほとんど見ない。というか女の子がいない。
「この人達みんなゲイに見える?」
俺は少しの間ぼんやりと学食の風景を眺めた後、肯定のつもりで沈黙を返した。
「[[rb:優 > ゆう]]って“ホモ”じゃなくて“ゲイ”っていうよな」
「うん」
「なんで?」
「・・・フフフン」
何故かこの質問にも含みのある笑いを返された俺は[[rb:優 > ゆう]]にニャーニャー突っ掛かった。
このくらいで適当でいいからなんか言えよと思ったのだが、[[rb:優 > ゆう]]は一切口を開かず機嫌良さげに尻尾の先をヒョコヒョコしていた。
◆◆◇◇◆◆
───そろそろ[[rb:玄來 > げんき]]が帰ってくる時間だ。
俺は[[rb:玄來 > げんき]]がこっちに来たばかりの頃と同じぐらい緊張しながら帰りを待っていた。
ソファに座っているのに、俺は何故か背筋をピンと伸ばし、両手は軽く握って膝に置いている。きっと面接なら100点の座り方だろう。
───そして、聞き慣れた足音が聞こえてドアが開いた。
「ただいま! クロ[[rb:兄 > にぃ]]!」
[[rb:玄來 > げんき]]の元気な声が部屋に響き渡った。
「お、おう。おかえ・・・」
俺が“おかえり”と言い切る前に、[[rb:玄來 > げんき]]は座っている俺の前に来て両腕を広げた。
「な、なに?」
「ん?」
[[rb:玄來 > げんき]]はニコニコしながら巻き尻尾を音を立てて振り、両腕を広げ続けている。
・・・いわゆる“ハグ待ち”の姿勢だ。
「・・・ダメ?」
そう言うと、[[rb:玄來 > げんき]]はニコニコ顔を困ったような笑顔に変えて首を傾げた。
そんな風に言われて俺がダメなんて言うはずがない。言えるはずがない。
まさか分かっていてこんなにわざとらしくやっているんだろうか。なんて狡猾でギルティーな奴なんだ。ちくしょう。
「ダメじゃない・・・」
「良かった!」
[[rb:玄來 > げんき]]は再びニコニコ顔に戻って尻尾を振った。
・・・そして、どうやら自分からハグする気は無いらしい。俺がハグしに来るのを待っているようだ。
俺は観念して立ち上がり、[[rb:玄來 > げんき]]にそっとハグをした。
[[rb:玄來 > げんき]]は俺が恥じらう隙を与えることなく、優しく自然に抱き返してくれた。
「おかえり」
俺が小さくそう言うと、[[rb:玄來 > げんき]]も耳元で囁くように“ただいま”と言ってくれた。
この先をどうしたらいいか分からず固まっていると、[[rb:玄來 > げんき]]の温もりに気が緩んでしまったのか俺のお腹がぐぅっと鳴ってしまった。
「あっ・・・」
「あはは! ごめん、お腹空いたよね」
俺が恥ずかしさで顔を覆うと[[rb:玄來 > げんき]]はゆっくり俺を放してキッチンに向かった。
横目でチラリとその背中を追うと、[[rb:玄來 > げんき]]はそれが分かっていたかのように振り返った。
「待ってて。すぐ作るから」
そして、俺に目を合わせてニカッと笑った。
俺はよく分からない羞恥心に耐えられなくなって、顔を両手で覆ったまま膝をたたんでソファに倒れ込んだ。
“オレ、たくさん考えたんだ。クロ[[rb:兄 > にぃ]]のことも、自分からのことも”
決意に満ちた昨日の[[rb:玄來 > げんき]]の顔がフラッシュバックした。
“だから、このチケット、使うね”
その時[[rb:玄來 > げんき]]が出したのは、俺が[[rb:玄來 > げんき]]の誕生日にあげた“クロ[[rb:兄 > にぃ]]チケット”。
プレゼント作りでハイになったテンションで、勢いのままに作ってしまった“何でも1つだけお願いを聞いてあげるチケット”だ。
“ホントはお守りにしてとっておこうと思ったんだけど、今しかないと思ったから”
告白を受け入れてくれという願いだったら断るつもりだった。[[rb:玄來 > げんき]]に嫌われてもいいから約束を破ってでもチケットを無効にするつもりだった。
“クロ[[rb:兄 > にぃ]]。オレと───”
・・・今、俺は[[rb:玄來 > げんき]]のお願いを聞き入れて今に至る。
このお願いはさすがに断ることが出来なかった。
すごく[[rb:玄來 > げんき]]らしくて、誠実なお願いだった。
本当にカッコいい奴だと思ってしまった。惚れ直してしまうくらい。
“オレと、1ヶ月だけ付き合って欲しいんだ。恋人として”
期限付きの恋人関係。[[rb:玄來 > げんき]]がそれで納得するなら、ここが落とし所だろうかと思った。
“1ヶ月でオレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]に全力でアプローチする。それで、1ヶ月後にもう一回クロ[[rb:兄 > にぃ]]に告白する”
[[rb:玄來 > げんき]]は本気だった。その気迫に俺は口を挟むことも出来なかった。
“オレは1ヶ月で絶対クロ[[rb:兄 > にぃ]]を口説き落としてみせる。だから、クロ[[rb:兄 > にぃ]]もオレの覚悟が伝わって気持ちが動いていたなら”
───覚悟なんて、今のお前を見ただけで充分伝わってるよ。[[rb:玄來 > げんき]]。
俺が何年お前の兄ちゃんやってると思ってるんだよ。
“オレと、本当の恋人になってください”
───1ヶ月後、俺は[[rb:玄來 > げんき]]を振る。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
[[rb:玄來 > げんき]]覚醒しました。
1ヶ月のお試し恋人編スタートです!
明るくなると言いつつ影のある終わり方にしてしまいました。
[[rb:琉貴 > るき]]は元々陽キャですし、[[rb:玄來 > げんき]]も覚醒したので今後は明るくしてくれるでしょう!きっと!
スマホが鳴りまくってた件はご想像通り[[rb:玄來 > げんき]]なのですが、このお話しに入れられなかったので次で書きます。
[[rb:玄來 > げんき]]の名誉のためになるべく早めに次書きたいとは思ってます…!
【定期】
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Blueskyで 柴クロ勇者パーティー と検索すると、連載中のお話全部見れます。
続きを待ってくださってる方々がその期間を少しでも楽しめるように、また、本編をより楽しめるようにと思って投稿しておりますので生存確認したい時は覗いてみてください。
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いつも柴クロをお読みいただき、ありがとうございます。
蒼空ゆうぎ